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リアクション
風にゆれる願い事
ホテルの庭を行き来する人々の中には、仲の良いカップルも見受けられる。
肩を寄せ合って短冊を書いているカップルの姿につい視線を注いでしまっている自分に気づいて、春夏秋冬 真都里(ひととせ・まつり)は慌てて首を振って意識を他に向けた。
そんな少し挙動不審な真都里の様子を、コークラン・ドラムキャン(こーくらん・どらむきゃん)はこっそり眺めていた。何があったのかは知らないけれど、最近の真都里には変化が見える。そしてそれはたぶん、好ましい方向への変化のようだとコークランは感じていた。
素直になれないのが真都里だから、敢えて何も言わずにコークランは見守ることにしている。いったい何が真都里に変化を与えたのかはもちろん気になるけれど、ここでつついてしまったら、逆効果になりかねない。
カップルが短冊を書き終えるのを待って、真都里も短冊を手に取った。何を願うのかはもう決まっているから、ペンを取ると真都里は迷わず願い事を記した。
『 あいつが元気になりますように ――春夏秋冬 真都里 』
今日、一緒に七夕に来ようと思っていた相手は、風邪で来られなくなってしまった。それはとても残念なことだけれど、今はその相手の風邪が早く治るようにと真都里は願いをかける。
その隣ではコークランが、展開したフレキシブルアームで短冊に願い事を書き記す。
『 真都里が素直になれますように 』
その本当の願いを書いた短冊はこっそりと結んでしまい、コークランはもう1枚、ダミー用の短冊を作成した。
『 真都里の不憫が治ります様に ――クラン 』
そしてそれを真都里の顔の前に突き出して見せる。
「アタシの願いはこれよン」
「治ります様に、ってな……不憫は病気じゃない。……呪いなんだぜ」
「それなら書き換えるわねン」
きゅっきゅっ、と『治り』を二重線で消すと、コークランはその横に『解呪され』と書く。
「そんなのを吊るすつもりか?」
「パートナー思いでしょおン」
コークランの言葉に思わず深いため息をついた真都里から力が抜け、願い事を書いた短冊が風に飛ばされた。
「うわ、待て! あ、誰も拾うな!」
短冊を追いかけて走ってゆく真都里の後姿を、コークランはダミーの短冊を振って見送った。
「ホント、解呪されるといいわねーン」
色違いで柄はお揃いの浴衣を着た久世沙幸、アルメリア、九条風天の3人は、自分たちの飾りつけた笹を見上げた。
「やっぱり飾りがあると華やかだよねっ♪」
「そうねぇ。少し風が出てきたから、吹流しが綺麗に靡いてるわ」
「……うー」
楽しげな沙幸とアルメリアの横で、風天はどこか浮かない顔つきで、自分の着ている浴衣の帯に手をやっている。
「どうかした? お腹でも痛いの?」
「いえ、違います。ただ、この浴衣……女物、ですよね」
「うんっ」
当然、とばかりに沙幸が言えば、アルメリアもそうねぇと肯く。
「お揃いを3枚探すのは大変だったのよ。でも、みんなで着たかったから頑張ったの」
そう言われると無下に断れず、風天は女物の浴衣を着たまま、短冊を手に取る。
さらさらと短冊にしたためた願いは、
『 女性と間違われぬ程度には逞しくなれますように 』
願いは自分で叶えるもの、と思っているから短冊にそれほど期待をかけているわけではないが、風天はそれを笹に結びつけた。
『 これからもいっぱい可愛い子と出会って仲良くなれますように 』
アルメリアはそう書いた短冊を吊るした後、こっそりともう1枚短冊にペンを走らせる。
『 風天ちゃんともっと仲良くなれますように 』
自分が書いたその願いに、アルメリアは動揺した。どうして自分はこんなことを書いているのだろう。確かに風天のことは可愛いと思うし、仲良くなりたいとも思っているけれど……。
考えていると気恥ずかしくなってきて、アルメリアは目立たぬ笹の端っこにそっとその短冊を結んだのだった。
七夕行事の中でも一番人の集まる笹のすぐ傍では、高月芳樹とそのパートナーたちが訪れる客に七夕伝承について、説明をしていた。
金烏玉兎集が中心になってまとめた七夕伝承や夏の星座についての話に、ホテルの滞在客たちは耳を傾けては、知っているものと同じ点、違う点を見つけて面白がっている。
「そろそろ星も見えてきたようじゃな。今日は幸い晴れている故、空を横切る天の川が良く見えるであろう? その両岸に輝く牽牛織女の星が見分けられるかの?」
金烏玉兎集が空を指差すと、聴衆の目が一斉に空に向けられた。
パラミタから見える空は地球と同一のものではない。
輝いている星も天体ですらなく、高く漂う浮島なのだと言われている。
けれど不思議なことに、ここから見える星空は、日本の同じ季節、同じ時間に見えるものとほぼ同じ。見知った星座を空に探せば、同じように星の輝きが並んでいる。
「時間がなかったわりに、うまくまとまったみたいね」
説明をしている金烏玉兎集の様子を見ながら、アメリアは高月芳樹に小声で話しかけた。
「皆で頑張ったし、共通する部分が多くてまとめやすかったこともあるからな」
英霊が広めている所為もあってか、伝わっている星座伝承までもが地球のものと非常に似通っている。
金烏玉兎集が指すままに星をなぞって伝承に思いを馳せている人々を眺めて、マリルは穏やかに微笑んだ。
「皆さん楽しんでいるようですね。このことが思い出になり、夜空を眺めた際にまた思い出してもらえたら何よりのことです」
今年の夏、空を眺めて。あるいは来年の七夕に思い出して。
地球とパラミタ。違うけれど同じ空を見上げて星に思いを馳せれば、心は1つになるだろうか。
手を取り合う日を指折り待つ牽牛織女のように。
ミニにした牡丹柄の浴衣に編み上げブーツ、黒革の偽ブランドポーチを小脇に抱えてヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は短冊を書くテーブルの前に立った。
真剣な目を短冊に注ぐと、明るい黄色のを選んで願い事をしたためる。
勢いのある太字で堂々と記された文字は、
『 世界の金を独り占め 』
くっきりと書かれたそれを満足げに眺めていたヴェルチェだったけれど、その脳裏にふと浮かぶ唄があった。
――色(女)は舟待ち 見上げる夜空
恋に焦がれし 向こう岸
涙別れの 七夕祭り ――
色の『い』、舟の『ふ』、見上げるの『み』、夜空の『よ』……と1、2、3、4の数えになっている。
ヴェルチェがまだ地球にいた頃……死んだバアさんに似ていると言われ、仲良くなったあるお金持ちのお爺さんがいた。そのお爺さんが口ずさんでいた数え唄だ。
7までしかない上に、涙の『な』と七夕の『七』で7が重なってしまっているけれど、何故かと尋ねたヴェルチェにお爺さんは笑って答えた。
細けぇこたぁ良いんだよ――と。
その時に唄の意味も聞いたはずだけれど、織姫がこの日だけ乗れる舟を待っていたのに、雨が降ってどうのこうの……というくらいにしか覚えていない。代わりに記憶しているのは、話してくれたお爺さんの視線が遠く、懐かしさをたたえていたこと。
ヴェルチェにはまだ、そのお爺さんの感じていたものは掴めていない……けれど。
短冊の端っこにちょこっと書き添える。
『 死ぬまで好きで居られるヒトに出会えますように 』と。
それを笹にくくりつけているところに、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がカメラを向けた。
「素敵な浴衣姿ですわね。記念に撮らせていただきたいのですけれど、よろしいかしら?」
「もちろんいいわよ♪」
ほら、と悩殺ポーズを決めたヴェルチェをフィリッパはカメラに収めた。
「ご協力ありがとうございます。出来上がった写真はホテルに預けておきますわね」
ヴェルチェに礼を言うと、フィリッパはまた近くにいた人に声をかけた。カップルで来ている人も、1人で来ている人も、友達同士で誘い合って来ている人も、浴衣を着て楽しんでいるスナップ写真があれば七夕の思い出となるのではないかと思ってのことだ。
仲の良いカップルの写真を撮り終え、次の被写体を探していたフィリッパの目に、小さな子に話しかけているセシリアが映った。
「えーっと、どうしたのかな? お父さんかお母さんは?」
「おかあさん……ふ、ふぇ〜ん……」
「わわわわ、泣かないで!」
おろおろしながらも懸命に子供をあやしているセシリアも、フィリッパは写真に収めておいた。
あちらでもこちらでも、思い思いに七夕を楽しんでいる様子が見られて、被写体には困らない。
「なんだか素敵ですよね」
手伝いをしながら会場を巡っていたメイベルもやってきて、フィリッパと並んで人々を眺めた。
「七夕は織姫と彦星が年に1度の逢瀬を楽しむ素敵な時。このホテルにもそんな地上の織姫と彦星が集っているのでしょうか……」
いつか自分も大切な人と巡り合い、逢瀬に心躍らせる日が来るのだろうか。そんなことを考えつつ、メイベルは行き交う皆の幸せの雰囲気を味わった。
そんなメイベルたちには見られないように、ヘリシャは短冊に願い事を書く。
『 皆とこの先も素敵な1日をおくれますように 』
見られると気恥ずかしいので、書きあがった短冊は目立たぬ位置にこっそりと結んでおいた。急いで短冊を書くテーブルのところに戻ると、ヘリシャは通りかかる人々に短冊を配った。
「これなぁに? 何も書いてないのー」
ヘリシャからもらった短冊の裏表眺めて、紫桜 瑠璃(しざくら・るり)は首を傾げる。七夕の知識がまったく無い瑠璃には、これが何をするものなのかも分からない。
「これは短冊ですよ。ここに願い事を書いて吊るすと叶う……でしたよね?」
緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は短冊を受け取りながら、ヘリシャに確認した。
「はい。もともとは『字がうまくなるように』という願いをこめて短冊を書いていたのですけれど、いつの間にか、書いた願いが叶う、と変化していったものだそうですよぉ」
「ねがいがかなうの? るりも書くのー」
早速書き始めた瑠璃の様子を見て、遙遠は連れてきて良かったと思った。パラミタで暮らしていると、瑠璃が日本文化に触れる機会は少ないから、こういう機会にいろいろ体験させておきたい。日本文化にも長き年月で培われた良さがたくさんあるのだから。
自分も短冊を受け取ると、遙遠は何を書こうかと考える。やはり、こういう楽しい日がいつまでも続くように……そう願おう。
『 いつまでも皆と一緒に過ごせますように 』
遙遠は書き上げた短冊を持ち、隣で短冊を書いていた紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)と瑠璃に尋ねた。
「遥遠と瑠璃は何を書きましたか?」
「遥遠は、いつまでもこういう楽しい日々がいつまでも続くようにと思ってこう書きました」
ひらりと遥遠が見せた短冊には、遙遠と寸分違わぬ語句が並んでいる。
『 いつまでも皆と一緒に過ごせますように 』
「るりも書けたのー!」
得意げに瑠璃が見せた短冊には、
『 るりは兄様や姉様とずっといっしょにいたいの! 』
と書かれていた。
気持ちは1つ、の短冊を3つ重ねて、遙遠は笹に吊るした。同じ場所で揺れる短冊のように、ずっとずっと共に過ごしてゆけるようにと。
短冊を吊るし終えてまた会場の散策に戻ると、遥遠が遙遠の浴衣姿を眺めて言う。
「今日はハルカちゃんではないんですか?」
女装幼児化はしないのか、と面白がっている目で言う遥遠に遙遠は、しませんよ、と答えた。
「ハルカちゃんの浴衣姿も見たかったですねぇ……」
きっと可愛いだろうにと遥遠は残念がるけれど、遙遠は
「気分が乗らないんですよ」
とちぎのたくらみを使うことなく歩き続けた。それは遥遠と一緒に歩きたいからだ、とは口に出さずに。
そしてまた遥遠も、遙遠と共に歩けるのは楽しい、と思いながらも口には出さず。
書かれた文字も、発せられない言葉も、想いは1つ。
ゆっくりと運ぶ足取りさえ揃えて、七夕に彩られた会場を歩いてゆくのだった。
珍しく普通の浴衣を着たエル・ウィンド(える・うぃんど)と、清楚な白い浴衣を着たホワイト・カラー(ほわいと・からー)は、ホテルの庭に流れる小川に沿って、のんびりと散策を楽しんでいた。
「パラミタに来てから毎日が刺激的だったけど、こうやって穏やかに過ごすのもやっぱりいいよね」
そう言ってエルは懐かしくこれまでの日々を振り返る。
イルミンスール魔法学校へ学校見学に行く途中、エルがナンパしたのがホワイトだった。その時はあっさりと断られてしまったけれど、その後魔法学校で再会。お互い何か感じることがあって、パートナー契約を決めた……そう口にするエルを眺めて、ホワイトもあのときのことを思い出して微笑する。
エルのことは、馬鹿だけど正直な人だと思った。運命というか電波というか、ビビっとくるものがあったからパートナーとなったのだけれど……。
(ナンパ癖にはほんっとーに苦労させられたけど、私のところに帰ってきてくれると思ってたのに……)
待つのではなく行動していたら良かったのかも知れない。でもそれも、今更……なことか。
「ん〜、色々あったな」
思い出を語りながらそう言うエルもまた、ホワイトとの関係を考えていた。
パートナーとして一緒に色んな事件やイベントに顔をつっこんでいるうち、いつしかホワイトが自分のことを少なからず想ってくれていたことには気づいていた。
けれど。
エルが恋人関係になったのは、曲水の宴の際、守りきるために強くなりたいと願ったあの女の子……だった。
ホワイトにごめんと謝りたくなったのを、エルはぐっとこらえる。それはあまりにデリカシーがない言動だ。けれど、こういう時、どうすればいいのかも分からない。
だから、つとめて明るくホワイトを誘った。
「なぁ、ホワイト〜。七夕だし、短冊に願い事書こうぜ!」
「そうですね。どんなお願いをしましょうか」
笹のところまで行って、2人はペンを手に取った。
空に輝く2つの星に、どんな願いをかけようか。
これから先、どんなことが起こるかわからないけれど、後悔だけはしたくない。エルはそんな気持ちをこめて短冊を書き上げる。
『 みんなが毎日笑顔で過ごせますように 』
ホワイトは、大きな運命に巻き込まれているように見えるエルに、この先怖いことが起こらないようにと願いをこめて、
『 みんなが幸せになりますように 』
としたためた。
「ホワイト、そっちは書けたかい? 願い事叶うといいな〜」
「ええ。運命なんて言葉に負けないように頑張りましょう!」
「勿論!」
しっかりと目を見交わして、エルとホワイトは互いの決意を確認しあうのだった。
「終夏ー、短冊ってのを貰ったよ」
天の川を見上げてのんびりゼリーを食べている五月葉終夏の元に、ガレットが短冊を振りながら戻ってきた。
「ああ短冊ね」
そういえば、七夕ゼリーを置かせてもらった近くに笹が立ててあった、と終夏は思い出す。騒がしいのを避けて庭の隅で過ごしていたから、浴衣こそ借りたものの、行事をやっている付近には行っていない。
「これに願い事を書くと叶うんだって。はい、終夏の分」
終夏は特に願い事を吊るそうと思っていたわけではないけれど、せっかくガレットが貰ってきてくれたものだから、と短冊を受け取った。
「ガレットは何を書くか決めた?」
「俺はもう最初から決まってるよ」
そう言ってすらすらとガレットが書いたのは。
『 パラミタ一の料理人になる! 』
「ほんとガレットって料理好きなんだなぁ」
迷いない夢を持つガレットを終夏は眩しく思う。
「終夏の願い事は何?」
「願い事かー。……この星空の下が音楽でいっぱいになりますように、かな」
「いいねー。一緒に叶えようよ」
書いて書いてとガレットに促され、終夏も願いを短冊に書き記し、それを笹に結びに行った。
結んだ短冊に書かれた自分の文字はちょっと気恥ずかしいけれど、どうかどちらの願いも叶いますように。
おいしいものと音楽とがある世界は、きっと心に優しいだろうから。
終夏とガレットが結んだ短冊を眺めているところに、今度はヴィアスに連れられて珂慧がやってくる。
「どうしてすぐ隅っこに行っちゃうのよぅ」
「意識してるわけじゃないけど、気づいたらなんとなく」
居心地の良い方に自然と足を進めると、落ち着く先は隅っこ。けれど今日はそこに珂慧が定着することをヴィアスが許してくれず、隅に行っては引っ張り出され、を繰り返していた。
「やっぱり七夕と言えば流しそ……じゃなくて、短冊でしょう」
真摯に願い事をかけば、きっと星が叶えてくれる。
だからヴィアスは紫色の短冊を選ぶと、そこに慎重に素直な気持ちで字を書き込んでいった。
『 美味しいものが いっぱい食べられますように
たとえば、流しそうめん 』
「…………。ちょっと素直になりすぎたかしら」
なんといっても今日は浴衣女子モード。しっとり淑女は食い意地なんて張っていちゃダメ。だけどこれは食い意地じゃなくて……そう、あくまで素直な願い事なんだから大丈夫のはず。
「白菊はなにを書いたの?」
ちょっと心配になってヴィアスが覗き込んでみると、珂慧の白い短冊に描かれていたのはてるてる坊主の絵だった。
「あらあら? ちゃんとお願い事書かないとダメよぅ?」
「いいよこれで」
短冊を吊るすのも笹の下の方、七夕飾りの陰にひっそりと。空の星からは見えないかも知れないけれど……と見上げれば、よく晴れた空に天の川が白く浮かび上がっている。今日は織姫と彦星も長く逢瀬を楽しめて嬉しいだろう。そんな風に考えてしまったのを自分の柄じゃないと脳裏から追い出すと、珂慧はヴィアスに流しそうめんのコーナーをさした。
「ヴィー、食べてきていいんだよ?」
「白菊、そうめんが食べたいの? なら我もついていってあげるのよぅ」
「はいはい。じゃ、行こうか」
弾む足取りのヴィアスを連れて珂慧は短冊の笹から離れていった。
くるり。
てるてる坊主の短冊がひっくり返って、悪筆な上に小さく書いた為に読みにくい文字があらわれる。
『 みんなの願いが かないますように 』
……そう。少なくとも、ヴィアスの書いた願いはもうすぐ叶うことだろう。
一通り参加者が集まると、浴衣の着付け手伝いの方は手が空いてくる。
そんな手空き時間を利用して、ローザマリアはブラダマンテを誘って庭に連れ出した。
浴衣姿の人々が行き交い、短冊が揺れ。流しそうめんをしている辺りでは、うまく掬えたのか掬えなかったのか、大きな笑い声を立てている人もいる。
そんな庭を歩いて池まで行くと、ローザマリアは短冊の笹から取っておいた笹の葉を取り出した。
何をするのだろうとブラダマンテが見ている前で、ローザマリアはその両端を折り曲げて裂き、舟の形にする。
「笹舟よ。ブランも作ってみる?」
ブラダマンテにも葉を渡し、今度はゆっくりと、良く見えるように笹舟を作った。
できた笹舟を夜空を映す池に浮かべ、2人は飽かずそれを眺める。
「いろいろご存知なのですね」
「潜入、という任務は現地に溶け込むものだから、こういう楽しいことも覚えたり出来るのよ」
ローザマリアは今度は別の笹の葉を口元に当てた。息を細く吹きかければ、笹の葉は震えて笛の音を出す。
「ね、面白いでしょう?」
「ええ。ふふ、今日はとても有意義な時を過ごさせていただいていますわ」
七夕の行事、日本の装束や遊び。どれも興味深いと思いつつ、ブラダマンテはそっと池に手を入れて、笹舟に追い風ならぬ追い波を送るのだった。
同じく着付けの手伝いから解放された清泉北都とクナイは、ホテルの縁側に座り、麦茶を飲んでいた。
ずっと部屋の中で手伝いをしていたから、外の空気が心地良い。
こちらからは賑わっている庭の様子が見えるけれど、暗がりになっているこちらは庭からは見えないだろう。庭で七夕を楽しむ皆のざわめきは近くにあるのに、ここはどこか隔絶されたような空間だ。
降るような星空。その下で楽しそうにしている人々を眺めつつ、北都は
「来年もこの景色が見られるといいんだけどね」
と呟いた。
誰と……とは言わない。星に願いをかけることもしない。だって……。
(願えば願うほど逃げて行くもの。だから、いい)
そんなことを考えていた北都の手に、ふとクナイの手が触れた。
軽く触れた次の瞬間、恐れるようにクナイの指はぱっと離れ……それからゆっくりと北都の手に重ねられる。ぴたりと重なってクナイの体温が感じられるようになってからやっと、その手がぎゅっと北都の手を握りこんだ。
北都が尋ねる視線を向けると、クナイは困惑の笑みを漏らした。
「手を握るだけでこんなにも緊張するなんて、おかしいですよね」
北都の10倍は生きているのに、と言うクナイだが、北都の方だって緊張している。
意識しすぎて熱く感じる手から意識を逸らそうと、北都は庭に見える笹に視線を向ける。
「クナイは短冊に願い事を書かなくてもいいの?」
「願い事、ですか。ありますけれど、願いをかけるならば短冊にではなく……」
クナイの手が離れ、北都の身体に回された。感じる熱も手から身体へと移る。
「私の願いは、『愛する人とずっと共に……』。その誓いを受けていただけますか?」
引き寄せる手の力に北都は逆らわず、夜の帳の中、2人のシルエットは重なった。
星に願うより何に願うより確かな誓いを、互いの口唇で結んで――。
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