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【ろくりんピック】こんとらどっじは天使を呼ばない

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【ろくりんピック】こんとらどっじは天使を呼ばない

リアクション

 
 14、煩悩と恋心
 
 
 テレビ放送が復活する。ユーリが新しいボールを持って、涼司へと放った。西でペナルティがあったので、東チームからの始まりである。
「思ってた以上にすごい試合だな……。助っ人として、俺も活躍してやるぜ!」
 試合開始早々にぶつけられ、外野に移動していた涼司はホレグスリのインパクトに負けまい、とボールに轟雷閃を纏わせ、ジャンプシュートした。意外と良い投球だ。
「おらぁ!」
 頭上からやってくるその攻撃を、緋山 政敏(ひやま・まさとし)は顔面で受け止めた。ばりばりばりっ! と頭に雷撃を受けて、仰向けに倒れかける。だが、後方に数歩たたらを踏んで、政敏はその場に踏みとどまった。
「何ぃ!?」
 涼司が、大げさなほど驚愕する。跳ね返ったボールをキャッチして、政敏は拳を作って言う。
「この程度で倒れる訳にはいかない。死んだ仲間の為にも、俺達は何が何でも勝たねばならんのだ!」
 熱血である。先程の18禁すれすれから一転、熱血である。テレビ局のカメラが、彼の顔をアップで映す。鼻血が出ていようが、髪が雷撃で縮れていようが、放送事故を無かったことにしようと正統派スポ根のノリで叫ぶ政敏をクローズアップする。
「全力でやれば、誠意は伝わる! 伝わるんだ!」
 何故か西の空を見て、政敏は言う。念の為に言っておくが、普段の彼は全くやる気の無いヘタレのぐーたらである。それがどうして今回参加したのかというと――ジークリンデの生脚を拝む日を望んでのことである。夢の中だったと思うが、とある場所で彼女の生脚を見てすっかり虜になってしまったのだ。夢でもあれは夢じゃない。あれは、ジークリンデさんの本物の生脚だった。
「想いを此処に!」
 政敏は想いを込めてボールを捻り込む様に圧縮すると、勢いよくボールを投げた。後の事などは考えない。ただ、其処に全力の『煩悩』を込めて。
 煩悩と言えどもストレートだ。
 技名の存在しない、只管に力任せの剛速球を師王 アスカ(しおう・あすか)は驚きの動きで避けた。彼女は何気に、今までコートを飛び交ったボールに1度も触れていなかった。うまいこと綺麗に避けていたのだ。
 そして、今も。
「あっ!」
 アスカの後ろにいた明日香に、ボールは当たって跳ね上がる。何だか赤く光ったように見えたが、思ったほどダメージを受けていなさそうだが、明日香は尻餅をついていたし、誰の目にもそれはヒットに見えた。
「よし! ジークリンデさんの膝枕に近づいた!」
 ガッツポーズをしてつい煩悩を口に出してしまった政敏に、テレビ局のカメラマンも仲間の選手達も、東チームの選手達も訳が分からないという顔をしている。
 怪訝な視線を一身に集めた彼は、何をびっくりされているのか見当がつかない、というように飄々と言った。
「うん? 勝ったら、望む人、1人から膝枕して貰えるんだぜ」
「!?」
「命を張った戦士達へのささやかな『誤』褒美さ」
 自信タップリなその様子に、選手達はびっくりする。
「会長から膝枕……!? どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか!」
「ルミーナさんに膝枕!?」
「妻から膝枕というのも……たまにはいいな」
 涼介も、ミリアの方をばっ、と振り向き、皆もそれぞれの想い人の膝枕を否が応にも想像した。それに弛緩したり、闘志を燃やしたりする選手達。
《そ、そんな規定ありましたっけ……?》
《さあ……私はウグイス嬢ですからぁ。そんな裏ルールまでは知りませんー》
『なんだか面白い展開になってきたワヨ〜!』
「ちょっと待ってください! そんな予定は……」
「まあまあ」
 慌てて否定しようとするコネタントの肩を、フリードリヒがにやにやとした表情で押し留める。
「おもしれーから、いいんじゃねーの?」
「まあ、後で否定しても袋叩きに遭うのはあいつだろうし。放っとけ放っとけ」
「えぇえええっ!?」
 ラスもそれに同意し、コネタントが仰天していた頃――
「エリザベートちゃんに膝枕してもらいます〜!!」
 いつの間にかボールを持っていた明日香が必殺シュートを放っていた。闇術を纏わせたボールは回転を受けて大きく曲がり、政敏の横っ面にぶち当たった。彼女はヒットしたと思われた時、無意識的に炎の精霊を現してボールを上に弾いていたのだ。
「アウト!」
「ああ、ジークリンデさん……」
 政敏はかっこよく決めた表情のまま、夢見心地で昇天した。

 政敏を顔面ミイラ男にし終えると、救護所は一時の休息に入った。治療の過程はどうあれ、今は怪我人も落ち着いている。
「どうぞ」
「お、ありがたいのぉ!」
「ありがとうございますー」
 翔一郎やエルシーが笑顔でコップを受け取る。雨宮 七日(あめみや・なのか)が、メンバー全員に緑茶を配ってまわっていた。最近、七日はデパートの喫茶店でバイトを始め、緑茶の淹れ方や給仕にも慣れてきている。セシリアの作ったサンドイッチもまだ残っていて、それぞれ皆に分配される。
「あれ、少し足りないですね。購買に行って何かもらってきましょうかっ?」
 サクラコがきょろきょろして言うと、セシリアがミュウを連れてやってきた。セシリアは困った顔をしていて、手には大きなクッキーの袋を持っている。
「ここなら、安全だよね?」
 セシリアが事情を説明すると、望が子供に近付いた。
「では、私達と応援いたしましょう。きっと、お母様も見つけてくださいますよ」
 子供は涙の残る顔で望をほけっ、と見てから、
「……うん」
 と頷いた。

 西チームは、ボールを1度外野の美海にまわした。パスで再び戻ってきたボールを、月夜がレシーブする。
「刀真、お願い」
 刀真はそれをキャッチして、レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)の足元に金剛力を使ったパワーシュートを放った。バウンドしないように気をつけつつの投球。レロシャンは、それに対して両手を地面すれすれにつけて構えた。キャッチは十八番。彼女は百合園サッカー部のキーパーなのである。
「フフフ……。ろくりんピックなので今日は眠気がさえて、いつもより気合いマシマシです! 究極にパワーアップした私の力を見て驚くがいいです……!」
 ちなみに彼女は普段、眠そうにしていることが圧倒的に多い。
「いきます! ザ・ホウオウキャッチ!」
 鳳凰の拳を使い、燃える拳と熱いハートで迫るボールに挑む。がっしりとキャッチすると、さすがキーパー。ボールがすっぽぬけることは無い。しかし金剛力の力で、ボールは彼女ごと外に押し出そうとする。
「そうはいきません!」
 それを押さえ込んで、レロシャンはぎりぎりで踏ん張ってボールを上に投げ上げた。コート内を山なりに落ちるボールを、イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)が取りに行く。
「どんな相手もぶっ飛ばすにゃー!」
 イングリットがソニックブレード発動し、投球体勢に入る。だがその時、彼女の嗅覚をくすぐるものがあった。救護所の軽食やクッキーの甘い匂いである。そちらに一瞬気を取られ、音速シュートは誰を狙うわけでもない中途半端なものになった。放っておけば観客席にホームランである。しかも、あまりの速さに、観客達はボールを視認できていなかった。
「…………」
 危ないな……と思いつつ、アシャンテが神速でそれを取りに行った。ボールがコートを飛び出し、観客席に到達する直前に追いつき、再び神速で引き返す。味方の外野に一気にパスを飛ばした。アイナがそれを受け取り、自身にパワーブレスをかける。
「イングリットお腹空いたにゃぁ……」
 その頃、イングリットは完全に救護所に意識を奪われていた。匂いにつられてフラフラっと場外へ出て行く。振り向かない。
「あっ……グリちゃん!?」
 秋月 葵(あきづき・あおい)が慌てて止めようとしたのと、アイナがシュートを放つのはほぼ同時だった。アイナは、水橋 エリス(みずばし・えりす)を狙っていた。物腰の落ち着いた雰囲気で、これなら獲れるような気がしたのだ。
 葵はそれに気付いて足を止め振り返った。普段何かと護衛をすることの多い彼女は、咄嗟にオートガードでエリスの前に走り出る。
「アウト!」
 腰をさすりながら、葵は言う。
「あ……いつもの癖でやっちゃった〜」
 オートガードと、直撃は免れたおかげで、ダメージはそれほどでもなかった。外野に移動する葵を、エリスは感謝の気持ちと共に見つめていた。
(ありがとうございます……。私は絶対に生き残りますね!)

 匿名 某(とくな・なにがし)は、日比谷 皐月(ひびや・さつき)と同じテーブルにつくとこう言った。
「今さらな気もするけど、お前は試合に出ないのか?」
「……オレは、過去に拘泥する気も無ければデ校長には借りも義理も無いし、かと言ってマトモに機能してないパラ実には椅子だけ借りてるような状態だしな。思い入れるにはまだ足りねーよ」
「で、でこうちょう?」
 何となく意味は解るが、また新しい略称だな、と某は思う。これは、過去に本気のクロスファイアを撃ってきた御神楽 環菜(みかぐら・かんな)への蔑称らしいのだが、そんなことは知る由も無く。拘泥しないと言う割には、若干根に持ったネーミングだ。
 そんな某の反応を横目で見つつ、皐月は言う。
「チームの一員としての意識は、やっぱり他人よりも低くなると思う。そんな人間が居たって、足引っ張るだけだろ」
 蒼空にもパラ実にも、そこに居る人間には思う所が有る訳だが。
「……まあ、お前がそう思ってるんならそうなるかもな」
 その応えに、今度は皐月が少し驚いたような顔をした。それから、離れた場所に居るファーシー達を見る。七日は、緑茶を配り終えてファーシーの向かいに座っていた。
「七日もファーシーに会いたがってたみたいだし……」
          ⇔
「あの……ファーシーさん」
「ん? 何?」
 何だか歯切れの悪い調子の七日に、ファーシーは首を傾げた。こんな彼女は珍しい気がする。
「入れ替わりがあった日の事……覚えていますか?」
「もちろん! 大変だったけど楽しかったなあ……うん、みんなが元に戻って良かったわ」
 思い出し笑いをするファーシーに、七日は言う。
「あの時……元に戻る方法がキスだった訳ですが。いえキス以外にも方法はあったらしいですが私達はキスで戻ったわけで、あの……あれは……」
「うん?」
「私としては、ただの手段……以上のものを感じたような気がするんです。私は、つい……つい、その、そういう気持ちにもなりましたが、皐月の方も……。確かに、感じたんです」
 俯きがちに一生懸命に話す七日に、ファーシーはあれ? と女子特有の電波をキャッチした。今まで一緒に居た時間なんて極僅かだし、その殆どが若干……可也? 緊張を孕んだものだった訳だが。
 それでも、そうじゃないかなー、と感じたことはあった。何度かあった。だけど、表面上はパートナー以上の感情は無いように見えたし、気のせいかなー、とも思っていたのだ。しかし、これは……
「七日さんは、皐月さんが好きなのね」
「ふぇ!? ……あ、いえあのっ! そんなはっきり!」
 七日は慌てて後ろを振り返った。皐月は某と綾耶と何がしかを話している。こちらは見ていない。聞こえてない……聞こえてないですよね!?
「あ、えと…………はい」
 ファーシーに向き直ると、七日は耳まで赤くなって緑茶を飲んだ。
「でも、あれから本当に何も無くって……。今までが今までだったので、仕方ないといえばそうなのですが……私はこれから、皐月との関係をどうしていけばいいのでしょう……? ファーシーさんは、ルヴィさんと、どんな風に過ごされていたのでしょうか? よろしければ、何かアドバイスを……」
「うーん……」
 ファーシーはコップを持ったまま考えた。少しばかり難しい顔をして自分の事を考えてみる。2人の事を考えてみる。でも、考えててもしょうがないかな、と結局するりと話し出す。
「わたしは、ルヴィさ……ルヴィが大好きだったよ。でも、それがそういう『好き』だとは気付けなかった。あの時は……知らなかったから。ルヴィの気持ちにも、気付けなかった」
「あ…………」
 七日が顔を上げた。微笑んで、ファーシーは続ける。
「だけど、幸せだった。すごく、幸せだった。色んなことを知った後でも、知ってしまった後でも、そう思える。嫌なことがあって、苦いことがあって、楽しかったことが全部黒いものに塗り潰されて……そうなってしまうことも、あるらしいのね。で、わたしが今でも抵抗無くあの時の事を思い出せるのは……」
「……思い出せるのは?」
「素直な気持ちを、全部ぶつけてたからじゃないかな。言いたい事を言わないで隠して、言えないままで終わった訳じゃないから」
「……でも、私は……」
 一度は、気持ちを封印しようと決めた。その上で、パートナーとして一緒に居ようと思った。これ以上、苦しめたくなかったから。
「男女の関係っていっても、いろいろあると思うよ? 恋人になるだけが、ゴールじゃない。わたしだって、皆の力が無かったら好きだって伝えられなかった。ただ、1つ言えるのは……」
 気持ちを確かめ合えたのは一瞬だけ。その一瞬があるから、今が在る。
「相手にどうあってほしいのか。相手がどうしたいと思っているのか。それをお互いに確認してから、全てが始まるんじゃないかな。その結果なら、どんな形になっても、きっと納得出来ると思う。がまんするんじゃなくて、何かを抑えるんじゃなくて、きっとそこには、先がある」
 自分の望みは、完全に叶ったわけじゃない。もう、叶えることは出来ない。だけど、後悔はしていないから。しなく、なったから。
「伝えて、いいんですか? 好きだって、伝えて、いいんですか? でも、それで……」
「……うん。嫌われてる、と思ってたら怖いし、何かが壊れることもあるかもしれない。結局、同じ形が当て嵌まる2人なんて居ないしね。だけど……」
 静かにコップを置いて、微笑む。
「感じた、んだよね」
「…………」
「七日さんは、皐月さんにどうあってほしい?」