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    ★    ★    ★
 
 鬼畜レベルは、古びた町の裏通りのセットだ。
「そこのキミ、助け……ぎゃあ」
 アレックス・キャッツアイに助けを求めようとした町娘役の雷獣 鵺(らいじゅう・ぬえ)が、シューティングスター☆彡の直撃を頭に受けて、でっかいコブを作りながらばったりと倒れた。
「ううっ、ここまでとは聞いてない……」
 そのまま大の字になって雷獣鵺が気絶する。
「ほーっほほほほほ! 痛いだろう。この私のリリカル・リーサル・ジェノサイド! から逃げられると思っていたのですか。さあ、次はあなたの番ですわ。おいでなさい、オルガナート・グリューエント(おるがなーと・ぐりゅーえんと)!」(V)
 ラスボスの闇の魔法少女と化した伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)が、オルガナート・グリューエントを呼んだ。
「はい、今行くよー!」
「変身!」
 伊吹藤乃が叫んだ。駆け寄ってくるグリーンのゴシックドレスを着たオルガナート・グリューエントの身体が、激しい葉擦れの音をたてて一瞬無数の木の葉に変化し、伊吹藤乃の身体の各部に集まって魔鎧に変化して……いく途中で、アレックス・キャッツアイが会心の跳び蹴りを伊吹藤乃の顔面に見舞った。
「きゃあ、お、乙女の顔に……な、なんていう……攻撃を……」
 レース飾りのついた漆黒の鎧を纏った伊吹藤乃が、その格好のまま吹っ飛ばされてバタンキューする。
「はあはあ、さすがに余裕ないッス。悪に、情けは無用ッスから」
 肩で息しながら、アレックス・キャッツアイが答えた。
「わ、私を……倒したからと言って……。まだ、あの扉のむこうに……あのお方が……」
 伊吹藤乃が、隠し扉を指し示して言った。
「おっ、隠しモードの真のボス登場ッスね。やってやるッス!」
 意気揚々と、アレックス・キャッツアイがその扉の中に入っていき、律儀に扉を閉めた。
「藤乃、大丈夫!?」
 人型に戻ったオルガナート・グリューエントが、倒れたままの伊吹藤乃に駆け寄った。
「か、顔が、痛いじゃないか……がくっ」(V)
「きゃあ、しっかりして」
 あわてて伊吹藤乃をゆさぶるオルガナート・グリューエントの背後に、忍びよる影があった。
 バキッ♪
 ガン!
 ゴン!!
 
    ★    ★    ★
 
「さあ、出てこい、悪の大魔王。僕が相手ッス!」
 ついに隠しモードにまで辿り着いたアレックス・キャッツアイが、大声で叫んだ。まだまだ、やる気満々だ。
「よ゛く゛も゛お゛姉゛ち゛ゃ゛ん゛を゛……。許゛さ゛な゛い゛。う゛る゛と゛ら゛☆゛い゛ち゛ご゛ち゛ゃ゛ん゛ぱ゛に゛っ゛く゛!!」
 パートナーである志方綾乃を倒されたと知って、仲良 いちご(なかよし・いちご)が逞しい腕で思いっきりアレックス・キャッツアイをだきしめた。
「うぎゃああぁぁぁッス」
 あばらをボキボキ言わせて、アレックス・キャッツアイが悲鳴をあげた。
「だ゛き゛し゛め゛て゛あ゛げ゛る゛。ち゛ゅ゛う゛〜♪」(V)
 そのまま仲良いちごに押し倒されて、濃厚なアリスキッスをもらい、ついにアレックス・キャッツアイは倒れた。
 
    ★    ★    ★
 
「面白かったですぅ」
 ずるずると使い込んだ野球のバットを引きずりながら、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)たちが冒険屋のブースから出てきた。
「うん、また後でもう一度寄ろうよ」
 実に楽しそうにセシリア・ライト(せしりあ・らいと)も同意する。
「でも、一応クリアしてしまったみたいですし、モンスターももう生き残ってはいないでしょうから、もっと他のブースを見てみませんか?」
 充分満足したのか、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が提案する。さすがに、隠しモードには三人とも気づかなかったようだ。
 そんな三人とすれ違ったレン・オズワルドは、ちょっと嫌な予感にサングラスの奧で片眉を上げた。
「みんな、頑張ってるー?」
 本能的に身構えるレン・オズワルドとは対照的に、ノア・セイブレムはうきうきと冒険屋のブースに入っていった。
「えっ、これ、どうしたの!?」
 雷獣鵺を始めとして、死屍累々と気絶したメンバーがならべて寝かされている控え室を見て、ノア・セイブレムが驚いてヴァル・ゴライオンに問いただした。モンスター役で元気なのは、仲良いちごだけのようだ。
「それがだなあ……」
 ちょっと困ったようにヴァル・ゴライオンが説明する。
「みんな、手加減しなくちゃだめですよー」
 話を聞いたノア・セイブレムが注意した。どうにも、お互いについつい本気が出て、戦いがエスカレートしてしまったのだろう。詳しいことは、みんなが意識を取り戻してから聞くしかないが、やはり、企画からして冒険がすぎたらしい。
「治療費とか、諸々の経費を計算すると……」
 神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)が、パチパチとそろばんを弾く。
「赤字であるな」
「ええーっ」
 その言葉に、ノア・セイブレムががっくりと肩を落とす。
「やはり、帝王学部としてのブースの方を出すべきではなかったのではないかな」
 この程度の出し物も仕切れないのではしょうがないと、神拳ゼミナーが、ヴァル・ゴライオンに耳打ちした。
「そう言ってくれるな。帝王への道は、一日にして成らず……さ」
 こんなこともあるさと、ヴァル・ゴライオンが肩をすくめてみせた。
「大丈夫、この穴埋めはレンさんにサングラスで払ってもらいますから、みなさんは引き続き自由に頑張ってください」
「えっ」
 ノア・セイブレムの言葉に、なんで自分にしわ寄せがとレン・オズワルドが焦る。
「心配しなくても、『体験! 空大冒険王!!』の方は、水心子緋雨さんと天津麻羅さんのパラミタペンギンさんたちがモンスター役をやっていますから」
 喫茶の方でギター演奏をしていたテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)が、現状報告に来て言った。
「それならいいが……」
「大丈夫。ですよ、だって、あのみなさんですから」
 まだ心配するレン・オズワルドを安心させるように言うと、テスラ・マグメルはまた店内弾き語りに戻っていった。
「これはいかがでしょうか」(V)
 サバイバル喫茶では、ルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)が、串に刺したパラミタ猪の肉をよいしょっと運んでいる。事前に裏方として、テスラ・マグメルが下ごしらえをしておいたものだ。
 なんとか、サバイバル喫茶も、仮想冒険の方も、回ってはいるらしい。
「お待ちどおさまです」
 テントの中に積みあげた薪の上の支柱に、ルルーゼ・ルファインドがパラミタ猪をセットする。
「いやあ、豪快よね。こういうの好きだなあ」
 サンドラ・キャッツアイに薪の火をつけてもらいながら、シルフィスティ・ロスヴァイセが言った。アレックス・キャッツアイがクリアした鬼畜モードの商品のお食事券で追加注文したものだ。
 サバイバル喫茶としては、こうしたワイルドなメニューの方がメインらしい。
「まったく、ふがいない。目を覚ましたら、後で特訓よね」
 仲良いちごちゃんの強烈なスキンシップで泡を吹いて倒れたままのアレックス・キャッツアイを見下ろして、リカイン・フェルマータが言った。
「じゃあ、私たちはまだ他を見て回りますから、引き続きお願いしますね」
「おう、任せろ。トラブルもまた楽しき冒険だ。それを乗り越えてこそ、冒険屋ギルドのメンバーってもんだからな」
 ノア・セイブレムに言われて、ヴァル・ゴライオンが任せとけと胸を張った。
「やれやれ、本当に大丈夫なんかね」
 ブースを後にしたレン・オズワルドが、前を歩く小柄なノア・セイブレムに言った。
「できます」
 きっぱりとノア・セイブレムが答える。
「普段仕事であちこちを飛び回っている人たちですから、こうして集まれる機会っていうのはとても少ないんです。でも、だからこそ、みんな一所懸命に力を合わせてくれている。それでできないことなんてないはずです」
「ああ、そうだな。奴らなら大丈夫だ」
 ノア・セイブレムの言葉に、レン・オズワルドがうなずいた。
「私、皆に会えて本当によかった。それだけで満足です!!」
 クルリとレン・オズワルドの方を振り返ると、ノア・セイブレムが嬉しそうに言った。