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3.百合園女学院推理研究会

 
 
「推理研をよろしくお願いしまーす」
 百合園女学院推理研究会のブースの前で、霧島 春美(きりしま・はるみ)は、勧誘チラシの束をかかえて叫んでいた。いかにも推理研だと一目で分かるように、腕には会のロゴ入り腕章をつけ、典型的なホームズのコスプレをしている。
「デュオ、蒼也さん、頑張ろうね」
 霧島春美が、一緒にビラ配りをしているディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)七尾 蒼也(ななお・そうや)にむかって言った。
 七尾蒼也は会員ではないが、パートナーのペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)が推理研に所属しているため、手伝いに来てくれている。
「とりあえず、オレの分は配り終えたぜ」
「わあ、もう配っちゃったんですか。凄いです。だったら、奧でゆっくり休んでください。ありがとうです」
 御礼を言って、霧島春美がぺこりと頭を下げた。
「じゃ、そうさせてもらうぜ」
 遠慮なく、七尾蒼也はブースの中へ引っ込んでいった。
「お疲れ様。お腹がすいたでしょ、これをどうぞ」
 なんで待ち構えていたブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が、七尾蒼也にハンバーガーを手渡した。
 ブースの中では、ペルディータ・マイナが、今まで百合園女学院推理研究会が手がけた事件のあらましをまとめたビデオを上映している。ハンバーガーは、それを視聴するお客様へのサービスだ。
「はい、どうぞこちらを」
 橘 舞(たちばな・まい)が、こちらは紅茶と薄焼きのパイを配っている。なんでも、ブリジット・パウエルの実家で売っているお菓子らしい。その名もカエルパイというちょっと恐ろしい物なのだが、別段、できあがりは普通のパイと変わりない物だった。
「名場面を編集してプロモを作りました。題して『Mは二度死ぬ』です」
 ペルディータ・マイナが、ビデオの説明をしていく。
 女装した男が刑事の殉職よろしく倒れるシーンに続いて、脈略もなく髪飾りを持って走り去る猿のアップになる。その背後では、洋館が炎上していた。カメラが空中からの俯瞰撮影に変わったかと思うと、急降下で藪に突っ込んでブラックアウトした。変わる場面ではヒーローショーで怪人が捕らえられ、結婚式が始まる……。
「これで、何をやってるのか、はたして伝わるのか!?」
 ペルディータ・マイナの編集したビデオに頭をかかえると、七尾蒼也はブースの外へと出ていった。
 今のところ百合園女学院推理研究会の展示は順調のようだ。部外者の七尾蒼也としては、今のうちに他のブースを見て回りたい。
「さてと、どこに行こうか……」
 もらったハンバーガーをぱくつきながら、七尾蒼也はメインストリートを歩いていった。何やら、コンテストやミニゲームなど、いろいろな出し物があるらしい。
「へえ、水族館みたいなのも……うっ!」
 突然、七尾蒼也が腹を押さえてその場にうずくまった。
「し、しまった……」
 なんとか携帯電話を取り出すと、ペルディータ・マイナの短縮ボタンを押した。
『やられた……助けてくれ。食べ……』
「どうしたの、蒼也! もしもし、もしもし!?」
 突然かかってきて途中でぷっつりと切れた電話に、ビデオが一区切りついて休みながらハンバーガーを食べていたペルディータ・マイナが驚いて叫んだ。
「どうしたんです、まさか事件?」
 ペルディータ・マイナの様子に気がついた霧島春美が、キラーンと瞳を輝かせた。シャーロキアンの血が騒ぐ。
「なんだか、『たべ』というダイニングメッセージを残して、蒼也が……」
 ペルディータ・マイナが、おろおろしながら答えた。まだ死んだと決まったわけではないし、それでは食堂メッセージだ。
「蒼也さんに何かあったのですね。推理研出動! ディオ、行くわよ!」
 ディオネア・マスキプラに声をかけた霧島春美が、ペルディータ・マイナと共にブースを飛び出していく。
「事件? もちろん私も行くわよ!」
 みんなの様子に、ブリジット・パウエルも飛び出していった。
「もう、みんなして飛び出していったら……」
 一人取り残されて出るに出られなくなった橘舞が、しかたなく留守番になる。
「それにしても、『たべ』ってなんのことかしら。方言? それとも、まさか……」
 そうつぶやくと、橘舞はブリジット・パウエルが配っていたハンバーガーの残りに目をやった。
 
    ★    ★    ★
 
「こ、これは……」
「嫌ー、蒼也ー!」
 人だかりができていたため、七尾蒼也はすぐに見つかった。あわてて助け起こそうとするペルディータ・マイナを、霧島春美が制する。
「現場の保存は鉄則よ。遺体には触らないように」
 まずは調べてからだと、霧島春美が言った。
「そ、そんな。あっ、あれれれれ……!?」
 興奮したせいか、ふうっとペルディータ・マイナも倒れて気を失う。
「きっとこれは強盗事件だわ。私がさっき蒼也にあげたカエルバーガーを奪おうとした何者かに襲われたに違いないわよ」
 現場に落ちていたカエルバーガーを見つけて、ブリジット・パウエルが言った。
「はあ、そういうことか。ディオ、二人にヒールを」
 事件の謎を解いた霧島春美が、ディオネア・マスキプラに言った。彼女にはすべて分かったらしい。とはいえ、この事件に謎が存在するならではあるが。
「バーガーと蒼也の仇は必ずとってあげるわ。推理研の名誉にかけて」
 とりあえず、自分の作ったハンバーガーの方を先に挙げて、ブリジット・パウエルが勝手に意気込んだ。
「ディオ、蒼也さん死んじゃったみたいよ、ほら、倒れちゃってる。これは殺人事件よ。犯人を見つけて逮捕しなきゃ、蒼也さんがお化けになっちゃうわよ?」
「そんなの怖いんだもん。ヒール、ヒール!」
 霧島春美に脅かされて、ディオネア・マスキプラが七尾蒼也たちが死んでしまわないようにと、立て続けにヒールをかけた。
「ねえ、春美、なんとか犯人を探してよ」
 すがるような目で、ディオネア・マスキプラが霧島春美に言う。
「え、私は今日はダメよ……。なんか頭が痛くて。ディオ、私のかわりにこの事件を解決して。いつも言ってるでしょ? 不可能を取り除いていって、残ったものがいくら奇抜であろうと真実だって。さあ、推理してみて。ディオなら分かるわ、きっと」
「分かった。ボク推理してみる。えっと、あの人が犯人だ。だって、格好がおかしいもん。きっと悪者だよ」
 ディオネア・マスキプラが、パワードスーツの上にメイド服を着て呼び込みを続けているエヴァルト・マルトリッツを指さして言った。
「外れよ」
「え? 違うの……。あーん、分かんないし死んじゃったら嫌だよぉー。わあぁーん」
 泣きだすディオネア・マスキプラのそばで、ペルディータ・マイナがむくりと起きあがった。
「ううっ、なんだかまだお腹が……。はっ、蒼也さん、大丈夫ですか!?」
 ペルディータ・マイナが、力任せに七尾蒼也を起こしてブンブンとゆさぶった。
「うげげげげ、よせ、吐く、吐くぞ!」
 息を吹き返した七尾蒼也が、真っ青な顔で叫んだ。
「わーい、よかったぁ」
 喜んだディオネア・マスキプラが、あらためてヒールをかける。
「しかたないわねえ。謎解きはこうよ。手口は毒殺、凶器はこのハンバーガー、そして、犯人は……」
 霧島春美は、ビシッとブリジット・パウエルを指さした。