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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~
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「ぱーらーみーたは空を飛ぶー、ぷーかーぷーかと空を飛ぶー。まほうのせかーいーー、ゆめのせかいっ♪」
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が、竪琴を弾きながら元気に歌う。楽器を持っている彼女を見て、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が何か1曲、と頼んだのだ。沈んでしまった空気を向上させようと、ノーンは明るく歌を歌った。そのおかげもあって、一行は当初の和気藹々とした空気を取り戻しつつあった。
 そして、ファーシーはといえば――
 ぷりぷりと怒っていた。
「もう! よく考えたら丸1日連絡寄越さないなんてどういうことよ! それは、わたしも忘れかけてたかもしれないけど、でも……用事って、きっと太郎さんのことよね」
「そうですねえ……」
「いっつも、自分だけが何もかも分かってるような顔して、何にも教えてくれないんだから……」
「まあ、そういうところは無きにしもあらず、かもですねー」
 翡翠はのんびりとした口調で、ファーシーの話を聞いていた。太郎の話を知っても過度に落ち込まず、旅を途中で止めることもなく1つの答えを出した彼女に安心しつつ。
 こうして怒っているのも、気持ちを整理するのには必要なのだろう。
「でも、便りのないのは良い便り、ともいいますから」
 そうは言いながらも、翡翠も少し心配している。ルイ・フリード(るい・ふりーど)も、彼女達に対して陽気に言う。
「そうです! ファーシーさんが忘れかけてたように、ラスさんも、ただ忘れていただけかもしれませんよ?」
「うーん、そうなのかなあ……」
「そんなに心配しなくても大丈夫どすよ。それにしても、全く、男っていうのは適当で困りますなあ」
 首を傾げるファーシーに、綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が話しかける。
「紫音も、普段からまじめしてくれはったらええんですが」
「? 真面目に見えるけど……?」
 ファーシーは、一行の一番外縁を歩いている御剣 紫音(みつるぎ・しおん)をちらりと見た。アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)と一緒だ。紫音は殺気看破、アルスはディテクトエビルを使って周囲を警戒している。もっとも、そこまで細かい事はファーシーには分からないが、どこからか来るかもしれない危険に備えてくれているのは分かった。
「他の女の子にしょっちゅう声をかけるんどすよ。ちょっとかわいい子がいるとすぐに近付いて行くんどす。私はもう、いつも気が気じゃなりまへん」
「それって……『ナンパ』っていうやつ? うーん、それはちょっと困るわねー」
「ファーシーはんも、好きな殿方にふらふらされたりするんどすか?」
「わたし? わたしは……」
 昔を思い返し、ファーシーは答える。
「うん、そういうことは、無かったかな。多分、考えたこともなかったと思うわ」
「……うらやましいどすなあ……」
「主も、普段は優しい好い奴なんじゃがな。最近は、我等によく料理を作ってくれるのじゃ。それが、またなかなか美味いんじゃよ」
 アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)が言う。
「へえ、料理かあ……」
 風花は、それで何か思い出したようだ。
「この前、紫音の料理を手伝おうとして、また失敗してしまったんどすよ。料理というのは、難しいおますなあ……」
「主は暖かい心で見ておったようだし、貴公も気にするでないぞ。まあ、そのうち……あー……多分……上手くなる日も来るじゃろう。主はあのナンパ癖さえなければよいのじゃがなあ……本当に、しょっちゅうしとるからの」
「ナンパかあ……今思うと、わたしも何ヶ月か前にされたかも……」
 そんな事を考えつつ、ファーシーは前を行く優斗に視線を送る。そこに、ノーンが籠からドーナツを取り出して差し出してきた。チョコレートがたっぷりとかかっている、甘い香りのするお菓子。
「ファーシーちゃん、このお菓子美味しいよ、食べる?」
「あ、うん、もらおうかな」
 ファーシーはドーナツを受け取った。ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)橘 舞(たちばな・まい)を肘で突っつく。
「舞、あれ、ファーシーにあげてみたら?」
「あ、そうですね。ファーシーさんや皆さんにも、是非……」
 舞は持っていた紙袋から、菓子折りの箱を取り出した。立ち止まって、丁寧に包装を剥がしていく。
「なあに?」
 ドーナツを咥えつつ、ファーシーは飛空挺から身を乗り出した。
「あ、ファーシー、ちょっと待て」
 脚の施術はほぼ終わっていたものの、ダリルが慌てる。静麻も飛空艇を止め、後ろを振り返った。
「手ぶらでは失礼ですし、アクアさんにケロッPカエルパイを持ってきたんですよ。皆さんもどうぞ」
 ……ケロッPカエルパイ……?
 皆がその名称にいろんな意味で(味とか原材料とか)警戒する中、舞はパイを配っていく。
「……まあ、あれよ。美味しいからその辺は安心して」
 売り上げはいまいちだけど、という言葉は飲み込んでブリジットは言う。販促を兼ねて配るのは悪くないけど、機晶姫であるアクアの口に合うだろうか、とは思う。ちょっと、ファーシーに食べさせて様子を見てみようか、という気持ちもあり、舞を促したのだが――
 舞は、にこやかにカエルパイについて説明を加えた。
「ブリジットの実家、パウエル商会が製造販売しているパイ菓子なんですよ。カエル粉末エキスが入ってますけど……」
「「「「「「「「!?」」」」」」」」
 パイを口に入れかけた面々が目を丸くする。完全に口に入れていた何人かが、むせた。なんという思ったとおりの展開……! 変だと思ったんだ、形がカエルじゃないから変だと思ったんだ……!
「でも、美味しいですよ? 見た目と味はうなぎパイですし」
 見た目と味に注釈をつけるあたり、少しは、何と言うかカエル的な自覚があるらしい。
「うん……確かに、普通に美味しいわ。うなぎパイっていうのも食べてみたいかも……」
「そうですか? じゃあ、今度持ってきますね」
 そんな感想を漏らすファーシーに、舞は微笑んで言った。
「それにしても、5000年の時が経っているのに、ファーシーさんの足のことを気にかけて手紙を出されるなんて……、アクアさんて、いい人ですよね。お会いできるのが楽しみです。どんな人だったんですか?」
「いい人……そう、そうよね、いい人よね。うん、アクアさんはね……誰にでも敬語を使う人だったわ。でも、いつも自信満々で、手先が器用で何でも出来て、色んなことを教えてくれたわ。とにかく頭が良い人だった。好きな本を交換しあったり、たまに、一緒にお買い物に行ったりね。わたしと、基本色が良く似ていたの。綺麗な水色の長い髪で……ああそうそう、怒ると、髪の毛にまで電気が走って髪がうねうね動くのよね。それが面白かったかな」
「面白い方なんですね、アクアさんって。ね、ブリジット……あれ?」
 舞はブリジットを振り返るが、彼女は、いつの間にか離れた場所で金 仙姫(きむ・そに)と何やらひそひそ話をしていた。少し難しい表情をしている。
「もう、また……」

「うーん、話を聞く限り、普通の友達って感じもするけど……自信満々とか、色々なことを教えて、とか、微妙に上から的な態度を感じるわね……」
「……誰のことを言っとるんじゃ?」
「アクアよアクア。て……何よその視線」
「いや、何でもないがな」
 仙姫がふいと視線を逸らすと、ブリジットは納得がいかないような顔をしながらも話を続ける。
「ファーシーや舞には悪いけど……あの手紙、ちょっと違和感があるのよね。普通、ファーシーの足が不自由なの知ってて、キマクまで呼びつけるかな。本当にファーシーのことを気遣っているなら、自分から来そうなものだけど……」
「確かに……アクアという者、食わせ者かもしれぬな」
 ファーシーに会いに蒼空学園に来るまでの間に、仙姫はブリジットから一通りの事情を聞いていた。手紙の内容も口頭ながら伝わっている。ブリジットが呼ぶからには何かあるとは思ったが、こういう事だったとは。
「舞は気付いておらぬようじゃが……話を聞く限り、手紙の文面には不自然な点があるの。普通、結婚の話題に触れるなら祝いの言葉の一つも添えるものじゃがそれがないどころか、自分は記号の名字と書き添えるとは、嫌味か妬みとしか思えぬ。少なくとも、相手を祝福しようという気持ちは見えぬな」
「隠れ家的な所に住んでるっている表現も気になるのよね。まあ、良いように考えれば、訳アリで人前には出れないから呼び寄せたとも取れるけど……でも、その場合は、それはそれで何のワケだ? ってことにもなるわ」
「うむ。杞憂であればそれが一番じゃが……」
 ブリジットの推理は滅多に当たらないが、普段ならアホブリと言う所だが、今回ばかりは話が違う。脚の治療を餌に誘い出そうとしているとなると……
「穏便に済ませればよいがな」

「落ち合う前も、ああやってたんですよ。何か、私だけ仲間はずれみたいじゃないですか……手紙の文面に納得いってないみたいですけど……」
「文面……?」
 ファーシーは手紙の内容を思い出す。何度も何度も読み返したから、暗唱までは出来ないまでも、それに近いレベルで覚えている。
「何か、あったかな……文面自体は、ありきたりなものだったと思うけど……」
 挨拶に、自分のことを知った経緯、それに、自宅への案内と近況――
(手紙、ですか……確かに、あの文面からは様々なことが読み取れるような気がします)
 近くでその会話を聞いていた風森 望(かぜもり・のぞみ)も手紙の内容からアクアの正体について考えていた。どうも、ファーシーの現状に妙に詳しい事が気になる。
 ろくりんぴっくでファーシーが生きていた事実を知った事。『結婚されたそうですね』と伝聞の形で書いてあることから考えて、あの結婚式の場にいなかったのは確実だろう。
 となると、5000年前の戦いで死亡して最近になって復活したか、生き延びたかという2パターンが考えられる。
(どちらにせよ、『名字がついた』という辺り、どなたかと契約している可能性は高いですね……。ですが、わざわざ記号と書く辺り、相手からは実験番号としてつけられた様な印象ですが……深読みしすぎでしょうか? それと、名前自体も気になりますね……)
 アクア・ベリル。
 ベリルは鉱物・宝石の一種、ベリリウム鉱石。その亜種としてエメラルド、そして3月の誕生石であるアクアマリンがある。
(手紙の3月というキーワードにも当て嵌まりますが……石言葉は「沈着」「聡明」「勇敢」ですか。これが答えとは思えません……あえて言えば、先程聞いた性格から「聡明」でしょうか。でも、怒って髪がうねるのはどう考えても「沈着」とは言えませんね。むしろ「3」を強調していますから、これの意味が正答と思えますが……)
 日本人として思い浮かぶのは『出会いと別れ』だが、パラミタでは何を意味するのか。
「ファーシー様、3月で思い浮かべる物はありますか?」
 望は、ファーシーに直接聞いてみた。
「3月? そうね……ルヴィの誕生日が3月だったわ」
「…………誕生日、ですか?」
 ほんわかとした答えに、若干気勢を削がれたように望は言う。
「うん。お祝いをするのに、1ヶ月くらい色々考えたものよ」
(それは……たまたまと考えるのが自然でしょうね……)
 他には、何かないのだろうか。
「他にはどうです? アクア様と何か関係しているとか」
「? どうして? あ、そういえば手紙にそんな事が書いてあったな……」
 ファーシーはその内容を声に出した。
「“アクアという名前と合わせ、3月……『3』を示すものです”……『3』か。何だろう……番号?」
 そこで、ふとファーシーは思い出す。自分は、確か5番目だったということを。でも、それが何か関係ある?
「そうですよね……もし、ファーシー様が知っている事柄であれば、手紙を読んだ時点ですぐに気がついた筈ですからね……」
「う、うん……」
 どこか自信無さそうに、ファーシーは曖昧に頷いた。舞が暖かい口調で言う。
「アクアさんにも何か事情があるのだと思いますよ。手紙の文面に、はっきりと意味を書かないのも、こうして招待という形になったのも。きっと、ファーシーさんに会って話がしたい何かがあるんですよ。それは、手紙では言えないことなのかもしれません」
「何か……悩みでもあるのかな……」
 そう言う彼女に、舞は笑いかけた。
「もし、困っていることでもあるのなら、力になってあげられるといいですね」
「うん。そうできたら……いいな。でも、アクアさんは……」
「ファーシーさん」
 そこで、優斗が彼女に接近して話しかけた。
「きっと、再会を喜び合えますよ。いえ、もし何かあっても、最後にはそうなるように」
 ファーシーの脚が1日でも早く直ってほしいと思うし、過去に時を共有した昔馴染みというのは彼女にとって只の友人以上に貴重な存在だろう。そう思っての至極真っ当な発言、行動だったが――
 小型飛空艇を運転していた優斗は、ファーシーと話す為に少し接近しすぎたようだ。


 強盗鳥の上から、テレサは愕然とした声を出した。
「な、何か良い雰囲気ですね……まさか優斗さん、ナンパを……?」
「仕事中にも関わらず、ファーシーさんとイチャイチャするなんて……テレサお姉ちゃん!」
「ええ、ミアちゃん、電話を掛けましょう」
 テレサは携帯を出して、優斗の番号に掛ける。前回、無罪放免して電話を返しておいて良かった……そう思いつつ。
 だが、聞こえてきたのは『お客様のおかけになった電話は電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、かかりません』の繰り返しだった。
「……電源、切られてますね……」
「ええっ!?」
「完全にナンパする気でしたね、これは……」
「完全に浮気する気だったね!」
「ミアちゃん、『ぶりょくかいにゅう』による『へいわいじかつどう』を開始します」
「うん、この子達に『ぶりょくかいにゅう』による『へいわいじかつどう』を開始させるよ!」
 そして、強盗鳥は優斗の小型飛空艇に接近していった。
 猛スピードで。
 ――2人共、シャンバラ大荒野は圏外まっただなかということを完全に忘れていた。

「ファーシー、そんなに心配しなくても大丈夫だ」
 朔が、ファーシーに優しく言う。
「私は……少なくとも、ファーシーの味方でありたいし、スカサハやカリン達、他の連中もその心は同じだろう。だから、何も心配はいらないし、君は自分のしたい事を……『脚を直して、アクアと会って話す』ことだけを考えていればいい」
 朔はファーシーの更なる成長を想い、また彼女が壊れてしまわぬように、護りたいと思っていた。
(……鏖殺寺院の事も気になるが……今回はファーシーの方が心配だ……。この前の借りもあるしな……って、何だ?)
 突然頭に影が出来て、朔は上空を見上げた。強盗鳥が猛スピードで――
 思わず構えるが、強盗鳥は朔をスルーして優斗の飛空艇にタックルした。
「わ、わあっ!?」
「優斗さん!?」
 ファーシーがびっくりする。飛空艇から転げ落ちた優斗は、妙な迫力をもって上空から睨みつけてくるテレサとミアに驚いた。
「て、テレサ、ミア!」
「未亡人の心の隙間に付け込もうとするなんて……許せません!」
「不倫なんて不潔だよ!」
「わ、わああああっ!? ちょっと、誤解……!」
 狼と強盗鳥が、牙と爪で優斗にお仕置きする。見事、将来のミイラ男になりかけた所で……
「ひ、ヒール! ヒール使える人居ない? 緊急緊急!」
「命のうねりなら使えるが、どうしたんじゃ?」
 ファーシーの呼びかけに、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)が近付いてくる。
「これまた、壮絶じゃの……」
 アルスは早速、命のうねりを使い始めた。効果過多で、優斗は何とか事なきを得る。
「あ、ありがとうございます……」
 どのくらい肉塊だったのかは、ご想像にお任せしよう。