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リアクション
第十二章 男爵と男娼
冒険屋の私が引き受けたからにはもう大丈夫。任せておいて。 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)(今日は、雨日和。)
男爵の警護をしていた黒服の男たちは、青い改造パワードスーツの人物の大剣一閃で、切り伏せられたわ。
残りの警備の者が身構える間もなく、再び、ニメートルをこす大剣がうなった。
体格のいい男たちが計七名、ほんの数秒で倒されてしまったの。あたりが血で汚れておらず、倒れた彼らがそれでも体を動かし、なんとか起きようとしているのをみると、みねうちね。
「その悪意、両断する!」
おそらく声からして、スーツの中身は男性の怪人物は、剣の切っ先を一人、倒れずに残っている、いいえ、わざと残した男爵にむけ、叫んだ。
目の前の相手に意識を奪われている男爵を少し離れた側面の茂みから、銃口が狙っている。
「危ない!」
見ていられなくなって、私、フレデリカ・レヴィは、物陰から飛びだした。それとほぼ同時に、
「アンベール男爵。その悪意、撃ち落とす」
剣の人とは別の男の声と銃声。
とっさの私の体当たりで、横倒し倒れた男爵は、足を押さえうめいていたわ。
撃たれたのね。
「ルイ姉。
たぶん、相手は二人よ。フォローして。
男爵を助けるわ」
パートナーのルイ姉、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)に援護を頼んで、私を男爵をかばいながら、この場からの離脱をこころみた。
タイミングよく、早くもダメージから回復したらしい、男爵の護衛たちが、がむしゃらに、剣の男に襲いかかってゆく。
まさか、アンベール男爵を守るハメになるとは、思ってなかったわ。
「早く、こっちよ。
足のケガは、大丈夫?
ちょっと、あなた、よく見たら、体中、包帯だらけじゃない。
そんな格好で出歩いてていいの」
「行かねばならない場所があるのです。
あなたこそ、私にかかわっていては、危険だ」
「私は、フレデリカ・レヴィ。
一応、言っておくと、冒険屋ギルドのメンバーよ。
私は、パートナーのルイ姉とあなたに会いにきたの。
そうしたら、留守だって言われて、ただ帰るのもなんだから、お屋敷の周囲を歩いていたら」
「裏口からでてくる私を見つけ、尾行したのですね」
「ええ。
あなたがいきなり襲撃されて、護衛の人たちもやられてしまったりしなければ、フリッカはともかく私はあなたに会う気はありませんでした」
後から駆けてきたルイ姉が、私たちに合流したわ。
私が囮になって男爵をたらしこむ計画だったのが、狂ってしまったせいか、ルイ姉は機嫌が悪そう。
もっとも、男爵の悪評もあって、まじめなルイ姉は彼には、はじめから悪い印象を持っているの。
しょうがないわよね。
「いま、あなたを襲ったのは、誰なの。
剣の男と狙撃者よ。
心あたりはあるの」
「お恥ずかしいが、身におぼえがありすぎて、なんとも言えません」
護衛の人がまだ追ってこないのは、もしかして、全滅したから?
「男爵。あいさつが遅れてすいませんでした。
私、ルイーザ・レイシュタインです。
手間をかけるのもムダな気がしますので、はっきり言いますが、あなたはフリッカと私に命を救われたようなものですよね」
「ハハハ。ああ。それは否定はできませんな」
「笑っている場合じゃありません。
細かい駆け引きなんてしてる時じゃないでしょう。
これまでの悪行を償って、ヤードに出頭すべきです。
早くしないと殺されますよ。
いまなら、ヤードまで私たちがあなたの身を護衛してあげます。
もし、そうしないのなら、その足にもう一撃加えて、ここに置きざりにしてもいいんですよ」
今日のルイ姉は、こわい。
まじめな人を怒らせると、やっぱりよくないわよね。
でも、私もルイ姉と同じように思うな。
「男爵。いままでの人生のツケがまわってきてるんじゃないの。
結局、いつかは清算しなくちゃならないんでしょ。
いま、この瞬間は、あなたにとって、そのいいチャンスなんじゃない。
私は、ジャスティシアだし、ここであなたを逮捕してもいいのよ」
「それともあなたは、道路で刺客に葬られる結末をお望みなのですか」
足のけがはひどいらしくて、男爵のズボンは血でびしょびしょよ。
歩いてきた道には男爵の血の跡がついてる。
呼吸もあらいし、私が肩を貸してないと倒れそうね。
警察よりも、病院へいかないといけない状況だわ。
「意識をしっかり持って、まずは、病院に連れて行くから」
「ご親切はありがたいが、待ってください。
さきほど、あなたは私の人生の清算の時がきていると言いましたね。
まさに、そうかもしれません。
だからこそ、私にはいかなければならない場所がある。
私をそこへ連れていってください。
私の罪をあなたにみせよう」
んふ、ういやつめ。ここか? ここが良いのか? それとも……
吸血鬼兄ちゃん――そんなネンネは放っておいて、アタシとイイコトしナイ? アタシ分かるんっすヨ。強いヤツ。ヤろうゼ? なァ、どっちかがトぶまでドツキ合おうヨ。アンタの骨の砕ける音を想像したら、もう、たまんなくなっちゃって……ッ ファタ・オルガナ&ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)(ジャンクヤードの亡霊艇)
いやいや、ワタクシのことは“伯爵”と御呼び下さいまセ。
「貴殿らマジェスティックの男娼という人種は、意外と高貴な種でございまするナ。
ワタクシたち女四連れの客が、この館で貴殿らを買うとなれば、やることは明々白々。
ワタクシたちを存分に満足させるために、貴殿は、裸になって馬車馬のように汗をかき、孤軍奮闘、まさしく精根尽きはてるまで、勤労奉仕せねばならぬのは火を見るよりあきらか。
だのに、我が主に指名された貴殿らときたら、ワタクシたちが女人であることに驚き、とまどいを隠せない様子。
貴殿が日頃、相手にしておられるマジェスティックの女人たちが慎ましやかすぎますのか、それとも、貴殿らが通常の殿方よりも、紳士であらせられるのか、どちらでしょうな」
「お姉様たちがおきれいすぎて、ボクは」
まるで子羊のようにかわいいらしいこの男娼殿は、本気でワタクシの応対にお困りでございまス。
「ですから、伯爵とお呼びくださいませ。
ワタクシは、金で男を買う下劣な女でございますル。
によって、おそらく、すなわち、貴殿よりもよほど床上手やもしれませぬ。
この女詐欺師の手ほどき、受けてみたくはありますまいカ」
「お、は、伯爵様。ボクは、女の人とは」
「貴殿は、少年が夢見る婦女子のごとく可憐です。
永くそのままであらられヨ」
腰に布を巻いただけの半裸の美少年と、燕尾服にモノクル、金髪を腰まで一本の三つ編みにしたこのワタクシが、口づけをかわしまスル。
少年は怯え、震えておりまス。
ワタクシは、花のつぼみをついばむ小鳥のように、優しく舌ヲバ。
「ふん。男と女のからみは、いくら男が軟弱でも見ていて退屈じゃのう。
ボク。
おう、伯爵に唇を奪われたそこのおぬしじゃ。
帰ってよいぞ。
次のを頼んだ。おぬしの出番は終りじゃ。御苦労、御苦労」
ワタクシとのからみをご覧になっておられた主に、そう告げられると、少年はワタクシから身を離し、ほっとしたように息をついたのでアリマス。
あいさつもそこそこに逃げるように部屋をでてゆく男娼殿は、また、えもいわれぬかわゆさでございまスル。
「伯爵とローザが仕事を終えたので、ここにきたのは、ねぎらいの意味もあるのじゃ。
が、誰も楽しんでおらぬのう」
「あたしは、美少年を完全顔面崩壊まで殴っていいってんなら、いくらでもフィーバーするけどネェ。
ヘタな少年ポルノまがいを目の前で実演されても、燃えねぇっス」
主は気だるそうで、戦闘狂であらせられるヒルダ殿は、休みなくお煙草を吸われ、蒸気機関のごとく煙をはかれておりまス。
「億千万に一つの可能性かと思いますが、もしや私のもたらした情報の使い道が、間違っておられるのではありませぬでしょうか。
私は神に誓って、知りえたすべてをマスターにお伝えした気持ちではございますが、なにぶん、主観による判断ゆえ、それによってもたらされた状況から逆算いたしますと、私か、マスターがミステイクを犯したかもしれぬという、信じがたい事実が見え隠れする気がするのでございますよ」
男物のスーツの左胸につけた深紅の薔薇以外、顔も体もなにもかも白黒の淡いモノトーンで色づけされてオラレル、はるか昔の活動写真か、ポートレートのような姿のローザ殿が、また、たわむれに言葉を連ねられまシタ。
ワタクシとローザ殿は、いくぶん口調が似ているやも知れませぬが、そこは似て非なるものでゴザイマス。
ワタクシは、パートナーであらせられるファタ・オルガナを我が主と呼び、ローザ殿は、マスターと呼ばれる点からで、もその違いは、あきらかではありまセヌカ。
「伯爵にアンベール男爵と交渉に行ってもらい、ローザには結婚の邪魔をしに行ってもらう。
わしが計画していたその通りにはいかなんだが、ローザがダウンタウンで手帳の在り処を聞いてきてくれたので、ここへきたわけじゃ」
主の話の途中でドアが開いたのでございマス。
「失礼します」
「おう。入るぜ」
「こ、こんにちは」
「…す」
今度の男娼殿は、こちらにあわせてか、四人連れではありまセンカ。
主は、ロンドン塔での大乱闘のどさくさにかなりの金品を懐に入れたそうでございまス。
それらをわずかばかり使って、ここで遊んでいる、とそういうことでありまショウ。
マジェスティックの金を、マジェスティックの遊興施設に還元するのは、よきことかと存じマス。
「んふんふんふ。やはり、清泉北都じゃな。
目のあたりにモザイクの入った紹介写真でピンときたのじゃ。
北都しか指名しておらぬのに、一緒にきたのは、パートナーのソーマ・アルジェント。それから、そなたらは」
「おいおい。店のルールに従って源氏名で呼んでくれよ。
照れるじゃねえか」
銀髪、赤目の吸血鬼らしき少年が、まったく照れたふうもなく、ソウオッシャリマシタ。
「貴殿は嘘つきであらせられますネ。
照れるどころか楽しげな顔をしってらっしゃるでは、ありませンカ。
ワタクシもゆめゆめ気をつけませんと、貴殿の口車にのせられ、うっかり口をすべらせてしまいそうでございマス」
「なに言ってんだ、こいつは?」
「わしのパートナーの凄腕の女詐欺師サン・ジェルマン(さん・じぇるまん)じゃ。
伯爵と呼べばよい。
吸殻の山の前におるのは、SでMなヒルデガルド・ゲメツェル。
白黒画面に映った亡霊のように、影の薄いツートンカラーの女が、ローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)。
そして、わしはもちろん、U15の少女たちの味方、イルミンの赤い悪魔、暴君、ファタ・オルガナじゃ。
こちらが紹介したのだから、そちらもするのが礼儀じゃろう。
わしらは客だしな」
主の要求に四人にうちのどなたが答えられるのか、なりゆきを見守っておりましたが、それより先にヒルダ殿が、ソーマ殿に声をおかけにナラレマシタ。
「しばらくぶりだねェ、バンパイアナイト。
てめえが体張って守ってんのは、そこの坊やなのかい」
「よう。バイクの姉ちゃん。
「蒼空の絆」騒ぎの時には、世話になったな。
あんたがこういう遊びに興味があるなんて、ちょっと意外だよ。
本当は、もっと激しいやつが好みだろ」
ソーマ殿とヒルダ殿は、旧知の仲とお見受ケシマシタ。
「自己紹介だけど、僕は源氏名が北斗で、本名は知っての通り清泉北都。
この娼館の新人だよ。
パートナーのソーマは別に紹介しなくていいよね。
それと、こっちは、源氏名は、銀二さんとミシェルズさん。
二人とも、僕と同じ新人さん。
この部屋にお呼ばれしたのは、僕だけだったけど、まだ、みんな研修中の身なんで、四人まとめて行ってこいって、割り振り係の人に、言われたんだよ」
「おぬしの自己紹介は、イロがなさすぎる。
もっとこう、なぜ、男娼として身を売ることになってしまったかとか、なれない媚びを売ってみたりだとか、そういった工夫が欲しいところじゃ。
こんな不憫な自分をかっての知り合いであるわしらに見られて、いたたまれなくてさめざめと泣くとかのう。
人の不幸は蜜の味のなのじゃ、もう少し、蜜を希望するぞ」
「蜜?
困ったな。
僕はそういうんじゃないんだよ。
あえて言うなら、このスケスケの下着みたいな服が恥ずかしい、かな」
主は、まあよい、とおっしゃられて、北都殿に酌をさせ、杯をアケマシタ。
「私と銀が、ここにいるのは、北都たちの作戦に付き合ったからなんだけど、やっぱり、場違いだったかな。えっと、普通に名前を言っとくと、私、ミシェル・ジェレシードとパートナーの影月銀だよ」
「ミシェル殿は男物の服を着てはいるものの、どう見ても女人でございまスルナ。
そして、その作戦とはいかようなものなのデショウカ」
ワタクシといたしましては、ミシェル殿の横で黙って虚空を見据えている銀殿が、気にかかるのではありますが、作、策、詐、謀といった類のものは、職業柄か、天性か耳を傾けずにはオラレマセン。
「話してもいいの。この人たちも契約者だし、私たちこのお店に長くいるつもりはないから、言っちゃってもいいよね」
「どうぞ。どうぞ。
誰も貴殿を止めはいたしませヌヨ。
お。銀殿、なにかお気にさわりマシタカ。
ワタクシがなにカ。
ワタクシのごとき女郎の申すこと、お聞き流しくださるようお願いイタシマス」
ミシェル殿をけしかけるワタクシを、銀殿がにらんでおりまス。
「協力してもらえるかもしれないから、話すよ。
私たちは、ここで男娼にフリをして働いて、アンベール男爵の弱味を握るつもりなの。
男爵は、ここの経営者で、よく遊びにくるそうだから、ここにいれば、つけ込む隙があるかなあ、って」
「考えることは、やはり、みな似ておるのじゃ」
主は、頷かれマシタ。
「実は、わしは、男爵とテレーズの結婚などは、どうでもよいのだが、男爵が持っておるという手帳が気になってだな。あれを手に入れたいのじゃ。口八丁手八丁の伯爵を交渉に行かせ、ローザを召還した。
伯爵から手帳をいただく交換条件として、ローザに結婚の邪魔をするものどもを惑わせるつもりでな」
ワタクシと会われた男爵殿は、こちらの話に応じる気はまったくございませんデシタ。
いえ、極めて紳士的に応対してくださいマシタヨ。
ですので、ローザ殿とワタクシは、男爵殿の周囲のもの、ダウンタウンの市井の人々を騙し、すかし、口説き落として、この娼館に手帳があるらしいのを突き止めたので、アリマス。
「しかし、偽りといえども、ここで働いておられるからには、それ相応のもの提供するお心積もりはあるでありましょう。正義のための無心の淫らさ、神もお許しになるかと思います。
どうぞ、それをさらけだしてくださいませ」
北都殿たちをもっと困らせたいのでアリマショウ、ローザ殿は、しごく丁寧に男娼ならではの芸をしてみセロ、と要求してオラレマス。
「一人を頼んだのに、四人できたということは、当然、この四人ならではの、他者では真似できぬ禁断の遊戯をしてくださるのでしょう。
私は、とくと拝見させていただきます。
どのような不埒な行為もここは、ソドムの館、神も目をつむってくださいます。
どうぞ、北都様、ソーマ様、銀様、ミッシェル様、ためらい、遠慮なく、御開帳くださいませ」
「んふんふんふ。ローザに求められても、こたえてくれそうなのは、ソーマだけじゃのう。
みなの、憮然とした表情がたまらんぞ」
「なんで俺だけなんだよ」
などとおっしゃりながらも、ソーマ殿はまんざらでもなさげでございまスル。
室内は四対四で八分の入り程度にはあいなりましたが、娼館ならではの淫靡な雰囲気が漂いませぬのは、どなたの責任なのでございまショウ。
「早い話がわしは、この店で家捜しをして、手帳見つけるのがめんどいのじゃ。
広いしな。であるからして、手帳探しを手伝ってくれそうな男娼を選んでおったのじゃが、おぬしらは適任じゃ。
どうだ。手分けして男爵の手帳を探さぬか?
礼はだすぞ」
誰も主におこたえにならぬまま、ドアが開き、今度はどうみても男娼とは思えぬいでたちの方々がいらっしゃいマシタ。
「失礼します。
私たち、セキュリティでございます。
私はガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)。
こちらはパートナーのネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)です」
「俺たちは、この店の警備を任されてる、結社スチームクラウドだ。
店の子たちにいたずらしてるってのは、あんたらか。
ちゃんと普通に遊んでくんねぇなら、迷惑だ。でてってくれ」
金髪にドレスの美女殿と筋骨隆々の上半身裸、お背中に立派な翼つきのドラゴニュート殿の組み合わせでゴザイマスルカ。
二人の後には、暴力要員とおぼしき若人たちがずらりと立ち並んでらっしゃいマス。
無論、この部屋に入りきらない大人数でございますので、若人の方々はみな、廊下で出番を待っておいででございマス。
「んふ。でかいのはヒルダ。
女は、伯爵とローザが相手でよいじゃろう。
どうやら、一人頼んだら四人きたのは、おまけではなくて、こいつらを呼ぶための店側の時間稼ぎだったようじゃ」
「僕らは、それは知らないよ。
ただ、この部屋に行けって言われただけで」
いま、この部屋にいる誰よりも普通そうな北都殿のお言葉、ワタクシは信じてあげたく思いマス。
「ハッハァー!!
そこのビックシット。
見たとこ、三メートル、二百キロぐらいかいョ。
あたしが畳んでやっから、これからは服のサイズが小さくてすむぜィ」
吸いかけの煙草をもみ消され、出番がきたとばかりに、ヒルダ殿は勢いよく、立ち上がられまシタ。
ワタクシとローザ殿はガートルード殿を説得させていただくとまいりましょウカ。
さてさて、ここまで一見、平凡かつ冷静に実況解説をつとめさせていただきましたワタクシ、サン・ジェルマンでございますが、ワタクシは所詮は詐欺師でございマス。
この口当たりのよい語り口もすべては、毒を薬と称して飲ませるがための砂糖のコーティングのようなものやも知れまセヌ。
ここまで、お付き合いしていただいたお気の長い皆様には、ワタクシの申したことをそのままお信じになられぬよう、お願いつかまつりマス。
言葉は記号。
ゆめゆめ、惑わされぬヨウ。
それでは、この後の語りは、どこのどなたとも知れぬ、どなたかにお任せシテ、失礼いたしマス。
またお会いする時まで、ゴキゲンヨウ。
かわいい、ですか。ありがとうございます。
あ……
私がこういう印象に見えるのですね。
いいえ、ありがとうございます。 ガートルード・ハーレック(デートに行こうよ)
スチームパンクという分野の物語をご存知ですか?
私、たまたまそれを知ってしまって、憧れてしまったんです。
霧と蒸気と闇の街19世紀のロンドンに。
「悪魔の機械」。
「ホンクルス」。
「レイトン教授」。
高度に発達した蒸気機関。
怪人やあやしげな科学。
いかがわしい宗教。
オールドファッションでロマンチックな美男美女。
それらを求めて、マジェスティックに引っ越してきた私、パラ実D級四天王、ガートルード・ハーレックはさっそく子分たちもこの街に呼び集め、結社スチームクラウドを結成しました。
ここを根城にしていたらしい犯罪王ノーマン・ゲインか、旧地球世界一の悪人と呼ばれたメロン・ブラック博士と仲良くなりたかったのですけれど、お二人ともご不在なので、とりあえず、いま、マジェで最も怪人物しているアンベール男爵とお近づきなったのです。
「あなたがたお二人が、私を煙に巻こうとしているのは、よくわかりました。
言葉を自在に操るあなた方とは話をしても、ラチがあきません。
ここは、主謀者たるオルガナに、なぜ、この店を荒らしにきたのか、はっきり、簡潔に教えていただくとしましょう。
あー、でも、サン・ジェルマン。
あなたは、あの有名な怪人サン・ジェルマン伯爵の英霊なのでしょう。
もしかして、AKUMAを製造したり、エクソシストと戦っていたりするの」
「残念ながら、ワタクシは、風船太りした老紳士ではございマセン」
それは、つまらないわね。
「わしの目的を言う前に、聞きたいのじゃが、おぬしは、どうして、この店を守っておるのじゃ。
男爵と手を組んでおるのか」
私と、自分のパートナー二人とのやりとりを眺めていたオルガナが、問いかけてきました。
見た目は少女なのだけど、なかなか貫禄のあるオルガナは、怪しげで私はきらいじゃないわ。
マジェの闇が似合っている子です。
「アンベール男爵とは契約を結んでいるのです。
彼が経営する娼館はすべて、私たちの結社が警備しています。
他のセキュリティとも契約されているようですので、オルガナが私をなんとかまるめこめたとしても、次にきた警備業者とまたやりあわないといけませんね」
「時間がもったいないのう。
正直に言うが、ガートルード、おぬしはあまり深くものを考えるタイプには見えん。
男爵と組んでいるのも、マジェでセキュリティをしておるのも、なんとなく、その時の気分であろう。
世紀末ロンドンで冒険したくなったのじゃろ。
ならば、わしともなんとなく組んで、男爵の手帳を探してみぬか。
それはこの娼館にあるらしいのじゃ。
悪の帝王の秘密を手に入れて、彼と取り引きをする。
この街の深淵へさらに一歩、踏みこむ。
どうじゃ、ぞくぞくせぬか」
ふふふふ。
よくわかってるじゃないですか。
「やり方としては、どこかで殺しあっておる、おぬしのパートナーのネヴィルとわしのところのヒルダはあのままにしておいて。
おぬしがこの部屋にきたら、わしらが逃げだしたという名目で、おぬしの子分も使って、バカでかい娼館内をくまなく探索するのじゃ、どうじゃ。
秘密を探すのは、冒険者のつとめじゃぞ」
愉快ね。
「なら、オルガナたちと四人の男娼が私を人質にとって、館内を逃げ回っているという設定はどうかしら?
まずはこの部屋をでなくてはならないでしょう。
私を連れて、八人で部屋をでる。
私の子分は、本当の事情を話さずにそのまま、だましておいたほうがおもしろいですわ。
あまり、たくさんで探すと後で見つけた手帳の争奪戦になりますし」
「合意じゃ」
おや。オルガナは笑ってるけど、男娼たちはみんな頭が痛そうな顔をしてるわね。
大丈夫よ。
冒険ですもの、結果オーライでいきましょ。
マジカルホームズにかかればざっとこんなもん☆
この状況でこれを押さない人がいるでしょうか? いや、ない☆ 霧島春美(きりしま・はるみ)(ダンジョン☆探索大会)
手帳、取りに来てちょ!
失礼しました。
アンベール男爵経営の男娼館、期待のニューフェイス、カリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)です。本名は、ネペンテスやけどな。
なんでこうなってしもうたんやろ。
優しげなお兄ちゃんキャラやったはずやのに、人情紙風船、人生七変化やで。
ボクも自分で自分がわからんわ。
どうないせいちゅうねん。
推理研の仲間のマイトに協力して、男爵の手帳を探しとったやろ、したら、娼館に隠しとんのがわかって、場所が場所やからボクが潜入捜査を買ってでたやんか。
そこまではまだノーマルや、こっから、アブノーマルになるんや。
清掃夫のバイトとして潜入したんや。情報収集のために、みんなと仲ようしようと思うて、積極的に話しかけたんよ。
気がついたら、自分で言うのもなんやけど、パラミタなまりの関西弁の陽気な兄ちゃんちゅうことで、館内のちょっとした人気者ですわ。
これはでも、成功やろ。
ボク、偉いやん。
けどな、「カリギュラくん。ちょっとこい。キミ、おもろいらしいやんか。どうや。掃除ばっかせんと客の相手もしてみいや」偉いさんにそない言われたら、潜入捜査中の身の上としては、断れへん。
顔で笑って、心で泣いてや。
マイトのため、推理研のみんなのためやと思うてボクは仕事したよ。
捨てる神あれば、拾う神あり、ちゅうんかな。
トーク主体で、間を持たせるためにヴァイオリンを弾いたりもするボクの芸風? がウケてな。
けっこう、ご贔屓さんがついたんや。
このまま、マジェにおったら、ボクは男娼として、そこそこええ暮らしをして一生、終わるかもしれへん。
仕事の合間に、ふとそんなことまで考えるようになってしもうた。
このままでは、あかん。
絶対、あかんで。
しかし、手帳を探すヒマもなく、また御指名や。
みんな、そんなにボクと遊びたいんか?
「こんにちは。
食虫植物のお兄さんやで。
みんな、元気に飛びまわってますか。
スキがあったら、兄ちゃんが、ぱっくん食べちゃうで」
……。
な、ん、や、この冷め切った空気は、ボク、滑ったんか。
にしても、寒すぎるで。
氷点下や。
「連絡もよこさずになにしてんの」
「違う。
この人は、ボクの知ってるお兄ちゃんじゃないよ。
春美。帰ろう。
これは、悪い夢なんだよ」
春美とディオや。
ボクのパートナーや。
マジカルホームズ霧島春美とアニマルワトソンのディオネア・マスキプラいうてな、知る人ぞ知る学生探偵コンビなんや。
潜入捜査に入ったボクから連絡がないんで心配になって、見にきてくれたんか。
ここ数日、忙しくてな。
電話するヒマもなかったんや。
悪かった。
「お兄ちゃん。
白いタキシードにギター抱えてなにしてんの」
春美、にらまんといてくれ。
「だいたい、このお店はひどいよ。
ボクが入ろうとしたら、ウサギの方ですか?
なにをされるおつもりですか?
そのまま、お楽しみになられるのですか?
だって、失礼しちゃうよ。
ジャッカロープ(角うさぎ型のUMA)のボクだって、女の子なんだからね。
こんなとこ、入りたくないんだよ。
なのに、お兄ちゃんときたら、売れないコメディアンみたいになって、一人で陽気だし」
そりゃ、身長四十センチのうさぎは、いくらしゃべれて二足歩行でも入りずらかったやろな。
よく、入店できたもんや。
ディオ。そんなうらみがましい顔せんといてくれ。
「霧島ファミリーで家族会議だね。
いままで楽しくやってきたのに、離脱者でるなんてボクは、悲しいよ」
「そうね。
推理研の会議でも議題にしてもらうわ。
この行状は、百合園推理研究会のメンバーとしてふさわしいか否か。
ブリジット代表やマイナさん、なんて言うでしょうね。
男性のメンバーからも批判を浴びると思うわ。覚悟しておいてくださいね」
くださいね。
そんな、他人行儀な口のききかた、せんでくれよ。
「待てや。
ボクの言い分もきいてくれてもええやろ。
ボクは、たしかにこの店の偉いさんの命令で、男娼として働かされとる、それは事実や。
でもな、ボクは、その、な、お客様とそういうことは一度たりとも、一切、しておりません。
天地天命に誓うわ。
ほんまや、信じてくれ」
ほんまなんや。
「信じてあげたいけど、それでこういう商売がなりたつとは、思えないわ。
しかも、お兄ちゃん、けっこう人気者よね。
私とディオは、四時間も待たされたのよ」
「ボクは、このうらみは忘れないよ。
多少、ごちそうしてもらっても許せない」
「ちょ、ちょ、ちょ。ちょい待て。
この店でっかいやろ、広いやろ。
やから、男娼にもいろんなタイプがおってな、ボクは、お客さんとの弾む会話やフレンドリーな雰囲気が売りなんや。
一緒にしゃべって、歌ったり、騒いだりして、それでお終いや。
一部始終をみられとっても、なんも恥かしことはしてへんで」
「にしては、さっき、入ってきた時のギャグ、つまんなかったよね。
とても人気者とは思えない。
あれで絶望したよ」
それは、ギャグの出来が悪いんは、大きなお世話や。
「例えな、お客さんがそういう要求をしてきても、ボクは断固として応じへんかった。
ボクは、そういう商売はせんのやゆうてな、そしたら、そんでもええちゅうお客さんばっかりが、ボクを指名するようになったんや」
「ふーん」
春美とディオの四つの瞳が、ボクの目を穴が空くほどじっと見つめとる。
ウソは言ってへんで。
ボクは霧島ファミリーで、推理研の仲間や。
ここには潜入捜査でいただけや。
みんなの元に帰るまで清い体を守り通そうと誓ったんや。
なんやこの、浮気がばれた旦那のようなシチュは。
「信じてあげるわ」
「とりあえずは、ボクも。
けど、後はお兄ちゃんがボクにどういう誠意をみせてくれるかによるけどね」
さすが、ボクのかわいい妹たちや、わかってくれたみたいやな。
しかし、賄賂、要求しとんのか、ディオは。
「もう。心配したんだからね。
それで、肝心の手帳の方はどうなったの」
「それは任しや。
見つけた。これや」
ボクは春美に、肌身離さず持っとった一枚の紙切れを手渡した。
「地図?」
「そうや。グルービーやろ。
本館が地上七階、地下二階。他に二つの別館まである、まるでどっか映画にでとった「湯屋」みたいなこの娼館にはな、アンベール男爵の秘密の部屋があるんや。
手帳はそこにある」
「この地図の印の場所がそれ」
「バツのついてない、赤い印があと四つあるやろ。
そのうちのどれかが当たりや。
他の部屋には手帳はのうても、なんやヤバイもんがあるんやろけどな。
ここで働いとるみんなやお客さんたちの話をつなぎ合わせた結論がそれや。
ボクはまだ途中までしか調べれんかった。
ごめんな」
「ううん。お兄ちゃん、ありがとう」
「二足のわらじで、がんばってたんだね」
入り口でよっぽどひどく言われたんか、今日のディオはあたりがきついな。
「そや。ピクシーは、一緒やないんか。
まさか、あいつ、入り口で待たされんのがイヤで、ボクを見捨てて帰ったんやないやろな」
「ピクピクがいたら、そうなった可能性はあるよね。
でも、ピクピクは、ブリジット代表にお仕事を頼まれて、そっちにいってるんだ」
ピクシコラ・ドロセラ(ぴくしこら・どろせら)は、春美のパートナーで、クールなマジシャンの女の子や。
「結婚式計画は順調なんやな。
そしたら、ボクも春美たちとそっちに合流しよか」
「ボクと春美が手帳を見つけてくるまでは、ここでがんばってお仕事して待っててよ。
お兄ちゃんのお仕事は、角うさぎのボクには、マネできないからね」
ディオ。
あんなぁ。
ボクの苦労もわかってくれよ。
まあ、ええわ。
タフでなかったら、生きてかれへん。
優しなかったら生きてく資格があらへん…。やな。
どや?
ハードボイルドやろ?
なんや疲れたんやけど、まだ、ギムレッドには早すぎるんかな。
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