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intermedio 貴族達の幕間劇(後編)

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intermedio 貴族達の幕間劇(後編)

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第1章 前口上

 皆さんこんにちは。
(深々と礼をして顔を上げ)
 百合園女学院の高務 野々(たかつかさ・のの)と申します。
(真剣な表情で)
 ヴァイシャリーの大貴族、バルトリ家で起こった脅迫事件……。
 ただの自殺狂言と思われたのもつかの間、見え隠れするのはバルトリ家ご夫妻の不和と、貴族間の争いによる陰謀でした。
 自殺未遂をなされた女主人のアレッシア・バルトリ様は体調こそ回復されましたが、気を塞いでいらっしゃるご様子。そしてアレッシア様のご不調は、お屋敷の方々にも影響を及ぼしているのです。
 はい、現在、私はバルトリ様のお屋敷でメイドとして働かせていただいています。ええ、ご主人様のアウグスト・バルトリ様は申し上げにくいことですが、あまり使用人に頼りにされていないようです。不在がちですので、いえ、いらしてもあまり……。
 ……ん?
(人差し指を顎に当て、考え込みつつ)
 アウグスト様は、次男でいらっしゃいました。それが急に当主になったため、貴族としてさほど優秀ではありません。
 アレッシア様には、愛情以上に強い劣等感を感じられていらっしゃるのではないでしょうか。
 そこで、アレッシア様と親しい男性がいることが気になり、“誰か”に頼んだのです。アレッシア様に、そう、仲の良いオペラ歌手であるディーノ様を諦めさせようとした……。
 その“誰か”が用いたのは、アウグストから渡された金品です。このうち、調度品をディーノ様の家でご覧になったアレッシア様は、ディーノ様を奪った女性とアウグスト様が浮気をしていると勘違いされた。
 傷心のアレッシア様には、敵対する貴族が噂などで不安をあおって自殺を唆せば……、バルトリ家の評判は失墜してその貴族の一人勝ち、と。
 ……いえいえ、まさかさすがにそれは。
(きりっと表情を整え向き直る)
 この妄想、果たして合っているでしょうか。皆さんにはもう事件の真相がお分かりになりましたか?
 ──それでは、後編をお楽しみください。


第2章 バルトリ家、その後

 アレッシア・バルトリの誕生日から二日が過ぎた。
 本来であれば女主人の誕生日という大イベントが恙なく終わり、夫妻はくつろぎ、忙しさと緊張から解放された使用人もほっとして、屋敷内の空気は緩んでいるところだろう。
 しかし、現実は全く逆だった。誕生日パーティの襲撃、そして何よりもアレッシア自身が自殺未遂という大事件を起こしている。
 こんな時こそ落ち着いて事態を収拾するべきアウグストは、百合園生が貴族達を眠らせアレッシアを庇おうとする生徒達と大立ち回りを演じたことに激怒している。百合園女学院を始めとした生徒や地球人、契約者達を排除するべく屋敷の使用人に厳命した。そして、今まで以上にアレッシアを避け、屋敷から不在がちになってしまった。
 今のバルトリ家はかつてないほど、重苦しい雰囲気に包まれている。執事や家政婦はメイド長らと協力して、普段通りの屋敷の運営を執り行おうとしていたが、普段の仕事に加えて、事件に巻き込んでしまった数多の招待客への対応にも追われている。大貴族の使用人としての能力も誇りも持つ彼らも、どこかピリピリした空気だった。
「……失礼いたします。ご気分が優れないところ申し訳ありませんが、フォンタナ卿へのお返事だけはアレッシア様ご自身に……と」
 アレッシア付きの侍女モニカが、寝室のドアを開ける。
 アレッシアはベッドから起き上がっているものの、ソファに項を垂れるように、腰を下ろしていた。モニカが朝着替えを手伝ってから、朝食を運ぶ前からずっとその姿勢だった。……そう、食事にはほとんど手を付けていない。
 彼女は一日の大半を寝室で過ごしていた。アウグストの希望でもあったが、彼女自身何かをする気が起こらないようだ。
「……それは、アウグストが答えるものではないのか?」
 アレッシアが顔を上げないので、隅の椅子で彼女を見守っていたミア・マハ(みあ・まは)が代わりにモニカに質問を投げる。
 モニカは言いにくそうに、
「はい、確かに仰る通りです。アウグスト様は執事に、『自分の代わりに答えておくように』と申し付けられていますが、こちらの方は当家と関わりが深く、できれば自筆のお手紙が宜しいかと……」
 それは分かっているのだろう、アレッシアは顔を上げて小さな声で答えた。
「……後で書きます。ビューローに置いておいて」
「ありがとうございます、奥様。……それから、東シャンバラのロイヤルガードで、奥様を庇われたお客様がお見えですが……お通ししますか?」
 ロイヤルガード──アウグストが彼女達の面会を許したのは、ヴァイシャリー家や代王と繋がりがあるためだ。旧い家柄のため、彼自身の関心と忠誠はアムリアナとヴァイシャリー家に向いており、エリュシオンは歓迎しておらず、東シャンバラのロイヤルガードにはいささか複雑な思いがあるのだったが。
「お会いします。お通しして」
 モニカは手紙をそっとビューローに置くと、控えめにお辞儀をして部屋を出て行く。
 入れ違うように、長いツインテールの少女秋月 葵(あきづき・あおい)が部屋に足を踏み入れた。
 窓は開き、カーテンも開いているのにも関わらず漂う暗い雰囲気に、葵はちょっと躊躇したものの、うん、と気合を心の中で入れて、
「突然ごめんなさい。アレッシアさんのことが気になって来ちゃいました」
 葵は部屋の中に入ると、ミアが引いてくれた椅子に腰を下ろす。
「あたし、貴族とか難しいことはわからないけど……アレッシアさんには死んで欲しくない。あの脅迫状って、誰かが本当に命を狙っていたんじゃなくて、アレッシアさんがモニカさんと協力して出したんですよね?」
「……はい、私が出しました。ですがモニカは何も知りません。一連の出来事には心底驚いたと思います」
「まだ、死にたいって思います? ううん、今思ってなくても、また思うようなことになって欲しくない。ディーノさんからオペラの招待状が来てますよね? もう一度、真剣にオペラをするディーノさんの姿を見てから考えてみて」
 葵は真剣に、アレッシアを見つめた。
「貴方が死んだらバルトリ家は没落するよ」
「……分かって、います」
 アレッシアはゆっくりと首を横に振った。
「私も、皆に不幸になって欲しいと思っているのではありません。ですが……もう疲れたのです。……全て、今まで背負ってきたものを全て消してしまいたかった……」
 大切なものを守るためにロイヤルガードの重荷を背負っていくと決意した葵の目には、重荷に疲れたというアレッシアは頼りなく映るだろうか。
「そうしたら貴方を慕っている使用人も援助してた芸術家達も皆不幸になるんだよ」
「それも、分かって……います」
 アレッシアは再び頭を振る。葵は何度か彼女の意思を覆そうと言葉を重ねたが、アレッシアの意思は変わらないようだった。というより、何か考えることも億劫なようだった。
 今すぐに自殺を図ることはないだろう──ミアの“自分が見ているから、もしもの時は大丈夫だ”という目くばせを受け、葵は諦めて部屋を出た。

「一命を取り留められたのは何よりじゃな」
 再び沈黙が部屋に満ちる中、ミアが薬湯を渡しながら、アレッシアに声をかけた。
「そなたにとっては不本意かもしれんが、これも運命かもしれぬ」
「運命、ですか」
「貴族のそなたには、諦めと感じる、好まぬ言葉かのう? ……しかしの、わらわのパートナーも、通う百合園の生徒たちも、今来たロイヤルガードのようにそなたを心配しておる。使用人も他の貴族達もな。これはわらわ達にとっては、生きてもらうチャンスを貰ったということじゃ」
「…………」
「わらわのパートナーが、そなたに言葉を届けたいと伝言を集めたんじゃが。聞いてやってくれんかのう?」
 ミアは、アレッシアの前に携帯電話を差し出した。画面にはレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の電話番号が表示されている。
 勿論最後に生死を選ぶのは本人だ。
 けれどその前に話し相手になり、思いを伝えたい。そう思っている生徒は多かった。
 アレッシアが携帯を耳に当てると、すぐにレキの声が聞こえてきた。
『事情はミアから聞きました』
 レキの声には、いつになく真剣さが宿っていた。それは口調が普段と違うことからも窺い知れる。
『伝言はひとつだけだから聞いて下さい。ボクの知人の百合園の生徒達がね、あなたのゆるスター真珠をお返ししたい、って言ってます。桜井静香(さくらい・しずか)校長と、ご存じのクロエ・シャントルイユさんの弟さんの、パートナーも一緒に』
「校長が、ですか……?」
『それからこれはボクからですが。……疑うのに疲れたのなら確かめてみればいいじゃないですか』
 レキの言葉は相手の意思を問うように強い。
『ボクには経験がないけど、死を覚悟した人間は何をも恐れないって聞いたことがあります。一度全てを投げ捨てて死を選んだ身なら、もう怖い物はないのではないですか?』
「…………」
『それを確かめるためにも、招待を受けて全てを見届けて欲しい』
「……真珠は無事ですか」
『ボクは詳しいことは知りません。ご自分で会ってください』
 レキは祈るような気持ちで通話ボタンを押し、会話を終了させた。
 ミアに聞いた様子では、彼女はすぐに自殺をしたりはしないという。ただそれが無気力からくるものなら、自殺できるほどの気力を取り戻した時に、危ぶまれる。
(ボクには貴族の難しいことはよく判らない。でも、一度は守ろうとして自殺させてしまった人をこのままにしてはおけないよ)
 レキは高級住宅街にひっそりとある公園の、木陰の間から空を見上げる。
(今度はもう、死なせない)
 そして再び携帯を開く。校長へ、そしてその先にいる学友へとアレッシアの様子を伝えるために。