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最後の恋だから……

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最後の恋だから……

リアクション

 ――1F手術室。

「もー、こんな時までパントマイムなの?」
 ネクロマンサーの佐伯 梓(さえき・あずさ)は、同じくネクロマンサーのナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)のいつも通りさを見て苦笑を浮かべた。
 どうやらナガンは喋る気がなさそうなので、梓は必死にその動きを見た。
 目の前に置かれた両手のその右手が手の平を向けて何かを受け取り、まるでナイフでステーキをスッと切るような動きを見せた。
「……オペ室?」
 梓は両手のサムズアップで、正解だと言われ、次いで海の底で走るように大袈裟に身体で表現したナガンを見て、時折梓を抜かしたり、疲れた振りをしてわざと抜かれたり、手術室へ走って向かった。
 ――ガタン!
 手術室のドアを勢いよく開けて中に突入したが、そこにウジ虫はいなかった。
「いないの? じゃあ、薬を……」
 ぴちゃり、と何かが垂れたのを、ナガンは見落とさなかった。
「上だぜ、梓!」
 天井にびっちり張り付いたウジ虫達が、その巨体を地面に叩きつけて落下してきた。
 瞬時に2人は背を合わせ、迎撃に入った。
 梓がサンダーブラストを放ち近寄らせず、落としきれなかったウジ虫はナガンがマシンピストルで止めを刺した。
 少し背に力を入れれば、まるで回転扉のようにくるりと位置変更できるのは、2人ならではの業だった。
 その調子の良さに、ナガンは気持ちよく高笑いで、梓に伝えようとした。
 だが、自身の声が耳に届かなかった。
 ――……うーあー、うぁ? これ、耳がイカれてる? ナガンも、梓も?
 高笑いに梓の身体から反応がなく、ナガンは梓も症状が出ているのだと悟った。
 まだウジ虫は取り囲むようにいる。
 例え音がなくても、背にする大切な人を信じて戦うしかないのだ。
 ――怖い。
 思わず漏れた梓の弱音が戦闘意欲を奪い、ナガンの背から暖かさを、握ってしまった手から存在を求めてしまう。
 振り向いたナガンが自らの首に手を掛けながら、悶える様子を見せた。
 それでわかってしまうのだ、ナガンも耳が聞こえないのだと。
 ――最期だから、離さないで。お願いだから。
 ナガンはその梓の言葉は聞こえずとも、笑って、握った手を握り返した。
 その距離は近く、でも背をつけたままの、どこか対等なままで。
 音が聞こえたら、避けられただろう。
 天井を突き破って落下した一段と巨大なウジ虫に、2人は押しつぶされたのだった。

「恐らく特効薬などは存在しない……。新種の感染病などがあれば、即座に世間は対応しているはずだからな」
 ネクロマンサーのイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は、パートナーであるヴァルキリー、アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)と共に、1階の離れにある薬局に向かって走っていた。
「ですが何か薬さえ手に入れば、応急処置にはなりましょう」
 アルゲオの満点の答えに、イーオンは満足気に頷いた。
 となれば、無駄にウジ虫の相手もしていられない。
「イオの行く手を遮るモノは……ッ!」
 アルゲオが先行してウジ虫を切り裂き、道を作る。

 ――1F薬局。

 薬局に駆け込んだイーオンとアルゲオだが、何1つ望みの品は残されていなかった。
 ウジ虫の酸に薬は溶かされ、異様な臭いと煙が充満しているだけだった。
「逆に追い詰められた、か……」
 引き返すにも、一本道の退路にはウジ虫が鬩ぎ合うように塞いでいた。
「振り回して悪かったな、アル」
「いえ。イオが救い出してくれたからこそ、私はいるのです。では……参ります……ッ!」
 アルゲオが武器を手に駆け出すと、ウジ虫も一斉に押し寄せてきた。
「帰るのだ……。こんなところで、俺は死ねない」
 力の続く限りサンダーブラストを打ち込む。
 焼け焦げたウジ虫の煙で、視界が見えなくなるほどに、全ての力を放出した。
「絶対に……絶対に帰るのだ……! 絶対に……――!」
 煙を突き破って、生き永らえたウジ虫の大群が突進してきた。
 例えこれをいなしたとして、もう声の出ないイーオンは、永くないのだ。
「イオ……ッ!」
 アルゲオはウジ虫を諦め、パートナーの元へとダッシュして盾になろうと抱きついた。
 勢いがつきすぎて、押し倒してしまう形となった。
 それも仕方がないのだ。
 イーオンの元に駆け寄ろうとした瞬間に、光が消えたのだから。
「イオ……」
(セレスティアーナ……最期にキミの名すら呼べないなんて……)
 ウジ虫の大群が2人を、轢き、跳ねた。

 ――2Fナースステーション。

 突然の死の宣告を受け、どれくらいの人間がそれを受け入れられるだろうか。
 階段を駆け上がり、2階のナースステーションに辿り着いたローグの東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は、最期まで抗う決意を滲ませ、武器を手に取り、秋日子のパートナーである剣の花嫁、要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)も並んで抗う決意を見せた。
 目指す先はナースステーションの医療品置き場であり、薬局ほどでなくとも、いくらか薬品がストックされているはずだ。
 秋日子は綾刀でウジ虫を切りつけながら、少しずつ目的地への道を開いた。
「行って、要!」
 だが、要は行くことを拒む。
 なぜなら、互いに噛みあわない同じ目的――要を死なせたくない秋日子に、秋日子を守りたい要――を持っているからだ。
「ぐっ……自分が防ぐから、秋日子くんが薬を探してきて……」
 シールドで必死にウジ虫を押さえつけながら、要は言った。
「ダメ! 要が死んじゃったら……ッ!」
「秋日子くんッ!」
 強い意志のある瞳に、秋日子は折れざるを得なかった。
 自らが開いた道で、薬品棚に向かった。
 その間にもジリジリと押さえ続ける要を一度振り返ると、秋日子は焦りを抑えきれない。
 名前も知らない特効薬を、あれでもない、これでもないと瓶を床に割り捨てながら探す。
 次第に涙が溢れ視界が潤むと、涙を拭う間もなく、光が失われた。
 パニックに陥りながらも、なんとか探し出そうと暗闇の中を手探りに探すが、1つ、また1つと瓶は床に落ち割れ、溢れる涙は止まらなかった。
 ――ドフッ。
 秋日子の背中に当たったそれは温かく、ゆっくりと身体を抱き締めてくれたような気がした。
「要……要……ッ!?」
 パニックで周りが見えなくなった秋日子に襲い掛かったウジ虫を、身体を張って守った要が、血を流しながら秋日子に抱きついたのだ。
「かな、め……自分の命でしょ? もっと大切にしてよ! 要を守るために戦ってるのに……要がいなくなったら、私……!」
 全てを悟った秋日子は、怒り、泣き、要の体温を感じ続けた。
(自分は秋日子くんが第一なんだ……だから……)
 感染病に冒され、既に言葉を失った要は、もどかしさを感じながら、1つ、新たな感情を感じていた。
 だが、もうそれを既に伝える手段はない。
 最期に、綺麗な白い手で、涙で濡れた秋日子の頬に伝えるので精一杯だった。
 ――ご・め・ん・ね。
 ズドンと一段と大きな音が背後からして、2人は抱き合ったままウジ虫に潰されたのだった。