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ポージィおばさんの苺畑

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ポージィおばさんの苺畑
ポージィおばさんの苺畑 ポージィおばさんの苺畑

リアクション

 
 
 ギンガムチェックの売り子さん 
 
 
 皆の作った力作の苺菓子が、スイーツフェスタの会場へと運び込まれてくる。
 苺の赤、飾られたクリームの白、添えられたミントの緑、等々、目にも美味しそうなお菓子たちが、細心の注意を払って並べられてゆく。
「今日はよく晴れてるね。作りたてのスイーツを食べたい人も多いだろうし、お店の前にテーブルと椅子を出して、オープンカフェなんていうのもおしゃれでいいんじゃないかな?」
 晴れ渡った空を見上げて久世 沙幸(くぜ・さゆき)が言うと、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)もすぐさま同意する。
「ボクも賛成! 買ってすぐに食べたい人もいるだろうし。気候もちょうどいいから、外で食べたらきっと気持ち良いよ」
「うん。店先でおいしそうに食べてる人がいたら、みんなきっと買いたくなるよね。せっかく作ってもらったお菓子だから、たくさん売れるようにしたいな」
 クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)も手伝って、店先に幾つかのテーブルと椅子を並べていく。
「苺狩りの帰りに寄るお客さんもいるでしょうから、疲れたり土で汚れたりしている人もいそうですね。お水とおしぼりを用意しましょうか」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)がいそいそと必要な物品の準備をはじめれば、レキは
「あ、子供用の椅子とかあるかなぁ。スイーツのお店ならお客は女性が多いから、親子連れとかもいそうだよね。ちょっと聞いてくる」
 と、元気に駆けてゆく。
 皆で並べたテーブルの位置を調整すると、沙幸はその上に持参してきていた赤のギンガムチェックのテーブルクロスをかけていった。
「お菓子だけだと喉を通りにくいかな。何か飲み物……紅茶やコーヒー……いちご大福があるんだから緑茶なんかも欲しいよね。そうなると、販売員だけじゃなくってウェイトレスもいないといけないかな? うーん……」
 お茶をいれる人、お皿の上げ下げをする人、売り子をする人、呼び込みをする人……と沙幸は集まっている皆の数を目で数え、人数足りるかなー、と首を傾げた。
 
 
 お菓子を搬入しにやってくる作り手の皆に、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)はメモを片手にそのスイーツがどんなものなのか、を聞いて回った。お客さんに説明する時にも必要だし、おいしそうなものはレシピを聞いておいて、家に帰ってから試しに作ってみたい。手伝いのお礼に新鮮な苺をもらえるという話だからちょうど良い。
「うわぁ、いちご大福がいっぱい。これ、どう違うの?」
 ころころと並べられたいちご大福にセシリアが歓声を挙げつつ尋ねると、ちょうど自分のものを運んでいた本郷涼介がその違いを説明する。
「この紅白のいちご大福は、雛人形をイメージして作ったんだ。苺を甘さ控えめの手作りのつぶ餡で包んで、それに求肥を着せてある。こっちのピンクのいちご大福は、こし餡を求肥で包んだものだそうだ。結構きれいに包んであるよな。で、この苺をかたどったいちご大福は、白餡とこし餡のがあって、餅でくるんであるってことだから、求肥とはまた違った食感を楽しんでもらえると思うぜ」
「こんなに種類があるんだったら、食べ比べとかしてもらえそうだね」
 セシリアはうんうんと肯きながらメモを取る。
 朱里も作り手にアピールポイントを尋ねて、それをお菓子と結びつけて記憶していった。お客さんに勧めるにしても、ポイントが分かっているとやりやすい。
 けれど、耳で聞くだけではその把握にも限界がある。
「試作品でもあれば、ひと口味見してみたいな。そしたらよく分かるのに」
 つい漏らした朱里の呟きを耳にして、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)もそうだねと肯いた。
「ねぇ琴子先生、試作品とか形が崩れちゃったのを主にしてでいいから、お仕事前に皆で一緒にスイーツの試食会が出来ないかな? 売り子さん仲間の結束も高まりそうだし、自分で味を知ってると勧めやすいと思うんだ〜」
「小さく切ったひと口ずつなら試食していただいても大丈夫だと思いますわ。作り手の方にも聞いてみて、試食用のお菓子を揃えましょうか」
「やった〜♪ スイーツが食べられる〜♪」
 歩は嬉しそうに声を挙げた後、ちょっと恥ずかしそうにつけ加える。
「べ、別に、美味しそうなスイーツを食べてみたくて試食を言い出したってわけじゃ……」
「売り子さんがおいしそう、って思って勧めたらきっとお客様にも伝わりますわ」
 琴子はくすくす笑って、試食用のスイーツを用意してきた。
 それを売り子の皆で試食してみる。
「この苺のヨーグルトトルテ、さっぱりしてて食べやすい〜。これだったら男の人に勧めても喜ばれそうだよ〜♪」
 歩は勧める客層を考えながら、ケーキを試食してゆく。
「この苺は甘味の強い小粒の苺を、できるだけそのおいしさを残しながら大粒にできるように、交配を重ねて作っていったものなんだそうです。それと、この苺の特長は……」
 鷹野栗は昨日ポージィから聞いておいた苺の知識を皆に伝えた。苺について客から質問される可能性もある。その時にきちんと答えられないと、味に不安を与えてしまうだろう。
「これ、とってもおいしいね、ママ!」
 にこにこと見上げるピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)の頭を撫でてやりながら、朱里も1つずつ、丁寧にスイーツの味見をしていった。
「うん、おいしいね。苺のショートケーキはよく見かけるけど、新鮮な苺で作るとひと味違うよね。薔薇の飾りも綺麗だから、お土産に勧めるのもいいかも」
「タルトの華やかさはやはり格別ですね。これを目に付く処で美味しそうに食べている人がいれば、購入したいと思う人も増えることでしょう」
 売り子に普通に交じって試食をしている樹月 刀真(きづき・とうま)の様子に、琴子は隣に座っている漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)にこっそりと囁いた。
「まだ制服のことをご存じ無いようですけれど、ほんとうに大丈夫ですの?」
「大丈夫……刀真は最後にはちゃんと私のお願いを聞いてくれるから」
「でもきっと、驚かれるでしょうね……」
 可愛い制服が着られる、その上に苺がたくさん貰えて食費が助かる。そして浮いた食費でまた本が買える。そんな思惑で、月夜は刀真をスイーツフェスタの売り子に引っ張ってきた。事前に制服のことを言うと来てくれないかも知れないので、ぎりぎりまで内緒にしてくれるように月夜は琴子に頼んであった。
「錦玉羹はこの辺りでは珍しいのでしょうか。見た目も綺麗ですし、味も調整出来るようですから喜ばれるかも知れませんね」
 そんな囁きが交わされている間も、刀真は何も知らず、試食の感想を述べていたのだった……。
 
 
「制服が届きましたわよ」
 段ボール箱に収められた制服は、この辺りで商売を営んでいる人々が何かの行事の際に使えるよう、共同で購入したものだ。必要な時に借り、終われば返却するようになっている。
「箱にサイズが書いてありますので、そちらを参考にして選んでくださいましね。着替えはあちらでできますわ」
 琴子は説明しながら箱の封を切っていった。
「わぁ〜、すごくかわいい制服。今日はこれを着て売り子さんをするんだね」
 クレアは制服を身体に当ててみる。赤のギンガムチェックワンピースはたっぷりフレアーのミニ。ふんわり膨らんだ袖とのバランスも可愛い。
「まあほんとうに可愛らしいですねぇ。袖を通すのが楽しみですぅ。こちらのエプロンも素敵ですねぇ」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はワンピースの上にエプロンを重ねてみた。胸当ての部分がハートのような形になったエプロンは、ひらひらフリルつき。太めで長いリボンは、結んだら後ろ姿のアクセントになりそうだ。
「男の方もこの制服とのことですが、志願される方はいらっしゃるのでしょうか……」
 もしいたらそれは、本人にとってもその姿を見る人にとっても、とても勇気の要ることになりかねないだろうと、メイベルは想像以上に可愛い制服を眺める。
「……せめて、身綺麗にしていただきたいものですわねぇ」
 お客様がびっくりしてしまわないように、とメイベルは呟いた。
「制服ってこれか? 綾乃が着るには露出が多すぎるな」
 制服をチェックした佐野 亮司(さの・りょうじ)は、膝がでる丈のスカートなんか向山 綾乃(むこうやま・あやの)にはかせられない、とたちまち却下。
「綾乃は売り子じゃなくてスイーツを作る方を手伝え。追加分の補充も必要だろうしな」
「私はこの制服を着てもいいんですけど……亮司さんがそう言うならやめておきますね。でも、やめてしまったら売り子をする人手が足りなくなってしまいませんか?」
 一旦引き受けたものを断るのは申し訳ない、と言う綾乃に、亮司はどうするかとしばし考え。
「よし、レイと理沙辺りにでも声かけてみるか」
「あの、理沙さんはともかく、レイディスさんは……」
 制服はこの1種類だけだから、と綾乃は心配そうにギンガムチェックの制服に目をやった。けれど亮司はあっさりと。
「レイならあの制服着ても違和感ないだろうから大丈夫だろう。後はどう言いくるめるか、だな」
 まあ何とかなるだろうと、亮司はさっそく携帯電話を取り出した。
 その横で、神代 明日香(かみしろ・あすか)は段ボール箱に書いてあるサイズを頼りに、一番小さそうな制服を取り出していた。
「えっと……これが一番小さい制服ですかぁ。それでもノルンちゃんには大きいですねぇ」
 明日香のパートナー、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)の身長は1mに満たない。子供用のサイズを当ててみたけれど、それでも大きすぎる。
「そうではないかと思って、準備してきましたから」
 『運命の書』ノルンは一番小さいサイズの制服を持って着替え室に向かった。
 着替えてみると、やはり制服は大きすぎて、だぶついた感じになってしまっていた。これはこれで可愛いけれど、仕事をするには邪魔になってしまいそうだ。
 けれど、それを予想していたノルンは、持参してきたリボンや安全ピンを使って制服を調整にかかった。あちこちをつまんで赤いリボンで形良く留め、だぶつかないように整える。
「これでどうでしょうか?」
「元の制服より可愛くなったくらいですよぉ」
 鏡の前で回りながら恰好を確かめるノルンの制服姿を、明日香は嬉しそうに眺めた。
 
 そして、やはりといえばやはり。制服を前に驚きの声を挙げる者がいた。
「売り子の制服これしか無いのですか! 聞いてませんよ!」
 ミニワンピースとふりふりエプロンを前にして、御凪 真人(みなぎ・まこと)は思わず後退りする。
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)に、苺が余りそうで困っている人がいるから販売の手伝いに行かないか、と誘われて、それならと引き受けたものの……まさかこんな裏があったとは。
「あっれぇ〜、言わなかったっけ〜?」
 答えるセルファの声は笑い含み。日頃、真人の言動に翻弄されることの多いセルファは、仕返しとばかりに、制服のことを伝えずに苺のお菓子の販売に真人を誘ったのだ。
「聞いてたら引き受けません」
「でも、真人がいなくなるときっと困るよ。真人は計算とか得意だから会計係は任せて、って言っちゃったんだもん」
 一度引き受けたものを無下に断ることの出来ない性格を知った上でのセルファの作戦に、真人は言葉を詰まらせた。そして観念したように呻く。
「う……。……一度やると言っている以上、手伝いますよ」
「だったらそのぼさぼさ頭じゃダメね。こんなこともあろうかと、ロングストレートのウィッグを準備してきたんだよね〜、ああ良かった。胸パットも持ってきてるし、これできちんとメイクしたら簡単には男だってばれないわよ、多分」
「……セルファ、謀りましたね。……いいでしょう。こうなったら煮るなり焼くなり好きにして下さいよ」
 こうなったら仕方がない。今の真人はまさにまな板の上の鯉だった。
 
 そしてまた1人……制服を前に硬直する者がいた。
「ハイこれが刀真の制服、サイズは合ってるよ」
 月夜から渡されたのはギンガムチェック柄の制服。厭な予感と共に広げれば、ひらん、とフレアーたっぷりのミニワンピースが翻る。
「……コレが俺の制服?」
「うん!」
 いい笑顔で答える月夜に、刀真は無言でチョップを入れた。
「あぅ、頭が痛い」
「奇遇だな、俺も頭が痛いよ」
 さすがにこれは着られない。苺が貰えないのは残念だけど、手伝いは辞退しよう。そう決めて制服を畳みかけた刀真に、月夜がとどめのひと言。
「でももうお菓子試食したからやめられないよ」
「あ……」
 こんな制服という罠があるとは知らなかったから、売り子をする気満々でスイーツの試食をしてしまっている。食べてしまっておいてから、売り子はやりません、なんて言えやしない。
 がっくりと肩を落とした刀真を月夜は慰める。
「大丈夫刀真ならきっと似合う、可愛い」
「そんな励まし嬉しくない」
 ギンガムチェックの制服を握りしめ、刀真は沈痛に呟くのだった。
 
「おーい佐野、手伝いに来たぜ」
「綾乃ちゃんのスコーンも売るのよね。佐野商事出張店ね」
 亮司から連絡を受け、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)白波 理沙(しらなみ・りさ)が売り子の手伝いにやって来た。
「ああ。綾乃にやらせようかと思ったんだが、ジャムとスコーンを作る方が忙しくて、売り子まで手が回らないんだ。手伝ってくれるか?」
「ああ任せとけって。要するに苺で作った菓子を売ればいいんだろ?」
 何も知らないレイディスは軽くその頼みを引き受ける。その肩に亮司はどっしりと手を置いた。
「ああ。任せたからな」
 妙に力のこもった亮司の言葉に、そこはかとなく不審を感じはしたけれど、気のせいだろうとレイディスは手伝いを請け合った。
「で、これが売り子の制服だ」
 亮司から渡された制服はもちろん、ギンガムチェックのひらひら。
「佐野、これ女物だよな。男物はどれだ?」
「無い」
「へえ、無ぇんだ……って、何だってー!」
 レイディスの叫びの横で理沙は制服を広げてあててみた。
「こういう可愛い感じのってあまり着ないから、ちょっと照れるわよねー。でも、もっと普段着ない人がいるから恥ずかしくないわね」
「こんな制服だなんて聞いて無ぇー!」
「聞かなかったから答えなかっただけだ。さ、今日の商売は人助けだ。頑張ろうぜ」
 恐慌をおこしているレイディスを残し、亮司は綾乃を手伝いに厨房へと向かった。勿論、亮司にはこんな制服を着る気なんてさらさらない。
「い、いやだぁぁぁああああ……」
 現実から逃避しようとするレイディスに、理沙はにっこりと、だが有無を言わさぬ笑顔を向ける。
「まさか今更やらないなんて言わないわよね? あれだけはっきり引き受けたんだから」
 続々と犠牲者が出ている制服騒動に、最初は気の毒そうな視線を向けていた琴子も、さすがに可笑しくなってきたのか、袖を口元にあてて笑った。
「あらあら……でもこんな行事の時ですもの。こういうのも楽しくてよろしいですわよね」
 そうやって笑う様子はすっかり他人事、だったけれど。琴子の言葉を聞いたアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)はあることを思いついた。
「ねぇ琴ちゃん先生、一緒に売り子やりましょうよ。きっとこの制服も似合うわよ」
 アルメリアは、可愛い制服を着た子がたくさん見られるのは目の保養、とばかりに手伝いに来ている。だから見られる制服姿は多ければ多いほど嬉しい。
「いえ、わたくしは遠慮させていただきますわ」
 まったく売り子をやる気のない琴子は、すぐに断った。
「どうして?」
「さすがにこの制服は着られませんもの」
 可愛すぎて、と琴子は辞退するが、それしきでアルメリアが諦めるはずもない。
「大丈夫、琴ちゃん先生若いもの、見た目じゃワタシとほとんど年齢変わらないじゃない。ちゃんと和服の脱がし方……じゃなくて、着付けも分かるから、脱いじゃっても後でワタシが着付け手伝ってあげるから、ね?」
「着付けは自分で出来ますけれど……わたくしの年齢でさすがにこの制服はどうかと……」
 まさか自分に売り子役がふられるとは思ってもみなかった琴子は、しどろもどろに口ごもる。
「琴子先生、せっかくだから一緒に売り子さんしましょうよ。琴子先生の外見なら、十分売り子の制服着られますよぅ」
 そこに明日香も加わって、琴子に売り子を薦めた。
「年齢のことを言うのでしたら、私の方が年上ですから」
 見た目は5歳のノルンに言われてしまうと、実際の年齢がどう、という断りも出来ず。
「でも、あの……」
 琴子がそれでも反論する理由を探していると、今度は沙幸がやってきた。
「琴子センセー、どうしても人手が足りないの。売り子さん、手伝ってもらえないかな。センセーならきっとこの制服も、すっごくよく似合うと思うんだー」
 オープンカフェを設置した為に、売り子の人数が足りなくなってしまったから、と沙幸は琴子に手を合わせてみせる。
「で、でも……」
「センセーお願いっ。他にお願いできる人がいないの」
 そう頼まれると琴子も弱い。ポージィの為にスイーツフェスタを成功させようと考えたこの企画、失敗させるわけにはいかないのだから。
「ほらほら、琴ちゃん先生、覚悟の決め時よ。スイーツがたくさん売れないと、ポージィおばさまが困ってしまうんでしょう?」
 ここぞとばかりにアルメリアが押す。
「ではあの……裏方でしたら……手伝いますわ」
 押し負けた琴子は、ギンガムチェックの制服を手に微苦笑する。やはり、人のことを笑うものではなかったと、さっきの自分の態度を反省しながら。
 
 
「あれ? もうこのサイズの制服無いの?」
 自分に合うサイズの箱を覗いてみれば、そこはもう空っぽ。どうしようかと芦原 郁乃(あはら・いくの)は考えあぐねる。
「郁乃様、1サイズ上のものがありますから、それを着てみてはどうでしょう?」
 秋月 桃花(あきづき・とうか)の助言に、大きめの制服を着てはみたのだけれど。
「なんかぶかぶかする……それにみんなが愛玩動物でも見てるような微笑ましい目で見てるような気がするんだけど」
 制服がしっくり来なくて涙ぐむ郁乃が可愛くて、抱きつきたくなる衝動を桃花はぐっと抑えた。そんなことをしたら、郁乃がほんとうにむくれてしまう。代わりに、大丈夫です、と郁乃を安心させた。
「よく似合ってます。エプロンをつけてしまえば、少し大きめでも気にならないですし」
「そう? じゃあこれを着ていようかな」
 合うサイズの制服が無いのだから仕方がない、と言いながらも郁乃は開きすぎている襟ぐりや、少し落ち加減の肩のラインを気になる様子で引っ張っている。
「こんなことならやっぱり売り子さんじゃなくて、お菓子作りをした方が良かったかな」
 元々、お菓子作りの手伝いがしたかった郁乃だったけれど、それを桃花に止められた。桃花曰く、
「万が一のことがあれば、おばさんの苺の評判まで下げてしまいます。他人を巻き込むようではいけませんでしょう?」
 以前、べっこう飴で人を倒してしまったことのある郁乃としてはそれに反論できず、それもそうかと売り子を手伝うことにしたのだ。
 後悔する様子をみせる郁乃の気分を変えようと、桃花は明るく呼びかけた。
「では、宣伝を開始しましょうか。はい、こちらが郁乃様の分ですよ」
 桃花が郁乃に渡したのは、この日の為に作ってきたスイーツフェスタの宣伝チラシだった。多くの人に知ってもらって、たくさん来てもらえば、比例してスイーツも売れるだろう。
「うん。私は空からビラを撒いてくるね」
 郁乃は気を取り直すと、空飛ぶ箒にまたがってビラ配りを始めた。
 桃花は地上を担当したのだけれど、郁乃がどうしているかと空を見上げて仰天した。
「いけない!」
 ひらひらしたミニワンピースを着て空飛ぶ箒で飛んだりしたら、どうなるか。
 これはこれである意味目をひく宣伝になるのだろうけれど、さすがに放置はしておけない。
「郁乃様ー! すぐに下りてきて下さい! 下着が見えてしまっています」
 桃花は慌てて郁乃に呼びかけた。その声を聞いて上を見上げる人がいることに気づかないくらい、懸命に。