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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3
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chapter.4 蜜楽酒家に鐘の音を 空賊にかつての心を(1) 


 夜が明けて、太陽が姿を現す。
 蜜楽酒家のカウンターでは、マダム・バタフライが空賊たちの乱暴な注文を受けて酒を用意していた。
「まったく、お行儀の悪い輩たちだよ。かと言ってここを閉めるわけにもいかないしねぇ……」
 小声で愚痴を漏らすマダムに、カウンター席から黒崎 天音(くろさき・あまね)が話しかける。
「でも、マダムの身に危険が及んでないのは不幸中の幸いだね」
 彼は酒場が占拠された際あえて店外へと出ず中に残り、マダムのそばにいた。彼女の身に万が一が起こるのを防ぐ心積もりだったのだ。多くの空賊が店内にいるせいか、特にこれまで空賊といざこざを起こしてきたわけではない彼の存在を気に留めるものはいない。もし存在を怪しまれればスキルの使用も辞さない覚悟だったが、現時点でそれは杞憂であった。
「まあ、あたしがいなくなっちまったら酒や料理も出せないからねぇ。今のところそんな危ない目には遭ってないよ」
「よかった、マダムに何かあってもうここに来れなくなるのは困るから。そうだよね、ブルーズ」
「……ここの蜂蜜酒は、数少ない気持ちよく酔える酒だからな」
 話を振られたパートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、グラスを手にそう返した。天音はそんなブルーズを微笑ましい様子で見た後、マダムに顔を戻した。
「ところでマダム、少し僕の好奇心に付き合ってもらってもいいかな?」
 現状、マダムに矛先は向けられていない。ならば、警護の合間に世間話をするくらいは許されるだろう。そう判断した天音は、笑って頷くマダムに早速質問を投げかけた。
「マダムは、空賊の大号令大鐘について、詳しいことを知っているの?」
 一生徒の口からそれらの言葉が出るとは思わなかったのか、マダムは思わずグラスを洗う手を止め天音の方を振り向いた。
「おやまあ……空賊たちの間だけで広まってる噂かと思ってたら、いつの間にかあちこちに伝わってたんだね」
 こと、とグラスを戻したマダムは、特に隠す必要もないといった様子で語りだした。
「遠い昔、この空峡を強敵が襲った時すべての空賊たちが力を合わせて難を逃れた。もしまた大きな危機が訪れた時には再び力を合わせようって約束が結ばれた……それが空賊の大号令だってのはもう知ってるのかい?」
「うん、その先を知りたいね」
「てことは、その号令のために必要なものが大鐘だってことも知ってるみたいだねぇ」
「ここに大鐘はあるんだよね? その理由なんかを聞けたら嬉しいかな」
 我慢し切れない、といった様子で天音が自身の疑問をより具体的に示す。マダムはおもちゃをほしがる子供を優しく見るような目つきで、天音の疑問に答える。
「大鐘は、前に大号令が行われた時、空賊の団結のシンボルとして作られたものって伝承があってね。以来、空峡を点々としてきたみたいなんだよ。ただ、大鐘を預かる条件だけは決まってるんだ。それは、空峡において中立的な地位にあるもの、ってことさ」
「そうか、それが……」
 天音に向けられている敵意がないか、周囲に気を配りつつブルーズが相槌を打つ。
「蜜楽酒家が出来る前は、空賊団の中でも顔が広くて勢力争いから外れた有力空賊が預かっていたらしいんだけどね。酒場が出来てからはこっちの方がより中立だろう、って当時の有力空賊団が話し合ってここに置かれることになったのを覚えてるよ」
 一通りマダムの話を聞いた天音は礼を言うと、満足そうな表情でドリンクに口をつけた。喉を数回鳴らしてから、「そうだ」と思い出したように彼はもうひとつ質問をする。
「ここの客といえば荒くれ者が多いし、マダムはどんな野蛮な……それこそ、人を何人も殺しているような相手にも慣れていると思うんだけど。もし、彼女のほとぼりが冷めてここに帰ってきたら……受け入れるつもりはある?」
 彼女。それは言うまでもなく、酒場を出ていき芸者以外の顔を見せたザクロのことだった。酒場の現状を見れば、ザクロが悪影響をもたらしたことは火を見るより明らかである。しかしマダムは、あっさりと答えた。
「ここは蜜楽酒家だよ。拒まれる者なんていやしないさ」
 天音はそれを聞き少し目を細めると、ゆっくりと携帯電話を取り出した。



 昼を過ぎ、ますます騒がしさを増す酒場。
 ザクロ配下の空賊のひとり、「食いしん坊」のシューゾはその異名を体現するかのごとく、腹を鳴らし料理が運ばれてくるのを待っていた。スポーティな格好をした長身のその男は、いかにも代謝が良さそうである。
「遅い遅い、もっと本気出さなきゃ! 全力で料理持ってこないとダメだよ!」
 フォークとスプーンを両手に持ち、今か今かと料理を待ちわびるシューゾ。そんな彼のテーブルに、鬼崎 洋兵(きざき・ようへい)が大皿料理を運んでくる。
「ほらよ、お待ちかねの食いモンだ。これはおじさんの奢りだから、遠慮せず食ってくれよな」
「本当か? 本当なのかそれは!? よーしよしよしよし、良い、すっごい輝いてる! なんか気持ちも体もあっつくなってきた!」
 皿一杯に盛られたサラダを見るや否や、シューゾはフォークを突き立てた。
「洋兵さん、それ、奢りというかうちの菜園で採れた野菜ですよね……」
 洋兵の後ろから、パートナーのユーディット・ベルヴィル(ゆーでぃっと・べるう゛ぃる)がぽつりと漏らした。
「なーに、おじさんが手間暇かけて育てたんだ、充分奢ってるだろ」
 手間暇かけたのはワタシです、と言いそうになってユーディットはそれを飲み込んだ。彼女の言う通り、洋兵がシューゾに差し出したのはユーディットが育てた野菜だった。そして彼女の菜園は、ヨサークが洋兵に農業のノウハウを教えたことで実を結んだものであった。
「なあ、食いながらでいいから、おじさんの話を聞いてくれねぇかな」
 サラダを口に運ぶシューゾの近くに腰掛け、洋兵が言う。返事は返ってこなかったが、洋兵は構わず話し始めた。
「ヨサークって男知ってるだろ? あの女に冷てぇ、器の小さい男だ。でもよ、実は今キミが食べてるそれ、あいつのお陰で出来た野菜なんだよ」
 シューゾのフォークが、レタスを刺す。
「おじさんたちが今生活出来てるのも、言っちまえばそうやって農業の手ほどきを受けたお陰だ」
 洋兵は思い出す。以前、ヨサークに農業指南を頼み込み教えてもらった時のことを。その時のヨサークは、きらきらとした目標を惜しげもなく大声で晒していた。
「それに、あいつの夢には共感出来るとこもあった。自由な空、いいじゃねぇか。少なくとも、力が支配している今の空よりはよ」
 皿の料理が、次第に減っていく。洋兵はより一層力を込め、言葉を口にする。体は無意識のうちにイスから離れ、地面に伏せていた。
「けど今、あいつは逆境に立たされてる! そんな今だからこそ、あいつに力を貸したいんだ……頼む、あいつの力になってくれ!」
「正直言えば、腹が立ったこともありましたけど……それでもあの人には、慕ってついていく人もたくさんいます! どうか、協力してはくれませんか?」
 洋兵に倣うように、ユーディットも頭を地面に近づける。突然ふたりが土下座をしたことで、さすがのシューゾもその手を止めた。じっ、とふたりを見下ろす。洋兵たちは、頭を下げたまま動く素振りを見せない。
 こないだ敵対したばっかで、今だって気に食わない奴だけど。恩がある。それは、ただ農業について教えてもらったというだけのちっぽけな恩。けど、それがあるから今の生活がある。何より、恩を受けっ放しってのは気持ちが悪い。
 洋兵は床しか見えない視界の中、そんなことを思っていた。そして似た感情は、ユーディットにもあった。
 あの人の農業にかける思いは本物だった。女嫌いは偽物だと思いたいけど、もしそうじゃなくても完全に悪い人じゃない。
「うー……おじさんにお母さん、謝ってる。ふたりとも悪いことしてないのに、どうして謝ってるの?」
 洋兵たちから少し離れたところで、ユーディット同様彼のパートナーである鬼崎 リリス(きざき・りりす)が不思議そうに眺めている。そんなリリスに答えを告げたのは、もうひとりのパートナー、ニーナ・ウルティマレシオ(にーな・うるてぃまれしお)だった。
「んー、リリスにはまだ分からないかもしれないけど……あれはね、大切なものを守るためにしている土下座なのよ」
「大切なものを守るための……? どういうことなの、お姉ちゃん」
「大丈夫、リリスが気に病む必要はないの。洋兵もユディも、ちゃんとリリスが好きなふたりのままだから。あなたにもきっと分かる時がきっと来る。ね? だから、大人しくオレンジジュースでも飲んでるのよ」
 ニーナになだめられたリリスは、ジュースに口をつけながらもまだモヤモヤが晴れていないようだった。
「リリスも、分かりたいの……」
 そんなリリスの頭を撫でながら、ニーナはそっと心の内で思った。
 あの器の小さそうな男が、そんな恩なんて憶えてるのか疑問ね、と。
「皆、ほんと物好きよね」
 洋兵たちのテーブルを見て、ニーナがリリスに聞こえないような声で小さく呟いた。その直後、彼女の目に映ったのはシューゾのところに向かう新たな生徒の姿だった。
「なあ、アンタ、シューゾって言ったっけ?」
 ぶっきらぼうな口ぶりで話しかけたのは、アルゴ・ランペイジ(あるご・らんぺいじ)だった。彼は、あまり虫の居所がよくなかった。
 ヨサーク空賊団に入団していた彼はその頭であるヨサークが倒され、ザクロがのさばっている現状に納得いっていなかったのだ。が、それは逆を言えば「もしかしたら、他の空賊だって内心そう思ってる者もいるのでは」という思いも彼に抱かせたということである。アルゴがそう思っていた時目にしたのが、土下座している洋兵たちの前で視線を固めたまま佇むシューゾだった。
「アンタ一応、一空賊団の頭張ってた奴なんだろ? てことは、でっかい野望とかも持ってたクチじゃねぇのか?」
 シューゾの視線が自分に向いたことを確認すると、アルゴは続けざまに言う。
「その野望はよ、ザクロの下についてて叶えられるようなことなのか?」
「逃げてねえだろ? 堂々としてるじゃんほら!」
 洋兵やアルゴの言動に熱くなったのか、思わず席を立ちシューゾが口をつく。一瞬驚くアルゴだったが、その熱量に彼は可能性を見出していた。
「逃げてないだけで、戦ってもいねぇけどな。なあアンタ……」
 少し間を置いて、アルゴが真っ直ぐな目で尋ねる。
「そもそも、何のために空賊やってんだ? ザクロのためか?」
「違う違う、そんなわけねーじゃん! 気持ちの問題だって気持ちの!」
 目を見開いてシューゾが言うと、アルゴはその気持ちを汲むかのように告げる。
「思い出してみろよ、自分が空賊始めた理由。他人のケツにくっついて、それで叶えられるようなちゃちな野望なんか持ってなかっただろう? 男なら拳ひとつで勝負せんかい!!」
 若干何かに影響を受けた風ではあるが、その気持ちの熱さは本物だった。とにかく彼が伝えたかったことは、ザクロの下で燻ってるんじゃない、ということなのだろう。
洋兵たちやアルゴの熱い気持ちを受け、シューゾはその心を明かし始めた。
「世間はさぁ、つめてえんだよ! どんなに頑張ってもさあ! 熱く気持ち伝えようと思ってもさぁ、お前熱すぎるって言われんだから!」
 その言葉を聞き、洋兵とユーディットはバッと頭を上げる。アルゴも、口元を緩ませる。そこにもう一押しと言わんばかりに、前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)とパートナーの仙國 伐折羅(せんごく・ばざら)がやって来て言葉を添えた。
「お主の夢は、何でござるか?」
「夢? 夢は起きて見るもんなんだよ!  輝いてるだろ! 熱くなってきた!」
 熱血漢である伐折羅が珍しく冷静なトーンで語りかけたのだが、肝心のシューゾのボルテージが思いのほか上がっており、あまり会話が噛み合っていなかった。どうにか話し合いでことを進めたいと思っている風次郎と伐折羅は、それでもきちんとした対話を試みる。
「さっき他の者も言っていたでござるが、お主が空賊になったのにはそれなりの理由があるのでござろう?」
「理由ばっか考えてるあなた、迷ってんじゃないですか」
「い、いや迷ってるのは拙者ではなくお主……」
「いいか! 人間熱くなった時が、本当の自分に出会えるんだ!」
「……」
 もう勢いだけで喋ってると思われるシューゾに、さすがの伐折羅も言葉に詰まる。熱くなりすぎたシューゾは、なかなか手に負えないのだ。
 と、その時だった。2枚の皿が、静かにテーブルに置かれた。
「どうやらあなたには、言葉よりもこちらで説得する方が有効みたいですね」
 そう言って、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)がイスに腰掛ける。
「食いしん坊の異名を持つ男……それを聞いてオレが黙っていられるはずがありません。1日に10食とおやつがなければ生きていけず、鬼にも勝る食欲を持ち、歩く食糧危機とまで言われたこのオレが」
 どうやらその筋では大食漢で有名らしいリュースは、シューゾにライバル心を燃やしたらしい。
「どうです? オレと食べ比べをしませんか? 負けた方が勝った方の言うことを聞く。簡単でしょう」
 食いしん坊と謳われているのはシューゾも同じ。ましてや今のシューゾは気持ちが高ぶっている状態だ。勝負を受けない理由はどこにもなかった。
「すぐやっちゃうから! いい? 覚悟しとけ!」
 威勢の良いシューゾの言葉をスタートの合図に、リュースとシューゾの食べ比べ勝負がここに始まった。
 次々と運ばれてくる肉や野菜、ライスをふたりは信じがたいスピードで胃に流し込む。周りが呆気に取られている間にも、ふたりの脇には皿がどんどん積まれていった。数十分の間に、その枚数は軽く30を超していた。
「ははは、なかなかやりますね」
「お米食べろ! ほら、一生懸命頑張んなきゃ! ネバーギブアップ!」
 爽やかなリュースと、暑苦しいシューゾ。姿勢は対照的だったが、その食事量はほぼ互角だった。そしてさらに十数分が経過した頃。さすがにふたりとも、少しペースが落ち始める。それでもなお口に食べ物を放り込み続けるふたりに、周囲の者たちも感動を覚えていた。汗が流れ出したリュースとシューゾに、思わず伐折羅が声援を送る。
「頑張れ頑張れ出来る出来る絶対出来るでござるよ! やれる、気持ちの問題でござる! 頑張れ! 諦めんな絶対に諦めるなでござる! カシウナの街だって頑張ってござるのだから!!」
 シューゾに負けず劣らず熱い男である彼も、興奮のあまりふたりとも応援してしまった。しかも熱くなりすぎて言ってることがよく分からない。が、伐折羅にとって最早そんなことはどうでもよかった。目の前で熱い戦いが繰り広げられている。それだけで心は動かされるのだ。
「周りのこと思えよでござる! 応援してる人たちのこと思ってみろでござる! 積極的にポジティブに頑張れでござる!」
 伐折羅の応援が、より一層激しさを増す。なんなら今この酒場で一番うるさいのは彼だった。
 そして、たくさんの空き皿に囲まれたふたりの勝負に、終わりが訪れた。シューゾの前に出された48皿目の料理を、彼は食べきることが出来なかった。勢い良くイスから転げ、床に寝転がったシューゾをリュースは横目で見て微笑んだ。彼の脇に積まれた皿の数は50皿。僅差の勝利である。
「正直、オレも限界は近かった……しかし、勝利は勝利です。言うことを聞いてもらいますよ」
 腹をさすりながら、リュースはシューゾに言う。
「ヨサークさんを助けるため、ザクロの支配から抜けてもらいましょうか」
 それは、今までのリュースの言動からすればやや意外な言葉だった。さほどヨサークと仲が良いわけでも、ヨサークの空賊団に入っていたわけでもないからだ。
「お主……」
 体を張ったその説得に、伐折羅は思わず声を出す。リュースは穏やかな声で言った。
「ああいう男が下らない女の走狗になった挙句死んだら、この空の空気がまずくなりますからね。オレはおいしいものが好きなんです」
 店の天井を見つめたまま大の字で横になっているシューゾの耳に、次々と言葉が入り込んでくる。リュースの後に言葉を発したのは、それまで黙っていた風次郎であった。
「数日前、俺たちがカシウナの街に行った時見た景色はひどいものだった。今のままでは他の街も似たような被害が出てしまうだろう。そんなことになれば、空賊という存在が完全に忌み嫌われる絶対悪になってしまうぞ。その状況を打開出来るのは、他ならぬおまえたち空賊自身なんじゃないのか?」
 シューゾはゆっくりと起き上がり、周りを見る。洋兵やユーディット、アルゴやリュース、風次郎に伐折羅が揃って自分に視線を向けていた。
「俺は……」
 シューゾが何かを言いかけたその時だった。
 酒場を揺らすような重低音がごおんと響き、他のあらゆる音を飲み込んだ。それは、あの空賊の大号令と共に鳴るはずの大鐘の音だった。
「俺は……無理だって諦めてるんじゃないですか!? 出来る出来る出来る、頑張れば出来るって!」
 その鐘が、最後の一押しとなった。多くの生徒たちに鼓舞された彼の心は、再び燃え始めたのだ。
「ここで頑張れば、必ず目標達成出来る!」
 シューゾは脇目も振らず駆け出し、自身の飛空艇の下へと雄叫びを上げながら去っていった。後に残った生徒たちは顔を見合わせ、誰からともなく笑いをこぼしていた。