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最後の恋だから……

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最後の恋だから……

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「……僕、みんなに恩返し、ちゃんとできたかな」
「兄貴……」
 ナイトの天海 護(あまみ・まもる)がポツリと呟いたのを、パートナーの機晶姫、天海 北斗(あまみ・ほくと)は寂しそうに見た。
 幼い頃から身体が弱く、長い事病院生活を送っていた護はもう何度も、同じ病室の友達が天国に旅立つのを見守ってきた。
 その後、普通の生活をできるようにはなったが、やはり病弱な身体に残された時間は、そう長くは無かった。
 これは確かに感染病なのかもしれないが、いつか訪れると思っていたその時には変わりはない。
 人生で何度も経験した死の恐怖がまた、目前に迫っている。
 だが、恐怖はない。
 大切な弟が、傍にいるからだ。
 次第にボヤけていく視界は、ついには暗闇に包まれた。
「目が……見えなくなっちゃったよ……」
「オ、オレ、誰か助けを呼んでくるよ!」
 北斗が助けを求めにベッドから立ち上がろうとしたが、その手を護に握られ、離してはくれなかった。
 諦めちゃダメだ、と怒るように説得しようとした北斗だが、声が出なくなっていた。
(こんな大事なタイミングでまた故障か……!?)
 だが、それは故障ではなく、病気なのだ。
 機晶姫にさえ、この病は感染した。
 護は、今ではもう、弟としてずっと接してきた北斗の顔を、姿を見ることは叶わないが、機晶姫独特の駆動音、そして彼らしい金属の機体の感触を感じ取っていた。
「目が見えなくたって……僕達は繋がっている」
 咳き込んで、大量の血を吐き、朦朧とする意識の中で、しっかりと北斗の身体を抱き締めた。
「……北斗と一緒になれて、本当に嬉しかった。……ありがとう。」
(兄貴……。オレも今逝くよ……)
 北斗の身体から漏れたオイルは、死の拍子に引火し、炎が瞬く間に2人を包んだ。

 ――あげは夢だったんですよー。雪を、こーんないっぱいの雪を見るのが。ねえケイさん、いっぱいあそんでくれてありがとー。
 雪の絨毯に無数の足跡をつけ、サイオニックの北條 あげは(ほうじょう・あげは)は満足気にその上に座り込んだ。
 それに倣うようにあげはのパートナーである強化人間のケイ・ピースァ(けい・ぴーすぁ)も、横に並んで座った。
 ――ねえケイさん、あげは達は死んじゃうんですよ。悪い伝染病にかかっちゃったんです。でも、あげは怖くないんです。あげはの国では、死んでも生まれ変わってまた戻ってくるんです。
 耳が使えなくなったあげはは、ケイと精神感応を用いて会話を試みていた。
 どちらともなく見合って、肩を寄せ合い、強く手を握り締めた。
 ――あげはにはケイさんがいて、よかったですー。
 ――あーうー。
 言葉を忘れたケイは、そんなあげはの言葉に力強く二度頷いた。
 ――みて、ケイさん。雪です、雪が降ってきたですー。
 晴天の空から、はらりはらりと、粉雪が舞い落ちてきた。
 それはプレゼントであり、お迎えの合図なのだ。
 ――あげはは眠くなったので、寝ますです。
 ――あーうー……。
 ケイはあげはをきつく抱き締めて、温もりを与えた。
 ――ねえケイさん、二人とも死んじゃうけど、生まれ変わってもきっとこの手ははなしません、から。だから……おやすみなさい。
 どうしていつも混沌とする思考は、今日に限ってクリアなのだろうか。
 ケイは空を仰ぎながら、もう聞く事のできないあげはの声を思い返し、静かで穏やかな白銀の世界に別れを告げた。
 あげはの言う通り、生まれ変わるとしても、きつく繋いだこの手はきっと離さないと誓って――。
 ――お、やすみ……あげ、は……。
 拾ってくれた人と最期を共にできる幸せを、クリアな思考にハッキリと刻み込みながら、目を閉じた。

 ホテルの屋上を最期の場所と決めたのは、強化人間のヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)と、そのパートナーであるテクノクラート、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)だった。
 既に目が見えなくなったヴェルリアが、真司の胸を背にして、抱きかかえられていた。
 真司もまた屋上にくるまでに口が聞けなくなり、ヴェルリアとは精神感応での会話にならざるを得なかった。
 ――星……綺麗ですか?
 ――ああ……。
 ヴェルリアが一緒に星を眺めたいと、バカンスが決まった時から言っていた願いだった。
 だから真司は、その願いを叶えるべく、晴天の空を眺めながら答えた。
 ――どんな星が見えますか? 教えてください。
 ――……とにかくいっぱい……綺麗だ。
 ――真司は嘘が下手です。
 ぐっと胸に背を押し付け、首で仰いでくるヴェルリアの顔は、笑顔だった。
 ――それと、本当は、薬を探しに行きたかったのでしょう?
 ――そんなことは、ない。目が見えなくなったヴェルリアを置いていけるものか。
 事実探しに行こうとは思った。
 だが、特効薬が存在するという確証もなければ、何より言葉通り、目が見えなくなった彼女を1人放っていくという選択肢を選ぶには、心が痛みすぎた。
 ――ふふ、優しい真司に会えて、良かった。もう……最期ですから、貴方に伝えたいことがあります。
 ――今度からは迷子にならず、1人で目的地にいけるように大人になる、ってか?
 はぐらかした。
 聞きたくなかった。
 ヴェルリアを抱く力が、一層増した。
 ――いいえ、迷います。迷って迷って迷って……。だから、その度に迎えに来てください。
 ――仕方ない、奴、だな……。
 ――真司。私は……貴方の事が……大好きです。
 ヴェルリアの細い指が真司の頬を撫で、捉えると、優しく唇を重ねてきた。
 星はなかった。
 だが、代わりにはらりと降る雪が星となり、流れ星を身体一杯に受け止めて、真司とヴェルリアは、その肌に落ちた星が落ちるまで、キスをし続けた。

 生きることというのは面倒である。
 それが、ミンストレル双葉 朝霞(ふたば・あさか)の持論であり、彼女の面倒臭がりの性格をよく表していた。
 勉強するのも、働くのも、遊ぶことさえ、エネルギーはいる。
 世の中にはやらなければならない事がたくさんあり、それらをなんとか取り繕って生きれば生きるほどに、後にしわ寄せがやってくる。
 それを更に面倒臭がり、後は繰り返し、繰り返し、である。
「自分で死ぬ勇気もなし、ていうかそれも面倒だし」
 今日までずるずる生きてきた朝霞だが、それももう、今回の伝染病で終わりだ。
 病気のせいだろうか。
 朝霞の耳には何にも聞こえず、とても静かで、居心地のいい森のような気がした。
 ――そう思わない? お人形さん。
 朝霞のパートナーである機晶姫の小芥子 空色(こけし・そらいろ)を車椅子で押しながら、彼女は尋ねた。
「……」
 だが、空色は全く反応を示さなかった。
 機能を停止している空色は、それこそ生きているか死んでいるかわからない人形なのだ。
 やがて枯れた森は開け、湖に出た。
 氷がピンと張った、綺麗な湖だった。
 そこで朝霞は空色を乗せた車椅子を止め、最期の別れを告げた。
 ――お人形さん、さようなら。キミはとても綺麗で、ずうっとただそこに有るだけで……羨ましかったよ。私は人間だから、死んでもキミみたいに綺麗には残らないね。それじゃあ、おやすみなさい。……お人形のキミにはおかしいかな。
 これまでの人生を振り返りながら、朝霞は近くの木の根元に腰を下ろし、背もたれにした。
 人生は面倒だったが、そこそこ楽しかったと言えそうだった。

 メイドのエミン・イェシルメン(えみん・いぇしるめん)は、木偶の坊になりかけの足で、必死に森を走り回っていた。
 感染病で皆が死ぬというアナウンスを受けて、1人で散歩に出かけたパートナーの機晶姫である金襴 かりん(きらん・かりん)を心配して探し回っていたのだ。
 ――彼女を1人で死なすわけには、いかないんだ。
 もう、声が出なくなっていた。
(彼女の死んだ夫に……一方的にだけどね、誓ったんだから。自分がもう、パートナーとして彼女に寂しい思いはさせないと。……そうだというのに、どうしてこの声は出ないんだい!)
 焦りと苛立ち混じりに、とにかくエミンは走り続けた。

 感染病のことなど露知らず、森を散策中だったかりんは、突如光を失った。
「何……!? 何、何、何……ッ!?」
 元々聴力を失っているかりんは、2つの感覚を失い、パニックに陥った。
「何で、わたしの目、さっきまで見えてたのに!」
 かりんは伸ばした手だけを頼りに、森を彷徨いだした。
「誰か……いませんか。何が、あったの……?エミン、エミンは……どこ……?」
 両手を前に突き出し、ふらふらと上下運動しながら、覚束ない足取りでひたすら歩いた。
 ――ガシャンッ!
 と、突然何かに躓き、かりんは盛大に地面に倒れた。
 空色の車椅子にぶつかったのだ。
「あ、あの、わたしは耳が、聞こえなくて……お願い、何があったのか、教えて。……ごめんなさい、お願い、返事を……反応を、してっ」
 文字を書いてくれと手の平を差し出すが、空色からの反応はなかった。
 それでも挫けずに再び歩き出すかりんだが、数歩歩いたところで、足を踏み外したような浮遊感に見舞われた。
(私が……あの人に、遺された意味は……あったかな。こうなるのなら……一緒に。停止しておけば…エミンを、巻き込むこともなかったかな)
 走馬灯のように亡き夫を思い返すかりんが、突如浮遊感とは違うベクトルにその腕を引っ張られた。

 ――み・つ・け・た・よ。
 湖に落ちるところを間一髪で助けた主が、かりんの手の平に文字を書いた。
 この期に及んで、かりんの聴覚が失われていることを知っているのは、エミンだけだった。
「エミン!? エミンなのね!」
 かりんは泣きながらエミンに抱きついた。
 ようやくかりんを見つけた安堵感も相まって、エミンは自分の死期が近づいたのを感じ取った。
 だから、早くお別れを告げなければいけない。
 ――じ・ぶ・ん・と・ふ・た・り・で・ご・め・ん。
「そんなことない! エミンがいてくれなかったらわたし……ッ!」
 ――か・り・ん・は・す・て・き。
「わたしも、エミンのロマンチストなところが好き」
 エミンは照れたように笑い、最期の言葉を残した。
 ――あ・り・が・と・う・さ・よ・う・な・ら。
「ど、どういうこと!? エミン、エミン!?」
 かりんは状況を飲み込めず、再びパニックに陥った。
 しかし、すぐに意識を失って、逝くこととなった。

 こうして、島には一陣の風が吹き、雪が降り始めた。
 今、再びここは、
 ――冬の孤島になった。