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学生たちの休日4

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学生たちの休日4
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リアクション

 
    ★    ★    ★
 
「さて、どこへ行きましょうか」
 ヴァーナー・ヴォネガットは、麦藁帽子の位置を直すと、てくてくと百合園女学院の中を歩いていった。
 心なしか、陽射しが強い。
 その降り注ぐ光の中で、小気味のいいボールを蹴る音が聞こえてきた。
 テニスコートの方からなのだが、どう聞いてもテニスボールの音ではない。
「アドバンテージ。ふふふ、圧倒的だよね」
 レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)が、早くも勝利宣言をする。
「まだまだあ!!」
 息も荒く、ネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく)が言い返した。
「サッカー? テニス? いったい何をやっているのでしょう?」
 二人の様子を見て、ヴァーナー・ヴォネガットが小首をかしげた。その間にも二人はボールを蹴り合っていく。
 そう、彼女たちは、サッカーボールでテニスをしているのだった。バレーボールのように三回で相手コートに返し、テニスのポイント制でコート内はワンバウンドまであり、サッカーのように足だけでボールを弾き返すという、なんともごった煮のようなルールによるサッカーテニスという試合を行っている。いくらサッカー部だとはいえ、何もテニスコートでこんな練習をしなくてもいいとは思うのだが。テニス部に知れたら、後で袋叩きにあうだろう。
「甘いよ!」
 浮いたボールを、ネノノ・ケルキックがヘディングで相手コートに押し込む。またまたデュースになる。
「ネノノもやるようになったね。でもまだまだ」
「そうかしら」
 言葉でも応酬を繰り広げながら、二人がボールを蹴り合う。
「私がエースストライカーだということを忘れてもらっては困るんだよ」
 レシーブと言っていいのだろうか、足でいったん空中高く蹴りあげたボールにレロシャン・カプティアティが突っ込んでいく。
 強烈なシュートがやってくると判断したネノノ・ケルキックがわずかに後ろに下がった。
 ネット際に落ちてくるボールにレロシャン・カプティアティが狙いを定めてジャンプした。高い位置から叩き落とすようなシュートが来るかと思った瞬間、クイと頭を横に振ってヘディングシュートがほとんど真横に炸裂する。虚を突かれたネノノ・ケルキックは動くことすらできない。
「アドバンテージ!」
 レロシャン・カプティアティが腕を突きあげて叫んだ。
「さあ、一気に決めるよ!」
「させるかあ!」
 二人の気合いと共に、ボールが行き来する。こんな無茶な戦いはすぐにけりがつきそうなものだが、互いに相手を知り抜いているため実際にはかなり長時間の戦いとなっていた。
「うーん、ルールはよく分からないですけれど、凄いです。頑張ってくださいです」(V)
 思わす立ち止まって見とれたまま、ヴァーナー・ヴォネガットが言った。後一点のレロシャン・カプティアティに、サッカー部部長の意地をみせてネノノ・ケルキックが食い下がる。
「来た!」
 わずかに緩いボールに、ネノノ・ケルキックがタイミングを合わせて空高く弾きあげた。ゆっくりと無防備なボールが落ちてくる。その滞空時間を見越して後ろに下がったネノノ・ケルキックが、勢いよく駆け込んできて空中に飛び込んだ。
「いっけー!!」
 そのまま回転を利用して華麗にオーバーヘッドキックを放つ。
「そんなもの、力業で押し返すよ!」
 超感覚全開にしてネコミミと尻尾を顕わにしたレロシャン・カプティアティが、正確にボールとその回転を空中で捉えた。一気に打ち返そうと突っ込んでくる。
 またヘディングかと、ネノノ・ケルキックが前に出た。
「これで決めるよ!!」
 けれども、レロシャン・カプティアティは身体全体を使ったキックで、まっこうから勝負に出た。前に出すぎたネノノ・ケルキックがダイレクトに蹴り返そうとするも、位置とタイミングが悪すぎる。真正面から胸にボールの直撃を受けてしまい、その勢いのまま後ろに吹っ飛ばされた。
「ゲームセット!」
 転々とコートの外へはずんでいくボールを見て、レロシャン・カプティアティが飛びあがって叫んだ。
 一方のネノノ・ケルキックはコートに大の字になったまま動かない。
「ネノノ?」
 さすがに心配になって、レロシャン・カプティアティがネットを飛び越えて駆け寄っていった。すぐそばまで来ると、ちょうどネノノ・ケルキックが息を吹き返した。
「えっ、負けちゃった……? やだやだやだやだ!!」
 寝転がったまま、ネノノ・ケルキックは四肢をバタバタとさせて悔しがった。
 
    ★    ★    ★
 
「うーん、これとこれかなあ」
 ヴァイシャリーのランジェリーショップの中で、冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)が、両手に持ったランジェリーを見比べながら悩んでいた。
 一つは、部分にレースをあしらった薄く軽い物で、ベビーピンクのフリルがふんだんにつけられていて、中央に同色のリボンがあしらってある。もう一つは、マイクロタイプの白の上下で、胸元の開いたドレスやスリットの深いスカートでも目立たないように作られている物だ。
「せっかくだから、千百合ちゃんの分も選んでみたんですぅ。……どうですぅ?」
 専用のハンガーに掛けられたガーターつきの黒い下着を持った如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)が、冬蔦千百合を声で呼びながら言った。
「これで大きさは合っていると思うのですけれどぉ……」
 指先で下着の大きさを確かめながら、如月日奈々が言った。
「そうだよね、試してみなくちゃ分からないよね。試着してみよ」
 冬蔦千百合は如月日奈々の手をとると、一緒に試着室に入っていった。
「はい」
 慣れた手つきで、冬蔦千百合が如月日奈々に脱衣籠をいったん手渡して位置を教える。
「どうかなぁ」
 一人でてきぱきと着替えた如月日奈々が、ピンクのフリルの下着を冬蔦千百合に見せて訊ねた。
「うん、サイズもぴったりで、凄くかわいいんだもん」
 満足そうに、冬蔦千百合が言った。
「そうなんだぁ……。うん、着心地も素敵ですぅ」
 そう答えると、如月日奈々はもう一つの下着を手に取った。
「これは……、なんだかちっちゃいですぅ」
「のびるから大丈夫なんだもん」
 ちょっと躊躇する如月日奈々に、黒い下着を着けた冬蔦千百合が答えた。
「あたしの方もぴったりだよ。でも、色は青の方が好みかなあ」
「あら、ごめんなさいですぅ。……お店の人に、色を確かめればよかったですぅ。レジに持っていくときに、変えてもらうですぅ」
 結局、試着室に持っていった下着を三つともレジに持っていくと、二人は買い物を終えて店を出ていった。
「さっきの下着は……、帰ってから着てみるですね」
 白い杖を持たない方の手を冬蔦千百合に預けながら、如月日奈々が言った。
「はあ、変なスポーツをずっと観戦してて、少し疲れましたあ」
 大橋の上で二人とすれ違ったヴァーナー・ヴォネガットは、そのままはばたき広場の方へと進んで行った。
 ポロンポロンと、ギターの爪弾きが聞こえてくる。
 中央時計台のそばに腰かけて、咲夜 由宇(さくや・ゆう)がアコースティックギターを弾いていた。のどかな陽射しに、ガットの柔らかい音色が似合う。
「ここで少し休みましょうか」
 ヴァーナー・ヴォネガットは、咲夜由宇に近いアイスクリーム屋のワゴンのオープンテーブルによいしょっと腰をおろした。
「ら〜らる〜る〜♪(V)
 ごはんを食べたいな♪
 だけど、メイドさんは、作るだけ♪
 ラララ……♪
 ちょっとつまみ食い♪
 幸せのつまみ食い♪
 ああ、幸せですぅ〜♪ じゃじゃじゃん♪」
 軽快なストロークでギターをかき鳴らすと、咲夜由宇が一曲歌い終わった。
「これでどうですかー」(V)
「最後がよけいかもね」
 ルンルン・サクナル(るんるん・さくなる)が遠慮なく感想を言って、咲夜由宇にぺちっと叩かれた。心なしか、その顔が嬉しそうにも見える。
「あううぅぅ。そこがこの歌の大事なところだからいいんですぅ」(V)
 そう言うと、咲夜由宇はゆっくりと周囲を見回した。特別賛辞がないと同時に、文句を言ってくる人もいない。これはきっとBGMとして認知されたと思っていいのだろう。とりあえずそう思い込むことにする。
「もう一曲いきますですぅ、ルンルンくん」(V)
「うん、またきっちり感想言うからねー」
 再び何かを期待して、ルンルン・サクナルが目を輝かせながら言った。
「面白いお歌ですわね」
 アッフォガート・アル・カッフェを前にして、和泉 真奈(いずみ・まな)が静かな声で言った。
「ええ、そうですね」
 すぐ横のテーブルにいたヴァーナー・ヴォネガットが、自分にかけられた言葉だと思って返事をする。
「珍しいアイスですね」
 熱いコーヒーのかけられたアイスクリームを見て、ヴァーナー・ヴォネガットが訊ねた。
「そこのワゴンで売っていますわ。ちょっと珍しかったものですから」
 ニッコリと笑いながら、和泉真奈は答えた。
「あ、ヴァーナーさん、また会いましたね」
 少し息を切らしながら、高務野々が高務著『黒歴史帳・第参巻』をおぶってやってくる。
「大丈夫? 早くここへ座って」
 高務野々の様子を見かねて、ヴァーナー・ヴォネガットが空いている椅子を引いて座るように勧めた。
「ありがとー」
 高務野々は、楽しげだけれどぐったりした高務著『黒歴史帳・第参巻』をそこに座らせると、自分も別の椅子に座ってテーブルに突っ伏した。
「もう、喉がからからです」
「あら、では、お近づきの印に、私と同じ物をどうですか?」
 そう言うと、和泉真奈がワゴンにむかってアッフォガート・アル・カッフェを三つ追加注文した。
「はい、承りました」
 ワゴンでアルバイトをしていたキーマ・プレシャスが、優雅にお辞儀をして注文を受けた。
「そんな、悪いです」
「いえいえ。一人だつまらなかったものですから。どうぞ、お食べください」
 和泉真奈はそう言うと、アイスクリームをヴァーナー・ヴォネガットたちに勧めた。彼女のパートナーは、一人で仕事にでかけてしまっている。和泉真奈は、一人の休日を今まで少しもてあましていたのだ。
「お待たせしました」
 大きめのカップに入った三人分のアイスクリームを運んできたキーマ・プレシャスが、それぞれをサーブしていった。大きめのポットに入った熱いエスプレッソをそこへ注いで回る。
「美味しいでございます、これ。おみ様、後でちゃんとわたくしに美味しかったと書き込んでくださいまし。ああ、申し訳ありません、すっかり忘れておりました、わたくし、高務……」
「うわー、美味しいわ、これ。美味しいですー!」
 またもや迂闊に高務著『黒歴史帳・第参巻』が名乗ろうとしたので、高務野々はあわてて叫んでそれを遮った。
 突然の高務野々の叫び声に割り込まれて、ギターを弾いていた咲夜由宇がちょっとむっとする。
「次の曲いくのですぅ」
「頑張れー」
 気を取り直す咲夜由宇を、ルンルン・サクナルが応援する。
 再びのどかに歌声が響くはばたき広場で、女の子たちはのんびりとアイスクリームに舌鼓を打っていった。