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魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~

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魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~
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リアクション

 
 
 隠れていようが尾行中であろうが、チェリーは攻撃のチャンスがあれば実行する。
 クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)は、ユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)と街で買い物をしていた。その2人の耳に、通行人の会話が聞こえてくる。
 ――デパート、大変だね……
 ――あんな騒ぎになってたら、ゆっくり買い物も出来ないよね。
 ――でも、お店の人達は営業しなきゃいけないし、気が気じゃないだろうね。
「……デパートで……何か……起きてるのか……」
「クルードさん、どうしますか?」
「……気になる……な……行ってみるか……」
 何か、良くない事件が起きている気がする。クルードは、調査の為にと目的地を変えた。
「……ユニは……危ないから……帰っていろ……」
「私も行きます! 心配ですから」
「……心配か……」
 その時、ユニにチェリーの光線が当たった。しかし、2人は気付かない。
「……仕方ない……離れるなよ……」
「……はい」
 クルードは超感覚を発動して五感を研ぎ澄ませながら、デパートに向けて歩き出した。

「虎だ……」
「虎だわ……」
「虎だよママ! 触っていいー?」
「いけません!」
 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)もまた、御陰 繭螺(みかげ・まゆら)シャルミエラ・ロビンス(しゃるみえら・ろびんす)、そしてパラミタ虎のグレッグと空京に来ていた。歩道を行くアシャンテは、通行人達がひそひそと声を低めて何かを話しているのを見て怪訝に思った。気楽な雑談という雰囲気ではない。
「……何やら騒がしいな……? 事件か……?」
「多分、そういうのではなくパラミタ虎を警戒しているのではないかと」
 シャルミエラが言う。いや、実際にはデパートでの騒ぎについて話していた人々もいたのだが、虎に対してのコメントがそれに比して多かっただけである。
「この子は大人しいのにねー!」
 繭螺はグレッグの頭を撫でる。短いながらふさふさの良い毛並みだ。
「……大人しいというか……呑気なだけだな……」
「あいつも、剣の花嫁だな」
 チェリーが繭螺に光線を命中させる。攻撃は不可視の筈だが――
「……Shot!? マスター! 繭螺様が何者かに撃たれました!!」
 シャルミエラが一早く反応した。機晶姫の彼女は、レンズ越しの視界で光線を確認したのだ。
「……何!?」
 アシャンテはそう聞くや否や、咄嗟に繭螺の腕を掴み物陰に引っ張った。建物と建物の間、店の看板の裏に身を潜める。
「え? 何?」
 繭螺自身は攻撃に気付かず、訳が分からないままにアシャンテに頭を押さえ込まれる。シャルミエラも続いて走ってきて、最後に、グレッグが3人の前に立った。彼のおかげで、繭螺の姿は完全に表通りから見えなくなる。シャルミエラとアシャンテはグレッグの背中越しに相手の場所を確認した。
「太い光線です。車道を挟んだ向かい側、あの位置から狙撃されました。黒い影が見えた気がしたのですが……。もう、居ませんね」
「……何者だ……?」
「2人共、どうしたの? ボク、別に……、……?」
 繭螺は、そこでふいに口を閉じた。何かに驚いたような表情をして、動きを止める。
「……何……? ボクが、ボクじゃなくなっていくみたい……!?」
 突如訪れた不調に不安を抱き、自分を守るように身体を縮こめる。その様子に気付き、アシャンテは彼女を振り返った。
「あ……アーちゃん……ボク……」
「……くっ! しっかりしろ、繭螺!!」
 繭螺の肩を掴み、声を掛けて気を保たせようとする。だが、魂が不安定になった繭螺は顔色も悪く、震える瞳をアシャンテに向けるばかりだ。そして。
「…………!」
 その瞳が、大きく見開いた。驚愕に満ちた表情から紡がれた言葉は――
「……どうして……どうしてアーちゃんが鏖殺寺院にいるの……!? あいつらは、ボク達の家族を皆殺しにした敵なのに……!」
 唐突で、すぐには理解し難いものだった。
「……鏖殺寺院……?」
 ここは空京の街中だ。歩いているのは――繭螺を狙撃した犯人を除けば通行人しかいないだろう。その犯人も、既に姿を消している。
 しかも今は、建物同士の間、人々の死角にいるのだ。鏖殺寺院を示すようなものは何も無い。
「反鏖殺寺院のボク達の前に……アーちゃんがいる……敵として……ボクを見てる……」
「……なん……だと……?」
 ――繭螺は、初契約の剣の花嫁だった。アシャンテより以前に、契約者はいない。故に別人格にはならないが、彼女は、今の『御陰繭螺』になるまでにやや特殊な経路を辿っていた。人間の遺体と、花嫁の肉体が融合しているのだ。地球人であった彼女は、アシャンテが鏖殺寺院脱走時に死亡している。遺体の傍に花嫁が封印されていたのが、融合の原因だ。
 人であった時の記憶を殆ど失っていた繭螺だったが、魂が不安定になったことで過去と現在の意識がない交ぜとなり、過去の記憶から彼女は先の言葉を漏らしたのだ。
 また、当時の彼女は、アシャンテの血の繋がらない妹でもあった。
「……私が……鏖殺寺院にいただと……!?」
 繭螺の口から、その時の自身の経験が語られていく。事実であるが故に、それはアシャンテを大いに揺さぶった。
「うっ……!」
 激しい頭痛に襲われ、アシャンテはうずくまった。繭螺の言った――その当時の事がフラッシュバックとして脳裏に浮かび上がってくる。
(……これは……!)
 聞いた話から想起されたものではない。確かな、自分の中にある記憶の一部。
「……何だ……? 私は……私は……!」
(マスター、繭螺様……!)
 2人が話す事を、過去に直面した事をシャルミエラは知らない。否、本来の彼女は知っている。なぜなら、自分もその場にいたから。そしてその原因を作ったのも自分だから。
(…………!)
 何故かいてもたってもいられなくなったシャルミエラは――
「こら、アーシャ! 動揺するのはいいけど、やることがあるでしょう! 繭ちゃんも、しっかり自分を持って! 大丈夫だから」
 無意識的に隠していた本来の自分に戻ってアシャンテ達を叱咤していた。
「……やる、こと……」
「狙撃手を見つけて、繭ちゃんを元に戻さないと!」
「元……に……」
「仕掛けた以上は解決方法も知っているはずよ。そうでしょう?」
「…………」
 突然変化したシャルミエラに激を飛ばされ、アシャンテは呆然とした顔で彼女を見た。一応、確認する。
「……シャルミエラ、変な光線は受けていないか……?」
「あれ以来、光線は見えないわ。大丈夫」
「……そうか……」
 なんとか自分を取り戻したアシャンテは、繭螺に視線を移した。いつの間にか、繭螺は気を失って倒れていた。彼女はシャルミエラの檄で我に返り、しかし力尽きてしまったのだ。
「……そうだな、犯人を捜さないと……。グレッグ……」
 グレッグが振り向く。どことなく心配そうな顔をしているような気がするパラミタ虎に、アシャンテは言った。
「……繭螺を頼む……」
 グレッグに意思が伝わったことを確信すると、アシャンテとシャルミエラは表通りへと駆け出していった。

 そして今、クルードはユニと共にデパートを見上げていた。銀色の狼耳と尻尾が生えている。
「……ここがそうか……気を付けろよユニ……っ!」
 注意を促していた彼は、背後からの鋭利な殺気を察知した。身を捻る。
「な……!? ……ユニ?」
 振り返った視線の先には、美しい翼の形をした弓状の光条兵器『ニルヴァーナ』を構えたユニがいた。矢を放った直後の姿勢のまま、彼女は言う。
「……ターゲット……目標確認……排除開始……」
 極めて機械的で、感情の欠落した口調である。開始という言葉通り、ユニはファイアストームをクルードに放つ。
 迫り来る炎をかわしつつ、クルードは携帯電話からもう1人の剣の花嫁を介して光条兵器『銀閃華』を出した。
 炎の威力は絶大であり、クルードは位置を変えながらユニと対峙する。今は幸いなことに人が少なかったが、客の出入りがあるこの場での戦闘は、無関係者への被害、ひいては街が破壊される危険がある。
「……戦闘レベル……フェーズ3から4へ移行……」
 ユニは、続けざまに矢を繰り出してくる。弾いても、その矢はすぐに消滅し、またユニの手に番えられて彼を襲う。
「……止めろユニ……! ……一体どうしたんだ!?」
 加えてユニは、ファイアストームやサンダーブラストを絶妙のタイミングで仕掛けてきた。
「……くっ! ……強い……」
 クルードは、ダメージを受けながらもユニの眼前まで到達して彼女の光条兵器を止めた。が、ユニはそれを同等……、いや、それ以上の力で押し返してくる。
「……力も普段のユニじゃない……本気で俺を殺そうと……?」
 バズーカ光線を受けたユニは、昔の自分へと変貌を遂げていた。周囲のものを破壊するだけの危険な存在。感情は一切無く、ただ全てを壊し、殺す為の存在。
 その為に封印されてしまったのだが、彼女は今、何故かクルードを最優先して殺そうとしていた。
「……やめろ……ユニ……!」
 ユニと闘うつもりはなかった。しかし彼女は、本気で戦わないと殺されるほどの力を発揮している。クルードは、全力で戦って押さえ込む事にした。攻撃を避け、返し、移動を繰り返しながらの戦闘が続く。
(……何だ……この……記憶は……)
 ユニから目を離さずに戦うクルードの中で、覚えの無い筈の記憶が頭をもたげる。
 だが、それについて考える余裕は無く――
 2人の戦いは熾烈を極めた。矢は止められても、全体魔法までは全て処理しきれない。辿った道筋にある樹木や生垣が、炎にあぶられ朽ちていく。
 そして――
「……!」
 ユニは無表情のまま、声にならない悲鳴を上げた。『銀閃華』の柄で、クルードが峰打ちを決めたのだ。
 倒れ込むユニを支える。無数の傷から流れる血が、クルードの身体を染めていた。