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最後の恋だから……

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最後の恋だから……

リアクション

★3章



 もはや、希望などは存在しない。
 残された者はただ、己の最期の閃光を放つのみ。

 仲良く雪だるまを作ってバカンスを満喫していたネクロマンサーの如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)にも、感染病は容赦なく襲った。
 全盲である日奈々はより他の感覚に敏感で、聴覚を失ったのにすぐに気付いてパニックを起こした。
「え……何、何? ち、千百合ちゃん……千百合ちゃん、どこ、ですかぁ……っ……」
「日奈々!? ねぇ、どうしたの、日奈々!?」
 今にも泣きそうな、それでいて悲鳴のような日奈々の声に、パートナーである剣の花嫁、冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は驚き、慌てて駆け寄ろうとした。
 しかし、突然目の前が暗闇に包まれた。
「えっ……なんで急に真っ暗に……」
 手記の内容を知らなかった2人は、これが伝染病であることは知らなかった。
 しかし、今は原因などどうでもいいのだ。
「わからない……何も、聞こえないですぅ……っ」
「耳? 耳が聞こえなくなったの、日奈々!?」
 一刻も早く、愛しいパートナーの元へ駆け寄り、その身を抱き締めたかった。
 か弱い声を頼りに、神経の全てを耳に集中させながら、千百合はゆっくりと歩を進めた。
 まるで宝石のように綺麗な新雪を踏みしめる音が、これほどまでに鬱陶しく感じたのは初めてだった。
 そして、今改めて日奈々の世界――暗闇の中――を体感しているのだ。
 この恐怖と戦ってきた日奈々を思うと、千百合は胸が張り裂けそうなほどの痛みと孤独を感じてしまう。
 指先に温かさを感じると、そのまま引き寄せ抱き締めた。
「大丈夫、あたしはここにいるから。ね、だから落ちついて」
「お願い……離さないでですぅ……」
 ようやく捕まえた愛しい人の頭を優しく撫でながら、互いに名前を呼び合う。
「日奈々……大丈夫。大丈夫だよ……」
「千百合ちゃん……千百合ちゃん……」
 どちらともなく、ごふっと咳き込んだ後に血を吐き出した。
 だが、死などは関係ない。
 愛しい人を孤独にさせずにいられれば、存在などはどうでもいいのだと思った。
 ホワイトパールの宝石をルビーに変えながら、2人は抱き合い続けた。

 南東部の見晴らしのいい丘まで来たソルジャーの如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、適当に場所を見繕ってシートを広げた。
 どうやらホテルのアナウンスで言っていた感染病に冒されたらしく、既に口が利けなくなっていた。
 冬の穏やかな波を見ながら正悟は思うのだ。
(人は死ぬ時は死ぬしな。俺は他の連中みたいに生には執着してないし、1人でくたばって野垂れ死んじまう方が上々な死に方だし、らしいさ)
 目を閉じ、全てを悟りきったような顔でその時を待った。
(……声、聞こえる……誰だ?)
 正悟は耳を澄まし、声のする方を振り返った。
 その方向にいたのは、よろよろと正悟に近づくバトラーのオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)と、オルフェリアの手を引くパートナーの剣の花嫁、ルクレーシャ・オルグレン(るくれーしゃ・おるぐれん)だ。
「正悟さーん! お願いです! 出てきてください! 正悟さーん!」
 もうお互い目が見えないのだろう。
 手を前にして障害物がないのを確認し、小幅な1歩でしっかりと大地を確かめている。
 そこまでして正悟を探そうと駆り立てるのは、ルクレーシャの気持ちだった。
「正悟さーん、ルクレーシャさんと会いにきましたよー」
 木々に向かって叫ぶオルフェリアを見て、正悟はそっちじゃないと突っ込みたくなるが、もはや言葉はでない身体なのだ。
 重い腰を上げて2人に近づき、ルクレーシャの手を取った。
「……? 今……手を握ってくれたのは、正悟さんですか?」
 正悟はそのまま2人を自分のシートに連れて行き、座らせた。
 目の見えない2人は何が起こったのかわからないようだったから、なんとか正悟であると証明したかったのだが、声が出ない。
 仕方無しにルクレーシャの手を取り、
 ――だ・い・じ・ょ・う・ぶ・か・?
「正悟さん……? はい、私は大丈夫ですよ。正悟さんは大丈夫ですか?」
「正悟さんに会えましたか、良かった。それじゃ私は……」
 オルフェリアはもはや限界なのか、手探りでルクレーシャの膝を探し、その上に頭を乗せた。
 居心地の良さと懐かしい匂いがする。
 まるで死んだ母親に膝枕で甘えているようだと思うと、自然を顔が綻んだ。
「……でも正悟さんに会えて良かった。もう、離れちゃ嫌なのです」
 手をぎゅっと握られ、光のない瞳で微笑むルクレーシャを見て、正悟は何とも言えない気持ちになった。
 ルクレーシャが何故こうも無理をして自分を追ってきたのか、わかっている。
 わかっているが、
 ――あ・り・が・と・う
 こう指で返事するのが精一杯だった。
 そのまま肩を抱き寄せて座り、嬉しそうな笑顔を見せてもう一言、何か言いたそうなルクレーシャの唇に、人差し指を当ててみせた。
 少し残念そうで、それでも最上級に近い笑顔を見せるルクレーシャを見ると、正悟は少しだけ揺らぐのだ。
(……俺みたいなのは1人でいいと思ってたけど……誰かの近くに居てもいいのかもな)
 死に際までの僅かな時間だったが、ここにいる3人は皆、安らかな顔をしていた。

「……見えない、見えない、見えない! ねえ、セレアナ、セレアナ、どこなの? 返事してよ! 何も見えない……見えないことがこんなに怖いなんて……ねえ、お願いだから返事してよ……」
 ホテルを囲んだコテージの施設の1つ、温水プールを恋人であるパートナー、シャンバラ人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共に貸切状態で泳いでいたソルジャーのセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、プールサイドに上がった瞬間に病魔に冒された。
 そんな最愛の人の危機をセレアナは感知したが、声が出せない自分に気付いた。
 危ない足取りでプールサイドを歩くセレンフィリティに急ぎ駆け寄り、後ろから抱き締めた。
 言葉――それも、愛するセレンフィリティの悲痛な叫び――が聞こえるのに、それに返事ができず、ここにいるよ、の一言さえ掛けてやれない。
 その絶望的な事実と無力さにセレアナは涙しながら、自分のぬくもりだけでも伝えようと懸命に抱き締めた。
「セレアナ!? セレアナなの? 良かった……良かった、よぉ……」
 安堵にセレアナとは違う涙を流したセレンフィリティが、どこまでも愛おしくて、セレアナはその身体を強引に自分に向けさせ、そのまま押し倒した。
 そして、セレアナは言葉の代わりに、態度で示すな。
「んっ……」
 息つく暇さえ与えない情熱的で、深い深いキスを繰り返す。
「セレ……ア……ナァ……」
 器官が失われた次に訪れるのは、吐血だ。
 だが、互いの唾液が血に変わろうとも、2人はキスを続けた。
 終焉を目前に控え、最期に、背中に回されたセレンフィリティの指が、文字を書いた。
 ――あ・い・し・て・る。
 もう、死を迎えても怖くはなかった。
 折り重なったまま、口付けを交わしたまま、2人の間に静かな時が流れた。