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ホレグスリと魂の輪舞曲

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ホレグスリと魂の輪舞曲

リアクション

 第3章


 サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)は不穏な空気を感じつつ、空京内の立体交差や路地を軍用バイクで走っていた。わざと複雑な道を選び、角を何度も曲がって尾行者を警戒する。
「大丈夫のようですね。では……」
 目的地であるインターネットカフェへと急ぐ。彼は、ぷりりー君がホテルまで運んできた資料を持っていた。複製を作り、私宅で保管する為である。むきプリ君達には資料を隠すとだけ伝えてあり、秘密裏の行動が必要だった。ホレグスリと解毒剤の完成品は、教導団に残っているので置いてきている。かさばるし、1本も無い状態だとむきプリ君は落ち着かないらしい。
 ネカフェで受付の最中、店員の後ろにあるテレビが淡々とニュースを流す。
『本日午後、空京にある商業ビルの貯水槽に、ホレグスリが混入されるという事件が起きました。実行したのは十代の少女。むきプリ君という筋肉プリンに命令されたということです』
 切り替わった画面に現れたのは、実物のむきプリ君より数倍かっこいい似顔絵だった。
「これは……」

 その頃、ホテルの高層階にある1室。
 応接テーブルを挟み、クエスティーナはむきプリ君達と向かい合っていた。何だかドブ臭かった2人は、入浴後に新しい服も用意され、かなりの高待遇を受けている。
「安心薬を、持ってきました……。ムッキー様には……今後必要になるでしょうから……」
 薬を渡すと、彼女は早速本題に入った。
「非道徳、不健全、危険だとダメ……なんですよね? ホレグスリは非道徳……。もう、イルミンじゃ作れない……ですね」
「ああ。だから……別の場所で製造が続けられるように策を練っている。協力者も今回は多い」
 むきプリ君はそうして、蒼空学園に研究所を設けるように『交渉』をしていること、空京公園で試飲会を開いて認知度を上げようとしていることを説明した。
「試飲会……成功すれば、いい……ですね」
 ホレグスリを原液のままばら撒いて良い結果が出るとは思い難い。だが、落ち着いて説得をする為にクエスティーナはそう言った。
「女の子を使って『交渉』……している、と聞きました……。蒼学は……脅迫では場所をくれないって……頭のいい貴方ならお分かりですよね……」
 頭が良い、という言葉に、むきプリ君は露骨に反応した。口元が緩むのを我慢しているのが、まるわかりである。
「持ってきていただいた資料は……サイアスが今、隠しています。……ロッカーの鍵は……お渡しします……受け取ったら……他の人達に資料の紛失をアピール、してください……情報は、守られます……。そして落ち着いたら、ですが……」
 クエスティーナはそこで、にっこりと淡い笑みを浮かべた。
「お2人とも、教導団にいらっしゃいませんか? 薬の納品先として……歓迎します」
「…………!」
 予想もしていなかった提案に、2人は驚いて言葉を失い――先に発言したのは、ぷりりー君だった。
「て、転校しろってこと?」
「ムッキー様は……有能な化学者で……魔法薬学者ですから……、他にも色々開発もできるでしょうに……勿体無いです。失礼、ですが……イルミンは貴方方の価値を過小評価してると、思います……教導団は、才能を無駄にしません。団の技術科や秘術科には……科毎に独立した……研究棟も、あります……」
「…………」
「一緒に夢を……叶えませんか?」
 握手をしようと差し出されたクエスティーナの手を、むきプリ君が取ろうとした時――
「きゃ……!」
 けたたましい音と共にホテルのガラスが割れた。軽身功でここまで登ってきたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)がドラゴンアーツでガラスをぶち破ったのだ。
 反射的に、クエスティーナはソファの上で頭を抱えた。幸いなことに破片はここまで飛んでこなかったが、ぷりりー君はテーブルを周って彼女の側に行った。ラルクはびっくりしすぎて動けないむきプリ君に近付いた。
「行き成りで悪いが、ホレグスリを渡してもらうぜ!」
「ほんとにイキナリだよ! 他にやり方なかったわけ!?」
「外からなら、どの部屋に居るかまでわかるかもしれないじゃねーか。一番早えーだろ?」
 置いてある鞄からホレグスリを一掴み取り出す。ラルクの体つきを見て、むきプリ君が言った。
「なんだか親近感が湧くな……その薬を何に使うんだ?」
「何って……いや、俺も実は知らねえんだけど……あ、ここの部屋ナンバーっていくつだ?」
 むきプリ君が答えると、ラルクは携帯電話を取り出した。通話相手に部屋の場所を教えている。その誰かさんが来るまでの間に彼は言った。
「あ、そうそう、お前ら、このホテルに入るの結構目撃されてるぜ。むきプリはニュースにもなってるからそのうち警官も嗅ぎつけるかもな」
「ニュ、ニュースだとぉ!?」
「その前に……ガラスが割れれば、警備員さんが来るはず……」
 そこで呼び鈴が鳴り、ラルクが秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)を連れてきた。
「闘神が情報攪乱を使ってるから、その点は心配ねえ。ほれ闘神、ホレグスリ……てか誰に使うんだ?」
「あぁん? 狙うぁむきプリに決まってらぃ!」
「は? むきプリ?」
 ラルクはぽかんとして、むきプリ君を振り向いた。
「いや、まぁー確かに筋肉すごいから闘神の好みのタイプだろうが……」
 とんでもないことを聞いて、むきプリ君はなぬっ? と立ち上がった。何かどこかで言った気がするが、むきプリ君は受精卵になった瞬間から女好きである。
 ……今の所。
「あいつにホレグスリを飲ませて我にメロメロにさせるんでぃ! 恋人同士になりてぇな! なんてったってぇ我は筋肉ぁ大好きだしな!」
 むきプリ君は忙しなく室内を見回した。どこか逃げられる所はないか……! 窓は……いや死ぬな。いや俺なら死なない気がする。いやしかし……! 洗面所か!?
 そんなむきプリ君に同情の視線を送りながら、ラルクは言う。
「なぁ、俺も手伝わなきゃダメなのか?」
「潜入に協力したじゃねぇかい!」
「……………………。」
 ラルクはしばし閉口してから、ため息を吐いた。
「別に二人盛ろうが俺には関係ねぇが……ま、パートナーだし……仕方ないよな……」
 むきプリ君は既に洗面所に逃げ込んでいたので、仕方なくそのノブを壊して鍵を開ける。洗面所の壁に張り付いてイヤイヤをするむきプリ君を羽交い絞めにして、薬を飲ませる体勢にする。同じ筋肉でも同じなのは見た目だけで、ラルクと彼では鍛え方が天と地ほど違っていた。
 もがこうとするむきプリ君に、ラルクは言う。
「すまん。大人しくしてくれな?」
(……俺だって出来る限り早く終わらせたいんだからよ)
「ほれ! ぐぐーっと飲んじまいねぇ!」
 闘神の書がホレグスリをむきプリ君の口に流し込んでいく。次から次へと……
「闘神といったか……なかなか良い筋肉をしているな…………愛している……」
 あっという間に、むきプリ君は陥落した。ホレグスリには受精卵も負けるようだ。
「ラルク、あんがとうよ! 後は我の出番だな! 愛の行為を一杯楽しもうぜぃ!」
 2人はちょうど隣にあった風呂場へと入っていく。ラルクが何か哀れんでるみたいだけどまあ関係ない。
 お楽しみはこれからってよぉ!
「さあキスをしようぜ! ガンガンケツも掘ってやるぜぃ!」(←エコー
 ――以降、自主規制――
「そんじゃあ……まぁ、ごゆっくりと?」
 ラルクは洗面所から出ると、入口からこっそりと覗いているぷりりー君とクエスティーナに言った。
「……ほどほどにしとけよ?」
 部屋を出て廊下を歩いていると、ラルクはよく知った顔と行き会った。巨大なナニカについてとかRなナニカについてとか話し合ったこともある連中だ。
「むきプリに用事か? それなら、今………………」

「だから、砕音専用だって言っただろーがーーーーーーーー!」

「なん……でしょう……?」
 廊下から何やら叫びが聞こえて、クエスティーナ達は顔を見合わせた。ほどなく中に入ってきたのは、ミヒャエル・ホルシュタイン(みひゃえる・ほるしゅたいん)神無月 勇(かんなづき・いさみ)だった。
「逃げられちゃったね。まあしょうがないか」
 ミヒャエルはぷりりー君に目を止めると、言った。
「解毒剤はあるかな? むきプリ君と話がしたいんだけど」
 ぷりりー君は鞄を持ってくると、素直に解毒剤を渡した。ミヒャエルは勇に指示して闘神の書の後ろから吸精幻夜をかけさせる。自我の無い勇が相手では、殺気看破も効果がない。……これ以上ないほど無防備だっただろうが。
 勇は幻惑に成功した闘神の書を洗面所から連れ出すと、その下を脱がして巨大なナニカを……
 ――だから、自主規制でお願いします――

「お、お前達は……!」
 我に返ったむきプリ君は、ミヒャエルを見て慌ててズボンをたくしあげた。室内を見回して逃げられそうな場所を探す。
 な、なんだ……? ナニカ……もとい、何かおかしいだろう! なんで俺は、男から必死こいてやられないように身を守ろうとしてるんだ……!? しかし、さっきは……いやいや……ああ、やられないに漢字が当てられない……! 『殺る』なら平気で変換出来るのに……!
「そう警戒しないでよ、むきプリ君。この前はいきなり●●●して悪かった。僕らが去った後、もっと酷い目に遭ったと聞いた。だから今度は君の護衛をしたい。本当に本当だよ」
 ミヒャエルが言う。
 そう、彼と勇は遊園地でむきプリ君の童貞を奪っていた。むきプリ君のトラウマランキングナンバー1になる2人組だ。今、更新されたような気もするが。
 ……ともあれ、吸精幻夜をかけられてはいたが、彼等の事ははっきりと覚えている。ちなみにぷりりー君と2人は面識がない。
「これが武器だ!」
 ミヒャエルは、どでかい噴霧器をむきプリ君に見せた。容量が4リットルはありそうな蓄圧式噴霧器である。
「それでホレグスリを敵にかけるということか?」
「いや、もう中にはブツが入ってるよ。中身はお楽しみだけどね」
 思わせぶりに言うと、ミヒャエルは続ける。
「むきプリ君、ウチに来ないかい? 薔薇の学舎なら非道徳、不健全、危険と思われる全ての魔法実験が可能だからね」
「何だと……!?」
「て、転校しろってこと?」
 まさかの、スカウト第2校目である。
「ホレグスリは学生でも科学者でもない者が作れる位だし、イルミンの優秀な学生であるむきプリ君はもっとすごい媚薬を作れるだろ?」
「待って……ください……ムッキー様は……教導団に……」
「お尋ね者になっちゃった今、あの団長が受け入れてくれるかなあ」
 その時、室内に荒々しい音を立てて複数の男達が入ってきた。
「むきプリ! ここに居るのは分かっている! 大人しく出てきて……うわっ、なんだ? 俺は何も見なかった……」
「警部、容疑者の名前をあだ名で呼ぶというのは……」
「本名を知らんのだ!」
「本名なんてあったっけ?」
「あるだろそりゃ」
「生まれた時からむきプリだったら親の顔が見てみたいな」
 警部という所から考えるに、警備員ではなく警察らしい。しかも、結構な人数が来ているようだ。
「よし、この武器の出番だな!」
 噴霧器を構え、ミヒャエルが洗面所を出て行く。鞄を持ったぷりりー君とクエスティーナ、むきプリ君もそれに続いた。むきプリ君は服の乱れを直している。
 噴霧器を見て、警官達はどよめいた。
「まさかホレグスリか!?」
「警部、本官は人前であんなことになるのはごめんであります!」
「俺もごめんだ!」
 あの2人はホレグスリを使っていないのだが。
「ただの噴霧器と思うなよ」
 ミヒャエルはニヤリと笑うと、一気にそのトリガーを引いた。
 ぶしゅーーーーーーーーーーーーー!
「ぐあっ!」
「く、臭ぇ!」
「き、気持ち悪い……」
「NOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!」
 ――噴射距離、約6.5m。噴霧面積、約14〜18坪。薔薇の学者薔薇園備品データより――
 直撃を受けた警官達は、悶絶した。臭すぎて目も開けていられない。ミヒャエルはファブリーズ(普通サイズ)を1本出すと、ぷりりー君に渡した。もちろん、自分も1本持っている。
「今のうちに逃げるんだ!」
「な、何を入れたの?」
「スウェーデン名物ニシンの缶詰、『シュールストレミング』の汁、だ! まいったか!」
 ちなみに汁は、勇に入れさせた。
「ぬあぁ! 臭ぇ! ……おう…………ぬわぁ! 臭ぇ!」
 あまりの臭いに我に返った闘神の書が勇に吸精幻夜され、また我に返って勇に吸精幻夜される。根性で臭いを耐え抜いた警官が迫ってくる。
 ぶしゅーーーーーーーーーーーーー!
「ぐわあああああああああ!」
 そして、むきプリ君達は逃げ出した。