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リアクション
第六章 後宮のある街
やれやれだぜ。だが悪くない。うちのとびきりのサービスを提供してやろう。九条ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)(ダークサイズ本拠地・カリペロニア要塞化計画の巻)
「あなたなら素敵な花嫁になれるわ。私たちと一緒に玉の輿を目指しましょうよ」
「自分は渡り鳥で、風来坊さ。お嬢さん、ヘタに手をだしたら、火傷するぜ」
「あなたっておもしろい子ねえ。ねえ、今晩、あたし、予約がはいってないの。あなた、お客としてあたしを買わない? もっと仲良くしたいわ。でも、最初の夜は、おしゃべりだけよ」
「頼まれると断れねぇしな。おっ、っとっと、そいつはいけねぇ。俺に抱かれると不幸になるぜ」
「なに言ってんの。フフフフ。抱くのは、こっち」
「そうですか。お気持ちはいただいときます。自分は、不器用ですから」
「それ、昔の俳優さんのマネね。きゃっきゃ」
「あ。バレました。ジャパニーズハードボイルドヒーローのKENさんのセリフなんですけど。いやあ、ハードボイルドって難しいッすね。これ、シュガレットチョコですけど、食べますか」
ロゼが女たちにチョコを配りはじめた。
ドアホが。
高級娼婦に口説かれて、はしゃいでやがる。
オレは、シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)。種族は悪魔だ。パートナーは、九条ジェライザ・ローズ、お気楽な優男にしかみえないバカ女。
なんだか知らねぇが、そのロゼが、今日は、ハードボイルドに決めるとか言って、いつもよりもさらにわけのわかんねぇことばかり言ってるぜ。
女たちとの会話は、とっくに軌道を外れて、当初の目的とはまるで違う方向へ進んでるし。
しょうがねえ、オレが修正してやるか。
「おい。てめら、オレたちはな、遊びにきたんじゃねえんだよ。てめら、アンベール男爵を知ってるだろ」
「待て待てシン。単刀直入すぎるぞ。ここは彼女たちのフィールドなのだから、そちらの流儀にあわせて序々に話をすすめた方がスマートだろう」
「ロゼは、流されすぎなんだよ。おい。なに笑ってんだ。オレたちがおかしいのか」
「自分でわかってるなら、ヤボなこと言わないの。ロゼちゃんもいいけど、きみもかわいいわよ。この色街のペットにならない」
「優しく仕込んであげるわよ」
メイクをし、着飾った娼婦たちは、気品も華やかさも備わっていて、まるで、女優か名家の令嬢、夫人みたいだ。
もっとも、こいつらのほとんどが男爵に沈められた、元令嬢なんだから当然か。
ここはマジェスティック一の超高級娼館、その名も「後宮」だ。
「後宮」の娼婦たちは、娼婦といっても、特定の客のめかけのような立場の者も多いし、身請けされたり、嫁として客に嫁いでいく者もいる。
客もマジェのみならず、パラミタの全土の資産家や名士がやってくる豪華さだ。
オレはアンベール男爵について調べるうちに、ここにたどりついた。
男爵の過去の恋人、婚約者、妻が何人も働いているこの娼館にロゼと聞き込みにきたんだ。
だが、想像していたのとなんか雰囲気が違うよな。
みんなきれいで、艶やかで、明るく、陽気なんだけど、これは営業用の姿なのか?
オレは、女はよくわかねえんだよ。
オレはロゼの耳を引っ張った。
「おまえ、女なんだから、こいつらの気持ちがわかるだろ。
こいつらの本心をうまく聞きだせよ」
「自分はさすがに恋人に捨てられて、娼婦になった経験はないからな。
彼女たちの気持ちがわかるとは、言い切れんぞ」
自信なさげに小声でこたえやがって。
ったく、頼りになんねえな。
「ねえねえ、あなたたち、男爵様の話を聞きたいようだけれども、あたしたちはみんな、いまでも彼のファンなのよ」
娼婦の一人がそう言うと、他の娼婦たちもみんな笑い崩れた。
「正直に話してしまうと、自分は、男爵の過去を調べて、彼と特に深い関係のあったきみたちに会いにきたんだ。
一緒にきたニトロは、まあ、あの通りだが。
知っていると思うけど、男爵はいまはテレーズ嬢と婚約している、自分は、彼女の力になりたくて」
ようやくロゼがまともに話しはじめたぜ。
男爵の過去の女遍歴を調べてやったのは、俺だけどな。
「テレーズなら知ってる。
あたし、学院のクラスメイトだったのよ。
彼女は、女王様の中の女王様だから」
「顔も頭もいいけど自分に酔ってる感じよね。
私もお父様のお仕事の関係で、何回かあの子の一族のパーティに招かれたわ。
あの子は、昔からああだったから、男爵様が心配ね」
「そうねえ、テレーズ相手だと男爵様が大変かも。
ヒロインは、私よ! だから」
「ああいう、なに考えてるかわかんないタイプの女が一番男を困らせるのよねえ。
男どもはバカだからあれがかわいくみえるんでしょうけど、あんなの計算ずくに決まってるって」
「男爵様も今回は、ババを引いちゃったかもね」
「みなさん、テレーズちゃんの悪口言ってると、おそろしいめにあうわよ。
あそこのお家は、ね、でしょ。
ほどほどにしましょう。
さすがのあの子も、直接、ここまではこないでしょうけど。住む世界が違うものね。
でも、マジェの中じゃ、どこまであの女の息がかかってるかわかんないわよ」
上流階級出身者ばかりだけあって、娼婦たちはみんな個人的にテレーズを知っているらしい。
テレーズよりも、男爵を心配する声があがっているのは、女の嫉妬か。
「テレーズ嬢に腹が立つのはかわるけど、いまの彼女は以前のあなたたちと同じ立場にいるんじゃないのかな。
あなたたちは、男爵がいまでも気になるのか?
あなたたちは魅力的だよ。
だから、男爵よりもっともっと良い男があなたを好きになるかもしれないぞ?
自分を捨てた男なんかよ、忘れちまえよ」
「きゃー。ロゼちゃんはあたしたちをかわいがって、男爵様を忘れさせてくれちゃうって」
「男爵様の代わりは、大変よう。これから一生、私たちの面倒みなくちゃいけないのよ」
カッコつけて着てきた黒のトレンチコートを女たちに引っ張られて、ロゼは身動きが取れなくなってる。
そのまま、ずるずると「後宮」の奥へ連れ込まれていく。
「シン。せめて、ブーツは脱がせてくれっ」
連行されていくロゼの情けねぇ叫びを聞きながら、俺はため息をついた。
クソ。
女相手に手もだせねぇし、見捨てて帰るわけにもいかねぇしな。
それは・・・私たちに知られたら困るようなことだろう。 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)(誘う妖しき音色)
ニトロの野郎、ボスとオレにちょっかいだしてくるんで、引っぱたいてやったぜ。
だいたい、ロックスターのニトロなんて聞いたことねぇよ。
売れてないんじゃん?
マジェ限定にしても、有名じゃなさすぎだろ。
教導団じゃ誰も知らないと思うぜ。
オレのボスはクレア・シュミット。
教導団所属で西シャンバラ・ロイヤルガードだ。
ニトロみてえな口だけ男とは正反対の硬派な人だよ。いつも冷静だしな。
オレはボスのパートナーで、エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)。
こうして話してるとだいたい性格はわかるだろ。
そんな感じだ。
さっき、ニトロのバカがオレの赤毛の髪をさわってきやがってさ。
「レディ。
きみはグリーンゲーブルスに住んでそうだね。
演劇と桜の木は好きかい?」
って聞いてきたんだ。
なんだ、そりゃ。
ナンパにしても、意味わからなすぎだろ。
オレもボスも教導団のバリバリの筋金入りで、同じ女でもニトロが普段、遊んでるようなやつらとは、違うんだよ。くにゃくにゃしてねぇつぅーの。
ボスににらまれて、オレに叩かれても当然の報いだぜ。
ニトロや桃色髪のバカ野郎たちと別れて、ボスが娼館に入っていく時も、あいつら、「クレアさんは、あっちの趣味か。なるほど」って、頷きあってやがった。
違げえよ。
聞き込みに決まってんだろ。
ボスは下調べしてきて、男爵との過去がある女の中で、犯罪事件と関係のありそうな女をピックアップしてきたんだよ。
いまは娼婦をしているその女たちに会いにきたんだ。
女の家の破産は、男爵の詐欺によるものじゃないか、とか。
女を利用して、男爵は女の一族の会社の金を横領したんじゃないか、とかな。
証言を集めて、男爵の犯罪の尻尾をつかむ気らしい。
九条たちも娼館をまわってるけど、あいつらは高級娼館で、オレらはもっと普通? の店だ。
しかし、娼館のはしごなんて、まさかオレもするとは思ってなかったぜ。
「あなたもなにも話してくれないのか。
まったく、なにもしていないというのに、女遊びで破産してしまいそうだな」
今度の女もカラ振りらしくて、ボスは自嘲気味に笑ってる。
聞き込みなのに、ボスは一軒一軒、娼館に客として入って金を払って女たちを指名している。
こちらの都合を押しつけるのではなく、相手の立場を尊重するんだってさ。
客の相手をすると思って部屋にきた女は、ボスに、
「私はあなたになにもする気はない。話を聞かせてくれないか」
って語りかけられるわけだ。
お姉さん、男前だね。とか、はじめは愛想よくしている女も話が男爵の犯罪の話題になると、だんだん口が重くなる。
みんな、しまいには、もうやめてだの、ごめんなさい、帰ってくださいだの、言うんだ。
今日のオレは、そんな場面を繰り返しみてて、あきちまったよ。
「さて、次の店に行くか。
エイミー、眠そうだな。
退屈か」
「ああ。つうかさ。
アンベールのやつ、犯罪者としては、痕跡残しまくりの二流くさいのに、被害にあった女たちにいまもこんなに想われてるなんて、よっぽど、スゴ腕の女たらしなんだな」
「彼女たちの口を閉ざしているのは、思慕か、恐怖か、どちらなのだろうな。
私は、彼女たちの想いに口を挟むつもりはない。
ただ、男爵が犯罪を犯しているのなら、これだけ公然と噂になっているのだし、放っておくのはよくはないだろう」
「本人しめあげて吐かせた方が早くね?」
「会ってみれば、それなりに魅力的な人物だというのは、これまでの彼女たちの話からも想像がつく。
私を相手にしても紳士的にもてなしてくれるだろうな。
彼の人となりではなく、犯してきた罪を知りたいのだよ」
「男爵様の罪をあなたは、裁きたいのですか?」
ベットに腰かけ、オレとボスの話を聞いていた娼婦の姉ちゃん、リサとかいったな、がたずねてきた。
「過去の罪を裁くのではなく、新たな罪を犯させたくはないと思っているのだが」
「男爵様のなにがいけないのです」
「財産奪って、女を色街に沈めりゃ、悪いだろ。
普通。
死んでる女もいるんだぜ」
オレはつい言っちまった。
娼婦どもはどいつもこいつも、男爵に甘々なんだよ。
「私は、私たちは、幸せです。
信じてください!」
「あなたたちが本気でそう思っているらしいのは、話していて私もわかった。
私は、あなたの言葉を疑いはしない」
「あなたがここにくるのは、他のお店にいるお友達から連絡をもらって知っていました。
教導団の人がくるけど、なにも言わずにいよう、みんなで男爵様を守ろうって」
「あなたたちが、私から彼を守るのか」
「ええ。
男爵様は私たちのために、いいえ、マジェスティック、パラミタのために戦っておられるんです」
「彼の、その戦いを邪魔しないと約束したら、彼がなにと戦っているのか教えてくれるか。
あなたは、私の言葉では信用できないか」
ボスにきかれて、リサは口を閉じた。
沈黙が続く。
やがて、リサはつぶやいた。
「あなたに話したのが知られたら、私は、殺されるかもしれません」
「私のせいで狙われるのなら、私が、あなたの身を守ろう」
「本当に、守ってくださいね。男爵様の邪魔をしないでくださいね」
「ああ」
ボスが頷いて、リサは男爵の敵の名前を告げた。
「美しい」って言葉の意味を知ってるかい?
こっちをごらん。僕がその意味さ。山田桃太郎(やまだ・ももたろう)
ぶっちゅう〜!
あたしの目の前で、ニトロと山田桃太郎が今日、何度めかのキスをしてる。
もう、怒る気にもならねぇよ。
ロックって、こんなだっけ。
あたしはアンナ・ドローニン(あんな・どろーにん)。相棒のバカ太郎とマジェにきたら、バカがニトロとひかれあっちまって。
バカ太郎はピンクの長髪が目印の、あぁ! 僕はなんて美しいんだ! 君もそう思うだろうアーニャ! のナルシストだ。しょっ中、裸でいるんで目印は裸かもな。
ニトロは、マジェのロックスターってふれこみだけど、あたしの見たとこ、金髪のショート、鋭い緑の目、Tシャツに皮ジャンの軟弱そうなチンピラだ。
こいつら二人とも、口を開くと美学とかLOVEとか、ベイべーとかうるせーんだよ。
二人揃うとうるささ何十倍だぞ。
「やあ、花の街のお嬢さんたち、ボクらと一緒にロックしようぜ!」
「ヘイヘイヘイ。レディーズ&おとっあん&お嬢ちゃん。
俺の新しい相棒を紹介するぜ。
ネクター山田だ。
モモって呼んでくれ。よろしくな」
「ピロピロピロピロ。きみらの心を潤すネクターさ。
みんな、ボクをみて幸せになってくれ」
ニトロがギターをかき鳴らし、山田がリコーダー! を吹き鳴らす。
山田のやつ、なんでリコーダー持ってんだ。
あいつ、ロックなんて知らないだろ。
それと、やっぱり、二人とも上半身裸。
聞き込みにきたはずなのに、九条とシン、クレアとエイミー、レキとミア、クロスに愛想をつかされて、取り残されたニトロと山田は路上ライブをはじめやがった。
客がいようといまいとやたらテンションが高いし、見てくれはそれなりの男二人だから、人目はひくだろ。
ニトロと山田のまわりには、からかい半分で集まった娼婦たちで人の輪ができちまった。
側までこなくても、娼館の窓からのぞいてる女も大勢いる。
「ニトロー。ルディは捨てたの? ハハハハハハ」
「ここであんまし騒いでてると、街ごとルディに火つけられるわよ。神の怒りだってね」
「ネクター。こっち、むいて。
ほんとにいい男ね。
後で遊びにおいで」
ギャラリーの声援を受けて二人はノリノリだ。
「てめえら、愛しあってるか。
人間、生きてりゃいろいろあるさ。
こまけぇこたあおいといて、ぱあーっとやろうぜ。
な、兄弟」
「そうだね。
つらい過去を振り返えるために今日があるわけじゃないのさ。
いまを楽しく、美しく生きるのは、ボクは、女性の使命だと思うよ。
ヒャッホー」
キヤアアアア。
「ネクター。殺してええ」
山田の投げキッスでこんなに喜んでくれる連中がいるのは、パラミタでもここだけだと思うぜ。
アンベール男爵とかテレーズとか、どうでもよくなってるだろ。
バカ野郎ども。
「おい、ニトロ。ForetNoireのFreesiaやるぞ。できるな」
突然、ギターを持った黒スーツの女が、二人の間に乱入したきた。
あいつ、見たことあんな。
ForetNoire?
あのロックバンドのForetNoireか。
知ってるぞ。
ニトロよりは全然、有名だ。
くらべちゃ悪いくらいにな。
あの女、ForetNoireのヴォーカルの。
かわいい顔して渋い声をだす、
「ニトロのつれの呂布奉先(りょふ・ほうせん)だ。
盛り上がってるな。
今夜のライブの前に、俺も歌わせてもらうぜ!」
ニトロと呂布がギターを演奏し、呂布は歌も歌う。
山田はニトロの横で踊りながら、リコーダー吹いてるよ。
ぎゃやああああああああああああ。
女たちの歓声が本気モードになった。
ForetNoireはカッコイイ女の子バンドとして、一部ですごく人気があるからな。
観衆の女たちが呂布と合唱しはじめた。山田も客をあおりながら、歌ってる。
この場所にいる人間が全員一体になってる感じで、すごく雰囲気がいい。あたしも歌うとするか。
ニトロと山田に本来の仕事をさせるのは、少し後回しだぜ。
ボクは……向日葵?
ああ。わらわにとっては太陽のようなものじゃ。闇に住まう魔女が太陽に憧れるなど可笑しな話じゃがな。 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)&ミア・マハ(みあ・まは)(【サルヴィン川花火大会】花火師募集!?)
私たちが出会った女性は、アンベール男爵に時の力だけでは癒せぬ傷を心につけられた人でした。
レキ・フォートアウフさんとミア・マハさん、それに私、クロス・クロノス(くろす・くろのす)の三人は、歌ったり、騒いだりしているニトロさんたちと別れ、女郎街へ聞き込みにきました。
驚くべきことに、この街にはかって男爵と関係のあった女の人たちが、娼婦として何人も働いているというのです。
その人数は両手両足でも数えきれないほどだそうで、そんな話をきくと私はあきれ、悲しくなってしまいます。
記憶喪失で自分の本当の名前さえ思い出せず、過去がないという理由で、過去に一切とらわれない私は、男爵に気持ちを踏みにじられた過去に捕らわれ、つらい現在を送っているであろう彼女を癒してあげたいと思います。
「あなたたちになら、私の気持ちをわかってくれると思って。
他の人たちは男爵に感謝したり、いまでもあいつをしたっているやついるけど、私は、あの男を絶対に許さないわ。殺してやりたい」
涙を流し、怒りを訴えるのは、ミキさんです。
愛らしい顔、かわいいドレスを着ているので、幼くみえますが、話してみると、大人の女性です。
彼女は自分が住み込みで働いている娼館の仲間たちが、聞き込み調査にきた人に、男爵のことをよく言っているのを聞いているのが我慢できなくなって、店を飛びだしてきたそうです。
道を歩いた私たちは、道端で大泣きしている彼女が気にかかり、声をかけたのでした。
はじめに話かけたのは、ポニーテールの似合う、男勝りの元気な女の子のレキさんです。
「キミ。どうしたの。手助けが必要なら教えてよ」
「いいの。放っておいて」
「ここは女の子が一人で道で泣いていたら、つけこむ男が山ほどいる場所だと思うよ。
放っとけないよ」
「そうじゃ。
レキもわらわもクロスもそなたの話を聞くぞ。
なんなりと話してみろ」
レキさんのパートナーの魔女っこお婆ちゃんのミアさんも、優しくなだめました。
「私はこの街の女なの。
あんたたち普通の子とは違うのよ。
私がどうなろうと、関係ないでしょ。どっか行きなさいよ」
彼女に怒鳴られても、レキさんはあきらめません。
「気分を損ねたんだったら、ごめんね。
じゃ、なにも言わないからボクは、キミが元気になるまでここにいるよ。
いさせてよ」
「わらわもじゃ」
「私もです」
というわけで、ミキさんをふくめた私たち四人は、並んで路地の壁に背中をあずけて、ぼんやりと彼女が泣きやむのを待ったのでした。
しばらくして、泣きやんだミキさんは、私たちに謝ってから、自分の身の上を話してくれました。
「私が、あの男を許せないのは、あの男は私から子供まで取り上げて、どこかにやってしまったの。
私の息子は、いま頃」
「それはひどすぎるよね。
ミキさんの息子さんは、いま男爵のところにいるのかな」
レキさんはすぐにも取り戻しに行きそうな感じです。
「たぶん、いないわ。
私の家は破産して一家はバラバラ。
私は後宮に入れられて。生まれたばかりだった坊やは、男爵の部下たちが連れていってしまった。
男爵は、私に、なにもなかったことにして、ここで幸せに生きる道を探せって」
「ひどいよ。
身勝手だよ。
ボクは、ミキさんを味方するよ」
「私もミキさんの立場に同情します。
うらみを持つのも当然かと思います。
あなたのお子さんなのだから、最低でも、母親が会う権利はあるはずです」
「ミキの怒りはもっともじゃとわらわも思う。
自分をそんなめにあわせたやつが誉められていては、腹も煮えくりかえるじゃろう。
うーむ。しかし、その子を取り戻すにしても、どこにいるかも、置かれている境遇さえわからんのではな」
「ありがとう。みなさん。私のまわりの子たちは、男爵は私たちに人生のやり直しのチャンスを与えてくれたんだ。
ここでいい御主人様をみつけて、新しい人生を送るんだ、って子も多いの。
けど、私は、あの子のことは忘れられない」
彼女の気持ちは、私にもじゅうぶん理解できました。
男爵が深い仲の女性が妊娠すると必ず子供を堕させる、という噂はきいてましたが、もし、生んでしまった場合は取り上げてしまうのですね。
女性に憎まれて当たり前でしょう。
「しかし、レキもクロスもあまり熱くなりすぎるなよ」
「ミキさんは間違ってない。被害者だよ。
ボクはミキさんを助けたいよ」
「私も手伝います」
「やり方を考えんと、そなたらが悪者になってしまうぞ。
まずは、テレーズにこれを知らせるとか、他にも同じめにあっている女性と協力するとかだな」
年長者だけあって、ミアさんは落ち着いています。
「いい話を聞かせてもらった気がするね☆
キミたち、百合園女学院推理研究会とヤードの計画に乱入しない?」
右が瑠璃、左が緋色の瞳をした純白のドレスの少女が、いたずらっぽい表情で私たちに近寄ってきました。
「ボクはロキ。
我はウォーデン・オーディルじゃ。
二人で一つの解離性人格障害なんだ。
つまり同時性の二重人格者なのじゃ。
よろしくね」
マジェスティックだね。そのうち来たいとは、思ってたんだ。みんなで来れてよかったよ。シオンも一緒だしね。
その名前を強調せんでもよかろう。我は推理研の仲間たちとテレーズの婚礼をだな、
恥ずかしがらなくてもいいじゃん。キライ、キライもスキのうちだよ。スキとキライは根は同じらしいし。アハハ。そうだ。テレーズ嬢にはこれを教えてあげよう!
だから、我はシオンを、スキともキライとも言っとらんのに、同じも違うもあるのか。ウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)
百合園女学院推理研究会というサークルがあるんです。
今回のアンベール男爵とテレーズ嬢の結婚の一件では、その推理研から会員、関係者総勢十五人がマジェスティックにきているんですが、青いドレスのめい探偵の令嬢、シャーロキアンの魔法少女、映画少年、ニセ刑事と角ウサギに改造警察犬と、個性豊かなメンバーで、その中に私、背の高いくらしか特徴のないメガネ男、月詠司もいるわけです。
三人のパートナーと一緒にですよ。
推理研のブリジット代表に言わせれば、私なんか、「月詠司(つくよみ・つかさ)? 誰それ、知らないわ」です。たぶん。
探偵趣味があるのは、パートナーのウォーデン・オーディルーロキさんで、私や他のパートナーたち、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)さんやパラケルスス・ボムバストゥスパラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)さんは、彼ら(ウォーデン・オーディルーロキさんは、二人で一人です)に引っ張られてマジェにきたんです。
だから自主的にやりたいこともこれといってなかったんですが、推理研の会議で(以下、ウォーデン・オーディルーロキさんに聞いた会議の内容です)、
ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)(代表)「マジェスティックには、舞の前夫とその子分たちがいるのよ。
つまり私の親戚みたいなものよね。
あの子たちからの情報なんだけど、ジェイダス観世院の写真を教会に飾ってるようなイカれた神父が、やばい話にかかわってるみたいね」
ペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)(映画少年の助手)「その話なら私も聞きました。
アンベール男爵とテレーズさんの結婚ですよね。
お互いに好き同士なら、応援してあげたいですけど」
ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)(角うさぎ)「事件は事件でも少年探偵のとは違って、大人っぽい事件だよね。
こういうの、なんて言ったけ。
そうだ、ハーレクインだよ。
情熱的な愛の炎が燃え上がったり、意志の強そうな四角い顎の、胸毛のマッチョ男性がモテモテだったりするんだよね。
推理研も、このテの事件用にマッチョなダンディに入ってもらおうよ。
え? 違う? ふうーん。お手上げだぜ、ガッデム」
ウォーデン・オーディルーロキ(二重人格)「マジェでみんなで遊ぶいい機会じゃん。
そうではないと思うが。
神父はマザコンで、その兄貴がエセロッカーで、パートナーが男装ツンデレだよね。どれをからかおうか?
だから、事件はどうした」
マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)(ニセ刑事)「みんな、聞いてくれ。
俺は今回の事件でも刑事として動くつもりだが、実は、アンベール男爵に関しては、彼が地球にいた頃から、ロンドンのスコットランドヤードが目をつけていたんだ。
彼は、ヤードに勤務している俺の父が追っていた相手だ。
俺は、父にかわってマジェスティックで彼を捕らえたい。ジャスティシアとして。
そのために、みんなの力を貸して欲しい」
みんなでマイトくんに協力することになりましてね。
手分けをして男爵を捕まえるために動いているんですよ。
私のパートナーの三人は男爵の悪事の証拠をつかむために、彼と過去に関係のあった女性たちに、聞き込みをしているのですが、そろそろ成果がではじめたようですね。
報告が集まってきました。
着信は、まず、シオンさんから。
「襲撃要員は集まったわよ。ツカサ」
「あの、シオンさん。襲撃とはどういう意味ですか?」
吸血鬼のシオンさんは、引っ込み思案(=腹黒)で夢見がち(=妄想癖)なお姉さんで、私にはどうも手に余ることが多くてですね、なにを考えているか、わからない部分が多々ありまして。
「話をきいただけじゃつまんないでしょ。
まだまだ燃え上がりそうな人には、火をつけてまわったの。
男爵は、あなたを笑いものにしてる。あんたの恥ずかしい姿は、ネットでパラミタ中に流されてるってね。大フィーバーよ。休火山が再活動したみたいな状態」
「はあ」
「ブリジットが仕切る結婚式にみんなで突撃するわ。
式の予定が決まったら、くわしく連絡をちょうだい。
それまでは、彼女たちのテンションが落ちないように煽りまくるわ」
「シオンさん、うれしそうですね」
「連絡がなかったら、勝手に襲撃するわよ。
この人たちのエネルギーは爆発寸前なの。
さあ、修羅場よ。
男爵がどうなるのか楽しみね」
電話が切れました。
「ロキだよ」
「おや、ロキさんだけですか」
「今回は女性相手の心理戦だから、ウォーデンにお願いして第二人格のボクがでてきてるんだ」
「作戦ですね。
そちらの様子はどうですか。
シオンさんが女の人たちと男爵を襲撃するとか言っていて、私は困ってるんですよ」
「わぉ。大変だね。
司。
がんばってね」
「なんですか、その他人事の口調は」
「シオンとかぶるなんて、ボクの計画のインパクトが弱まっちゃうよね。
おっと、司は、案外、ウルサイから黙っとかないと」
「なに言ってるんです」
「うーんとさ、ボクの方は順調に情報収集してるから、異常なし、って感じ。
じゃあ式場でね」
「ちょっと、ちょっと、話がすんでませんよ。
報告してください。
男爵の悪事の情報はどうなったんです」
「悪事かあ。
悪って、善ってなんだろうね」
「急に哲学しないでください」
「人間は考える葦だっけ。
司に伝えていい情報としては、男爵の子供がどこかにいるらしいよ。
探した方がいいと思うな。
過去に付き合った女の人が産んだ子供を男爵はどこかに隠してるんだよ。
司、ヒマでしょ。ヒマだよね。それ探して。女の人たちは、みんな、自分の子供に会いたがってるよ。
よろしくね」
ブチ。
おー。仲間と携帯で連絡を取り合うって、こういう意味じゃないですよね。
シオンさんもロキさんも私の頭痛のタネを用意してくれてるようです。
どうしましょうか。
それに、あと一人から連絡がありませんね。
違う意味で一番、心配なパートナーなのですが。
パラケルススさんは、女性の患者さんしか触診しないお医者さんですからね、女性に優しいというか、例え病人でも女性にしか興味がないというか。
ツンツン頭のルックス通りのほんと、男らしい先生ですよ。
彼を女の人の聞き込みにいかせたのは、適役すぎて適役ではなかったかもしれませんね。
私が電話しないといつまでも連絡はこないかもしれません。
「もしもし司です。
パラケルススさん」
「悪りィな。
急患はムリだ。
いま患者は間に合ってるよ」
「あ
あ、あ、切られました。
もう一度、かけますよ。
「司です。
先生。聞き込みはどうなりました」
「しつこいな、救急車呼べよ。
って、ツカサか。
俺の聞き込み?
それどころじゃねぇよ。
ここの女どもはよう、かわいそうでな。
体の調子が悪くても医者にも行かずにそれを隠して働いてるんだよ。
だから俺がよぅ〜健康診断してやってるわけ」
「お願いですから、わいせつ罪でヤードに捕まらないでくださいね」
「へへへ。
プロ相手だぜ。多少、きわどくさわっても大目に」
「やっぱり、そんなことを」
「役得だぜぃ〜。健診も楽しいほうがいいだろ。
やる方もやられる方も」
「パラケルススさん。
私もパートナーたちの行状で頭痛が激しくて」
「ノーXン飲んどけ。
頭痛によく効く。
んじゃ、忙しいから」
「待って。
情報は、男爵の情報はどうなりました」
「男爵ねぇ〜ここのお姉ちゃん方は、けっこう、やつを崇拝してるみたいよ。
実際、捨てた女には娼婦なり保母なり仕事を用意してるしな。
その境遇に耐え切れなくて死んだりするやつもいるらしいが、女は男よりたくましいから、みんなどうにか順応してやってるみたいだ」
「悪い話はなかったのですか」
「元令嬢の娼婦、保母、飯炊き女は、世間からみりゃ悲劇かもだけど、本人が納得してりゃ、いいんじゃねぇ〜。ダメな亭主と一緒になって一生暮らした方が、よっぽど地獄だろ」
パラケルススさん。いいこと言いますね。
お医者さんで錬金術師ですから、彼、頭は優秀なんですよ。
ん。納得してるうちに電話切られちゃいました。
さて、私はパートナーたちの状況を推理研のメンバーに伝えないといけませんね。
ブリジットさんやマイトくんは、うまくいってますかね。
大丈夫です。わたしに任せてください。立派なお嬢様にして御覧にいれます。無理を承知でお願いします。沢渡真言(さわたり・まこと)(【2019体育祭】目指せ執事の星! 最高のおもてなしを!)
どんなに拒んでも、人には定められた運命があるのかもしれません。
私、沢渡真言の場合は、ある日、父に執事服を手渡さられて、こう告げられました。
「我が家は代々執事を生業としている」
「それが私となんの関係があるんです」
「おまえにはこれを着てもらいたい」
「イヤです。いきなり、なんなんですか」
それでも父は、強引に執事服を押しつけてきたのです。
「着ればわかる。
おまえにも、代々執事、メイドやをしてきた我が沢渡家の血が流れているのだから」
「21世紀ですよ。
いまどき、執事とかなにを言ってるんですか。
娘にそんな格好をさせて、恥ずかしくないのですか」
結局、現在、私は執事服に身を包み、毎日を送っています。
父の言葉ではないのですが、服を着て、落ち着いて考えてみると、一流の執事を目指すのが、私にとっての人生ではないか、そんな気がしてきたのです。
不思議なものですね。
しかし、テレーズ嬢とアンベール男爵のこの結婚は、はたして二人の定められた運命なのでしょうか。
お二人の婚約のニュースを知って、えも言われぬ違和感をおぼえた私は、よけいなことかと思いながらも、マジェスティックへやってきました。
そして、数日間の滞在をしたいま、やはり、私の違和感は間違いではなかったと断言できます。
「お姉様。
九条ジェライザ・ローズは「後宮」で花嫁修業をするそうですわ。
男爵のお話をお聞きになられにきたのに、男爵を崇拝する方たちに気に入られすぎてしまったのですね。
パートナーのシン様は、「後宮」で下男兼用心棒として働かれるご様子」
滞在中に私とダウンタウンに足しげく通い、街に驚くほどたくさんいらっしゃる娼婦の方たちにも、すっかりかわいがられるようになった私のパートナー、ティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)は、集めてきた情報を私に教えてくれます。
ティティナは、十四歳。世間知らずのお嬢様育ちですが、甘えん坊でかわいらしい子ですので、持参したお菓子を一緒に食べたり、歌を歌ったりするうちに、娼婦の方たちも打ち解けてくださりました。
私以外にも、テレーズ嬢の結婚が気にかかる学生さんがなん人もダウンタウンを訪れています。
ティティナは仲良しの娼婦の人から、それら学生さんたちの動向を教えてもらっているのです。
「「後宮」で働かれるとは、また大胆ですね」
「明るくてノリのいい人だから大丈夫そうだ、とみなさんおっしゃっていますわ。
それから、クレア・シュミット様とエイミー・サンダース様は、ダウンタウンのもっと危険な方へ行ってしまわれたようよ。厳しいけれど優しい方なので、危ないめに会わなければいいって、みなさん、ご心配しておられますわ」
「男爵の背後の闇は、ずいぶん濃いらしいですから、それに飲み込まれてしまわなければよいですが」
テレーズ嬢と男爵の結婚を中止させるために、みなさん、動いているのです。
目的は同じでも手段は各人各様ですね。
「山田桃太郎様とニトロ様の路上演奏会は、予定になかったゲストの方、ForetNoireというバンドの呂布様も参加されて大変なにぎわいですわ」
「ええ。
風にのって、ここまで声や音楽が流れてきますものね」
「ですけれども、街のお花売りの方の中には、レキ・フォートアウフ様、ミア・マハ様、クロノ・クロノス様、ウォーデン・オーディルーロキ様、シオン・エヴァンジェリウス様たちと男爵を襲うおそろしい計画をたててらっしゃる方におられるんですって。
あと、パラケルスス・ボムバストゥス様というお医者様が無料で街の女性の方々を診察してまわっているようです。
親切なのはいいのですけれど、その、少し、体をあちらこちらさわりすぎたりするのが、困りものとのお話です」
ティティナが一生懸命、話してくれました。
「情報もずいぶん集まりましたし、ティティナのお友達の娼婦の方に一緒にきていただいて、テレーズ嬢のところへ男爵の真の姿を伝えにいきましょうか。
本当にお互いを思っているのであれば反対はしないのですが……今回の件はそうとは思いません。
私たちの行為がきっかけになって、どうか彼女が幸せであれる正しき道が示されますように」
「この街の方々にも、男爵を誉める方と貶す方がいらっしゃいます。
もしも、男爵が女の敵なら、わたくし、許せませんわ……!
お姉様と一緒に懲らしめますっ」
物騒な計画も動きだしているみたいですし、私もそろそろ行動した方がよさそうですね。
さて、テレーズ嬢にお会いする前に、一度、男爵とも会っておくべきでしょうか。
来るものは拒まないなお人だと聞いております。
それがどのような意味なのか、私の身を呈して知ってみるのも、一興かと思います。
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