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リアクション
第二章 それぞれの思惑
坂上 樹(さかがみ いつき)は撮影機材を持って運動場にやって来た。
今日はリリエンスール先生のお声掛かりだ。他の授業にも出る必要はない。ビデオ撮影を仰せつかっていたのだ。
ここは普段はあまり使われない、校舎から一番遠い運動場だが、今日はとても賑やかだった。
いつ見ても、運動場とは思えないなと、樹は思う。
ボックス席が用意されたそこは、小さなコロッセオのようだ。装飾が多い所為かもしれないが、そこは高貴なる者の戦う場所に相応しい場所だった。
今日戦う者はそれに相応しいだろうか。
だが、樹にとって、そんなことはどうでもよい。
彼の真の目的は、『女の子』。
応援に来る女の子たちの『隠し撮り』である。
悲しいかな、樹はこの学校に不似合いなほどホモっ気も無ければ、美形でもない。今のところ、素行も普通。良いも悪いも、中の中。
所謂、特徴がない、というやつだ。
美形ばかりでは、味が無い。校長はそう感じたのだろうかと思ったこともある。まあ、お菓子の詰め合わせにも、上げ底用のトレーが必要だ。自分はそういった存在。モブだ。
だがしかし、モブの俺にも譲れないものがある。それは女の子。
そう、女の子。
今日こそはチャンスだ。
樹は、顔を上げた。
向こうから、のぞき小人・七人衆がやってくる。
「よう、そこの若(わけ)ぇの。約束は守ってくれるんじゃろうな?」
爺さんBは言った。
「格好つけンなよ、爺さんズ。あんたらが欲しいのは、これだろ」
そう言って、樹は『廃キック娘☆生一番絞り』というDVD付きアルバム集を見せた。
途端、爺さんたちは色めき立った。
「これが、あの名作! 本物は初めてじゃ……」
爺さんBは手を伸ばした。
すかさず、樹は手を引っ込める。
「俺の依頼を成功させてからだ」
「ぐ、ぐぬぅ」
「悪い条件じゃないだろ? あんたらは女の子を撮影する。俺はそれに報酬を支払う」
「そうじゃ、悪くない。しかし、よく手に入れたのう」
「五月蝿いな。気合いだよ、気合い。ここは贅沢できるけどサ、女の子がいないんだよなあ〜」
「女装っ子がおるじゃろう」
「いらんモン付いてんだろーがッ! あんたら、それで萌えるんかよ」
「萌えンのう〜〜」
「わかってるくせに言うなよ」
樹はそう言いながら、撮影機材を「裸具美偉実行委員会」の本部席に設置しはじめる。
不意に地響きを感じ、当たりを見回した。
「な、何だぁ?」
そこには巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)の肩に乗った、変熊 仮面(へんくま・かめん)変熊 仮面 (SFM0006397)の姿。
「ありえねぇ……」
樹は呻く様に言った。
デカさが半端ない。
巨大人型ロボット並の大きさのそれは、どう見ても凶悪な熊だ。
その熊がドスドスとやってくる。地響きで、樹の体は跳ね上がりそうだ。そして、巨大な熊は辺りを見回した。
「おおぅ、ここはベストポジションじゃ!」
そう言うなり、最悪な場所に座り込んだ。
どっしりと腰を落としたその場所は……この辺で唯一のトイレの入り口だった。
「うげぇ! ちょ、おまっ……マジかよ!」
樹は叫んだ。
「よし! いいぞ、イオマンテ!」
変熊はいつものマントを靡かせ、マイク片手にみゃ〜☆をモロ出しで、ふんぞり返る。
「変熊! 何やってるんだよ。邪魔だっつーの!」
「んん〜〜? そこの貴様、声援をありがとぉ〜〜〜〜!」
「なんだ、そりゃ。ふざけんな! どけー! その893どかせ!」
「うーむ、聞こえないんだが。もっと大きな声で言ってくれたまえ!」
「空気読め!」
「空気!? そんな透明なもの、読めんわ!」
巨熊が吼えた。
「ぐわああああ!」
あまりのデカい声に、樹は耳を抑える。
存在自体が凶悪だ。こんな激しい主張は聞いたことが無い。所詮、樹は出来が『中の中』という、儚い存在。
樹は巨熊に屈した。
大丈夫。これしきの惨敗など、昔からだ。
樹は一番良い場所を明け渡した。
試合撮影場所としてのポジションではない。のぞき、だ。ビデオ撮影が変熊と巨熊の真の目的なら、樹の出る幕など無い。
しかし、騒ぎの大きさに驚いたサラディハールが、こちらの方にやって来た。
「何をやってるんですか!」
「そこは気にするな。今日はビデオ撮影だ!」
「馬鹿言ってないで降りてきなさい! 人数が足りないんですからね!」
「この俺様に戦って欲しいと! おお……神よ、美しいこの私こそ、薔薇学チームのメシアに相応しい!」
ぽにゅんぽにゅんと、みゃーが揺れ〜る☆
「ぶッた切りますよっ!」
「む……それは、とても痛そうだ。手伝うするとするか」
変熊はあっさりと降りてきた。
確かに巨大な熊は邪魔だが、暴れるわけではない。一試合我慢するぐらい、ちょっとトイレに行けなくても大丈夫だろうと、サラディハールは思っていた。
しかし、それは大いなる誤算だった。
「はい、みなさん。今日は遠いところ、よくいらっしゃいました。対抗試合は滅多にないことでもありますし、楽しんで、そして、死力を尽くして戦ってください」
生徒が集められ、サラディハールは薬を皆に配りながら言った。
注意事項・ルール等はプリントにして、薔薇の学舎の生徒にも、他校生徒にも配ってある。
筋肉増強剤の使用も承諾済みだ。
さすがに、魔法やらを使って競技するとなると、怪我人が出るのは否めない。むしろ、手を打たなければ死者だって出るだろう。
サラディハールはそうならないようにドリンク剤を用意しておいたのだった。
変熊は中身が何であろうと気にせず飲み干す。
常に薔薇の学舎の生徒は美しくあるべきと、変熊はルシェールに徹底的教育を施すつもりだった。ドリンク剤でも飲まなければ、体力が持たない。
「ぅっふ〜。絶倫☆」
「……」
そんな光景を眺める佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)。
外見は普通のドリンク剤。筋肉増強剤と聞いて、全員が飲み干した。まぁ、何かあるのは承知の上だし、このパラミタ大陸で何も無い方がおかしい。
だが、その中で佐々木だけ慎重だったといえよう。
「何か聞いたことがある薬だねぇ」
佐々木はドリンク剤が気になり、少し舐める。
「むむ……こ、これはあの伝説の薬? かなぁ〜」
舐めた後の気分と、薬に含まれている成分を味わった感じから推測してみるが、自分だけではわからない。
飲む前にパートナーの賈思キョウ著 『斉民要術』(かしきょうちょ せいみんようじゅつ)に薬を見せた。
佐々木の家は代々僧侶の家系で「褌は男の命」と思っている。久々に褌姿になれたことを喜んではいたのだが、薬だけがどうも気になるのだった。
「あねさん、どうですかねぇ?」
「【美偉】ですか? なぜ、そんな薬を。自分が知っている【美偉】なら、古代中国の宦官に伝わる秘伝の薬ですね」
「秘伝ですか」
「えぇ。何でも、宦官のみ服用が許されて肉体強化ができるということなのですけど」
斉民は言った。
「飲みすぎると男に対して恋愛感情をいだくとか。宦官にのみ服用が許されていたのは、それが理由ですけど……何ででしょう?」
「そう……ですか」
佐々木は考え込む。
しかし、筋肉増強剤であることは確かなので、飲まない手は無い。
念のため、佐々木は【得努】なる薬を作ることにした。即席なので、効果の程は微妙だが。
副作用は「少々の興奮を伴う情緒不安と理性優位になる状態が交互にスイッチする」ことだった。つまり、非常にナーバスであり、まぁ、シャイになるとでも言えばいいのだろうか。
(あの人に飲ませたら、どうなるのでしょうかねぇ)
学術的好奇心が、佐々木の中でムラムラとしてくる。
佐々木の視線の先には、変熊がいた。
(大胆かつ、不敵。無尽蔵の裸(ら)エネルギーの持ち主ですしねぇ)
実に素晴らしい実験体である。
恥ずかしいとか、そういう感情を超越しているのではと思うような存在だ。
佐々木は決意した。
まず、【美偉】を飲む。
そして、次に【得努】を作って飲んだ。
佐々木はもう一本あった【得努】を変熊にプレゼントしに行った。
ソルヴェーグとサラディハールは離れたところでその様子を見ていた。
「……ねぇ、サラ・リリ。この試合のことだけどね……僕が思うに、アーデルハイトから本を借りたって嘘だね?」
ソルヴェーグはいつもの調子で言った。
柔らかな笑みの下では、含むところがありそうな表情を隠しているのだ。
サラディハールはソルヴェーグの本性を知っている。昔からそうだったから。
「嘘なんて、失敬な。確かに本は借りましたよ、一冊を除いてね」
「だろうね」
「借りた本の中に入っていたのですよ。持ってきたのは、あのドジっ子さんですからね。本はあの子の物でしょう。トンデモ本の類なのはわかっていましたし」
「酷いね、サラ・リリ」
「おや、貴方だって楽しんでるじゃないですか」
「いつだって楽しまなければね。僕たちの時間は長いんだ」
「そうですね。これからの時間が長いとは限りませんよ」
「誰だってそうだよ。まあ、言うなれば、僕たちの時間が長かったと言うべきなのだろうけどね」
「それは確かにそうですね。時が長くあるにしろ、無いにしろ、楽しみたいと思うのは性(さが)みたいなものですよ」
「そうだよ、性だ。賛成するね。まさしく、そうだ」
「あれを見たときに、思いついたのですけど、良い感じでしたね。まさか、頼んだラグビーのセットに褌が入っているとは思わなかったですが」
サラディハールはぼやいた。
だが、楽しい光景に嬉しげな教諭であった。
「あの薬……どんなものか、指示票を見せてくれないかな」
「えぇ、どうぞ」
そう言って、ソルヴェーグに指示票を渡す。
ソルヴェーグはしばらく眺めていたが、不意にクスッと笑った。
「ねぇ、サラ・リリ。気付いてるかな?」
「なんですか?」
「これ、間違ってるよ」
「嘘でしょう? また、貴方は私をからかって……おや?」
ソルヴェーグは内服薬の調合指示票を見せた。
「リストは間違ってないね。でも、表記が間違っているよ……小数点の位置がね」
「え?」
「先に気が付くべきだったね……というか、それって君の作戦?」
ソルヴェーグは笑った。
「おやおや、酸化マグネシウムって、やっぱり狙ってないかい? これを入れる必要なんてない筈なのにね」
楽しげな表情を浮かべる、ソルヴェーグ。実に楽しそうだ。
「まぁ、良いじゃないですか。ラルクには、誘いに乗らなかった良いお仕置きになりそうですね」
遠くにいるラルクを眺め、サラディハールは言った。
楽しい一日になりそうだと、二人は笑い合った。
「あ、ソルヴェーグ! 試合に出ないのか?」
如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が不服を言った。
だが、ソルヴェーグは微笑むばかり。
「前回はソルヴェークさんにはビビらされたからな、今回は気合でもまけねぇ……ルシェール君は今回も褌をずり下げてぺんぺんやる!」
先日の戦いでは負けたが、今回こそは仕返ししてやろうと思っていたのだった。
「おや、如月と言ったかな? 先日は楽しかったよ」
「逃げる気か!」
「何を言っているのかな、君は。欠員が出ればランダムに選ばれるのだから、慌てる必要なんて無いよ」
そう言って、ソルヴェーグは嘯く。
如月は睨んだ。
「嘘だ。絶対、嘘だ」
「疑うのはよくないな」
そう口で言ってはいるが、もちろん、内心は違う。
ソルヴェーグは微笑んだ。
「さぁ、試合という海に出航じゃけん!」
赤城 長門(あかぎ・ながと)はマッスルポージングで自らの肉体をアピールした。
赤城は葦原明倫館の生徒。
褌姿に派手なバックルのベルトを上から付けたオリジナルスタイルだ。プロレスラーに見えなくも無い、かもしれない。
赤フンユニフォームを渡された時の、彼の感動は言うに及ばず。
褌こそ、男の下着。
褌よ、永遠なれ。
自分の筋肉を披露し、他学校の生徒たちにも筋肉の重要さを教えねばならない。
赤城は使命感に燃えていた。
赤城がふと見ると、こっちを見ているヤツがいる。
ルイ・フリード(るい・ふりーど)だ。
ルイは褌に「漢」と書き込んでいた。
「お前も漢じゃけぇの!」
「はい。このワンポイントは、是非、必要でしょう! ははは!」
いつでも陽気なマッスル。それが、ルイだ。
初参加のスポーツゆえ、ルールを試合開始までに何とか覚えなければと思っていた。しかし、そんなルイの考えなど、同じ嗜好の者との出会いがあれば、問題ナッシング。
ハッピースァマイル!
赤城と共に二人でマッスルを決める。心を同じくする者に、言葉なぞ不要。
今日も良い日になりそうだ。
遠くから生徒たちの歓声が聞こえる。
これから始まる試合に期待が高まる。
吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)はルイへの声援を自分のものと思い込み、声援に答えた。
「このオレの肉体美を見せ付ける絶好のチャンスだぜェ。ゲヘヘ……オマエら! 今日も魅せてやるぜぇ!」
「美しくないものは消えろ〜!」
観客からブーイングが飛んだ。
「いけ好かない薔薇学生をギャフンと言わせるチャンスだからよォ。見てろ、ギッタンギッタンにしてやるぜェ!」
吉永はブーイングをまったく聞いていなかった。
むしろ、ブーイングは自分が敵対するチームへと向けられていると思い込んでいる節がある。
吉永はトロールと呼ばれるほど、お顔が残念なヤツだった。おまけに自分をモテ男と勘違いしている。
そんな吉永は、運動場にやって来たルシェールに目を留めた。
「おォ? ちっこくっても女は参加しちゃいけねぇんじゃなかったかァ?」
とか言いつつ、褌がお尻に食い込むのがイヤで、引っ張ったり気にしたりしているルシェールの様子を眺めている。
胸はツルツルぺったんこだが、恥ずかしがってる様子が丸わかりの、あの表情がウブい。
なんかちょっと、お股がぷっくりしている気がするが、そんなのは気のせいだ。そうだ、気のせい。前垂れなんかあるから、そう思えたに違いない。
モテなさ過ぎて幻想が入る。
目が潤んでるなァ。
完璧だぜェ。
女の涙に弱い吉永は声を掛けた。
「おじょーちゃんよォ。パイちゃん出して恥ずかしくねーのかよォ」
「え? 俺、男の子だよ?」
「……あ? もう一度言ってみろや、おじょうちゃんよォ」
「だからね。俺は、男なの。ちゃんと、あるよ」
「……」
「これだから薔薇学はよォォォォ! オレの夢を壊しやがってェ! 氏ねぇぇぇ!」
「きゃーぁ!」
「妄想! げに恐ろしきは妄想なり! どう見たって、男じゃーーーん!」
マイクテスト中だった樹は、言わずにはおれなかった。
マイクを手に叫ぶ。
「あー、こらこら吉永君」
吉永に声を掛けたのは、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)だった。
「何だよォ。誰だ、オマエ」
「ひどいなぁ。吉永くん! 何で他校側にいるのかな!? アンタ程のイケメンに美声の持ち主が、こっちにいないのは不思議でたまらないよ」
吉永はピクりと反応した。
「俺は、こんな【ごく普通】で、いつも周りを見てきたんだ。俺が言うんだから間違いない。吉永君はこっち側にいるべきだ!」
「そ、そォかァ……ゲヘヘ♪」
「そうだよ! 今からでも遅くないから、こっちに来ないか? アンタ程の【美形】が、この薔薇学側にいないのは、重・大・な・る・損失だよ〜!」
「お、わかってンじゃねェか」
「だろう〜? さぁ、こっちに……」
「でも、断るぜェ!」
「えー?」
「そこで応援してるヤツが気にいらねェ! そこで、女、みてーな……ううっ……クソクソクソォッ! 可愛いケツ出して、誘惑するやつも許せねェ!」
「アンタ、目ェ腐ってるよ」
樹は言った。
可愛いパイちゃん。出して歩いてくれる素敵なガッコなんてありえなーい♪ ラララ……ぁ〜♪
吉永さぁん♪ クッキー食べてくれますぅ?
いつも見かけると、アタシ、ドッキドキなんだよぉ。
吉永さんの歌、聞きたいなっ☆
今度、カラオケ連れてって……ね?
ワルイコト……しよ?(はぁと)
「うがあああああ!!!」
妄想が走る。
「俺、なんかした?」
ルシェールは小首を傾げた。
「それをッ! やるなって言ってんだよォ!」
「でも……」
「とにかく、薔薇学のイケメンなんか、滅んじまいやがれェー!」
吉永の心に火が灯った。
まっかっかに燃える、復讐神(ネメシス)の炎。
自身を焦がし尽くし、世界をも燃やし尽くしてしまうほど燃え上がれ!
そうだ、肉体をぶつけ合って、壊しまくって、ボロボロになって忘れよう。
オレはフィールドを駆ける復讐者になるのだ。
スレヴィは吉永の表情で全てを悟った。
あっちの世界に行っている。
すげーカッコ良いヒーローなんかになってたりして、フィールドが燃えてたりするんだな、これが。
スレヴィは諦めると、自分の陣営に戻った。
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