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地下水道に巣くうモノ

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地下水道に巣くうモノ

リアクション

 狭い地下水道といえども、いくつかの支流が集まっている一角は、割と余裕のある空間になっている。
 そこは安全とも言えるし、危険とも言えた。
 通路よりも多少は広さを生かした戦闘が出来るが、どこから襲われるか分からない。
 安全と危険が、より大きく交錯する地点だが、百合園の直下に行くには避けて通れない。
 さらに、このようにメデューサの近くまで来たならば、魔の瘴気に毒されたペットの凶暴化もかなりのものだと予想される。

 今、その空間に挑んでいる者達がいた。
「よくまあ、次から次へと――」
 光の翼をひるがえし、レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)が宙を舞う。
 相手にしているのは先程から至るところで救出隊を苦しめる、パラミタコブラの群れ。
 一匹ずつならそれほどでもないが、飛びかかってくるときのスピードは速く、集団だとかなり骨の折れる相手だ。
 レイスは足場から足場へと軽快に移動しながら、翼の剣で薙ぎ払い、空いた手で氷術を放つ。爬虫類ゆえに低温には弱く、次々と動かなくなっていくが、いかんせん数が多い。
 というより、餌の匂いを嗅ぎつけて、近くにいるペットたちが次々とここへ集まっているのではないかという感じだ。
 レイスの攻撃をすり抜けたコブラが、後方の神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)を狙いにいく。
「翡翠! そっち行ったぞ!」
「やれやれ……毒蛇を飼うのがステータスとは、いかにも貴族らしい」
 言いながら、コートの裏から銃を抜く。
 唸りを上げるマシンピストル。マズルフラッシュで壁が白く明滅する。
 翡翠に目を付けたコブラは、数秒で全滅した。
 立ちこめる硝煙を、手で払う翡翠。
「弾だってタダじゃないんですよ、まったく」
「っ!」
 翡翠に向かったコブラに一瞬目をやった隙に、毒牙がレイスの右足を掠めた。
 すんでのところで噛み付きをかわしたが、黄色い毒液と、レイスの血が石畳にしたたる。
(くそ、入っちまったか?)
「――レイス、油断は禁物ですよ」
 柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が後ろから歩み出て、レイスを退避させ、蛇の中心に火術を打ち込む。
 蛇の動きを止めて置いてから、レイスにキュアポイゾンをかける。
 一連の動きはまるで散歩でもするような、実に優雅なものだった。
「……助かったぜ、美鈴」
「それにしても、随分と凶暴ですわね」
 瞳と同じ色の、真っ赤なSPルージュを引き直し、美鈴はあきれたように言った。
 それにしてもこの場所、一向に敵の減る気配がない。
 倒しても倒しても、新手のペットやモンスターが登場する。
 その時。
 疲労が濃くなってきたレイスの背後から、フェンリルに随伴していた、刹那とアルミナが助太刀に来た。
「遅くなってすまぬの。……いけるか、アルミナ」
「う、うん!」
 アルミナはおもむろに、「恐れの歌」を歌い始めた。
 蛇の攻撃力が、たちまち削がれていくのが分かる。
 刹那はにこりと微笑むと、蛇に向けて長い袖を振った。
 それはゆっくりとした動きだったが、蛇の頭が次々とダガーの餌食になっていく。
「ひゅう! すげぇ腕だな、お嬢ちゃん!」
 レイスが口笛を吹きながら、凍てつく炎でコブラに止めを差した。
「お、お嬢ちゃん、とな」
 刹那は赤くなる。
 アルミナはもう、次の一群に目をやっている。
「よーし、次いこう! せっ……お嬢……」
「……お前は言わんでいいわ!」

   ◇

「ええ。ここはどうやら、ペットたちの餌場のようです」
 マッピングも大詰めの笹野朔夜が、パートナーの笹野 冬月(ささの・ふゆつき)に言う。
「こんな場所があるとは……。ぜひ撮影しておかねばなりませんね」
 そう言いつつ、朔夜は銃型HCを部屋の一角に向ける。
「朔夜、俺から離れるなよ――」
 冬月がその言葉を発した瞬間、水路から巨大な爬虫類が、いきなり牙を剥いて飛びだしてきた。
 下水に住むワニの一種、パラミタアリゲーターだ。
 ワニも貴族の間では良く飼われているため、生息数もかなり多い。
「うわあああっ!」
 朔夜は腕を狙われたが、何とか服の一部が破られるだけで済んだ。
 HCは運良く無事だったが、ワニはもう次の一撃に入ろうとしている。
「ちぃっ!」
 冬月は剣を納刀したまま、飛び出したワニの顎の下へ滑り込む。
 地面に腰を落としつつ、真下から刀の柄で、轟雷閃をたたき込んだ。ふりむきざま刀を抜くと、もうワニは力尽き、倒れている。
「す、すみません」
 朔夜が冬月に頭を下げる。
「……」
 冬月は黙って納刀する。
「でも、おかげで良い資料がとれました。地上に戻ったときに役に立ちそうです」
 死にそうな目にあったのに、もう平気な顔をしている。
 冬月は小言を言ってやろうかと思ったが、やめた。
 こんなに気の滅入る地下水道でも、自分の役目に忠実であろうとする朔夜を、今日だけは、長所とみなしておきたくなったのだった。

   ◇

「しかし、早くここを何とかしないとな。帰りも通る訳だし」
 翡翠と刹那たちが激戦を繰り広げる中、ショットガンを肩に担いだ冴弥 永夜(さえわたり・とおや)が現れる。
 一人だと見るや、あっという間にパラミタオオカミの群れに取り囲まれた。
「はぁ……」
 溜息をつく永夜。

 均衡を破り、正面の一匹が襲ってきた。
(やっぱり、やるのか)
 まるで無造作に、その額を撃ち抜く。
 それが切っ掛けとなり、雪崩のように襲ってくる狼。
 しかし、永夜は敵をろくに見もせず、次々に片付けていく。
 とりわけブラインドナイブスの切れは凄まじい。
 後ろで控えていたはずのオオカミも、片端から倒されていった。
 恐ろしいのは、どの敵も一瞬で絶命しているという点だ。
(悪く思わないでくれよ……というか、悪いのはお前らのご主人様だが……)
 端から見れば、相当に冷酷に見える彼の戦いだが、これはむしろ、苦しませたくないという心情からのものである。
 さしもの凶暴化したペットも、のこり数匹となったところで逃げていった。
 永夜はそれを追わない。
 
 だが、その数匹が目の前で何者かの攻撃を受け、壁に叩きつけられた。
「!?」
 闇の中に、光る目がいくつも浮かんでいる。
 あの光。明らかに猫科動物のものだ。
 しかし、大きい。遠目でも、小さい馬くらいの大きさがある。
「まさか、」
 永夜が驚く。目は、その長い犬歯に釘付けだ。
 パラミタサーベルタイガー。
 有史以前に消えたはずの動物が、今、目の前で獰猛な殺気を放っている。
 最初に現れたのは1匹だが、2、3とその数を増やしていた。
 一人でいけるか? いや、やるしかないか。
 永夜は覚悟を決めた。

「――そいつら、私たちに殺らせてくれないかな?」

 真後ろから聞こえた声に反応する前に、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が、先頭のサーベルタイガーの前に躍り出た。
 透乃の姿を見た永夜が、思わず息をのむ。
 一体、ここまでどんな戦闘をすれば、そうなるのだろう?
 返り血を浴びていない場所が見つからないほどだ。
 それは凝り固まり、もはやスカートとチューブトップの本当の色が定かでない。
 白い肌からは湯気が立ち上り、ブーツには一面に得体の知れない液体が飛び散っている。
 10匹や20匹殺したところで、このようになるはずがない。
「――はぁ、はぁ」
 すでに透乃の息は荒く、その度に、左手に燃えている炎が、ちらちらと明滅を繰り返した。
 しかしその表情には疲労の色は微塵もなく、笑顔さえ見て取れた。
「はぁ、はぁ、はぁ、……んんっ!」
 息を吸い、そして止める。色を明るくした炎が、握りしめた左拳の指の間から勢いよく溢れ出す。
 そのまま、サーベルタイガー目がけて突っ込んだ。
 交錯する。
 鈍い音がして、30センチはあろうかという長大な牙が宙に舞う。
 その牙に伸びる凶刃の鎖。持ち主は透乃の後方、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)である。
 鎖は生き物のようにうねり、牙は碇のように獣の背に突き立った。
 それを支点に胴体を絡め取る。
「封印、解凍――です」
 鎖に力を込めたまま、陽子の目がすっと細くなる。
 直後。
 獲物は空中に舞い上がり、恐ろしい速度で壁に叩きつけられた。
 一頭目を陽子に任せた透乃は、二頭目に照準を合わせる。
 透乃の殺気を認めた虎は、迷うことなく彼女の喉笛に喰らいついてきた。
 間一髪でかわす透乃。頬に血が滲む。
「へへ、楽しませてくれるじゃん!」
 すれ違いざまに足を掴み、へし折って一撃、ちぎり取って二撃。
 その隙に、後ろから新たな一頭が襲いかかる。
「……!」
 地面に倒れ込むようにしてかわす。
 ――と、落雷のような轟音が響きわたると、その虎は突然、稲妻を吐いて四散した。
 さらにその後ろに回り込んでいた月美 芽美(つきみ・めいみ)の右拳が、血と青い光をまとって、水路の壁をぱちぱちと照らしている。
「うふふ……危なかったんじゃない? 透乃ちゃん」
 しっとりと濡れた瞳で笑う芽美。
「そんなことないって! もう、全然余裕だったよ」
 そう言って立ち上がり、新たな鮮血に塗れながら、殺戮の主は餌場を睥睨する。
「……さあ、次はどいつ?」

 永夜は合点が行った。
 そうだ。こんな戦い方でもなければ、ああはならない。  
 それにしても。
「そこまで……やるか」
 思わず声に出してしまう。

「助けたりしたら、安心されちゃうもんね」
 透乃が呟く。
「こいつら、捨てられなければ、こんな殺され方はしなくて済んだ」
「……」
「ペットを捨てるっていうのはさ。途中でいきなり、死のうが生きようが知らないって突き放すことでしょ。そりゃないよね。命を預かったら、それの生死に関する責任も感情も、まるごと引き受けなきゃいけないんだよ。それを、全部放棄して、自分だけ楽になろうだなんて。卑怯者だよね」 

 永夜はここで気がついた。
 彼女は、ずっと怒っていたのだ、ということを。

「だから、捨てた人たちにも苦しんでもらうよ。何気なく捨てたのかもしれないけど、そのせいで、こうなる可能性を生んだってことを、教える」

 もはや周囲に動くものはない。
 この空間は「制圧」されたと言ってよかった。
 透乃たち3人は、再び次の獲物を求めて、闇に消えていった。

 永夜は長い時間――フェンリル隊がそこを通り過ぎてもなお、目を閉じてその場所に立っていた。