空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

二星会合の祭り

リアクション公開中!

二星会合の祭り

リアクション

 
 
 二星が出逢う刻の為に 
 
 
 
 7月7日。
 夕方から開催される予定の七夕行事を前に、ホテル『荷葉』ではその準備が進められていた。
 
 橘 恭司(たちばな・きょうじ)はまず庭に向かい、流しそうめんの台を設置する範囲を確かめる。
「結構大掛かりですね」
「ええ。組み立て式になっている一式をレンタルして来たのですけれど、入手できるのがこのサイズしかありませんでしたの」
 早速その一式を運んできているホテルの従業員たちに、白鞘 琴子(しらさや・ことこ)はご苦労様と声をかけた。
「大きいから設置は大変ですけれど、その分、ホテルに滞在しているお客様からは良く見えると思いますので、よろしくお願いいたしますわね」
「この人数だと運ぶのだけでも一苦労ですね。良かったら運ぶのを手伝いましょうか?」
 ふうふう言いながら運んでいる従業員たちを見かね、柴崎 拓美(しばざき・たくみ)が手伝い始めると、パートナーのアース・フォヴァード(あーす・ふぉう゛ぁーど)も、
「俺も手伝うぜ。さっさと運んじまおう」
 と従業員をせかすようにして、運搬に手を貸し始めた。
 運んできたものは恭司が荷解きし、早速竹脚の組み立てを開始する。
 従業員の多くはパラミタ人。流しそうめんを見たことのない者も多いので、完成した形が頭に入っている拓美や恭司の手伝いは有難い。
 闇雲に運ぶのではなく、必要な順に拓美が運んできた道具を、恭司がてきぱきと先にたって組み立てていくと、作業はぐんと捗った。
 組みあがったパーツをどう並べて行こうかと、恭司は拓美と相談する。
「ここにテーブル、こっちにそうめんを置く台……で、こちらから向こう側へと流す、という形が良いでしょうか」
「見る人はホテル側にいるんですよね? だとしたらテーブルと台はその位置でいいですが、流す方向をもう少しあっち、というかここから見て左方向にした方がよくないですか?」
「ああそうですね。となると排水が……」
「延長できるものがないかホテルに行って聞いて来ます。アース、ちょっと行ってくるからここ、頼むね」
「ん……あ、ああ分かった」
 運搬組み立て作業に飽きて、ぼんやりと周囲を眺めていたアースはあわてて肯いた。身体を動かすのは好きなのだけれど、同じような作業をしているとつい飽きてきてしまう。これではいけないと反省して、また手伝いを始めた。
 そうして順調に作業が進んでいくのを見て、
「ここはお任せしても大丈夫そうですわね。よろしくお願いいたしますわ」
 その場を恭司たちに任せると、琴子はまた別の場所の様子を見に行った。
 
 
 短冊を吊るす笹は七夕行事のメインでもあるからと、ホテルに近い位置の庭に立てられることとなった。
「いくよ。せーのっ!」
 レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)の掛け声で、寝かされていた笹が立てられ、杭に結び付けられる。
「短冊を少しつけておいた方がよろしいですわね。願い事がある人は一足先に書いて吊るしてくださいませ」
 手伝いに来ている皆に琴子は短冊を配っていった。
 琴子自身も1枚とって、
 『 蒼空学園のみんなが健やかでありますように 』
 とさらさらと書き、笹に結びつけた。
「願い事かぁ……」
 何を書こうかとレイディスがペンを持つ手を宙に浮かせて考えているところに、
「琴子センセー、ちょっと相談なんだけど」
 イベントの手伝いをしている久世 沙幸(くぜ・さゆき)が、笹を眺めて気になる様子でたずねた。
「七夕の笹に吊り下げるのって、短冊だけだったっけ? なんか、もっといろんな飾りがついてたと思うんだよね」
「ああそうでしたわね。七夕飾りのことをすっかり忘れていましたわ」
 短冊ばかりに気をとられて、という琴子に、沙幸はそうだと思った、と笑った。
「もしかして必要かなって、折り紙持ってきたんだよ。これで七夕飾りを作って笹につけても良いかな?」
「実はボクも、来る前に折り紙の本を買ってきたんです。七夕飾りもここに載ってます」
 九条 風天(くじょう・ふうてん)は書店のカバーが掛けられた折り紙の本を開いて見せた。
「そうそう、これ。『ささつづり』に『ほしつづり』、『ちょうちんかざり』それから『ふきながし』……折り紙だけでもいろんな飾りつけが出来ちゃうんだね」
 沙幸がページをめくる横から、琴子も本を覗き込む。
「今はこんなに種類があるんですのね。古くから伝わる七夕飾りには、それぞれ意味があるんですのよ」
 折り紙の本に載っている飾りを指しながら、琴子は説明していった。
「笹の一番上につけるのは『紙衣』。棚機女が神様に捧げた着物ですのよ。『吹流し』は、たくさんの糸を束ねたようでしょう? これは織姫の織り糸を表しているんですの。『網飾り』は投網を表していて、豊漁を願う飾り。それからこの『くずかご』は、七夕の飾り物を作ったときにでる紙くずを集めて、この中に入れて吊るすんですの。物を粗末にせずに役立てる、清潔と倹約の心を表しているのですわ」
「琴ちゃん先生に授業を受けてるみたいだわ」
 アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)に言われ、琴子はあら、と頬に手を当てた。
「こういう話をはじめると、止まらなくなってしまいますわね。では、飾りつけよろしくお願いいたしますわ。きれいに飾られた笹を見たらきっと、皆さま喜んで下さるでしょうから」
 七夕飾りのことを3人に任せると、琴子は今度は星の座の飾りつけをしているほうへと歩いていった。
「よーし、たくさん作っちゃおう」
 作業用にあてられているホテルの一室に折り紙を持ち込むと、沙幸はさっそく折り始めた。けれど風天は折り紙を手にやや戸惑い顔。本を一々対照しながら慣れない様子で折っている。
「あら、風天ちゃんは折り紙苦手なのかしら?」
 目ざとくそれに気づいたアルメリアに聞かれ、風天はさあ、と首を傾げる。
「小さい頃は七夕なんて楽しむ余裕がなかったから、折り紙とか作ったことがないので」
「そう……って、風天ちゃん、そこを切るんじゃないのよ」
 慌てて手を出したアルメリアだったけれど、風天の手に触れるとぱっとその手を引っ込めた。
「もしかしてハサミが当たりましたか?」
「ううん、何でもないわ。そっちから切るとばらばらになっちゃうから、逆からハサミを入れるのよ」
 新しい折り紙を1枚取って、アルメリアは説明する。
「こっち、ですか?」
「そうそう」
 教えられながら1つ2つ作ってみると、風天もコツを掴むことができた。そこから先は、きっちりと丁寧に飾りを作ってゆく。
「今度はこれを作ってみようー」
 沙幸はあれこれと種類を変えては、さまざまな七夕飾りを作っていった。
 そしてひたすら飾りを作り続けるうちに……。
「ちょっと作りすぎちゃったかな」
 どっさりと出来た七夕飾りを、沙幸は両手に掬い上げた。これを全部笹に飾ったら、さすがにつけすぎだろう。
「そうだっ! あまってる笹があったらそれに飾りつけして、ホテルのお部屋に飾ってみるのも、滞在してるお客様のおもてなしにいいんじゃないかな?」
 早速、ホテルの人に聞きに行ってくるという沙幸に、アルメリアはじゃあ、と腰を上げる。
「ワタシはその間に、浴衣を借りてくるわね」
「それならボクも……」
「風天ちゃんは、できた飾りを笹のところに運んでおいてもらえるかしら。よろしくね」
「は、はあ……構いませんけれど」
 まるで、一緒に浴衣を借りに行かせたくないようなアルメリアのそぶりは気になったけれど、風天は出来上がった飾りを崩れぬように注意を払いながら、袋に詰め始めたのだった。
 
 
「ええ、これでよろしいですわ」
 星の座の飾りつけを直しし終え、琴子がご苦労さまと従業員に答えていると、
「ね、琴子先生ー」
 星の座が飾られていく様子を興味深く見物していたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が声をかける。
「あそこに置いてある楽器、琴だよね〜?」
 星の座に飾られた楽器を指して言うカレンに、琴子は肯く。
「はい。筝の琴ですわ」
「曲水の宴のときにもちらっと見たけど、改めて見ると神秘的な形してるね。いかにも『和』って感じ〜」
 目をきらきらさせてカレンは琴に見入った。
「いいな〜、いいな〜、あれ弾いてみたい!」
「ではまた後日にでも……」
 と行きかける琴子をカレンははっしと掴む。
「今日和楽器の発表があるんだよね? そこで弾かせてほしいんだ〜」
「それほど簡単に弾けるものではありませんのよ」
 冗談で言っているのだろうと、まともに取り合わない琴子に、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が口添えする。
「簡単な曲をゆっくりとなぞるぐらいなら、何とかならぬものであろうか? 我もこの横笛でリードする故にな」
 ジュレールが口にしたのは、有名な星に願いをかける歌。日本の曲ではないけれど、内容は七夕に似合いそうであり、テンポもゆっくりとしている。
「今から練習して……ですの?」
 どうやら本気らしいと、琴子は懐中時計を取り出して時間を確かめた。
「では練習してみて間に合えば、ということにしましょうか。間に合わなかったときはまた別の機会に」
「やったー」
 無邪気に喜ぶカレンに、琴子はくす、と笑った。
「お稽古に関してはわたくし、厳しいですわよ。覚悟してくださいましね」
 
 
 七夕行事があると聞いて、早速やってきていた伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)は、皆の口の端にのぼる七夕伝説が気になって仕方がない様子だった。
「織姫こと織女と、彦星こと牽牛は恋人同士でなはなく夫婦なのじゃぞ」
 牽牛織女伝説のもととされる中国でも、七夕は『中国情人節』と呼ばれる恋人たちの祭りとなり、男性が女性に薔薇を贈る他、恋人たちが食事をしたり、プレゼントを交換しあったり、という日になっている。その為もあってか、七夕は恋人たちの祭りというイメージが強くなってきている。
 ぶつぶつと呟いている金烏玉兎集に、高月 芳樹(たかつき・よしき)はそれなら正しい伝承を広めてみたらどうかと提案した。
「ふむ。正しいと言っても、七夕伝承はさまざまではあるのじゃが……」
 地球に伝わる七夕伝承も、地域によってずいぶんと異なる。そのどれを正しいとすべきか、と金烏玉兎集は考える。
 伝承によっては、織女は子供をつれておいかけてきた牽牛から逃げるために天の川を作った、というものもある。カササギが天の川に橋をかけてくれるのも、好意からではなく、7日ごとに会わせるというのを伝え間違えたための罪滅ぼしのため、となっているものもある。
 2人が会うのも、一夜となっているものもあれば、7月7日から織姫は旧暦の1年の日数である360日の間に牽牛が使った360の鍋と椀を洗い、着物を洗濯したり繕ったりして、7月16日に帰ってゆく、というものもある。
「地球上でも地域によって伝承が違うのなら、それを説明するのも楽しいのではないでしょうか」
「それなら、ホテルの人に頼んでみない? 下準備にかける時間はあまりないけれど、資料を探して要点をまとめるくらいは出来るんじゃないかしら」
 マリル・システルース(まりる・しすてるーす)が言うと、アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)も乗り気になって、ホテルの担当者を探して連れてきた。
 七夕伝説を説明してみたい、という彼らからの提案に、担当者もそれはいいですね、と即座に頷いた。
「当日ではあまりこちらで準備できるものは無いのですが、それでよろしければ是非お願いいたします」
 七夕行事とともに伝承を知ることが出来れば、きっと滞在客も興味を持つだろうという担当者に、芳樹は聞いてみる。
「シャンバラにも七夕伝承はあるのか?」
「はい。あまねく広がっているというのではありませんが、ございます」
「ふむ、それはどのようなものかの?」
 それもあわせて説明をしてみようかと、金烏玉兎集が身を乗り出す。
「地球とあまり変わらないと思います。いえ……多少、美化されているかも知れませんね」
 そう言ってホテルの担当者は複雑そうな顔つきで笑った。
「何しろ、広めているのが牽牛織女の当人の英霊の方々ですので」
「自分の恋物語を美化したい気持ちは分かるけど、多少ですんでるのかしら?」
 アメリアの危惧に、地球の伝承を知らない担当者はさあと首をかしげる。
「こちらに伝わっている伝承も1つではありませんので……シンプルなものから一大スペクタクルな恋愛叙事詩までさまざまございます」
「これは、本格的に七夕知識を広める必要がありそうじゃのう」
 金烏玉兎集からは苦笑が漏れる。
「そうだな、やってみよう。こちらの星座に関する伝承も調べてみたいけど、そこまで手が回るかな」
 これは時間との競争だ、とばかりに芳樹たちは動き始めた。