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ぶーとれぐ 愚者の花嫁

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第八章 魔術師と歌姫と占い師

……面倒くさい。 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)(夏風邪は魔女がひく)

私は……何と戦わなければならないかを、常に考えているのです。 迦 陵(か・りょう)(黒羊郷探訪 第1回)


マジェスティックの中央教会に行ったら、留守だったのだ。
おしゃべりな男装少女に子守りをさせるつもりだったのだよ。
テレーズ嬢の屋敷に行っているらしい女嫌いの神父を女二人でたずねる気にもならないし、ロックスターの兄のほうは、さっき街角でシャウトしていた。
見たところ、頭は悪そうだ。あれに相談事をするほどリリは、落ちぶれてはいないのだよ。
リリが所長を務めるSW探偵事務所(リリ・スノーウォーカーだから、スノーウォーカー=SW探偵事務所だ)に、少女が訪ねてきたのだ。
彼女の名前は、ヴェルマ。

「お母さん死にました。お父さんを探して欲しいの」

依頼料は、彼女が抱えてきたブタの貯金箱の中身のみで、正直、割りの合わない話なのだが、リリの秘書は子供と年寄りに弱いのだ。
ヴェルマの母親は先の事件のマジェスティックの暴動で亡くなったらしい。リリもあの事件にはかかわっていた。
それで、しかたなく、この依頼を引き受けたのだよ。

「リリさん。大丈夫?」

「子供の前で、ため息などついてしまって、すまぬな。
ヴェルマは、腹を減っていないか。
なんでも注文してよいのだぞ」

「ありがとう。わたし、ステージのお姉ちゃんのお歌をきいてるね」

リリとヴェルマは、いま、カフェにて休憩中だ。
母親が残した日記によると、ヴェルマの父親はアンベール男爵らしい。
いまをときめく、あの、なのだよ。
男爵の屋敷でメイドをしていた彼女は、自ら望んで彼と関係を持ち、ヴェルマを身ごもったそうだ。
そして、彼にはなにも告げず、身重のまま、行方をくらましたのだ。
なぜ、彼女がそうしなければならなかったのか、くわしい記述はない。
男爵となにかあったとも書いてないのだ。
だが、彼女の置かれた境遇は、男爵夫婦と同じ屋敷内に住む妾だからな、しかも妊娠してしまっては、いづらくなるのも当然かもしれぬのだよ。
そのうえ、彼女が世話をしていた頃の男爵の正妻は、屋敷内で事故死している。
あらぬ嫌疑をかけられまいと姿を消すのも、もっともかもしれんのだ。
ヴェルマを連れて、男爵に会いに行くべきか、リリは迷っているのだよ。
時期が時期だけに、テレーズ嬢との結婚へのイヤがらせととられ、かえってヴェルマに不幸がふりかかるかもしれぬだろう。

「お姉さん。私たちを助けてくれませんか」
頬杖をついて考えていると、また、見知らぬ少女がリリに助けを求めてきたのだ。
手をつないだ仲のよさそうな二人連れだが、

「なんの用なのだ。リリは託児所ではないのだよ」

「ごめんなさい。
わたしたち道に迷っちゃったの。
マジェの雪だるま王国のみんなと行進してたんだけど、気がついたらわたしとシェリルちゃんだけ、はぐれちゃってたんだ」

「私はシェリル・マジェスティック。占い師です。
この子は、ノーン・クリスタリア。
どうやら、私たちが目的地にいけないように、運命の力が働いているようなの。
見たところ、あなたは魔術師でしょう。あなたの力で私たちを助けてくれませんか。
お礼に占いをしてさしあげます」

「意地悪を言うわけではないが、そなたらの行く先を拒んでいるのが、真に運命の力なのなら、それは魔術では結局、変えられぬだよ。
占い師ならそのへんの道理は、知っておるだろう。
人がふれることのできぬどこかで、大きな運命は定まってしまっている。
己の浅はかな欲望でそれを覆そうとして、破滅した輩をリリはいくらも知っているのだ」

「それはそうなのですが」

「お話中のところ、失礼します。
私は、マリーウェザー・ジブリール(まりーうぇざー・じぶりーる)
運命と魔術のお話なら、私も混ぜていただけるかしら」

リリとシェリルが話しているところに、さらにまた新たな客がやってきたのだ。
フリルのついた黒のワンピースの少女、マリーウェザー・ジブリールは、青い目の、おそらく吸血鬼なのだ。
幼い外見をしているが、リリには彼女がおそろしく長い時を生きてきたのが感じられるのだよ。
彼女が座に加わる目的がわからぬので、リリは鎌をかけてみるのだ。

「長寿の吸血鬼ならば、たしかに知識は深いだろうな」

「人が吸血鬼という呼び名を使いはじめたのは、私の一族がロンドンに住むようになってからよ。
それまでは、他の者どもといっしょくたに悪魔と呼ばれていたわ」

「ロンドンか。
ならばヴァン・ヘルシング教授とも知り合いか」

「彼の誇張癖とブラム・ストーカーのいい加減な小説のおかげで、私たちはずいぶん悪者にされたの。
人間以上の悪なんて世にあらわれたためしは、ないというのに」

彼女は、愉快なヴァンパイアなのだ。
リリとマリーウェザーが話していると、シェリルは、テーブルにタロットを並べ、占いをはじめた。
タロットの大アルカナだけを使って、セブン・テーリングのスプレッドなのだよ。
誰の人間関係を占っているのだ。

「あなたたちは、いま、同じ人物に対して、違う目的を持って行動しているわ。
それぞれの目的を果たすために、ここから先は一緒にいた方がいいでしょうね。
そして、あなたは、その子を私たちに預けるのがいいと思うわ」

シェリルが、カードの意志を読んで、リリとマリーウェザーに告げた。
リリも占いは得意なので、テーブルのカードを眺めてみたが、なるほど、シェリルの宣告に偽りはないのだ。

「マリーウェザーよ。
リリは、アンベール男爵と話をつけたいのだが、おまえもか」
「ええ。ぜひ男爵とお会いしたいわ。
リリと一緒でも私は、かまわないわよ。私のパートナーの迦陵も連れていっていい?」

マリーウェザーが目で示したのは、ステージで歌っている、白のチャイナドレスの少女だ。
服も白いが彼女の肌も負けず劣らずに白いのだ。
あれは、きっとアルビノなのだよ。
ずっと目を閉じ続けているのは、色素の関係で目が不自由だからなのか。

「うむ。ではゆくのだ、と言いたいところだが、占い通りにヴェルマをシェリルとノーンに預けては、今度はヴェルマを連れて、三人で迷子になるだけではないのか」

「私たちが迷子にならないとは占いにでていませんから、それはそうかもしれません」

「わたしは、シェリルちゃんとも、ヴェルマちゃんとも仲良くするから、どこにいても平気だよ」

頼りない返事なのだよ。

「私たちが戻るまで、このお店で三人を預かっていただいたら、どうでしょうか」

まぶたを閉じた歌姫、迦陵が、まるで目が見えるかのように、テーブルの間をぬってリリたちの席まできて、提案したのだ。

「信用できる店なのか」

「ええ。
私も歌い手として親切にしていただいています。
ステージにいても、客席の声は案外よく聞こえるのですよ。
お客さんたちのお話から、アンベール男爵の情報をずいぶん聞かせてもらいました」

言うまでもなく、迦陵はカンも耳もよさそうなのだ。
でなければ、視覚に頼らずに歌手で生活するのは、困難なのだ。

「マリーウェザーは、男爵にお話があるようです。
あなたは、なにをしに行かれるのですか」

リリはさっきまでそれを悩んでいたのだよ。

「そうだな、慰謝料と養育費でもむしりとりに行くのだよ」