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ホレグスリと魂の輪舞曲

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ホレグスリと魂の輪舞曲

リアクション

 ――ホレグスリ
 ――やることはただ
 ――ひとつだけ
 ということで、土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)はホレグスリの噂を聞いたその瞬間に、迷わず空京にやってきていた。ピノを人質にここまで来ていることもリサーチ済みである。
「よおむきプリ。用件は分かってんだろ? ほらほら、さあ出すモン出してもらおうじゃねーの、ええ?」
 軍人口調はどこへやら、完全に素の状態で雲雀は言った。片足に体重をかけて顎を上げ、むきプリ君を睨めつける様は堂に入ったものだ。
「ムッキー達の姿見た瞬間に飛び出してっちゃったよ……」
 それを遠目で見ながら、エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)は苦笑を漏らした。
「……傍から見ててカツアゲにしか見えないね、アレは」
 本当にカツアゲをしているとは思いもしなかったが。遊園地にて、雲雀はむきプリ君に無理やり薬を飲まされそうになっていた。それが許せなくて、文句でも言いにきたのだろうと捉えていたのだ。
 しかし。
 雲雀は主に、エルザルドに復讐の炎を燃やしていた。イルミンスールではまんまとホレグスリ入りのスープを飲まされ、遊園地で筋肉に迫られたのも、元はといえばエルザルドにハメられたせいである。
 いつか仕返しをしてやろうと常日頃から思っていたわけで。
(3度目はねーぞ、あんにゃろーッ!!)
 と、いうわけである。
「ホレグスリはどこだ? 持ってないなんて言わせねーぞ?」
 一方、むきプリ君は彼女の変貌ぶりに面食らうと同時、不届きなことを考えていた。
 この前もちっこくて可愛いと思ったが、乱暴な態度もまた可愛いじゃないか。こいつはパートナーさえいなければ俺のものにできる。俺は気絶させたのは、こいつのパートナーらしいからな。
 とかなんとか。
 その考えを察したのか、エルザルドの存在にとっくに気付いていたぷりりー君がぼそっと言った。
「今日もパートナー、来てるよ」
「何っ!?」
 彼の視線を辿ると、確かに遊園地に居たような居なかったような奴が離れた所に立っている。瞬殺された為、記憶は定かではないが――
 むきプリ君は、素直にカツアゲに応じた。
 小瓶をひったくると、雲雀はエルザルドに駆け寄って行った。

 戻ってくる雲雀を見て、エルザルドはやれやれと両手を広げた。抱き止めてあげようと思ったのだ。
(また、ムッキーに何か言われたかな……?)
 ぱしゃっ!
 だが顔に何かかけられて、彼の動きは止まった。指で頬を触って、その液体をまじまじと見る。
(まさか、コレ……何考えてるんだこの子は……!)
「っくーっ! どうだ、エル! これで今回はあたしの勝ちだっ!!」
 たまらない、という感じで雲雀は両の拳を握ると、ぱっ、とエルザルドを見上げた。その顔が徐々におろおろっとしていく。
(……あれ? エルが全然動かない……? もしかしてあたし……怒らせた……? …………よ、よくわかんねーけど、謝って……っ!?)
 いきなり抱き寄せられ、びっくりして頭が真っ白になる。ふっ、と、耳元に熱い息がかかって雲雀は思わず身をよじった。力が強くて逃げられない。
(こんなヤバいエル、初めてだ……!)
 力が強くて逃げられなくて、少しだけ――怖い。
 顎が引き寄せられ、目と目が合う。
「……!」
 雲雀は息を呑んだ。そのエルザルドの表情に。上気した顔。そこから漂う、人を惹きつける男の香り。
 でも、でもそれよりも――
「思った以上に辛いね、これ……。体が熱くて仕方無いんだけど、当然責任取ってくれるんだよねえ?」
「えっ……!」
 狼狽える雲雀に、エルザルドは困ったような笑みを浮かべた。
「……冗談だよ。お仕置きの一つでもしてやりたいのは本当だけど……今回は、これで許してあげる」
 頬に軽く口付けをして、身体を離す。
「効果が切れるまでちょっと空を飛んでこようかな。…………あんまり傍にいると、我慢できる自信無いから」
 翼を開き、空へと舞い上がっていくエルザルド。小さくなっていくその姿をしばらく見詰め、雲雀は俯いた。キスされた驚きよりも、彼が辛そうにしていたのがちょっとショックで。
 契約してから深まった絆。恋愛とは縁の無い関係。それが大切だし、心地良いのに。
「……悪いことしちまったかな……ごめん、エル」

 空京病院の一室。
 寒極院 ハツネ(かんごくいん・はつね)は、ピンクのスモックタイプのパジャマを着てベッドで半身を起こしていた。訪れた祥子の話を口を挟まずに聞いている。エリザベートとアーデルハイトは、その後ろで静かにしていた。
「ですから、ホレグスリというのは名称こそ多少問題ではありますがこのように発展させていけば様々な利用方法がある非常に優れた薬なのです。それを消去するなど愚の骨頂。シャンバラ、ひいてはパラミタの未来を摘み取ることにしかなりません。どうか、ホレグスリの存続を特記事項として加えていただきたいのです」
 引き続き特技の説得を使い、話をする祥子。さすがに本人の目の前で委員会の否定などはしない。委員会廃止を求めるほどの引力はホレグスリにはない。ここは、薬の承認だけを求めるべきだろう。
「認めることはできないザマス」
「何故ですか!? 名称がネックになっているというのなら……」
「そういう問題ではないザマス!」
 ハツネは祥子を一喝すると、小さく咳き込んでから話し始めた。
「名前を変えようが他に利用方法があろうが、ホレグスリが男女、種族、恋愛対象全てを超越して知能ある者達を獣に変えてしまう事に変わりは無いザマス。その根本的な効果が消滅しないのなら、そんな薬は、最初から必要無いザマしょ。校長も同意の上だと思うが」
「エリザベート校長は、ホレグスリの製造を認めてくださいました」
「見え透いた嘘を」
 せせら笑うハツネに、エリザベートがもごもごと言う。
「私はぁ〜、一応製造者ですからぁ〜、あの〜、う〜……」
 エリザベートはハツネが苦手らしい。
「ハツネ女史は、初心なのですね」
「なんだと?」
「そんなに言うのなら、この薬の効果をお見せしましょう」
 祥子はそう言うとホレグスリの小瓶を取り出し、蓋を取った。
 直後。
「もごっ!」
 エリザベートの口に瓶を突っ込んで垂直に傾ける。中の液体が無くなったところで、祥子は瓶をきゅぽんと抜いた。
「なにするですぅ〜……私はぁ〜……好きですぅ〜……」
「私の時とはまた、微妙に違うのお……」
「これは……! こんなものを認めろというのザマスか!」
 祥子にしがみつき、惚れるというよりは甘えるようにするエリザベートにハツネは呆気にとられた。祥子はレコーダーのスイッチを入れる。
「私も好きよ、エリザベート……まあ、見ててください。エリザベート、『一つ』聞きたいことがあるんだけど……」
 エリザベートは一瞬ぴくっとなってから、祥子を見上げた。
「なんですかぁ〜?」
「ホレグスリは、あなたにとって、どんな存在?」
「私が研究を重ねて作った薬ですぅ〜。子供みたいなものですぅ〜。製造を中止するなんてもったいないですぅ〜」
 予想外の答えに、ハツネは言葉を失った。ホレグスリをエリザベートが作っていたとは、知らなかったのだ。
「完成した時は、嬉しかったですうぅ〜」
 幸せそうな顔で話し続ける彼女に、そこまで大きな存在だったのかと驚くハツネ。ほんの少しばかり備わっている情が表に出かけたが――
「これでハーレムが作れると思ったですぅ〜」
「「「!」」」
「クリスマスにイケメンをはべらせたかったですぅ〜」
「え、エリザベート、ありがとう……ご苦労様。ごほん。このようにですね。『一つ』という単語を入れるだけで容易に本音が……」
「出て行くザマス!!!」
 閉め出されてから、祥子はエリザベートを抱き締めて、アーデルハイトに気付かれないようにとりあえず触るべき所をさわった。本音モードの時は中身は素面な訳だが。
 満足して、恋人からもらってきた解毒剤を飲ませる。
「エリザベート校長。余計なことを言いすぎです。後少しで……」
「セクハラですぅ〜〜〜〜〜!!!!」
 ファイアストームが廊下を走り抜け、火災報知器がけたたましく鳴り出す。
「それに、私だって好きであんなこと言ったわけじゃないですぅ〜〜!!!」

「試飲会ですか〜? 面白そうですね〜」
「このホレグスリも試してみたいね! 成功したっぽい方はー、色が元のと変わんないから紙コップに線でも引いとく? やっぱり効果を知りたいからね!」
 ひな達の話を聞いて、明日香と煌星の書は目を輝かせた。早速準備をする2人に、回復した涼介がペットボトルに入れた液体を渡す。
「この解毒剤も持っていくか。薬草の効果から考えて作った解毒剤だ。何が起こるかはわからないが、運よく相殺出来るかもしれないからな」
 気絶から目覚め、涼介はむきプリ君のいなくなった部屋で薬作りに参加していた。とんでもない薬を飲まされたのでそれの解毒剤を半死半生で作り、命が助かった後は新ホレグスリの材料をチェックして対応する解毒剤製作を試みていた。誰も帰ろうとせず、面白がって薬を作っているのだから仕方がない。被害を最小限に抑えられそうな方法をとったまでである。まあ――
 失敗作に対するものと違って危機感が違うし、効能は保障できないが。
 何しろ、ここにはろくな設備も材料もないのだ。
 そして、作った以上は責任を持って、公園まで付き合わなければいけないだろう。カプセルもまだ残っているし、度を越しそうな奴らには片っ端から飲ませていけば試飲会も大事にはなるまい…………多分。
「ねずみさん達はどうするの?」
 ヒールをかけられたものの未だ気絶中の幻奘達を見て、ピノが言う。
「そのうち目覚めるだろうし、大丈夫だろう」
「そうだね! じゃあ行こっか!」
 在るだけのホレグスリを分担して持つと、6人は出て行った。静かになった室内で、狸寝入りをしていた幻奘が立ち上がる。
「よ、良かったアル! これで助かったアル! サルに連絡するアルよ!」
 外に出ると、ピノはホテルの前にいた真菜華に飛びつかれた。彼女はちょうど、騒ぎの情報を聞きつけてやってきたところだったのだ。
「わーいピノちゃん、ケーキ祭以来だねっ☆」
「ま、マナカちゃん!」
「もー、いつ見てもちっちゃくて可愛いーなぁ!」
 抱きしめてすりすりっとされながら、ピノは真菜華に提案した。
「これからホレグスリの試飲会をやるんだって! 面白そうだから一緒に行かない?」
「試飲会ってことは、ばらまくんだねっ! ところでピノちゃん、おにいちゃんに会った?」
「え? 来てるの?」
 ピノは驚いてから、少しテンションを下げて言う。
「あー……まあ、来るよね、それは……」
「マナカの勝ちっ! お礼に、何おごってもらおうかにゃ〜」