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リアクション
第六章 切り裂き魔のいる街 一
切り裂き魔からの手紙が届いた空京の新聞社シャンバラ・ニューズ・エイジェンシーの本社ビルの前では、ゴシック・ドレス姿の女の子が、あたしたちの到着を待っていました。
「くるとくん。あまねおねえちゃん。ひさしぶりなんです。お元気でしたか〜」
元気よく、くるとくんにダイビングハグしてきた彼女、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)ちゃんを、くるとくんは受け止めきれず、二人は抱き合ったまま、アスファルトへ。
「緑の髪の天使のようなお嬢さん。彼氏はともかく、道路にまで、ハグやキスをするのは、サービスのしすぎだと思いますよ」
倒れる寸前の二人を受け止めたのは、ラウールさんでした。
「助けてくれてありがとうございますです。ボクは、くるとちゃんに協力して、わるい人のわるだくみをとめにきましたです」
「キミがきてくれれば、百人力だね」
まだ、ワインで酔っているのか、ラウールさんは、ウィンクします。
キザで女性に優しくて、フランス人の男性は、みんなこんな感じなのでしょうか。
「ヴァーナーちゃん。よくあたしたちがここにくるって、わかったわね」
「マジェスティックに行ったら、くるとちゃんも、あまねおねえちゃんもいなくて、PMR(パラミタミステリー調査班)の人たちが、自分たちとくれば必ず、くるとちゃんに会えるから、ついてきなさいって、言ってくれたので、一緒にここにきたですよ」
「…な、なんだってぇー!!」
PMRときいたら、つい反射的にやってしまったわ。
「でも、ヴァーナーちゃんしかいないじゃない」
「PMRの人は、へんしゅうぶに事件のひみつがあったんだよ! な、なんだってぇ! をここでやって、先に上にあがっていったです。ボクは、くるとちゃんがくるかなあと思って待っていたです。あ、あまねおねぇちゃん」
「え、なに」
ヴァーナーちゃんは、あたしにぎゅっと抱きつくと、頬にチューしてくれました。
ヴァーナーちゃんにあったら、このあいさつをしないとね。
この子のは、子供のと同じだから、全然いやじゃないんですけど、
「ヴァーナーちゃん。マジェステックの支配人のラウールだ。私にも、一つ頼むよ」
「ラウールおじちゃん。はじめましてです」
「ダメよ。そのおじさんは、いけないわ」
無邪気にラウールさんにハグ&チューをしようとする、ヴァーナーちゃんをあたしはとめようとしました。
が、ラウールさんは、両腕をのばし、ヴァーナーちゃんをひょいと抱えあげ、その唇に。
まさかの、フレンチキス!
「最初のキスは優しく、続きは、また今度だ」
軽くソフトなキスをし、ヴァーナーちゃんを道路におろしました。
「びっくりしたです」
ヴァーナーちゃんがきょとんとしています。あたしもですよ。まったく。
ラウールさんが受付で、来訪目的を告げると、ほどなくあたしたちは、エレベーターで最上階の会議室へ行くように、言われました。
PMRの人たちは、アポなしで乗り込んだのかしら。
会議室には、サスペンダーがトレードマークのピンカートン編集長と、おなじみのPMRのメンバー、黄金の騎士エル・ウィンド(える・うぃんど)さん、クセ毛が本体? のホワイト・カラー(ほわいと・からー)さん、どんな時でも音楽鑑賞のイヤホンはつけたままの比賀一(ひが・はじめ)さん、翼の折れたおじさん守護天使のハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)さん、森が大好きな女の子ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)さん、お菓子作りが得意な冷静沈着なお兄さんシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)さん、それに、
「マジェステック事件の謎を解かなければ、人類は滅亡するんだよ!!!なんだってー…って、誰かが言ってたわ…くると君、あまねちゃん、久しぶりね。リネン・エルフト(りねん・えるふと)よ…ベスティエがよろしく、って…気をつけてね」
いまの言葉を棒読みで口にした、いつも無表情のリネン・エルフトさん。
PMRのメンバー以外にも、何人か学生の人がいます。
「事件について、彼らがいろいろ調査、推理してくれてね。それをきこうとしていたんだよ。ちょうど、彼らの方の意見調整が終わったところだ。きいてみようじゃないか」
あたしとくるとくん、ヴァーナーちゃんは、ピンカートン編集長と、ラウールさんの横に座りました。
なんだか、研究発表会みたいですね。
最初に、正面の黒板前に登場したのは、片手に赤い着物の少女人形、日本の市松人形みたいなのを持った女の子と、クマの着ぐるみさんです。
劇団? ですか。
「あの人形は、なにに使うのだね」
ピンカートン編集長の声がきこえたらしく、女の子は、人形をこちらにむけました。
人形が口を開けます。
「誰ガ人形ジャ、ゴルァ!」
「福ちゃんってば、落ち着いてー!」
「アタシ、福チャンヨ、ヨロシクネ。トデモ、言エバイイノカシラ」
「そうよ。ケンカ腰はよくないわ。私は、橘カナ(たちばな・かな)」
「隣ノ熊ハ、カナの相方デ、ユル族ノ兎野ミミ(うさぎの・みみ)ヨ」
「よろしくねー」
紹介されたミミさんが、大きく手を振りました。
どうみても、デパートの屋上ノリです。
福ちゃんは操り人形、カナさんは人形遣いで、腹話術師なのね。
またまた個性的な探偵さんが登場したわね。
「シカシ、全ク、陰険ナ事件ネェ。タダデサエジメジメシタロンドンノ街並ミナノニ、事件ト相乗効果デ不快指数ハウナギノボリヨ」
「あら、でも、ロンドンの雰囲気のでているいいテーマパークだと思うわ」
「殺人鬼ガイルンジャ、イイテーマパークナワケナイダロ。ダカラ、アタシタチノ推理デパット事件ヲ解決スルワヨ」
「犯人は、誰か? 被害者にきくのが一番、手っ取り早いわよね。よし、福ちゃんに協力してもらって、被害者の少女の魂を呼び寄せるわ!」
「ここに、お化けがくるですか、さみしがっているなら、ボクが友達になってあげたいです」
ヴァーナーちゃんは、すっかり信じている様子で、まばたきもせずにカナさんを見つめています。
ヴァーナーちゃん。カナさんはどうかわからないけど、基本的に、こういうのに、引っかかっちゃダメなのよ。でも、カナさんはどこまで本気でやってるのかな。
カクカクカクカク…パクパク…カタ
福ちゃんが震えるように動き、何度も口を開いたり、閉じたりしてから、がっくりとうなだれました。
「あなたは誰ですか?」
カナさんが問いかけます。
「私ハマジェスティックデ殺サレタノヨ」
「あれ?」
カナさんが目をまるくしました。
「福ちゃん。なに言ってるの」
「姫サマガ大変ナノ。姫サマノ友達ハ、ミンナ、殺サレルワ」
「それ、私の推理と違う。犯人は、シャンバラ人なの。剣の花嫁やヴァルキリーみたいに、地球人の契約者に人気のないシャンバラ人が、きっと、それを根に持って殺人を」
「ミンナヲ、姫サマヲ助ケテ。コノママダト、マジェステックハ、沈没スルワああアアアア」
「カナさん。大丈夫ッスか」
白目をむき、絶叫した福ちゃんをあ然と眺めているカナさんの側に行き、ミミさんはカナさんの肩を叩きました。
「しっかりしてください」
「私じゃない。福ちゃん。いまの、なに」
「ワタシハ、ナニモ、言ッテナイヨ。カナモワカッテルデショ」
カナさんは首を横に振っています。
と、ミミさんが突然、自分の頭を持ち上げ、クマの着ぐるみの頭部を外しました。
中からでてきたのは、ピンクのかわいいウサギさんの顔です。
この人、二重の着ぐるみをきているわけ?
見る人をほっとさせずにはおかないウサギさんの顔で、ミミさんは深くお辞儀をしました。
「みな様。ごめんなさい。カナさんの具合が悪いようなので、自分たちは、これにて退場します。それでは、また、いつか、お会いしましょう」
片手にクマの頭、もう片方にカナさんを抱えてミミさんは、会議室をでていってしまいました。
どこまで、本当だったのか、まるで、わかりません。
「彼女は、事件の被害者からの真のメッセージを伝えたと思いますよ」
ラウールさんが、また、小声でぶつぶつと。
「カナさんの推理は事前の打ち合わせとは、だいぶ違ったものになっていましたけど、今度は、私、火村加夜(ひむら・かや)と三船敬一(みふね・けいいち)さんが、推理と捜査方法をお話しします」
続いて、頭に水色の大きなリボンをつけた、読書家の女の子、加夜さんと、あたしたちは初めてお会いする、シャンバラ教導団軍服、長身、たくましい体格をした三船さんです。
「俺から、簡潔に話すぞ。俺は、少女惨殺事件は、十九世紀の切り裂き魔が英霊となって、よみがえって行っていると思っていた。だが、それは不可能だ。なぜなら、切り裂き魔が没してから、どう計算しても、まだ百五十年が経っていない。となると、犯人は、やつの模倣犯だ。ピンカートン編集長。マジェステックのような施設が存在するくらいだ。パラミタにも英国マニアは、たくさん、いるんだろ。なら、やつの研究者、いや熱烈な信者はいないのかな。有名な犯罪者には、フォロアーがつきものだろう。そういう連中は、自己主張したがるのが常だしな。過去にやつの犯罪を模倣したやつや、それらしい事件を起こしたやつはいないのか」
「私も二回の事件の現場を調査し、情報を集めた結果、この事件は十九世紀の事件の模倣だと思いました。個人的には、二回目の現場にあった壁の落書きに、もし、犯人の心情がこめられているのならば、シャンバラ人は、ほんの些細なものでも理由があれば責められるものなのか、そして彼らを責めた代償として、地球人を殺すことに、正当な理由があるのか説明していただきたいですね。
どちらも許せないですけど。
私は、今夜から、三船さんに警護していただきながら囮として、十九世紀の切り裂き魔の、三件め、四件め、五件めの犯行現場の周辺を歩こうと思います。ピンカートン編集長さんに教えていただきたいのは、被害者の少女たちの人となりです。私の聞き込み調査では、これについては、ほとんど情報は得られませんでした。彼女たちは、いずれもマジェスティックに住んでいた。彼女たちの死後、パートナーも行方不明になっている。それくらいです。マジェスティックの住民のみなさんは、意外に捜査に協力的では、ないのですよね」
三船さんと加夜さんの話を受け、編集長は黒板の前にでていきました。
「みなさんの事件解明にかける情熱には、感心する。ここだから言うが、私は、いつか、このような事件が起きる気がしていた。それは、どういう意味かというと、あのノーマン・ゲインがかわい家事件終幕後に、開始をほのめかしたという、過去の地球の犯罪をパラミタで再現する、パラミタ・ミステリ・クロニクル。
それと同じコンセプトの出来事がパラミタにおいて各分野で起きるのは、必然だと思うんだ。現在のパラミタは、文化、産業すべての面において、かっての地球の後追いをしている部分が大きい。
当然、地球が経験してきた公害、戦争、犯罪等のマイナスの部分もパラミタでも起きるだろう。
私のこの考えのもとに、我がシャンバラ・ニューズ・エイジェンシーは、地方紙といえども、他紙よりも鋭い視線で、シャンバラについて考えていると自負している。
現在、事件の舞台となっているマジェスティックは、公で論じられる機会は少ないが、非常に問題の多い地域だ。
マジェスティックのあるあの土地は、古代シャンバラ人たちが自治領として、はるか昔から独立国のような状態で存在していた。
いまでいうロストテクノロジーの職人、研究者たちと、風土にあった作物作りを主産業にした、自給自足の小国だ。
マジェスティックは、彼らが自分たちの国をそのまま、現代のシャンバラの中に残そうとして着ている、仮の衣にすぎない」
「そこまでは、悪くない話です。マジェスティックを閉園しても、女王と交渉して、古代パラミタ人が居住する国立自然公園として生き残るテもあります」
ラウールさんが、編集長の隣にでてきました。
「けれども、しかし、私のボスであり、先住のシャンバラ人たちに、知恵と、マジェステック建設の資金を与えたメロン・ブラック博士は、マジェスティックを本気で、十九世紀末の魔都とも呼ばれたロンドンにしようとしている。保護の名目で、領主一族をロンドン塔に幽閉し、経営のためだと言って、やりたい放題。マジェスティックの住民たちの不満は、まさに、世紀末のロンドンの下層階級の人たちのごとく高まってきている。そこへきて、この事件だ。もともとの住民から被害者がでて、犯人がもし、地球人だとなったら、暴動が起こりかねない。マジェスティックの五万六千人が、先祖伝来のロストテクノロジーを持って、空京に雪崩れ込みます」
「きみも、わかってるんじゃないか」
「私は、これでも、総支配人ですから」
編集長は親しげに、ラウールさんの背中を叩き、握手を求めました。
「博士の命令に従うだけの、傀儡の雇われ店長だとばかり思っていたよ。最近、きみが変わった、真剣にマジェスティックのことを考えてくれるようになったという評判は、本当だな」
「パラミタに数ある新聞の中でも、貴誌だけは、マジェスティックのありのままの姿を書いてくれていると思っています。それゆえに、やつからの手紙が届くのかもしれないがね」
「戦友をみつけた気分だよ。ああ。すまない。話を戻そうか。三船くんの質問だが、過去にマジェスティックでこんな事件が起きたことはなかった。そして、やつのフォロワァーは、現在は非常にたくさんいる。後で当社に毎日、届く手紙の山をみせてあげよう。どれも、犯行予告やら、自分が犯人だとの告白文が綴られている。それら一つ一つを細かく調べている余裕はとてもないが、ほとんどが、かって、ロンドンの殺人鬼が新聞社に送った手紙の模倣だ」
「手紙はみせて欲しい。では、それらは犯行を行っているかもしれない誰か特定の人物を示すものではないんだな」
三船さんが頭をかきます。
「火村さんの質問については、これは、極秘の情報なのだが、被害者の少女たちは、みんな、地球人で、契約者で、パートナーもしくは、本人が、マジェスティック地区の本来の領主の娘オーレリー姫と交友があったのが、わかっている。彼女らは、メル友だったり、文通相手だったりするオーレリー姫を慕って、いや、実質、幽閉状態の彼女を心配してマジェスティックに、住所を移したとおぼしい」
「この情報を公開しないのは、なぜです」
「マジェスティックの住民にとって、姫の人気は絶大だ。姫の友達が殺されているとなったら、これまた、暴動が起こりかねん」
「表面上の事件以上に、その背景は、非常に、厄介なのですね。そのお姫様とお会いする方法は、ないのですか」
「姫は、ロンドン塔からでられないうえ、メロン・ブラック博士が組織した親衛隊に、護衛の名のもとに、四六時中、監視されている。親衛隊は、博士の意のままに動く、私設軍隊のようなものだ」
ラウールさんの返事をきくと、加夜さんは、視線を床に落とし、額に指をあて、席へ戻りました。
バン。
激しく、机を叩く音。
「話は聞かせてもらった。この事件、俺たちPMRが解決してみせる!」
「メロン・ブラックは、とりあえず殴ってもいいよな」
比賀さんが威勢よく宣言し、ハーヴェインさんが、ポキポキと指をならしました。
PMRのみなさんが黒板の前に立ち並びます。
「捕らわれのお姫様を、ボクが救わないわけがないぜ」
「はう〜。ホイップ様がいるのに、さっそく、頭がそっちにいってはいけません!」
ニカッと親指を立てたエルさんに、横からホワイトさんが体当たりです。
「編集長。ラウールさん、貴重な情報を教えてくださって、ありがとうございます。お礼にシェイドの作ったお菓子をどうぞ。メイズ・オブ・オナーっていう、チーズケーキをパイ生地の包んだタルト風のお菓子です。英国宮廷の伝統的なお菓子だから、お二人とも知ってるかも」
ミレイユさんが紹介すると、シェイドさんがお菓子を配ってまわりました。数があるのか、あたしやくるとくん、会議室のいるみんなにわけてくれます。
「シェイドさん。いつも、ありがとうございます。くるとくんなんてお菓子が主食だから、ホント感謝してます」
「めずらしい、おいしいお菓子をありがとう」
あたしとくるとくんがお礼を言うと、今日は、黒の貴族服のシェイドさんは、まるで執事さんのようにうやうやしく、一礼してくれました。
「作るのはもちろん、いろいろな料理を考えるだけでも、楽しいですし、おいしく食べていただけると、私も、とても、うれしいですよ」
「紅茶が欲しいところだな」
「私は、フランス人だが、イギリス料理でまともに食べられるのは、このような腕のいい職人のスイーツだけだと思っているよ」
編集長もラウールさんも喜んでいます。
「……話は全て聞かせてもらった、わ? 私は……まず、地球の切り裂き魔の事件を調べてみたわ……地球の事件では、女性犯人説もあったようね……そういえば、私のパートナーのヘイリーも、地球にいた頃は、男性と言われてたけど、いまは女性だし……犯人が、吸血鬼だという噂が地球では流れているそうよ……吸血鬼といえば、同性愛者ね……つまり、犯人は……吸血鬼で、同性愛者で、当時の犯人と同一人物の女性よ……そして犯行の舞台のテーマパークといえばデートスポット……犯行動機はカップルへの嫉妬……?!」
リネンさんが、披露した推理は、さっきまでの話をすべて超越していて、PMRらしさ全開の超推理でした。
編集長もラウールさんも、口を挟まずに、リネンさんを眺めています。
「リネンさんが推理を発表したのに、お菓子を食べてたら、アレを言い損ねちゃった。ゴメンね。ワタシは、次の被害者が女の子とは、限らないと思うんだよね。編集長の話をきいても、姫様の友達が狙われてるんであって、別に男の子でもいいんじゃないかな」
「食べるか、話すかどちらかにしないと、お菓子が床にこぼれますし、話にも説得力がないですよ」
シェイドさんに注意され、ミレイユさんは、食べかけのメイズ・オブ・オナーをティッシュにくるんで、コートのポケットに入れました。
「私は、必要以上に死体が傷つけられているのが、気になりますね。具体的な状態が公にされていませんから、くわしい死因や現場の状況についてお話をうかがいたいところです。現場写真等がありましたら、どのような傷つけ方なのか、確認させていただきたいのです。そうすれば、死体の損壊が、本当に必要以上のものなのか、実は、犯人にとっては、必要な行為だったのか、わかる気がします」
シェイドさんは、犯人には、死体を傷つける理由が、あったのでは、と言っているようです。
「二件とも死因は、鋭利な刃物による刺傷だ。体の一部と、臓器のいくつかが持ち去られているので、検死は完全ではないがね。
写真はあとで、みんなにみせよう。一言で言えば、解剖よりも、解体に近いな。不謹慎な言い方だが、パーツ別に分解された人形のようだったよ。組み合わせれば、動きだしそうだった」
編集長は、現場の様子を思い浮かべたのか、顔をしかめました。
「ボクは、事件が十九世紀の事件を模倣しようとすればするほど、捜査側は、その幻影に惑わされてはいけないと考えるな。
十九世紀の事件は迷宮入りしているんだ。イメージをダブらせて捜査していると、また同じ轍を踏むハメになるぜ。
殺された少女たちにも、叶えたかった夢があるはず。事件を迷宮入りさせるわけには、いかない」
「やっぱり、エルが気になっているのは、女の子のことなんですね。浮気は、私が許しませんよ」
熱く語るエルさんの横で、ホワイトさんのクセ毛がカミナリマークになって立っています。
いつみても、この二人は、おもしろいですね。
「違う。この事件には、この事件にしかない特徴があるんだ。そこを捜査の突破口にして、真相を暴く。
この事件の特徴。それは、姫の存在だ。被害者たちは、みんな幽閉されているお姫様とつながりがあった。それを知っている人物は、限られている。そこから、容疑者はしぼってゆけば!」
「また、姫とか言ってるじゃないですかあ〜。はうっ」
拳をかため、キメポーズのエルさんに、ホワイトさんは体当たり、エルさんはきれいに床に倒れました。なんだか、スムーズすぎる動きをみてると、日頃から倒されなれてる気がするなあ。
エルさんを倒した後、ホワイトさんは、ピンカートン編集長に目をむけました。そして、くるとくんに視線を移動させ、
「くると様。ピンカートン編集長様は、ノーマン・ゲイン様では、ないんですか?」
は。
あたしも含め、室内の全員の視線が、編集長に集まりました。ダウンしているエルさんのも。
「私は、なぜ、この新聞社に犯人から手紙がくるのか、事件にくわしいピンカートン編集長様とは、どのような方なのか、マジェステックで聞き込みをしたり、インターネットで調べたりしました。
結果、編集長様は、すこぶる評判のいい人物でした。正義の味方だそうです。しかし、そんな人物に変装して事件を影で操るのは、ノーマン様の常套手段です。
くると様。編集長は、シロですか、クロですか」
「ハハハ。私が保証しよう、今回の事件にその小悪党がかかわっているとすれば、変装した相手は編集長ではなく、別の人物だよ。編集長とは、長い付き合いの私が言うのだから、間違いない。マドモワゼル。この私めを信じてやってください」
ラウールさんの言葉に、ホワイトさんは、頷きます。
「ラウール様。もし、ダマしたりしたら、怒りますよ」
「そうなったら、体当たりどころか、あなたに剣で刺し貫かれても、うらみはしません」
ラウールさんのこのキャラクターは、いったい、なんなんだろうなあ。と、あたしは、思います。
今度は、比賀さんが一歩前へ踏みだしました。
「そろそろ俺の出番だな。事件に、あいつがからんでいるというホワイトの推測は、壁に残された犯人からの伝言で、すでに証明されていたんだよ!」
「……な、なんだってぇ〜!!」
ヴァーナーちゃんも、加夜さんも、三船さんも、あたしやくるとくんまで加わって、PMRのみんなと一緒に、このビル自体を揺らさんばかりの大合唱です。
「シャンバラ・ニューズ・エイジェンシーに掲載された、伝言の写真をみてくれ」
比賀さんは、拡大コピーした新聞記事の写真を黒板に貼りつけました。
「この落書きをみてくれ。
The Shambhalan are not The men That Will be Blamed for nothing.(シャンバラ人は理由もなく責められる人たちなのではない)
注目すべきは、冒頭の「Shambhalan」の部分だ。よくみると最後の「n」だけ文字が太い。
つまりこのnこそが今回のキーワードだ! nから連想されるものは何か?
ノーマンだ。そう、やはりこの事件には、あの残虐非道の行いを重ねてきたノーマン・ゲインが関わっている!」
比賀さんの超推理に、みんなで声をあわせて、再び、
「な、なんだってぇー!」
「安直すぎるだろ! だいたい、他は半角で、そのnだけ全角なのは、筆者の打ち間違」
パートナーのハーヴェインさんの文句を途中でさえぎり、比賀さんは続けます。
「まぁ、ノーマンじゃ無いにしても、nを頭文字に持つ人物はたくさんいるだろう。
そこに焦点をあてて捜査して、nをもつ人物を当たってみるか?
Nostradamus(ノストラダムス)とかもnだよなー。は? ノストラダムス? 1999? まさか、あの大予言者が事件に関わっているというのか!?
これは、人類の滅亡の危機!」
「……な、なんだってぇ〜!!」
最後は、編集長やラウールさんもやってくれました。
「恐怖の大王はどうでもいいけどな。落書きが気になるのは、俺も同じだ。十九世紀の内容をアレンジした、この文章は、なんのために書かれたのか? 三船も言ってたけど、犯人には、切り裂き魔へのリスペクトみたいなものが感じられなくもないよな。模倣っうよりも、なりきちまって、自分こそが、切り裂き魔だ、っていうかよ。俺は、その線で、あてはまるやつを探してみるぜ」
「人がせっかく推理してやったのに、どうでもいいは、ねぇだろ。ヒゲ」
「おまえは、一人で、ノストラダムスでも探してろ!みつけても、連絡しなくていいからな」
ボコ。ボカ。
比賀さんとハーヴェインさんが殴りあいをはじめました。この二人も、仲がいいなあ。
会議室のドアが、開きました。
「やあ。ここで捜査会議をしているときいてね。覗きにきたよ」
入ってきたのは、獣の耳と尻尾をはやしたジャダ族の衣装姿の男の人です。
「ひさしぶりだねぇ、くると君。おっと、顔を合わせるのは初めてかな? 通りがかりのベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)だよ」
ベスティエさん、といえば、墨死館事件のゲイン家の情報を提供してくれた人。この人が。
ひょうひょうとした感じの青年です。ラウールさんと似た雰囲気かも。
「いま思い出したんだが、マジェステックの事件といえば、あそこは、実は浮島なんだよ。海上に空港を建設するメガフロートをイメージして欲しいな。もっとも、マジェステックの場合は、人工とはいっても、お家芸のロストテクノジーで湖に浮かんでるらしいがね」
「きみ、それこそただの噂だろう」
編集長に口をはさまれても、ベスティエさんは、ひるみません。
「まず、地下に巨大な洞窟があって、そこの天井部分を繰り抜く。水路を作って、水を入れ、フタをする形で島を浮かべたんだと思ったな。だから、あの土地の連中は、島の下、地底湖の湖中に眠る、なにかを守るために、代々あそこに住んでるらしいんだ。昔の記憶なんで、いささか自信はないがね。湖には、守護神というか、魔物もいた気がするなあ。殺人の被害者は、魔物への生け贄という線もある」
「せーの。な、なんだってぇ!?」
ミレイユさんとホワイトさんが、かわいらしく声を揃えて、叫びます。
「ご声援、ありがとう。PMR、探偵諸君、期待しているよ。僕の話は、ほどほどに信じてくれたまえよ」
ひらひらと手を振り、ベスティエさんは、会議室を出て行きました。
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