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リアクション
四
「発見された死体は、やはり、少女のものだ。身元はまだわかっていない。場所は、史実通り、一人めの被害者がみつかったホワイトチャペルロードから、道を一本隔てた小路バーナー・ストリートだ。史実では、第三の死体の発見の約四十分後に、一キロほど先のマイター・スクウェアで、第四の死体が発見されている。
いま、マイター・スクウェアは、犯行を阻止しようとする捜査陣でゴッタ返しだ。すでに四十分は、すぎているがなにも起きてはいない」
事件現場の手前で車を降りたあたしたちは、そこで待っていたピンカートン編集長から、状況説明を受けました。
外はすっかり暗くなり、街灯のあかりがぽつぽつとあるだけのこの辺は、周囲がはっきりみえず、闇の支配下にある感じです。
「実は、殺害されたものの他にも、被害者がでているんだ。きみらに会いたがっている。こっちだ」
簡易宿泊所の看板が掲げられた建物の中は、現代の病院そのものでした。
ピンカートン編集長とラウールさんは、あたしたちを病院において、先に事件現場へ。
あたしたちが通された病室にいたのは、
「クリストファーさん!」
「しっ。クリスティーが麻酔で眠っているから、静かにして」
薔薇の学舎の探偵コンビの片方、オルーバックの金髪、碧眼の美少年、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)さんがベットの脇の椅子に腰かけていました。
ベットに横たわり、寝息を立てているのは、パートナーのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)さん、銀髪を後ろで結った凛々しい女性です。
「クリスティーさんが、被害に」
「ワンピースに亜麻色のカツラをかぶって、町娘に返送してたんだ。囮捜査は、成功したってわけ。成功しすぎだね」
いつも憎まれ口を叩いているのに、さすがにパートナーが心配らしく、今夜のクリストファーさんの口調には、皮肉っぽさが足りません。
「意識を失う前に、クリスティーがこれをきみたちがきたら、渡してって」
クリストファーさんに差しだしたのは、普通のノートでした。端の折られているページを開いてみます。
前略。静香校長。ボクは今、連続殺人事件を調査中です。でも……その手段は言えません。ごめんなさい
これは、手紙の下書きみたいですね。あたしたちにみせたかったのは、裏側のページの、
地底湖 秘宝? 鍵は姫とその友達に
書きなぐられた文字それと、これは、☆のマークに似てるけど、違う、なにかの図形。
「たぶん。六芒星。ヘキサグラムだよ。イスラエルの国旗に入っているのと同じさ。ダビデの星とも呼ばれているよ。オカルト・ミステリ好きのパートナーの影響で、余計な知識ばかりついてしまうね」
クリストファーさんが、教えてくれました。
「図形の真ん中の花の模様みたいなのは、なんですか。五つ葉のクローバーにもみえますけど」
「それは、わからないな。クリスティーはね、三件めの現場付近を歩いていて、殺人事件発生の前後に、襲われたみたいなんだ。目撃者の話だと、何人かの人間ともみあっていたらしい。俺が駆けつけた時には、もう犯人はいなくて、死体が見つかったせいもあって、騒ぎになっていて、探すこともできなかった。ノートは、ここに運ばれて、治療を受ける前に書いたんだ」
「ケガの具合は、クリスティーちゃんの体は、どうなんですか?」
ヴァーナーちゃんは、クリスティーさんの容態が心配らしいです。
「発見が早かったし、手術は成功してる。それに、ここのお医者さんも、看護婦さんも口の堅い人たちみたいなんで助かるよ。また、意識が戻ったら、連絡するね。じゃ、捜査頑張って、俺もここで少し休むよ」
穏やかな表情のクリストファーさんに見送られて、あたしたちは、次の病室へ。
「クロシェットちゃん! どうしたですか? 元気だすです」
ドアを開けると、そこにいた黒髪の機晶妃クロシェット・レーゲンボーゲン(くろしぇっと・れーげんぼーげん)さんに、ヴァーナーちゃんは、抱きついて、ほっぺにチューしました。
クロシェットさんとヴァーナーちゃんは、以前に空京大学で一緒に怪談から逃げまわった仲です。
「ベスが、いくら自分に蹴られてもなんともないクセに、黒の男たちに半殺しにされたのだよ。てーまぱーくにでーとに誘われたかと思ったら、事件の捜査だし、そのうえ、病院送りだしで、まったく、なんと、ろくでもない日であろう。よいことは、ヴァーナーちゃんと再会できたぐらいなのだよ」
「誰が半殺しだ。こんなのは、かすり傷だぜ」
「起きた!」
ベットから半身を起こした、目の下のペイントがトレードマークの白髪紅眼の青年ヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)さんに、クロシェットさんが駆けよります。
「クロ子。カン違いしてんじゃねぇ。俺は、トラップにひっかかったんだ。その、黒の男どうのってのは、なんだよ」
「く、クロ子と呼ぶなといっているであろう! 道端で倒れているベスを見つけた連中が、黒服の男たちに囲まれてるのをみたと言っていたのだよ。あれは、ウソなのか?」
「さあな。俺が気を失った後の話かもしれない。俺は、惨殺事件の手がかりを求めて、この街をまわるうちに、マジェスティック自体に巨大な呪術が施されているのに、気づいた。東洋魔術? 近代西洋儀式魔術? とにかく得体の知れない、はるか昔のオカルトチックな魔術だ。たまたま第三の現場付近で、えらく魔力を感じる場所を見つけたんで、なにかあるのかなと思って近づいたら、仕掛けられてたトラップを発動させちまって、意識も体もスッ飛んだってわけだ」
「人をでーとに誘っておいて、どっかに消えて、かってに死に損なうなど、ありえんのだよ!」
クロシェットさんは、ケガ人のヴェッセルさんの体をばしばしと叩きますが、ヴェッセルさんは、平気な顔をしています。案外、丈夫なのかしら。
「ショタ探。あま姉。ところでおまえら、なんでここにいるんだ」
「ベスが倒れて、ファタとも連絡がつかないし、真都里も消息不明なので、くるとたちが現場にきたら、ここに呼んでもらうように頼んでおいたのだよ」
クロシェットさんが言いたくなさそうに、モジモジとこたえました。
「ほーう。一人で心細かったわけだな」
「いやいや、自分が今後の捜査について誰かと相談するのは、当然であろう。寝ていたベスが悪いのだよ」
「まあいいや。にしても、俺をこの事件に引っ張りこんだファタに連絡がつかないとは、どういうことだ。あいつ、こっちの都合は、おかまいなしで、「来い」一言のメールで俺を呼びだしたんだぜ。きてやったらやったで、自分は、カフェで安楽椅子探偵ファームズとしゃれこむんで、現場捜査は任せた、とか言いやがる。あま姉。ファタがどうしたのか、知らないか?」
ヴェッセルさんとファタさんは、きっとすごく仲がいいんでしょうね。話をきいてて、そんな気がします。
「ファタさんは、マジェスティックでかわい維新ちゃんとも、待ち合わせをしていて、維新ちゃんがいなくなっちゃったみたいなんで、探しまわってるわ」
「かわい維新って、誰?」
簡単に説明するのは、難しい気もするので、思い切り省略して。
「ファタちゃんのガールフレンドの一人よ」
「そっか。事件より、そっちに夢中なわけだ。ファタらしいや。あいつ少女を愛でるのが好きな変態だからな。俺は、はじめこの事件もあいつがついに、やっちまったかと思ったけど、殺すなんてもったいないこと、あいつがするわけねーし。よし。状況把握はOKだ。クロ子。捜査に戻るぜ」
「なにを言っている。せめて、今夜は安静に決まっているであろう」
ヴェッセルさんは、自分で針を抜き、点滴チューブを外しました。
「それはありえね。俺が調べた様子じゃ、マジェスティックは、流れ込む魔力の量が、土地の臨界点に達しかけてる。崩壊するぞ。誰かが、人工的にそうさせようとしてる感じだ。ファタは色ボケさせとこうぜ。俺とおまえでこの街を救うんだよ。行くぞ。クロ子!」
「ちょっと待て、落ち着くのだよ。それこそ、みんなと相談したりしてだな」
「んな。ヒマねー」
ヴェッセルさんは、病室を飛びだしていきました。クロシェットさんが、悲壮な表情で後を追います。
「クロシェットちゃん。がんばってくださいです」
クロシェットさんの後姿が消えてから、ヴァーナーちゃんがつぶやきました。
様々なことがからみあってて、どうすればいいのか、わかんない感じです。
病院で場所をきいて、史実上の第四の事件現場へ歩いてむかいました。
暗いですけど、犯行を警戒してでしょう、現場のマイター・スクウェア付近には、制服姿のおまわりさんがたくさんいて安心できます。
いくらなんでも、これだけ監視されていては、いまは犯行は不可能だわ。
だいたい、捜査員はいても、被害者になりそうな少女なんていないもの。
ジャ〜ン。ジャカ。ジャカ。ジャカ。ジャカ。
ギター。それも、アンプを通したエレキギターの音色が、かすかに、ですが、確実にきこえます。
音のするほうに目をやると、広場の片隅で、見覚えのあるツインテールのメイド服の女の子が、ストリートミュージシャンよろしく演奏していました。
側にいる警官の人たちの中には、足をとめ、演奏に耳を傾けている人もいます。
あたしたちも、彼女の側へいってみました。
やっぱり、以前、空京大学で一緒に講義を受けた咲夜由宇(さくや・ゆう)さんです。腰に箱型のアンプをつけ、ギターを鳴らしていました。
オリジナルの曲なのか、インストルメンタルぽい、ゆったりした、穏やかなメロディの楽曲を、由宇さんは、目を閉じ、ていねいに、きれいな音で弾いています。
彼女自身、演奏を楽しんでいるようなので、いまは、話しかけない方がよさそうね。
「古森あまね殿だね」
曲を聴いていたあたしに、そっと声をかけてきたのは、どことなく眠たそうな顔をした男の人でした。彼の横には、金髪の、お人形さんめいた、美少女が、黒ネコを抱えて、立っています。
「イルミンスールのアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だ。パートナーのルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)と切り裂き魔事件を捜査している」
「見ての通り、わしが囮になって、囮捜査をしておったのじゃが、第三の事件に遭遇してな。疑問を感じたのじゃ。話をきいてくれるか」
「ええ。あたしたちでよければどうぞ」
今回の事件は、本当に多くの人が囮捜査をしているようです。得体の知れない犯人だし、模倣犯もいるので、みなさんの安全が心配。
「俺たちは、そこでギターを弾いている由宇殿と協力して、第三の現場を定期的にパトロールしていたんだが」
「死体が発見される直前に、由宇はあそこを歩いたのに、被害者も、犯人も、いなかったはずだと言っておる。わしも、今日は何度もあのへんを歩いたのだが、あの被害者の服装に見覚えはなかった。被害者は、まるで、殺されるためだけに、突如、あそこにあらわれたようじゃよ」
「かばう気はさらさらないが、オレのパートナーは、嘘をつくような器用なやつじゃないんでね。オレも由宇の少しうしろを様子をみながら、歩いていたが、なにもみなかったしな。オレたちが通りすぎた後、ほんの数分、たぶん、一、二分で、バラバラ死体があそこに転がるなんてのは。ああ、そういや初対面だったな。オレは、由宇のパートナーのアレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)だ」
アレンさんは、貴族服にスカーフにマントのいかにも吸血鬼らしい外見の吸血鬼さんです。
ジャ。ジャーン。
パチパチパチパチパチパチパチパチ。
「ありがとうございましたぁ」
演奏を終えた由宇さんが、ギターを抱え、こちらへ走ってきました。
「気分転換に弾いていたら、いつの間にかまわり人が集まってて、びっくりしたですぅ。くるとくん。あまねさん。こんばんは。みんなで、作戦会議ですか」
「こんばんは。あたしもきかせてもらったわ。いい曲ですね。よくわからないけど、演奏も上手だと思う」
正直な感想を伝えました。
「ありがとうございますぅ。捜査の方は、街のみなさんに聞き込みしたら、子供さんたちが話してくれて、悪い人たちがロンドン塔から逃げだしたお姫様と、おつきの人を探してて、お姫様はマジェスティックの秘宝の鍵を持っている、それが、殺人事件と関係があるらしいって、くらいしかわかってなくて。探しながら、歩いてみたけれど、秘宝の鍵も、お姫様もまだみつけてないんですぅ」
「おい!」
アキラさん、シェイメアさん、アレンさんが声を揃えました。
「訂正しよう。オレのパートナーは、ウソどころか、知っていることも、まともに言えないぱーぷーだ」
「私、一生懸命やってるのに、いつもアレンくんにいじめられるですぅ。どうしてでしょうか」
「当たり前じゃ。死体と犯人をみたのも、隠すつもりはなく、隠しておるのでは、ないじゃろうな」
「悪いけど、俺も、アレン殿に一票。いまの由宇殿の情報を考慮したうえで、捜査方法を考えなおそうぜ」
殺人事件の犯人は、みつけていないけど、このグループの捜査は、とりあえず、成果があがっているようですね。
その後、夜はふけてゆき、途中で眠くなったヴァーナーちゃんは、馬車でホテルへ帰りました。くるとくんはあたしの膝枕で眠り、由宇さんはギターを弾いたり、みなさんでミーティングをしたりしています。
船に乗って、揺れている感じ。
「あまね殿。起きてください」
うん?
「シャンバラ教導団歩兵科少尉、戦部小次郎(いくさべ・こじろう)です。状況に変化がありました。このまま、ここで寝ておられぬ方がよいかと思います」
「あ、すいません。戦部さん。おはようございます」
あたしは、壁にもたれかかって、座ったまま、眠ってしまっていたようです。
くるとくんは、まだ、あたしの膝枕でお休み中です。
「まだ朝には早い。しかし、事件は動きました」
軍服、オールバックで、青年将校といったルックスの戦部さんが、てきぱきと説明してくれました。
「時間がありませんので、一度だけお話します。落ち着いて、きいてください」
「は、はい」
「さきほど、第五の事件現場で死体が発見されました。そして、ここにいた捜査陣の大半が、そちらへ移動したスキに、ここでも死体が発見されました」
「つまり、五件の殺人が、起きたんですか?」
「犯人は、十九世紀の切り裂き魔の再現を完成させた模様です。第五の事件では、被害者の背中に「ここからは自由にやる」とのメッセージが、刻まれていました」
言われてみれば、この広場も、さっきよりも人が多くて、ひどくざわめいています。
「事件に関しての情報は以上です。が」
まだ、他にもなにかある言い方ですね。
「スコットランドヤードが何者かによって襲撃され、容疑者ニコ・オールドワンドと、ナインブラックが逃走しました」
ニコさん。なにをするつもり?
「マジェスティックでは、一連の事件の影響もあり、各地で小さな暴動が起きています。そして、暴徒の仕業かは、わかりませんが、ラウール総支配人殿が殺害されました」
「うそ!」
「事実です。彼の住居は爆破され、死体もみつかったそうです。一緒にいて話をしていたらしいピンカートン編集長殿は、現在、病院で手術中です」
ラウールさん。ピンカートンさんまで。
「今回の事件では、私は、情報収集につとめてきましたが、そうとばかりも言っていられなくなったようです」
「戦部さんは、なぜ、ここへ」
「第四の事件、実際は、第五ですが、の現場にきたら、広場の隅で、眠っておられる、あまね殿をみつけた。ただ、それだけです」
「ありがとございます。つい」
「お疲れのところ、大変だとは思いますが、私とヤードまでドライブしますか。ここにいては、危険だ」
「ヤードは、大丈夫なんですか」
「少なくとも、地球人がいるのが明白なホテルよりは、暴動の標的になりにくいと思いますよ」
戦部さんが、眠ったままのくるとくんを抱えあげ、あたしたちは、車へむかいました。
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