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豆の木ガーデンパニック!

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第1章 夢の国ムアンランド 4

 夢安を追いかける追っ手たちの騒動など露知らず、和原 樹(なぎはら・いつき)はパートナーであるフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)たちと一緒に観覧車へと向かっていた。
 本来は息苦しくて苦手な観覧車に乗ることなどするはずもないのだが、ここは普通の遊園地とは違って全てが植物で出来ている。そのため、きっと大丈夫であろうと踏んだ次第だった。
 観覧車のスタッフに回数券を渡して、樹たちは中へと入る。
「あ、来たね」
 回ってきた観覧車に樹、フォルクスと乗り込み、そして――
「あ、では、私もマスターと一緒に……」
「だめ。セーフェルは私と二人で乗るの」
 続けて乗り込もうとしたセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)を、背後からショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)が引き止めた。
「え、どうしてですかショコラッテ。全員で一緒に乗れますよ?」
「いいから。……一緒に来ないなら、観覧車の一番高いところでこれ投げるから」
「ええっ!?」
 ショコラッテが無造作に取り出したのはセーフェルの本体とも言える禁忌の書であった。驚くセーフェルの声に耳を傾けることなく、彼女はスタスタと次に回ってきた観覧車へ向かう。
「ちょ、ちょっとショコラッテ……!? あー、もう……どうしてこういう時に限ってマスターは、ショコラッテに私の本体を預けてるんですか……!」
 セーフェルは仕方なくショコラッテを追って、次の観覧車へと乗り込んでいった。そんな彼に、ショコラッテが事情を説明する。
「最後まで回ったら、ちゃんと返してあげる。……フォル兄を樹兄さんと二人きりにしてあげたいの。だから、セーフェルも邪魔しちゃ駄目」
「ああ、なるほど……。でも、大丈夫なんでしょうか? フォルクスが暴走してマスターに何かしたりは……」
「私は二人に何かあった方がいいから」
「……ショコラッテって、時々スパルタですよね」
 ショコラッテの荒療治とも言える行為にセーフェルは心配を隠せなかったが、かと言ってそれを無下にしたくもなく。仕方なく、彼はため息を吐くしかなかった。
 そんな二人の様子を観覧車の窓から見ていた樹は、一体何をしているんだといった表情である。しかしそれも、観覧車がちょうど180度近く回転して上っていく頃には、徐々に風景に見とれた感嘆のものへと変化していった。
「おー、結構面白いな。作ってる最中の施設とかも見える。……なんか、あちこちで騒ぎが起きてるのも見えるな。……やっぱりこうなったか」
「ふむ、なかなかの絶景だな」
 窓から見えるのは、まさしく一望という言葉に相応しい風景だった。植物で出来た観覧車ということもあってか、中の匂いも落ち着くし、空気もよく入り込んで息苦しさは感じられない。
「来てよかったな……」
「そうだな。……おっと、そういえば樹。こんなものを買っておいたぞ」
 フォルクスはそう言って懐からとある物を取り出すと、感慨に浸る樹の頭に遠慮なく被せた。
「あ、なんだこれ、ちょっともふもふだ。……って、勝手に人の頭に獣耳生やすな!」
「樹。それはただの獣耳ではない。この遊園地のマスコットであるカーネの耳を模したものだ。遊園地でマスコットの帽子や耳をつけるのは定番だろう?」
「確かにマスコットの帽子とかは定番だけど……俺、こういうの似合わないし。それに……恥ずかしいだろ」
 樹はぼそぼそとそう言うと、赤く染まった頬を隠すかのように顔を伏せた。そんな顔を見てしまったら、もはやこのフォルクス・カーネリアに理性などあるはずもない。というか可愛すぎるわ!
「いつきいいぃ!」
「わっ、馬鹿……抱きつくな、笑顔で撫でるなっ、なんか怖い! 怖いから!」
 フォルクスに抱きつかれながら撫でられて、樹はそれに抵抗している。そんな様子は、一個後の観覧車からでも観察することができ――
「成功」
「成功……ですか?」
 ショコラッテの呟きに、セーフェルは疑問を抱かざるえなかった。



 フォルクスが樹に抱きつくのとほぼ同じ時――灰色のジャケットに黒のジーンズといったシンプルな出で立ちを格好よく着こなす美形の青年が、同じ観覧車へと向かっていた。
「これは、また大きいですねえ? いきなり育ったみたいですから、いまのうちに遊んでおきますか」
 誰ともなくそんな呟きを口にする美形――神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)に、同じく線の細そうな美しい男が続けて口を開く。
「たしかに、でけ〜木だな。で、原因は……またあいつかよ」
 白のワイシャツに紺のジーンズを着込んだレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)は、始末の悪いものでも見たかのように頭をぽりぽりと掻いた。
 こうして見ると、まるで雑誌からモデルが飛び出してきたかのような光景である。きっとこのまま地球の都会の街でも歩いていたら、スカウトされること請け合いだ。まして――
「こういうのって久しぶりだものね。楽しませてもらうわよ?」
 そこにスタイル抜群の美女が加われば、芸能事務所は喉から手が出るほどだろう。メンズだけでなくレディスも完備だ。ある意味、遊園地以上に儲けが期待できそうではある。
 そんな美女フォルトゥーナ・アルタディス(ふぉる・あるたでぃす)は、デート気分を満喫といったように翡翠の腕に抱きついて離れようとしない。豊満なその二つの胸が、翡翠の腕を挟んでいた。そんな美男美女のカップルを嫉妬心丸出しで睨みつけるのは、もちろんレイスだ。
 やがて、観覧車のスタッフへと回数券を渡したとき――ふと翡翠は横を通り過ぎていった影に気になる目を向けた。
「どうした、翡翠?」
「いや、ちょっと見たことがあるような顔があってですね」
 翡翠は四人の団体客の後ろ姿をしばし見つめていたが、それもほどなくして向き直った。人の列が徐々に先へと進み、ようやく観覧車へと乗り込めるようになる。
 が――
「さっきまでひっついてたんだから、ここは俺に譲るべきだろ」
「あら、そんなの関係ないわよ。翡翠が誰と隣で乗るか、それは翡翠が決めることだわ」
 先に乗り込む翡翠の後ろで、睨み合いながらバチバチと火花を飛ばす翡翠大好き二人組。
「あれ、二人とも乗らないんですか?」
「もちろん、乗るわよ」
「あっ、お前……」
 一瞬の隙を突いて、翡翠の隣を陣取ったのはフォルトゥーナ。そんな彼女を恨みがましそうに見ながら、対面する席にレイスはしぶしぶ座った。
「くっつき過ぎだろ? お前」
「あら、良いでしょ、別に」
 翡翠は気づいていないものの、こそこそと文句を言い合う二人。とはいえ――
「さすがに、この高さだと眺め良いですねえ」
 観覧車からの風景を楽しみながら微笑んでいる翡翠を見れば、隣かどうかは関係なくとも嬉しいものだった。それに、二人とも観覧車は嫌いではない。
「本当に良い眺めね。恋人達には最高のシュエーションじゃない」
「さすがに、こんな高さから見る機会は、無いしな」
 二人とも感慨深げに呟きながら、てっぺんに達した観覧車からの風景を満喫していた。そんな彼らの下で起こっている騒がしい音と被害音。米粒のようであるが、追いかけられている夢安とその追っ手の姿が見えた。
「皆さん、元気ですねえ……」
「前回で懲りたんじゃなかったのか? しかし、あんなに一生懸命追いかけて、みんな熱いな」
「災難が来なければ、最高のショーね。……人の不幸は蜜の味。自業自得も含まれているかしら?」
 翡翠たちは、のんびりと観覧車を楽しんだ。