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ポージィおばさんの苺畑

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ポージィおばさんの苺畑
ポージィおばさんの苺畑 ポージィおばさんの苺畑

リアクション

 
 
 ようこそポージィおばさんの苺畑へ 
 
 
 苺は朝摘みが良いからとエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に言われ、朝一番に苺畑にやってきた一行は、つややかな苺を生らせた無数の畝が続く風景に感嘆の声を挙げた。
「わぁい、オイラ苺大好き!」
 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は摘みたて苺を口に放り込んだ。口いっぱいに広がる甘酸っぱい苺の風味に、苺を絶賛する謎掛け声を挙げる。
「ベリーいちご!」
 ちょこまかと動き回っては苺を食べるクマラを横目に、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)はあまり乗り気でない様子で苺畑を見渡した。
「それにしても、苺狩りとはここまで早くないといけないものなのかな」
「もちろん。朝摘み苺の味は格別なんだぜ」
 メシエに食べてみるように勧めると、エースは苺のミニ知識を披露する。
「苺はバラ科の多年草、つまりバラの仲間なんだよな。バラのような派手な花ではないけど、白い花を咲かせるんだ。だけどこれがまた寒さに弱いから、春先の冷え込みは大敵。温度管理には十分気を払う必要があるんだ。それと、苺は多年草だけど、露地栽培だと連作障害が出てしまうんだ。だから、毎年新しく調達した苗を別の畑に植えた方が美味しい苺ができるぞ。ああそれから、乾燥にも過湿にも弱いので水やりは慎重にしなければならないんだ。葉の顔色を良く見るべし」
 そう言いながらエースはポージィおばさんの苺の葉を観察してみた。ぴんと張った葉の色はくっきりとした緑。苺の状態は良さそうだ。
「今頃には来年の育苗を考えてるだろうから、大変な時期だろうな」
 園芸好きのエースはパラミタに来てからも、花を育てている。植物を良い状態に保つには、知識と世話の両方が大切だ。エースは興味深げに苺の苗を観察しては、後学の為にとデジタルカメラで記録を録っていた。
「ここにある苺は取り放題なんだろ? 食べまくってやるぜ」
 強盗 ヘル(ごうとう・へる)は片っ端から苺をちぎっては、どんどん口に放り込む。じゅわっと溢れる果汁が甘く喉を通っていくのが心地良い。
「うめえなこの苺」
「ヘル、そんなに慌てなくても、苺は逃げませんよ」
 その勢いを落ち着かせようとザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が言うと、ヘルはだってよと周囲を指す。
「クマラもルカルカもやる気だろ。俺も負けていられないぜ」
 クマラは練乳や持参した砂糖を使って味に変化をつけながら、次々に苺を食べている。あっちに大きな苺を見つけては走り、向こうに真っ赤な苺を見つけては走り、と動き続けだ。
 そしてルカルカ・ルー(るかるか・るー)はといえば、苺をイメージした配色の薄朱シャツに若草色のズボン、髪には苺飾りの髪留め、という恰好に胸からの白いエプロンをつけ。苺を食べるだけでなく、エプロンの大ポケットにはセットした箱に、優しく箱詰めしていっている。お土産用の籠は貸し出されているけれど、それでは小さすぎるからとルカルカは持ち帰りの為の箱を用意してきたのだった。
「ここで食べた上に、それ全部お持ち帰りですか?」
 いっぱいになった箱を抜いてキャリーの空箱と交換し、また苺を並べ始めたルカルカにザカコは苦笑まじりに尋ねた。
「うん。だって留守番の淵たちは大食いだから沢山要るのぅ」
 食べるのと箱詰めするのとで大忙し、とルカルカは自分の分を口に入れた。
「んー、この甘酸っぱい香り♪ 絶品苺確定ね」
 持ち帰り分を箱詰めしているにもかかわらず、ルカルカが食べている苺の数は他の誰にも負けず劣らず多い。
「ザカコ、ちまちま食ってないでお前ももっと食えよ。せっかく食べ放題なんだからよ」
「食べてますよ。確かに美味しい苺ですね」
 ヘルに言われても、ザカコは1粒ずつ十分に味わいながらまったりと苺を口に運んだ。
「うん、いい味だね。畑も手入れが行き届いているようだし」
 出かける時には乗り気でなかったメシエも、自分の手で摘んだ苺のみずみずしさに、次第に苺狩りを楽しみ始めている。
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は苺を食べながらも、苺をじっくりと厳選して土産用の籠に丁寧に摘み入れていた。苺は繊細だから、強く持つだけでも傷んでしまう。そっと手にくるみ、苺に負担をかけぬように茎から外す。
 時折苺を口にしながら皆の様子を眺めていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、そんなエオリアの動作に目を留めて尋ねた。
「随分丁寧に摘むんだな」
「これでお菓子を作ろうかと思いまして。お菓子の出来は、苺の質に左右されてしまいますから。ね、マエストロ」
 自分の料理の師匠でもあるダリルにエオリアは微笑を向けた。
「お菓子ですか。そういえば、ここの苺を使ってスイーツフェスタに出すお菓子を作るらしいですね」
 貼り紙の内容を思い出しつつザカコが言えば、ルカルカは皆を振り返る。
「ね、皆のお薦めの苺菓子ってなあに? ルカは、ババロアとパウンドと苺のレアチーズ。中でも一押しはパウンドよね。甘煮苺とペーストをマーブル状に混ぜ込んで、外は香ばしく中はふわり。パウンドは甘くなりがちだけど、苺が甘いから生地の砂糖は極限まで抑えて作るの」
 ルカルカの説明を聞いているだけでも、パウンドが食べたくなりそうだ。
「苺の菓子か……そうだな、シュークリームなんかも悪くないんじゃねえか? 苺とクリームの相性はいいからな。それに、シュークリームだったら子供たちも喜ぶだろうし……
 答えながらヘルの脳裏には孤児院の子供たちが浮かぶ。この苺を食べさせたらどんなに喜ぶだろう。土産に持っていくか、いや、摘みたてと比べると味が落ちてしまうだろうから菓子にして持っていった方がいいか、そんなことを考える。
「シュークリームは確かに美味しいけど、苺菓子としてのインパクトは弱くないかな。メシエだったらどんな苺菓子が好き?」
 ルカルカに話を振られたメシエは、自分では答えずダリルを見た。
「私の好みは、誰よりも君が熟知している筈なのだがね」
「俺が?」
「そう。ここの素晴らしい苺で作るなら、私が何を好むのか。一流を名乗るならこのくらい判って当然。君と私のつきあいだからね」
 ふふっと笑うメシエに、ダリルは肩をすくめる。何が好きと直接聞いたことはないけれど、メシエの好みなら想像はつく。
「ナポレオンパイか」
「うわ、いいなあ。でもナポレオンパイって食べにくいし、パイのさくさく感はあまり長くはもたないんだよね」
 自分お薦めのパウンドケーキの方が勝ってる、とルカルカは言い張った。
「お薦めと言われても、個人的にはもぎたての苺をそのまま食べるのが一番なんですが……」
 ザカコは言う途中で苺をもぐり、と食べてから続ける。
「苺のヨーグルトに苺のジャムを混ぜて食べるのもいいですし。あ、苺のゼリーなんてのもいいですねえ……。でもやはり一押しは苺のタルトでしょうか。上にどっさり苺がのったものがいいですね。少し酸味のある苺が、タルトの美味しさを引き立ててくれますからねえ」
「タルトは苺山盛りで作り立てが最高ね。でもカスタードがどうやっても甘いし、当日しか味がもたないのが残念。生地が水含むと美味しさ半減だし。やっぱりパウンドには敵わないかなあ」
 ルカは自分一押しのパウンドケーキをなおもプッシュする。
「お薦めの苺菓子なら、ムースとショートケーキ、苺大福なんてのもいいな。俺の一押しだったらムース。シンプルだけに苺の美味しさが引き立つぞ。時間経過にも強いし」
「エースは苺ムース好きだよね。メレンゲと生クリームをゼラチンで固めて、というと簡単に聞こえるけど、その分、作る人の腕が問われるよね。苺のピューレが味を大きく決めるから、苺の選別がとっても大事。作り甲斐もあるお菓子ですよね」
 苺ムースを推すエースをエオリアも支持したが、ルカルカはうーんと首を傾げる。
「よく冷やしたムースは美味しいよね、でも残念ながら苺の形が残ってないのよねぇ」
「上に苺をトッピングしたら、苺の形はあるだろう? やっぱムースが史上最強だろ」
 エースは反論を試みるも、ルカルカも譲らない。
「一番はパウンドったらパウンド。プリザーブ入りのパウンドに決まりよっ」
「論争もいいが、あまり大声ではやるなよ」
 他の客もいるのだから、とダリルはつい声が高くなるルカルカを諫め。
「そう拘らずとも、嗜好も様々だ。どれも美味い、でいいだろに」
「うんうん。お菓子なら全部マーベラス! 甲乙つけられないヨ!」
 ダリルを受けてクマラも言ったが、でもどれがチャンピオンになるのかは気になる、とまた1つ苺を放り込みながら考える。
「勝負、といきたいけど、作る人の腕によっても味は変わってくるんだよね。同室人物の作ったお菓子で勝負しないとフェアじゃないよ」
「だったらダリル、よろしくね」
「は?」
 あっさりとルカルカに言われ、ダリルは聞き返した。
「だから。全部順番に試すから『よろしく』ってこと」
「げ、全部俺に作れってか? 俺の本来用途は兵器と知ってて、それを言うか」
 弾む声と笑顔で言うルカルカに、ダリルは閉口した様子を見せた……が、内心少し嬉しかったりするのは内緒だ。
「お、いいな。ダリル、よろしく頼むぜ。シュークリームは多めに作ってくれよな」
 子供たちに届ける分も、とヘルも便乗する。
「こんなに美味しい苺を作ってくれたポージィさんにも届けてあげようよ。だったらもっとたくさん苺を摘まないとねっ」
 ルカルカは今までにも増して苺狩りにいそしんだ。お菓子用の苺を摘むだけでなく、食べる手の方も止まらない。一体どのくらいの菓子を作らせる気だと、大量に箱詰めされてゆく苺を眺めるダリルの肩を、ザカコがぽむと叩いた。
「まぁ……材料のカットくらいなら手伝いますよ」
 
 
 ポージィおばさんの畑に実る苺は今が食べ頃。緑と赤のラインが続く見ているだけでも心躍る風景に、鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は大はしゃぎで畑の中を駆け回る。
「うわぁー凄いー! 苺がいっぱいー」
「あ、主様……」
「コレ沢山食べていいんだよね? わぁーい、ボク沢山食べるー」
 早速苺畑に足を踏み入れ、氷雨はおいしそうな苺を1つ採って口にする。
「甘いー凄く甘いー美味しいー」
 幸せそうに苺を頬張っている氷雨を横目に、クロス・レッドドール(くろす・れっどどーる)は苺畑をただ眺める。氷雨に付き合わされてやってきたのだけれど、クロスは苺にはあまり興味がない。綺麗な赤だとは思うけれど……とそこまで考えて、ふと思いつく。
(赤……苺を持って帰れば赤が好きなあの人は喜んでくれるかな? 苺の姿そのままじゃ喜んでくれないかな……そうだ!)
 苺をたくさん買ってジャムを作ったら喜んでもらえるかもしれない。クロスは苺の間に見え隠れしている氷雨の処へと走っていくと、無表情のまま手を出した。
「主様。お財布」
「お財布? はい、これ。でも無駄遣いすると怒られるから気を付けてね」
 何故とも聞かずに財布を渡した氷雨だったけれど、受け取ってすたすたと離れて行くクロスの後ろ姿に、首を傾げる。普段、何か買いたがることのないクロスが今日に限って財布を求めたのが不思議だったのだけれど。
「苺美味しいー。ボク、将来は苺に埋もれて死ぬー」
 苺をぱくりと口に入れればそんな疑問もどこかに消えて、氷雨は夢中になって苺を食べ続けた。

「ここで苺狩りができると聞いて来たのですが」
 近くを通りかかり、苺狩りが行われていることを知った水神 樹(みなかみ・いつき)は、受付と書かれた急ごしらえのテントへとやってきた。そこでは藤ノ森夕緋とセルマが苺狩りの受付の手伝いをしている。動き回るのが好きでない夕緋が、苺狩りよりもその手伝いの方が動かなくてもすむからと、受付に名乗りを挙げたのだ。
「ポージィおばさんの苺畑にようこそ。時間制限なしの食べ放題だから、いっぱい食べてね」
 セルマに笑顔で説明されて、苺大好きな樹も頬を緩める。
「こっちは練乳だ。なくなったらここに取りに来てくれれば良いから」
 夕緋が差し出した練乳の小皿を、樹は断った。練乳も砂糖も苺に合うけれど、何もつけずにそのまま食べるのがやっぱり一番だと思うから。
「そうか。なら小皿はいらないな。もし土産を持ち帰るようなら、この籠を使ってくれ」
「土産……」
 樹の脳裏に、一緒に来られなかった恋人の顔が浮かぶ。食べてみておいしかったら、彼の元に苺を送ってみようか。
「苺の宅配は出来ますか?」
「宅配は……どうだったかな?」
 聞いた記憶がない夕緋が首を傾げると、セルマがすらすらと答える。
「苺をここに持ってきて送り状を書いてもらえれば、送れるよ」
「では、もし送るとなったらよろしく頼みます」
 樹は小皿は持たず、苺畑へと入っていった。
 そこでちょうど苺狩りに精出していた草刈子幸が、樹に気づいてとてもいい笑顔で寄ってくる。
「苺に練乳や砂糖はいらぬであります。ご飯大盛りあればいい!」
 莫邪に持たせていたおひつから、大盛りによそったご飯を樹へと差し出す。
「其処の御仁、一緒に飯を食わぬでありますかッ! さあさあ、遠慮は不要であります」
「これを苺と一緒に食べるんですか?」
 予想外の取り合わせに、樹はどんぶりを目を丸くして見つめた。けれど、子幸のもう片手には確かにどんぶりがあり、盛られていたご飯はほとんど子幸の腹内に消えている、という状態だ。その最後の飯粒をかきこむと、子幸はどんぶりを莫邪へと突き出した。
「バクヤ、おかわりであります!」
 おひつ持参の莫邪がそれにてんこ盛りにご飯をつぐと、子幸は苺をおかずにご飯を頬張った。
「美味いであります! ご飯がご飯がすすむであります! ポージィさんの苺は凄いであります!」
 莫邪自身はご飯と苺という取り合わせは気持ち悪いと思っているけれど、子幸の嗜好は全面的に受け入れている。自分は苺だけを口に入れて味わいながら、幸せそうに苺飯を食べる子幸にせっせとご飯をよそってやった。
「もう一杯、おかわりであります!」
「おかわりし過ぎだろ、飯もうねえぜ?」
「それならこれをどうぞ。まだ手をつけていませんから」
 樹はどんぶりを子幸に渡すと、苺畑の中に分け入っていった。
 
 
 苺畑が近くなると、ヌイ・トスプ(ぬい・とすぷ)はくんと鼻を鳴らした。
「あまい匂いするデス。おいしいの匂いデス」
「ヌイ、そんなに走ると転びますよ」
 空気に混ざり込んだ甘酸っぱい苺の匂いに、たまらず駆け出すヌイの後を、今井 卓也(いまい・たくや)が注意しながら追いかけた。
「苺たくさんデス!」
「好きなだけ食べていいんですよ」
 ポージィおばさんの苺畑に到着して目を輝かせるヌイの首元に、卓也はハンカチを前掛けのように着けてやった。苺の汁を垂らしてしみにならないようにとの配慮だ。その準備も待ちきれないように、ヌイは苺へと突進していった。
 一方、ヴィアス・グラハ・タルカ(う゛ぃあす・ぐらはたるか)を連れてやってきた白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は、戸惑うように緑と赤のコントラストを見渡していた。蒼空学園の貼り紙の前で動かなくなったヴィアスの視線に負け、苺狩りに来たのは良いけれど……珂慧はスーパー等でパック詰めされた苺しか見たことがない。
「食べ頃のは、赤いのでいいんだっけ?」
 と珂慧が首を傾げる横で、ヴィアスはじっと苺の緑に目を注ぎ、
「いちご、いちご……葉や茎は、た、食べちゃダメよねぇ?」
 ごくりと喉を鳴らしている。それに答えたのは、甘くておいしそうな苺を選んでいたヌイだった。
「茎を傷めるはダメデス、新しい苺できなくなるデス」
 こうやって採るのだと、ヌイは指で苺をはさんでくるりと返す。そうするとぷちっと軽い音と共に苺が茎から外れた。
「採るのは赤いが全部の苺デス。へたがくるんとしてるのが甘いデス」
 ヌイは珂慧に説明しながら苺を採ると、それを卓也の口に押し込んだ。
「うん、甘い」
 卓也の答えにヌイは嬉しそうに肯く。
「おいしい食べるデス」
「全部が赤くてへたが反ってる苺だね。ありがとう」
 珂慧は礼を言うと、ヌイに教えてもらった見分け方で苺を探してみる。小さく見られがちだけれど、珂慧も成長期。そのまま、あるいは練乳をつけて、苺を次々に食べてゆく。
「いちごのためにお腹空かせてきたのよぅ。白菊、いっぱい狩ってほしいのよぅ」
「ヴィー、苺狩りなんだから自分でも狩るんだよ」
 そう言いながらも珂慧は、特においしそうな苺を見つけるとヴィアスに渡してやった。
 珂慧たちが苺を狩りながら離れて行くと、卓也は改めてヌイを見た。ここに来る前には、苺の摘み方を教えなくてはと思っていたのに、その必要はまったく無さそうだ。
「ヌイは苺を摘むのが上手ですね」
 そう褒めると、ヌイは得意そうに笑った。
「パパとすっぱい苺採ったデス。ジャムいっぱい作ったデス!」
「そう、ですか……」
 無邪気に言うヌイに、卓也の胸が痛んだ。ヌイは生まれ育った集落をモンスターの襲撃によって失った。ともに苺を採った父親も今どうしているのか……見知った人たちは生死さえも不明だ。
 ヌイが無くしてしまったものを思うと切なくなり、卓也はヌイの頭に手を伸ばした。小さな頭を撫でながら、優しく話しかけた。
「じゃああとでジャムでも作りましょう」
「おいしいジャム作るデス! ジャムは苺たくさんデス」
 ヌイは幸せそのものという顔で笑う。過去の出来事はどうしてやることもできないけれど、この笑顔を守っていくことはできる。
 俄然張り切ってジャム用の苺を摘み始めたヌイを見守る卓也の顔には、自然と微笑が浮かぶのだった。
 
 赤に小さな白の水玉が散ったワンピースに、緑の帽子。歩く苺のような服装の日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)が、苺畑を行ったり来たり。
「苺ってちっちゃくて可愛いくて美味しくてすっごいよぉー☆」
 目をきらきらさせてはしゃぐ千尋は、苺に負けないくらいちっちゃくて可愛くて、日下部 社(くさかべ・やしろ)は目を細める。これだけ喜んでもらえたら、連れてきた甲斐もあるというものだ。
「やー兄、見て見て、おっきな苺だよー♪」
 ほら、と指先に余る大きさの苺を、千尋は手をいっぱいに伸ばして社に掲げてみせる。
「ほんとに大きな苺やなあ。凄いでー。あ、ちー、ちゃんと苺のへたは取って食べるんやで」
「んんー、上手に取れないよー。やー兄、取ってー」
「これはな、こうやって片手でそーっと持って、へたをぷちっ、と」
「やー兄上手ー。あーん♪」
「口より苺の方が大きないか?」
 千尋が開けた小さな口に、社はへたを取った苺を入れてやった。
「甘くておいしいよー」
「ああ。これで作るスイーツもきっと美味いやろな」
 この苺たちがどんなスイーツになるのかと、社はスイーツを作る係の面々を思った。
「うん。真希お姉ちゃんたちもお菓子作るんだってー。そっちも行きたいなー♪」
「そんなに食えるんか?」
「あゆむんお姉ちゃんたちはギンガムチェックの売り子さんー」
「……寺美もきっと楽しみに待っとるやろうから、苺だけやのうてスイーツも土産にしてもええかもな……」
 今日ここに来られなかったパートナーや友人の分の土産にすればいいかと、社の心はスイーツフェスタに寄る方へと急速に傾いていくのだった。