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リアクション
苺の香りに包まれて
ケーキ、ムース、スフレ、パイ? それともタルト、ダコワーズ? シャルロットにロールケーキにゼリーにジャム。苺にあうスイーツは数限りなく。
さて何を作ろうか、と考えて、最も作る人が多かった苺のお菓子は『いちご大福』だった。
いちご大福といっても、作り方は様々だ。こし餡、つぶ餡、白餡、黄身餡、カスタード等々。くるむ皮も、白玉粉で作った求肥、餅を練ったもの、羽二重粉、とよく見るものだけでも結構な種類がある。
「スイーツフェスタが成功するように、おいしいお菓子を作るぞ」
はりきって本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が作るのは、求肥を使ったつぶ餡のいちご大福だ。
用意されている苺を1つ味見してみた。大粒の苺は酸味と甘味のバランスがとれていて、果汁たっぷりでジューシーだ。
ポージィおばさんが大切に育てた苺だからこそ、苺自身の味を十分に味わってもらいたい。だから、苺の味を引き立たせるようにと、涼介は水につけておいた小豆を甘さ控えめのつぶ餡に仕立てた。
白玉粉と砂糖と水でなめらかに練り上げた求肥は2つに分けて、片方はそのままの白、もう片方はほんの少しの食紅でピンクに色づける。
ヘタをカットした苺をつぶ餡でくるむと、涼介はそれに求肥を着物の衣紋をあわせるように着せかけた。白とピンク、2つのいちご大福を並べるとまるで、お内裏さまとお雛様のように見えた。
「売る時は2つセットで頼む。ばらばらにしたら寂しいだろうからな」
売り子をする予定でいるエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)は、涼介の作ったいちご大福の出来映えに見とれて言う。
「まるで兄さまと姉さまのようですね」
「上手だねぇ。私にもこんな風に作れるといいんだけどねぇ……」
涼介の作ったいちご大福を眺め、芥 未実(あくた・みみ)は不安そうに顔を曇らせた。スイーツ作りを手伝うという久途 侘助(くず・わびすけ)についてきたものの、未実はこういうものを作ったことがない。
「何を心配してるんだ未実、ほらこの苺を見てみろ。つやつやで美味そうだ。これを使って、皆が喜んで食べてくれるのを想像しながら作ったら、絶対美味いいちご大福が作れるぞ」
侘助の励ましに、未実は繰り返す。
「皆が喜んで……」
「ああそうだ。苺を食べるにしろ、色々な食べ方ができるのって贅沢で楽しいだろ」
屈託ない笑顔で言う侘助に、未実も表情を緩めた。
「そんなこと考えてお菓子を作ることにしたんだね。侘助のことだから、食べることしか考えてないと思ったよ。分かった。うまく出来るかどうかは分からないけど、私も手伝うよ」
「よし。っと、餡子は作ってきたから、まずは苺をこれで包むんだ」
慣れない未実の為、侘助はあらかじめこし餡を作って持ってきていた。未実がそれで苺を包んでいる間に、鍋で求肥を練り上げてピンクに色づけする。
「この皮で苺の入った餡子をつつむんだ」
侘助が包んでみせるのを見ながら未実も包もうとするが、求肥の皮は餡子ではなく手の方にべたべたとくっついてくる。
「うぅん……なかなかうまく包めないねぇ……」
「片栗粉を手につけると皮がくっつきにくいぞ。けど、合わせ目にはつけないように気を付けるんだ」
合わせ目に片栗粉がついてしまうと、餡子を包んでもそこから開いてきてしまう。苦労しながら作っているうちに、未実もやっと1つを形にできた。
「よし、うまく作れたよ。美味しく食べてもらえたら嬉しいねぇ」
「ああ、美味いものを食べると幸せになれるからな」
ちょっと歪な処もあるけれど、一生懸命に作ったピンク色のいちご大福。どうか誰かに喜んでもらえますように。
風森 望(かぜもり・のぞみ)が作るいちご大福は、求肥ではなく餅を練り上げた皮にこし餡、白餡の2種類を包んだものだ。
ヘタをとった苺は優しく洗い、よく水気を切っておく。水気が残っていては味も落ちるし、傷みやすくもなってしまうからだ。
柔らかく茹で上げた小豆をこして皮を取り除き、砂糖で味付けして力を入れて練り上げる。同様に白あずきを使って白餡を作る。
「望、なんでしたらこのわたくしが手伝ってあげても……」
いちご大福作りが気になるのか、望の周囲をうろうろしていたノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)は、もったいぶった様子で切り出した。が望はそれを即座に却下する。
「調理の邪魔ですので、売り子でもしていて下さい」
「お待ちなさい、邪魔とはどういうことですの? わたくしだって料理の1つくらいは……」
「摘み食いしかしないでしょうから、結構です」
ノートの家に仕えているメイドらしく言葉遣いこそ丁寧だけれど、ざっくりとノートの申し出を拒否して、望は忙しくいちご大福作りの手を動かし続けた。
苺をそれぞれの餡で隠すように包み、ころんとした球になるように形を整える。それを蒸して柔らかくなった紅餅に片栗粉を塗したもので更に包み込んだ。とじ目を下にして形を整えた上に、ヨモギ餅を苺のヘタの形にしたものを載せて、苺をかたどったら出来上がり。
紅餅でなく、白餅で作ったものも同様に苺をかたどった形に仕上げる。
「まあ見事なものですね……。わたくしも売り子として、商品を人に勧める以上、その味や食べやすさなでをしっかり把握していなくてはいけません。そうは思いませんこと?」
いちご大福の完成度に心惹かれたノートに言われると、望はにこりと笑った。
「お嬢様、摘み食いはしないで下さいよ」
「摘み食いなどとはしたない真似をわたくしがするはずありませんわ。そう、ただこれは売り子という仕事の上で、必要なことなのですわ」
「それでも摘み食いは禁止です」
とりつく島もない望に、ノートは一旦は引き下がった。けれど、形良く整えられた和菓子のたたずまいが気になって仕方がない。そして望が目を離した隙に、こっそりと近くにあった白いいちご大福に手をのばす。
「望は、職務上必要な情報があるということを分かっていないのですわ。それを正すのもわたくしの役目……っっ!」
ぱくり、といちご大福をかじった途端、ノートは声にならない声を挙げた。目には涙が浮かび、息も絶え絶えに水を求めて喘ぐ。
「禁止だと言いましたのに。誰であろうと、摘み食いにはお仕置きです」
やっぱりこんなことに、と望はノートがかじったいちご大福……いや、切り口からのぞくのはこし餡でも白餡でもない山盛りワサビの、わさび大福に目をやって、ふぅと溜息を吐いた。
「どうしたの? 大丈夫?」
追加の苺を持ってきたニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)が、のたうっているノートに気づいて目を見開いた。気分でも……と心配するニコに、望は何でもありませんから、と笑顔を向けた。
「お嬢様にも躾は大切ということです。さあお嬢様、こちらへ。しばらくはできるだけ息を止めていた方がいいですよ」
さあさあと望はノートを洗面所へと促して行った。
「はい、葵ちゃん、汚れるからエプロンをしましょうね」
エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は用意してきたお揃いのエプロンを、秋月 葵(あきづき・あおい)につけてやった。
「このエプロン、苺柄で可愛い! エレンとお揃いなんだね〜♪」
「ええ。思った通り、葵ちゃんによく似合ってます」
お菓子を作るには気分も大切、とエレンディラは満足そうに葵の姿を眺めてから尋ねた。
「それで、何のお菓子を作るかは決まりました?」
「うん。苺のムースにしようかとも考えたんだけど、やっぱり、たっぷり苺を使った苺のタルトが良いなぁ〜」
「葵ちゃんの好きな苺タルトに決めたんですね。じゃあガンバって美味しいのを作りましょう」
作り方を知らない葵の為に、エレンディラはタルトの手ほどきをする。
「はい、じゃあまずこのバターをよく混ぜて下さいね」
室温に戻したバターを柔らかく練りこんだら、砂糖を入れて、卵を入れて。アーモンドプードルと小麦粉と塩をあわせてふるったものを入れ。
「ちょっと力がいりますけれど、これを混ぜて下さいね。粉が少し残っているくらいまででいいですよ」
「うん、しょっ、と……お菓子作りも結構力がいるんだね〜」
「いい感じですよ。はい、じゃあそれを休ませておく間に、今度はカスタードクリームを作りましょう」
材料を合わせたところに、沸騰寸前まであたためた牛乳を入れて、よく混ぜたものを漉して鍋に戻したら、ここからはひたすら混ぜる作業。
「葵ちゃん、腕を休めるとなめらかなカスタードクリームになりませんよ」
「う〜、でも腕がだるいよ〜」
徐々にとろみを増してくるクリームは、木べらをじわじわと絡め取って重くする。葵がぎゅっと口唇を引き結んで混ぜているのを見かねて、エレンディラは尋ねる。
「代わりましょうか? 1人だと大変でしょう」
「ううん、自分でやってみたいんだ」
「そうですか。あと少しでクリームが出来上がりますから、ガンバって混ぜて下さいね」
腕が疲れるほど混ぜてカスタードクリームを作ったら、あとは楽しい飾り付け。
「飾りの苺は私が切りますね。包丁は危ないですから」
葵が怪我したら困るからと、エレンディラは朝摘みの苺をカットしたものを葵に渡した。
「あとは葵ちゃんのセンスで飾り付けたら出来上がりです」
「大粒の苺だから、華やかな飾り付けがいいなぁ〜。たっぷりとのせちゃおう」
カスタードクリームを流したタルトの上に苺をたっぷりとのせ、つやだしの寒天液を塗ってよりつやつやにする。それを生クリームを絞り出して飾り付け。
「葵ちゃん、手にいっぱい生クリームがついてますよ。あらあらココにも♪」
葵の頬に飛んだ生クリームを、エレンディラはついばむように舐め取った。びっくりした葵は顔を真っ赤にした。
「エレン……つ、次は何をすればいいのかな?」
「アクセントにアーモンドスライスやブルーベリーを散らしてみるのも良いと思います」
楽しく作った苺のタルトは、見ているだけで気分が浮き立ちそうな出来上がりとなっていった。
葵とエレンディラがはしゃぎながらタルトを作っている処からやや離れて、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)とミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は苺のヨーグルトトルテを作っていた。
花換まつりから戻ってきてから、ミレイユは時折悩んだり考え込んだりしていることが多くなっている。デューイとロレッタからそれとなく聞いたことが原因となっているのだろうと推測はついたけれど、自分が表立ってそれに触れてしまったら、余計にミレイユを悩ませることになってしまうかも知れない。そう思ったシェイドは、出来るだけ表に出さないようにしながらミレイユを気に掛けていた。
今日もまた、ミレイユは急に黙り込んだり、かと思えば不意に明るく振る舞ってみせたりと安定しない。それも彼女が悩んでいる過程なのだろう。
ケーキ生地を底に敷いた型に、ヨーグルト、サワークリーム、砂糖、リキュール、ゼラチン、レモン汁で作ったフィリングに、たっぷりのカット苺を入れて流し込んで冷やす。固まったら上に大粒苺と生クリームを飾って、甘酸っぱい香り漂う苺のヨーグルトトルテの出来上がり。
「凄く綺麗〜。やっぱりシェイドはお菓子作り上手だね〜」
「ミレイユが手伝ってくれたからですよ」
「ワタシはあんまり役に立ってなかったと思うけど」
そう言いながらも、ヨーグルトトルテの出来映えに嬉しそうなミレイユに、シェイドは味見用にとカットしたトルテを渡した。
「味見してもらえませんか? お客さんに出せる味かどうか確かめておかないと」
「え、いいの?」
ミレイユは笑顔でトルテを受け取ると、幸せそうに頬張った。
「美味しいよ〜。苺の酸味とヨーグルトが良く合ってる」
嬉しそうにトルテを食べているミレイユの頭を、シェイドは撫でた。けれどその途端、ミレイユは頭を垂れて俯いてしまう。
(いつもだったら……シェイドに頭を撫でてもらうと嬉しかったりほっとしたりするのに……)
今は不安が湧いてきて胸が苦しい。撫でられるのは厭ではないはずなのに、どうしてなのだろう……。
そんなミレイユの様子に気づいているだろうに、シェイドは変わらず優しい手つきでミレイユの頭を撫で続けた。そうしてもらっていると、波立っていた心がだんだん落ち着いてくる。
ミレイユが伏せていた視線を上げると、心配そうにこちらを覗き込んでいるシェイドと目が合った。これ以上心配をかけてはいけないと、いつもの笑顔を見せるとシェイドの顔もほっと明るくなる。そんな様子も嬉しくて。
(ワタシにとって、シェイドはやっぱり特別なのかな……)
お菓子作りに来ているんだから考え込むのはやめようと思っていたのに、シェイドの顔を見るとそんなことをまた考えてしまうミレイユなのだった。
神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)はムースとロールケーキ作りに挑戦していた。
「上手くできれば良いのですが……」
料理は得意だけれど、苺ムースとロールケーキを作るのはこれがはじめてだ。翡翠は丁寧に丁寧に、と心がけて作ってゆく。
ムースは、そこにビスケットを敷き詰めた型に、ゼラチンに苺とレモン汁、砂糖と生クリームを混ぜた生地を流し入れ、冷やし固める。固まったら切り分けてジャムとミントの葉を飾って提供するつもりだ。
ロールケーキの方は、天板にクランベリーを敷いた上に、ピンク色に染めた生地を流してオーブンで色良く焼き上げる。焼き上がった生地をさましたら、細かく刻んだ苺をたっぷり入れた生クリームを塗って、くるくると巻き上げる。こちらは少し落ち着かせてからカットする。切り口の美しさがポイントだから、息を詰めて慎重に切り分けた。
やっと出来上がったロールケーキだけれど、すぐ横でテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が作っている苺のショートケーキに目をやって、翡翠はため息を吐いた。
「上手ですねえ……自分のとは差がありすぎて……はぁ……」
「そのロールケーキも十分上手に出来てると思うけどな。お菓子が作れるだけすごいよ」
一応エプロンをつけて三角巾もかぶっているけれど、皆川 陽(みなかわ・よう)は実際には手伝いらしい手伝いはしていない。手際良くケーキを作っていくテディの横で、うろうろおろおろとただ動き回っているだけだ。なのにいつの間にか陽は粉まみれになっていて、主体となってケーキを作っているテディは全く汚れていないのは何故なのだろう。
「それにしても意外だね。お菓子作りが得意だなんて」
いつも修行修行と言いながら、冒険に出かけて戦っているようなイメージを持っていただけに、お菓子作りなんて繊細な作業が得意だとは思わなかった。そう無邪気に笑う陽の言葉に、テディの手元が狂って、がしゃ、と泡立て器が音を立てる。
「あ、そこ、クリーム飛んだよ」
陽に指摘されて、テディはごしごしと無造作にクリームをぬぐった。
一体誰の為に、お菓子作りの腕を磨いたと思っているのだろう、とテディは恨みがましい目を陽に向けた。バレンタインの日に陽からもらったチョコレート。ホワイトデーにそのお返しをするために、テディはその日から1ヶ月間、死ぬほどお菓子作りの特訓をしたのだ。
けれどけれど。陽はバレンタインデーにチョコレートを贈ったという意識もなければ、テディからケーキをもらったのがホワイトデーだったという認識もない。
無駄にあがったお菓子作りの腕で、テディはショートケーキの上に苺入り生クリームで薔薇の花を絞り出した。これも死ぬほどの特訓の成果の1つだ。
それが自分の為に特訓されたものとも知らず、陽はただテディの腕に感心するばかり。ああ、何故届かないこの想い。けれど。
「テディの作るケーキは美味しいからきっとたくさん売れると思うけど、もし余ったらもらって帰りたいな」
そう言う陽のためなら、余るほど作って作って作りまくる! ああ、それはもう山になるほど積もるほど!
今日も今日とて報われないテディは、がしがしと製菓の腕を振るい続けるのだった。
「苺持ってきたよ。これで足りるかな?」
苺運び係をかってでたニコが、摘みたて苺を持ってやってくる。苺畑で社や珂慧が朝早くからスイーツの為に摘んだ苺を、採れたものから順に皆の元に運んでいるのだ。
「ありがとう。これだけあれば大丈夫だと思うけど、もし足りなくなったらまたお願いするね」
半袖シャツにデニムのショートパンツという私服にエプロンをかけた遠鳴 真希(とおなり・まき)は、ニコから受け取った苺をさっそく1つ食べてみた。
「壮太さんが褒めてた通り、甘くておいしい苺だねっ」
「ほんにおいしおすなぁ」
清良川 エリス(きよらかわ・えりす)も苺の味を確かめる。そのまま食べても十分おいしい甘酸っぱい苺。どんなスイーツにしたらいいだろう。
「せっかくのこんなに立派な苺だから、まるまるそのまま使いたいよねっ」
「新鮮な苺の味わいは其の侭残らはる方がええどすなぁ。それに、気温が上がって涼が欲しくなる季節どすから、見た目も涼しげなお菓子が喜ばれる思います」
真っ赤でつやつやの大粒苺を前にして、コミュニティ『黄金色の昼下がり』のメンバー、真希とエリスの2人は、どんなお菓子を作ろうかと話し合っていた。
普段は放課後に2人で調理実習室に集まって、好きなお菓子を作ったり食べたりしながらおしゃべりしているコミュニティ。けれど今回作るお菓子は他のみんなにも食べてもらう為のもの。どうせなら、みんなに喜んでもらえるものを作りたい。
あれも良い、これも良さそうと相談しながら決めたお菓子は、苺をまるごと寒天の中に閉じこめた涼しげな錦玉羹。これなら苺の見た目も十分に楽しんでもらえそうだ。
「寒天を甘くしすぎると、苺をすっぱく感じちゃいそうだから甘味は薄くした方が良いよねっ」
真希が言うと、邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)がすぐさま同意する。
「その通りでございます。薄い味付けのものでしたら、わたくしも是非食べてみたいと存じます」
壹與比売は現代風の濃い味付けに慣れていない為、辛いにしろ甘いにしろ、濃い味のするものが苦手だ。けれど、苺そのままの甘味に近いのなら、自分でも食べられるかも知れない、と目を輝かせる。
「甘味の好みは人それぞれやさかい、難しおすなぁ。自分で甘さを調整できたら壱与様も他の方も、同じように楽しめる思いますのに……」
より多くの人が美味しいと言ってくれるお菓子を作りたい、とエリスは考え、そして思いつく。
「和洋折衷でゆくのはどうやろか。とろっとろに煮詰めた苺ジャムソースをかけて、甘味を調整できるようにするんどす。透明な寒天と色のコントラストもついて、煌びやかになるちゃいまっしゃろか」
「それも美味しそうだねっ。ジャムを和三盆で作ったら、錦玉羹とも合うんじゃないかな」
「ほな、そないしてみまひょか」
さっそくジャムを作り始めたエリスに、
「アクセントにこんなの入れたらどうかな?」
何かに使えるかもと持参してきた材料の中から、真希は塩漬けの桜の花びら、オレンジピールとレモンピールを取り出して見せた。桜の花びらはそのまま、ピールは細く削って寒天の中に浮かばせたら、見た目も楽しいし、味に変化がつけられる。
そんな工夫をする真希に、エリスは聞いてみようかどうか迷いながら小声で尋ねた。
「そのー、……やはりあの方に召し上がって貰う為にこしらえはるん?」
「ええっ、ち、違うよっ。でも……食べてもらえたら嬉しいな」
真希はえへっと笑いながら、オレンジピールを刻む。
そんな楽しげな様子にひかれ、一通り苺を配り終えたニコが、ふらふらと誘われるようにやってきてお菓子作りをする2人の様子を眺めた。
ニコはこれまで、愛情のこもった手作りお菓子を食べたことがない。地球での生活ばかりでなく、パラミタに来てからも、バートナーが全く料理ができない所為で食生活はかなりいい加減なものとなっている。
だから、温かい雰囲気でお菓子作りをしている2人の様子には心惹かれた。
漂う甘い香り、囀るように楽しげなお喋り、調理器具が触れあう音。近くにいるだけでぬくもりが伝わってくるようで、ニコは普段のように大人ぶるのも忘れ、きらきらした純粋な目でお菓子作りを見つめる。
そんなニコの様子に、ユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)は連れてきて良かったと目を細めた。ユーノが調理用の苺運びの手伝いを買って出たのは、そしてそれにニコを誘ったのは、人の手伝いをすることから人との関わり方を学んで欲しい、という意図あってのものだったからだ。
ここまでの反応を示すというのは予想外だったけれど、お菓子作りを眺めているニコはとても幸せそうに見える。
(こんな素直な表情、私でも見たことありません……)
嬉しいのは本当。けれどじわりとこみあげる寂しさに、ユーノは複雑な笑みを浮かべた。
「一緒にこしらえます?」
じっと眺めている2人が、お菓子作りに交ざりたがっているように見えたのだろう。エリスが誘ってくれたけれど、ユーノはおろおろと首を振る。
「いえ、私は料理は……」
ユーノは料理が得手ではない。手を出したらお菓子作りを失敗させてしまいそうだ。
「何で僕のパートナーたちは色々残念な大人しかいないんだろうね」
料理ができたら毎日でもおやつを作らせてやるのにとニコが残念がるのを、ユーノは情けない気分で受け止めた。自分に料理が出来たのなら、ニコももうちょっと懐いてくれたのだろうか……。
「手伝いはできないけど、お菓子は食べてみたいな。苺のとってもいい匂いがする……」
「じゃあこっちを味見してみる? 水まんじゅうをイメージして作ってみたんだよ」
真希は小ぶりの苺を手作りの練乳と一緒に葛でひと口サイズに固めたものを、ニコの前に置いた。ふるふるした皮に包まれた、新鮮な苺ととろっと甘い練乳をニコはおやつをもらった子供のように味わう。
「どう? 苺の味、ちゃんと出てるかな?」
「うん。とても美味しい……」
答えかけたニコの声に、
「うぇぇっ甘っ! 甘ひでふひたがひりひりぬとぬとうええええええ!」
壹與比売の言葉にならない悲鳴が重なった。
「いよちゃん、どうしたの? 大丈夫っ?」
口元を抑えて、涙目になっている壹與比売に真希は慌てたが、エリスの方は素早くその原因を見極めていた。
「壱与様、ジャムを摘み食いしはりましたのん。そら甘いでっしゃろ」
味の強いものが苦手な壹與比売が、甘く煮詰めたジャムのソースをそのまま食べてしまったのだ。口中にとろりとまとわりつく強烈な甘味に倒れそうになってしまうのも無理はない。
「んんん……うぇっうぇっ……」
「お水お水……あ、飲むより口をすすいだ方がいいかもっ」
「そうどすな。壱与様こちらへ……」
甘味に喘ぐ壹與比売を、真希とエリスは慌てて介抱するのだった。
色んなことがあるけれど、お菓子作りの記憶はほんのり幸せ色。
1人で作るお菓子も、誰かと作るお菓子も、甘い笑みと香りに包まれて――。
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