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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3
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chapter.3 熱を生む光 


 福島、アグリたちのいる町。
 扇の破片を見て呟いた梓の一言が部屋をざわつかせていた。
「光条兵器の力がまだ生きている、っていうのは……?」
 何人かが疑問を口にする。扇を以前も見ていたため、ザクロの持つ光条兵器について多少見当をつけていた梓は皆の視線に少したじろぎつつも、言葉を続けた。
「あ、いやえっと、ザクロの持ってた扇が人の精神に影響を及ぼす兵器なら、今ここにあるこれでも似たようなこと出来ないかなー、って思って」
「それは、この者の精神に入り込む、ということかの?」
 パートナーのディ・スク(でぃ・すく)が梓の意図を汲み取ろうと質問を投げる。
「うん、なんか上手く説明出来ないし理論とかも分かんないけどさ。出来るかもしれないなら、やりたいなって。こうやって頭領が眠ったままなの、嫌なんだ」
「……今まで何があったかわしは知らんが、主がこの者を随分慕っておることは分かる。やりたいようにやってみるんじゃな」
 もちろん、扇の破片を媒介にしたからといって精神に介入出来るとは限らない。仮に出来たとしても、その者の身体に何が起こるか、どんな影響が出るかも分からない。入り込んだ後出て来れるのかも。だがそれでも梓はその選択肢を選び、ディはそれを信じた。
「じゃあ、ちょっと頭領のこと起こしに行ってくるー」
 軽めの口調で告げた梓だが、表情は逆に真剣さを漂わせていた。少しずつ彼が扇の破片に手を伸ばそうとしたその時。
「わたくしも行きますわ」
 部屋に凛とした声が響く。それは、沈黙を続けていたさけの声だった。彼女は梓に並ぶようにすっと扇の破片の前に立ち、数日前のことを思い返す。蜜楽酒家で、ヨサークに口づけた時のことを。
「きっとまだ、ヨサークさんは心を解放しきれていませんの。その囚われた心を解くためなら、どこへでも。それに……」
 はっきりとした意志を携え、さけが言う。同時に彼女は、左手でヨサークのバンダナをそっと外した。そのまま裏側に何か文字を書くと、優しくヨサークの手へとそれを納めた。
「唇の答えを、まだ聞いていませんし」
 す、とさけがヨサークの頬に手を置いた。その感触を慈しむように手のひらへ記憶させると、梓と互いの顔を見合わせた。
「どうなるか分かりませんけれど、覚悟は決めてますの?」
「もちろん。俺、頭領が好きなんだー。それだけで覚悟なんて充分出来ちゃうくらい」
「あら、奇遇ですわね。わたくしもですわ」
 僅かな微笑みの後、ふたりの手が同時に破片に触れた。
 破片はまるでふたりの思念を吸い取るかのように赤い光を強め、直後その原色を拡散させた。一瞬目を眩ませた生徒たちが次に目にしたのは、ヨサークのそばで横たわる梓とさけだった。ふたりから呼吸音が聞こえることで、現時点で命に別状がないと分かる。
「まあ、ほんまにヨサークはんの中に入ってってしもうたんやろか」
 さけのパートナー、信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)が口を開けたままぽつりと言った。アグリが不安そうに眺めているのを見つけた葛の葉は、破片に手を近づけながらアグリの方を向いて穏やかに告げる。
「さっきどこぞの生徒はんも言うてはりましたけど、大丈夫どすえ、アグリはん。相方はもっと信用してあげんと。必ずヨサークはんの目は覚まさせてみせるさかい。愛の力は偉大なんどすよ?」
 その言葉を最後に、葛の葉もまた光に包まれその場に伏した。
 あっけにとられた他の生徒たちは夢を見ているような、そんな気分を味わっていた。しかしすぐにその雰囲気は底抜けに明るい声で一変する。
「こんばんはなのじゃー! 福島県は美味しい特産物がいっぱいなのじゃー!!」
勢い良く開けられた扉から、声と共にセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)が部屋に入ってくる。
「どこ行ってたかと思えば、食べ物探してたのね、おねーちゃん……」
 既に部屋にいたパートナーのミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)が、そんなセシリアを見て溜め息を吐く。
「せっかく福島まで来たのじゃ、名物を食べないと損じゃからのう」
 ファフレータは両手にぎっしりと中身の詰まった袋を持っていた。ミリィがちら、と中を覗くとそこには新鮮な桃や柿、こんにゃくからカニまであらゆる福島名物が入っていた。
「ちょ、ちょっとおねーちゃん、これいくらなんでも買いすぎじゃない?」
「大丈夫じゃ! 私もそこまで空気を無視するお転婆ではないのじゃ」
「自分からお転婆とか言わない方がいいと思うけど……」
「ちゃんと、ヨサークの分のお見舞い品も入っておるぞえ。2割くらい」
「2割!? なに2割って、残り8割これ全部おねーちゃんが食べるものなの!? おねーちゃん福島を気に入りすぎじゃない!?」
 どこまで本気なのかは不明だが、どうやらファフレータも一応はヨサークのために動いていたらしかった。もっとも、当初は空賊団に船医として入った彼女なので、ヨサークが倒れたと聞いた時は治療をしようと思っていた。が、いつも一緒にいる仲間がばっくれたと知り、真面目に仕事をするのが馬鹿馬鹿しくなった彼女はそのまま食べ歩きツアーに出かけてしまう。結果として、ヨサークへの見舞い品を見つけることが出来たのがせめてもの救いだった。
「それはそうと、よくこんなに買うお金あったね、おねーちゃん」
 ミリィが不思議そうに袋を見つめながら言うと、ファフレータはあっさりと答えた。
「ツケにしてきたのじゃ。ヨサーク空賊団に」
「へえ、ツケ払いでいいなんて優しいお店が……ヨサーク空賊団に!? いやだってこれ、お見舞いの品でしょ? なんでその本人にツケてるのよ!」
「こないだ教わったやり方じゃ」
「そんなの誰に……あ、ううん答えなくていい、大体分かるから。アレでしょ、今まで一緒にいたあの悪魔っ子たちでしょ」
 どうやら彼女は、誰かに教育上あまり良くない影響を受けてしまったらしい。
「いい? おねーちゃんももう11歳なんだから、やっていいことと悪いことの区別くらいつけなきゃ!」
 ちなみに注意しているミリィの年齢は10歳である。
「むぅ……しょうがないのう。後からちゃんと自費で払いに行くのじゃ」
「うんうん、そうしよう? もし足りなかったらあたしも出すから」
「分かったのじゃ。支払いは私が2割、ミリィが8割で……」
「逆だよね? さっきも思ったけど数字逆だよね? 何その男の人と食事行く時の女の人みたいな気持ち!」
「おぬし、その歳でなぜそんなことを……」
「いや、イメージよ? イメージの話よ? そういう時だけ律儀につっこんでこなくていいから!」
 最終的に支払いがどうなったかはふたりしか知らないが、ともかく彼女の持ち込んだ見舞い品は無事ヨサークの枕元へと置かれることとなった。

 一時的に騒がしくなった室内で、セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)はじっと思考を働かせていた。
「さて、ヨサークのところに来たはいいけれど、やはり大事なものが欠けたままだね」
 ちら、とセイニーは相方の方を見る。彼の契約者である森崎 駿真(もりさき・しゅんま)は、電話で誰かと話しているようだった。
「だから、ヨサークの兄貴はザクロに利用されてただけなんだって! それに兄貴、今大変なんだ!」
 駿真が電話越しに話しているのは、元団員のカーボスであった。どうやら彼は、いざという時のため以前説得した時に連絡先を聞いていたらしい。そして今、ヨサークの危機を伝えるべく元団員へと必死に言葉を伝えようとしていた。それを見ていたセイニーは、先ほどから頭に浮かんでいた考えを固め始める。
「ヨサークが目を覚ましても、離れた団員たちがいなければやっぱりベストじゃないだろうね。彼らの気持ちがまとまって、ちゃんと元気になれるようにするには……」
 セイニーは、料理をつくりに行ったメイベルたちや名産品を持ってきたセシリアを思い浮かべると、あるひとつの答えを出した。
「……駿真、頑張るんだよ」
 すると彼は電話で会話を続ける駿真を部屋に残し、そっと扉を開けて出ていった。一方で駿真の説得は続いていた。
『ザクロ姐さんと頭領が一緒にいたのは、そういうことだったんすね……でも、自分はやっぱり一度頭領を見限ってしまった男っす。頭領が街を侵略している時も、ただ見てただけで……』
 雑音に混じり、カーボスの弱々しい声が聞こえてくる。
『何もかもが、変わり過ぎちゃったんすよ』
「変わっちゃった気持ちなら、また変わってもいいじゃないか!」
 思わず音量の上がった駿真の声に、周りの生徒たちが驚く。駿真はしかし構わず話し続ける。
「変わることに限度や決まりなんてない! そうだろ!?」
『……前に話しかけてくれた時もそうだったっすけど、君は一生懸命なんすね』
 それがちょっとだけ、羨ましい。そう言って、カーボスは電話を切った。機械音だけしか聞こえなくなった携帯を切った駿真に残された選択肢は、信じることだけであった。



 ピッ、と通話ボタンを押し、カーボスは携帯をしまった。
「頭領は、やっぱり人を熱くさせる人なんすね……」
 周りにいた数人が、同意を示すように首を縦に振る。近くにいたのは、他の元団員たちであった。

 彼らは現在、蜜楽酒家から少しだけ離れた小型飛空艇用の休息所にいる。蜜楽酒家がザクロ配下の空賊たちによって占拠され、居場所のなくなった彼らはここで何をするでもなく時間を過ごしていた。
「僕も、おかしらといた時はなんかやたらはしゃいでたっけなあ」
 元団員のネギーが淋しそうに呟く。と、そこに一機の小型飛空艇が近付いてきた。乗っていたのは蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)だった。以前会話したことがあったためか、路々奈はネギーの姿を見るとすぐさま飛空艇を寄せ、休息所へと降り立った。
「ねえ君たち、ヨサークのとこに最初いた団員でしょ? なんでこんなとこにたむろってんの?」
 路々奈の問いかけに、元団員たちは顔を見合わせて言葉を濁す。
「なんで、って言われても、なあ」
「他に行くとこもないし……」
そのはっきりしない物言いに、路々奈は思わず声を荒げた。
「相変わらずうウジウジしてんのねまったく! ヨサークが今危ない状態なのはもう知ってるんでしょ? だったら、行くとこあるんじゃないの!?」
 泳いでいた視線が、彼女の言葉で止まる。
「もしヨサークが無事息を吹き返したとして、その時君たちはヨサークから離れたとこでそれを迎えるの? そうじゃないでしょ」
 路々奈に追い立てられた元団員たちは、言葉を失い沈黙をつくった。彼女はもう一度、彼らを見遣る。僅かだがその瞳に生気が戻っているのを、路々奈は見逃さなかった。それはおそらく駿真や路々奈が幾度となく説得を続けた上、ヨサークの現状やザクロの真相を知ったからこそ宿ったものだろう。それを確認出来ただけで、路々奈は充分だった。
「あたしは暇じゃないからもう行くけど、君たちももう暇じゃないでしょ? あ、ちなみにだけど、ヨサークの船は蜜楽酒家近くの船着き場にあるみたいよ」
 そのまま、路々奈は飛空艇をツァンダに向けて走らせる。少しして休息所を振り返った彼女は、そこに人影が見えなかったことに少し微笑んだ。