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【リレー企画】客寄せパンダは誰が胸に その3

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【リレー企画】客寄せパンダは誰が胸に その3

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「工事ならもう終わったよ」
 元現場監督にそう言われて、芦原 郁乃(あはら・いくの)は愕然とした。
 パンダの気を紛らわせるのであればタイヤだと考えた彼女は、大規模工事現場なら巨大タイヤがあるはずだと思い、最近開発著しい精霊指定都市イナテミスに来てみたのだ。だが、大きくあてが外れてしまった。
「だいたい、パラミタじゃ極端な重機はないからねえ。空京あたりならまた多少は運び込めるけれど、特殊な物が多いからね。巨大タイヤを使って移動する必要のある物なんかほとんどないよ」
 そう言って元現場監督がくれたのは普通の古タイヤだった。
「ないよりはましだわよね」
 そう無理矢理考えると、芦原郁乃は急いで客寄せパンダ様の所へとむかった。
 
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 一方、芦原郁乃に頼まれて笹を集めようとしていた荀 灌(じゅん・かん)蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)も難儀していた。なにしろ、相手は全高二十メートルもの巨大なパンダである。それがおやつにして立ち止まるほどの量の笹ともなると、そのあまりの物量に気が遠くなる。まして、それがいっぺんに生えている広大な笹の原生林がそうそうイルミンスールの森にあるわけもない。さらに、その笹を刈り込んで運搬するとなると、時間単位ではなく日数単位の作業になる。
「あのう、こんなことしていてもいいんでしょうか……」
 地道に笹を刈り取りながら、荀灌が蒼天の書マビノギオンに聞いた。
「そこは考えない方がいいわよ」
 同じようにせっせと笹を刈り取りながら、蒼天の書マビノギオンが答えた。
「パンダの生態を教えてくれと言われて、説明してしまったあたしが悪いと言えば悪いんだけれどもねえ」
 ちょっと手を休めて、ふうっと蒼天の書マビノギオンが溜め息をついた。
「――分かった、笹竹にタイヤがキーワードなわけね。題して、『笹とタイヤを見ればパンダまっしぐら』大作戦よ」
 自信満々で言っていた芦原郁乃の言葉が脳裏に蘇る。
 そのすぐ後に、「巨大タイヤを取ってくるから笹お願いね」と叫んで飛び出していってしまったわけであるが、今ごろはどこまで行ってしまったやら。とにかく、形だけでも作戦を遂行するのが務めだと、蒼天の書マビノギオンはせっせと笹を集めた。なんだか、りっぱな環境破壊をしているような気分になる。
 笹とタイヤで客寄せパンダ様に怒りを静めてもらおうという発想は悪くない。だが、客寄せパンダ様は、あくまでもアーティファクトだ。生き物のパンダその物ではなく、パンダの姿をした魔法遺物である。はたして、そこに生物としてのパンダの習性が適用できるものかどうか……。
 だが、同じような考えの者は、他にもいた。
「巨大タイヤは手に入らなかったが、普通のタイヤでもないよりはましだろう。巨大化して凶暴化してもパンダはパンダだ。このタイヤと笹の誘惑には逆らえないぜ。やっぱりパンダは可愛いのが一番だよな。どうだ、そそられるか?」
 大岡 永谷(おおおか・とと)は、完成したパンダ用遊び場を指さして、パートナーである熊猫 福(くまねこ・はっぴー)に訊ねた。
「あらやだ。あたいはこうして白黒反転パンダの着ぐるみを着ているけれど、中身はれっきとしたゆる族なんだもん。パンダであってパンダでない。さすがに本物じゃないから笹なんて食べないんだよ」
 タイヤをかかえて笹の葉を銜えながら、熊猫福が答えた。なんだか説得力がない。
「なんだよ。ちょっと口にしてみただけじゃない!」
 照れ隠しするように熊猫福が言った。
「パンダ様を連れてきたよー」
 そこへ、小型飛空艇に乗った小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)がやってきた。
 その後ろから、ドスンドスンと足音を轟かせながら、客寄せパンダ様が迫ってくる。
 その状況は、小鳥遊美羽たちが客寄せパンダ様を誘導してきたと言うよりは、追いかけられて逃げてきているというのが正しそうだ。
「見えました。僕が集めた笹もおいてあります」
 大岡永谷たちが作った遊び場を指して、コハク・ソーロッドが言った。
「さあ、パンダ様、好きなだけこれで遊んでくれ。すでに仲間も、楽しそうに遊んでるぜ」
 大岡永谷が叫んだ。
 熊猫福が、仲間って誰だという顔をする。
 小鳥遊美羽たちを追いかけていた客寄せパンダ様の足がピタリと止まる。
「やった、成功なんだもん」
 小鳥遊美羽が、小型飛空艇を停める。
 客寄せパンダ様は、足許にある木枠に吊されてタイヤと、こんもりした笹の山をジーッと見下ろした。客寄せパンダ様から見れば、ほとんど1/60スケールキットという感じである。
「今まで、酷い人たちがいろいろと取り合いしたりして悪かったんだもん。ごめんなさい。おわびに、このタイヤで思う存分遊んで、お腹いっぱい笹を食べてよね。満足したら、元の大きさに戻ってほしいんだもん。そしたら、みんなで葦原島っていう場所を案内してあげるんだもん」
 小鳥遊美羽としては、平身低頭、客寄せパンダ様に呼びかけたつもりだった。
 客寄せパンダ様が、ゆっくりとタイヤに近づく。
 やった、引っかかったんだもんと小鳥遊美羽が心の中で思ったとたん、客寄せパンダ様がズンと容赦なくタイヤと笹を踏みつぶした。どうやらお気に召さなかったらしい。
「パパパパパパ!!」
 客寄せパンダ様が、咆哮をあげる。
「今だわ!!」
 その瞬間を狙って、ローザマリア・クライツァールが突っ込んできた。
 ワイバーンから飛び降りて、その勢いのまま客寄せパンダ様の口に飛び込もうとする。
 ビタン!
 ローザマリア・クライツァールが、客寄せパンダ様の口にべったりと貼りついた。
 既成概念とは恐ろしいものである。客寄せパンダ様は生物ではない。見た目でパンダだと思い込んだローザマリア・クライツァールは口から腹に入って中から破壊するつもりだったのだが、肝心の口に穴がなかった。元が置物なのであるからそういうこともあるだろう。じゃあ、どこから声を出しているのかは魔鎧にでも聞いてほしい。
 ゆっくりと、客寄せパンダ様の口が閉じられていく。
「ローザを放せ!」
 ローザマリア・クライツァールを助けようと、上空から小型飛空艇を飛び降りたグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーが客寄せパンダ様の目に則天去私を叩き込んだ。
 大丈夫、跳ね返した。
 目の部分も身体と同じ謎の材質でできている客寄せパンダ様が、あっけなくグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーの攻撃を跳ね返した。だが、攻撃の衝撃でローザマリア・クライツァールがぽろりと口から零れ落ちた。
 間一髪、地上に激突する前に、小型飛空艇に乗ったエシク・ジョーザ・ボルチェが、ローザマリア・クライツァールを拾いあげる。
 背中をすべり降りるようにしてグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーが離脱すると、客寄せパンダ様が一気に暴れだした。
「退避だ!」
 大岡永谷が叫んだ。
 
    ★    ★    ★
 
「タイヤと笹持ってきたわよ……」
 荀灌、蒼天の書マビノギオンと合流して駆けつけた芦原郁乃は、粉々に踏みつぶされたタイヤと笹の山を見て唖然とした。
「どうやら、同じことをしようとして犠牲になった者たちがいたようですね。なむなむなむ」
 蒼天の書マビノギオンが、冥福を祈って手を合わせた。小鳥遊美羽たちがその場に残っていたら、まだ死んでないと叫んだことだろう。
「助かったです」
 荀灌は、ほっと小さな胸をなで下ろした。
 
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「おにーちゃんたちの代わりに、わたしが頑張るね!」
 荒れ狂う客寄せパンダ様にむかって、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は静かに竪琴を奏で始めた。
 彼のパートナーである影野 陽太(かげの・ようた)はナラカに行っているため、今現在ノーン・クリスタリアの隣にはいない。だからこそ、自分一人でも頑張らなければ名にないと、ノーン・クリスタリアは思っていた。
「幸せのリズムに乗って、どうか、その怒りを静めてね」(V)
 竪琴を奏でながら、ノーン・クリスタリアが静かに歌を歌い始めた。
 客寄せパンダ様の動きが少しずつゆっくりとなっていった。
 空飛ぶ箒で宙に浮かぶノーン・クリスタリアをじっと見つめる。
 とりあえず、一時的に暴れるのだけは押さえられたようだが、それ以上はどうなるでもなく、状況は膠着するかに思えた。
 そこへ、好機と見た悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が、白装束を纏って客寄せパンダ様の前に進み出た。
 おおよそ、これだけ被害を周囲に撒き散らすアーティファクトは絶対に失敗作であろう。かつての阿魔之宝珠を思わせるはた迷惑さだ。後者が国外で作られた物に対して、今回は古王国で作られた物らしいが、はた迷惑度はどっこいどっこいだ。なんとしても、ここは元の状態に戻さなければならない。
 怒りに反応しているようであるから、とりあえずの知能というか感情のようなものは持ち合わせているのではないだろうか。だとすれば、情意に訴えかけるのが方法としてはよいように思える。
「聞いてくれぬか、大いなるパンダよ」
 客寄せパンダ様の前で、悠久ノカナタが軽く裳裾を手で押さえてきちんと正座をする。ノーン・クリスタリアの歌をBGMに、両手を揃えた悠久ノカナタが客寄せパンダ様に呼びかけた。
「怒りは分かる。確かに、おぬしを巡る者共の欲望は、大いなるそなたにとっては不快千万であっただろう。だが、そこを分かってなお、あえて怒りを収めてはもらえぬだろうか。これ以上、他の者におぬしへの手出しはさせぬ。信じてほしい」
 悠久ノカナタは必死に客寄せパンダ様に訴えかけた。だが、今ひとつ決め手に欠けるのか、客寄せパンダ様に変化はない。
「わらわが信じられぬと言うのであれば、この髪をおぬしに捧げてもよい。どうか、頼む」
 豊かな銀髪をバサリと背中から身体の前に回すと、悠久ノカナタがハサミを手にして言った。
 客寄せパンダ様が、じっと悠久ノカナタを見つめる。
 悠久ノカナタが、手に取った一房の髪に、開いたハサミをあてた。
 じっと見つめる……。
 悠久ノカナタの手が止まった。
 見つめる……。
 動かない。
「パパパパパパ!!」
 悠久ノカナタが本気でないことを見抜いた客寄せパンダ様が、再び怒りを顕わにした。悠久ノカナタを踏みつぶそうと、その足を上げる。
「危ない、カナタ!」
 そのとき、横から飛び出した緋桜 ケイ(ひおう・けい)が、客寄せパンダ様の脇腹に貼りついた。
「笑え、笑ってくれ!」
 こしょこしょと、緋桜ケイが客寄せパンダ様の脇腹をくすぐった。
「パパパパパパ……」
「笑ったのか!?」
 緋桜ケイがそう思ったのも束の間、客寄せパンダ様が憤怒の形相をむけた。むんずと緋桜ケイをつかむと、思いっきり遠くへと投げ飛ばす。
「ケイ!? っ、油断したか」(V)
 唖然とする悠久ノカナタが、客寄せパンダ様の蹴った大量の土砂をもろに受けて生き埋めになった。
「パパパパパパ」
 客寄せパンダ様が、悠々とその場を後にする。
「大変だわ!」
 これ以上歌が効果がないと悟ったノーン・クリスタリアが、急いで悠久ノカナタを掘り出しに行った。