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ぶーとれぐ ストーンガーデン 黒と青

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第三章 Master of ARKHAM HOUSE

橘舞(たちばな・まい)

気ばかりせいていてもしかたありませんから、三時のお茶にしませんか?
誰も賛成してくれなかったですけど、異を唱える人もいないので、私が用意しますね。

「すいません。給湯室はどこでしょうか?
薬缶。それともケトルでいいのかしら、お湯を沸かす道具を貸していただきたいのですけれど。
それともストーンガーデン内のお店に出前を頼んだほうがいいですか」

「紅茶とお菓子の出前というのもおもしろいかもしれんのう」

「そうですね。
とりあえず、私と仙姫とブリジットの分でいいのでしょうか。みなさんも、一緒にお茶にしませんか」

私、橘舞とパートナーの金仙姫(きむ・そに)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)の三人は、ストーンガーデンのCATHEDRALにいます。
ブリジットがオーダメイドした名探偵手帳を会う人ごとに見せ、情報収集をしながら、ガーデン内を歩き回っていたら、CATHEDRALの管理人のルビーさんの使いの人に声をかけられたんですよ。

「名探偵ブリジットさんの捜査に協力したいので、ぜひ、CATHEDRALに滞在して欲しい」ですって。
でも、私は無料で泊めていただくのはどうかと思ったので、料金はお支払いさせてくださいと言ったんです。

「事件解決が宿泊代の代わりよ。私を名探偵と呼ぶからには、ルビーは私の力を認めているのね。
いいわ。
宿泊の記念にCATHEDRALの壁にサインしてあげる。場所はどこにしようかな」

ブリジットったら、こんな調子でした。

「怪しげな名探偵手帳を見せびらかしておるから、皮肉をこめてそう呼ばれておるのじゃ。
それくらい、気づかぬのか。この、めい探偵は」

「素直に言ったらどう、仙姫は、この手帳がうらやましいんでしょ。
でもダメ。
これは、選ばれし探偵だけが持てる名探偵手帳よ。
推理研代表の私に、これほどふさわしいアイテムはないわね」

仙姫はあきれた様子で首を横に振っていましたけど、私は、ブリジットの言う通り、それもそうかもしれないな、と思ったんですよね。
ブリジットは推理研の代表ですし、いままでもいろんな事件に挑戦していますから。
推理が当たっていたかどうかは、私にはよくわかりませんが。
私たち三人と、私たちの捜査の手伝いとしてこの部屋で待機してくださっているガーデンの自治会の方、プラチナさんとオニキスさん、合計五人分のお茶を用意しに、私はプラチナさんに案内していただいて給湯室へ行こうとしたんです。

「白い悪魔。まさか、また会うとは」

「え」

廊下にでた私の前には、マジェスティックの神父さん、ルドルフ・グルジエフさんがいました。
髪をほんの少しだけ額にたらし、鼻メガネに裾の長い黒っぽい服、前にお会いした時と同じ格好ですね。
理由はよくわかりませんが、ルディさんは、前回、私を悪魔呼ばわりしたんです。
ひどすぎますよね。
私は、なぜ、自分が神父さんに悪魔と呼ばれるのか、ずいぶん考えたんですよ。
だから、もし、またルドルフ神父さんにお会いしたら、じっくりお話して誤解をときたいと思っていたんです。
多少の考えの違いはあっても、話せば、きっとわかりあえますよ。

「ルドルフ神父さん。お久しぶりです。私、考えたんですよ」

「またも邪なたくらみを思いついたのか。
悪魔がいるとなると、あの部屋には、雷神風神も」

「もっときちんとお話ししましょう」

よく知らない人のことを悪魔とか言ってしまう神父さんが、なんだか私は心配になってきました。
あんまり熱心に神父さんとして活動していたので、いつも、神様や悪魔で頭がいっぱいになってしまって、目の前の現実がわからなくなっているのかもしれませんね。
だとしたら、かわいそうですよ。
私は神父さんに近づいて、正面からまっすぐ目をみつめました。
目は心の窓と言いますよね。
神父さんの心の歪みも、目をみればわかるかもしれないんです。

「やめろ。
それ以上、近寄るな。
なにをするつもりだ」

「なんにもしませんよ。安心してください。
素直な気持ちでお話ししましょう」

気のせいでしょうか、神父さんがまるで怯え、震えているようにみえたので、私は微笑みかけて、神父さんの手を両手で包み込みました。
握手です。

「ルディおにいちゃん、ここにいたですか。
みんなおにいちゃんを探しているですよ。むむむむむ。顔を青くして、舞おねえちゃんとなにをしているです」

百合園女学院のヴァーナー・ヴォネガットさんがやってきました。
かわいい正義の味方のヴァーナーさんとは、推理研の事件調査の時によく一緒になりますね。

「ヴァーナーさん。握手ですよ。
私はルドルフ神父さんとお互いにわかりあいたいと思うんです」

「舞おねえちゃん。こんにちはです。
おねえちゃん、ルディおにいちゃんの顔が青を通りこえて、白くなったです。
目も白目になってるです。具合悪そうですよ。
あ、倒れるです」

あああああ。
神父さんが仰向けに倒れてしまったので、手を握っていた私も引っ張られて、床の絨毯へ。
私は、神父さんの上に、胸に顔をうずめて倒れてしまいました。

「あ、悪魔にやられた」

神父さんが弱々しくつぶやいています。
またそんなふうに言われてしまうなんて。

「誤解ですよ。しっかりしてください」

つい夢中になってしまって私は、神父さんの体に馬乗りになって、彼の襟首を揺さぶりました。

「暴力はやめるです。
おにいちゃんがかわいそうです。舞おねえちゃん、落ち着いてくださいです」

ヴァーナーさんが私の背中にしがみついて、私をとめようとしたんです。それで、私はバランスを崩してしまって、再び、神父さんの胸に倒れました。今度は、ヴァーナーさんを背中にのせた格好です。
下から、神父さん、私、ヴァーナーさんの順番で三人が体を重ねました。

「ぐ、ぐぐぐぐぐぐぐ」

神父さんがうめいています。
これも私のせいなのでしょうか。これでは誤解はとけないかもしれませんね。残念です。

「音がしたんでみにきてみれば、ちょっと、舞。なにやってんの」

ブリジットが廊下にでてきました。

「この光景を撮影しておけば、モグリの神父をセクハラでマジェから追い出せるわね。
本人が苦しんでるのがアレだけど、それくらい修正できるわ。
こういうの腹上死って言ったかしらね」

これは圧死でしょう。腹上死というのは、それは、あのう、えーと、別に私が考えなくてもいい問題ですよね。
ブリジットは携帯で私たちを撮影しています。まったく、冗談がすぎますよ。

「誰も死んでないですよ。
ブリジットおねえちゃんがいるってことは、推理研のみんなもきてるですね」

ヴァーナーさんは私の上からおり、立ち上がりました。私も神父さんから離れて立ちます。
冷静に考えると、すごく恥ずかしい格好をしていた気がしますね。
なんてことなんでしょう。

「ええ。みんないるわ。
バラバラに捜査してるんだけど、ガーデン内は携帯がつながりにくいのが難点ね。
言われて見れば、私が捜査にくると必ず舞がついてくるのよねえ。なぜかしら。
あれ、舞、どうしたの。トマト並みに顔が赤いわよ」

「私、神父さんにのってしまって」

「そうね。神父には礼の一つも言ってもらわないと」

ブリジットは立ったまま、神父さんの顔を真上から見下ろし、

「起きなさいよ。
あんた、ウチの舞に手をだすなんていい度胸してるわね。
生臭坊主。セクハラの慰謝料として、働いてもらうわよ。
文句ないわね」

「ブリジット。違うんですよ」

「いいから、いいから、私には、全部、わかってるわ」

名探偵だから、でしょうか。

びしっ。

ブリジットは神父さんに人さし指を突きつけました。

「あんた、魔術師を探しなさい。
容疑者の犯行時の記憶喪失。
死体の消失。
子供たちの行方不明。
怪物の目撃談。
数々の伝説。
この事件の裏には、尋常でない人物がいるはずだわ。
常識の範疇にない力を持つもの。
仮に魔術師とでも呼んでおく。
そいつをみつけるのよ。
いいわね。拒否権はないわよ。
そうそう。以前の事件で、ダメージを負ったメロン・ブラックがガーデンに潜伏している可能性もあるかもね」

「魔術師さんが事件の鍵なんですか?」

ヴァーナーさんが腕を引っぱって、神父さんを引き起こしながら、たずねます。

「事件の背後に魔術、超能力、スーパーナチュラルな能力を持つものが存在するのは、最近のパラミタで発生する事件に共通する特徴よ。
今回も、そういうやつが暗躍していると考えたほうがいろいろつじつまが合うじゃない。
そいつはまだ表舞台にでてきていない。
ヴァーナーは、神父と協力して魔術師をみつけだすのよ」

「さすが名探偵です。
ボクはまったく考えてなかったですよ。
ルディおにいちゃん、ボクと一緒に魔術師さんを探すです」

「素直ね。
捜査の現場でスペシャリストの指示に従うのは賢い選択だわ。
これをみて」

ブリジットがまた手帳をだします。
特別注文の手帳は、ブリジットのお気に入りのアイテムみたいですね。
手帳といっても、ダイアリーカバーと、紙の部分は別々になっていて、紙のところを入れ替えれば、何年でもずっと使える仕様になっているんです。
カバーはエジプト綿に塩化ビニール加工してあるトアル地で、防水で傷や汚れにも強いんですって。
もちろん、カバーも紙もブリジットがデザインしたんですよ。

「わあ、すごいですねえ。
これはどうしたですか。スコットランドヤードからもらったですか」

「ヤードがこんなおしゃれなアイテム持ってるわけないじゃない。
これは、私、オリジナルなの。
デザイン、機能性、耐久性、すべてにすぐれた逸品よ。
地球のエ〇メ〇のケリーやバーキンのバックみたいに、私の名前で商品化されないかしら。
ダイアリーカバー・ブリジット。
推理研で販売してもいいわね。一つ一つ舞の手縫いよ」

手縫いだと注文が多いと、できあがるまで何年もかかってしまいますね。ブリジットが手帳屋さんをはじめるなら、私もなにかデザインしてみたいです。

「しかし、推理研のメンバーから連絡もこないし、この事件はどうも進行が遅い気がするわ。
そうね。攻めの姿勢が必要よ。
舞、あなたも魔術師関係の情報を集めに聞き込みに行くのよ」

「手帳屋さんを開業するお話はどうなったんです」

「それはまた今度。
いまは、このモタついている捜査を進展させなきゃ。名探偵ブリジットの名がすたるわ」

手帳はおいておいてもいいですけど、私は捜査に行く前にまずはお茶をいれないと。
そうしないとなにもはじまりませんよね。

◇◇◇◇◇◇

<金仙姫>

舞がどこからか持ってきたスコーンと紅茶で、午後のお茶を楽しんだのじゃ。
わらわがお茶を飲み終わるか、終わらんかのうちに、アホブリがわらわと舞を追い立てるように部屋の外に連れだし、

「いい。
二人は聞き込みをしてきて。
いま頃、ヴァーナーとニセ神父もしているはず。
二時間後にここで会いましょう。私は少し調べたいことがあるから、よろしく頼んだわよ」

自分だけ中に戻って、ドアを閉めたのじゃ。
ブリにもほどがあるとは、まさにこのことじゃ。わらわは、アホのめい探偵に抗議してやろうとドアノブに手をかけたのじゃが、舞にとめられてのう。

「ブリジットは早く事件を解決したくて燃えているんですよ。
パートナーとして私たちも、ブリジットの気持ちにこたえてあげなくてはいけませんね」

「うーん。ブリがブリなら、舞も舞じゃな」

「私はいつも私ですよ。
他の人になれるわけないじゃないですか。
さあ、ストーンガーデンで聞き込みをしましょう」

舞が言うと殺人事件の調査に行くのも、まるで、ハイキングに行きましょうと言っているように聞こえるから、不思議じゃな。ある意味、人徳なのじゃが。

「しょうがないのう。
わらわは、ここの雰囲気がどうにも暗くてなじめんのじゃ。
歌でも歌っていくかのう。
らんらんる〜リルラリルハ〜♪」



「いくら魔術師さんのことを知りたいからといって、占い師さんにそれを聞きにいくのは、違う気がするのですけど」

「魔術師も占い師も同じ穴のむじなじゃ。
よく当たると評判なのだから、わらわたちがどう捜査すればいいのかズバリ教えてくれるじゃろう。
なんなら、捜査の方法よりも結果そのものを教えてもらえると手間がはぶけてよいのじゃが」

「ズルはいけませんよ」

「いや、ガーデンで評判の占い師に魔術師について聞きに行くのは、ズルではないぞ。
占い師は困ったものに道を示すのが仕事じゃろう。
仕事をしてもらいにいく、わらわたちはお客さまじゃ」

わらわと舞は、ガーデンの敷地内に立つ塔に住み着いている占い師の老人に会いにいったのじゃ。
塔の入り口の木の扉は、閉ざされておった。
石造りの塔全体が蔦に覆われ、古びいて、とても人は住んでなさそうじゃな。

「クリソベリルさん。いらっしゃいますかあ」

「おらぬのか。
返事がないのなら、扉を開けさせてもらうぞ」

「仙姫。
人様のお宅に勝手なことをしてはいけませんよ」

「老人が中で孤独死しておるかもしれぬのじゃ。
人助けじゃ」

というわけで、わらわが火術でも使って扉を壊そうとしていたら、

「百合園推理研か。
捜査中に、おまえたちと一緒になると、事件の背後に巨大な悪が潜んでいるような気がしてくるのだよ。
これは先入観ではなく、経験則なのだ」

「ワタシたちもクリソベリルさんに会いにきたのです。
いらっしゃらないのですかねえ」

バラの髪飾りをつけ、フードをかぶった少女と、隣でにこやかに笑っておる人のよさそうな少女の二人連れがやってきたのじゃ。
以前に、どこかで会ったな。
しかし、わらわは歌って踊れる人気ものゆえ、多くの人とあっておるのでな、悪いがすぐには名前がでてこぬ。

「こんにちは。またお会いしましたね。
リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)さんと、ええっと」

「SW探偵事務所で秘書をしているユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)です。
百合園女学院推理研究会のみなさんですね。
お会いできてうれしいのです」

舞が言葉につまっていると、魔法瓶を入れたトートバックをさげた優しげな彼女が自己紹介してくれたのじゃ。
そうそう、前髪ぱっつんのリリはたしかオカルト探偵じゃったな。
しかし、それもこれもアホブリのせいのじゃが、行く先々でよく探偵にあうのう。

「占い師は留守なのか?
それはおかしいな。リリの占いでは、リリたちはここで運命を切り開く人物と出会うはずなのだ。
橘舞。金仙姫。そなたらもクリソベリルに会いにきたのか」

「ええ。
私たち、魔術師さんを探しているのですけれど、この占い師さんがよく当たると聞いたので、お話しをうかがいにきたのです」

「でも、お留守なら、しかたがないのです。
みんな、日をあらためてまたうかがうとしたほうがいいのです」

魔術師の居場所を教えてもらえるのなら、わらわは別に、占ってもらう相手はリリでもかまわぬぞ。

「面倒じゃ。
リリ。ここで、わらわと舞がこれからどう捜査すればよいか、占ってくれぬか。
そなたも、占いは得意なのじゃろう」

「少し待つのだ。リリは、ここの主に会うには、正しい名前を呼ぶ必要があると思うのだよ。
ものは試しだ」

リリはくすりと笑うと大声で叫んだのじゃ。

「アレキサンドライト!
二つの顔を持つものよ。リリの前に姿をあらわし、その秘めた想いを語るのだ」

いきなり、なにを言っておる。まったく、探偵はみな、これだから困る。
わけのわからぬやつばかりじゃ。

「リリさん、占い師さんの名前はクリソベリルさんではなかったのですか」

魔法瓶少女の言う通りじゃぞ。

「それはそうなのだが、ヴェルマから聞いた話だとジュディとパンチは、占い師のじいさんをなぜかアレキじいさんと呼んでいたらしいのだ。
名前がクリソベルだとしたら、アレキはあだ名か通称かもしれぬ。
クリソベルでアレキなら、アレキサンドライトしかないのだよ。
ガーデンの住人の名は石にちなんでいるのだろ。
クリソベルという石の変種であるアレキサンドライトは、光のあたりかたで、一瞬にして変色する、宝石の王様と呼ばれる色石なのだ。
リリは、魔術師のたしなみとして、石の持つ力の研究もしているのだ。
アレキサンドライトは、なかなか興味深い石なのだよ」

はたして、リリが叫んだ後、内側から扉は開けられたのじゃ。
昼間だというのにまばゆいばかりの光があふれ、わらわたちは思わず、顔をそむけた。

「用があるなら、こられよ」

響いてきた声に呼ばれるように、わらわたち四人は、塔へ入っていったのじゃ。



そうじゃな、直系六〜七メートルの石でできた楕円形の筒か。塔はそんな感じの建物じゃ。
中には、内壁も天井もなくやたら扉があった。
わけのわからん説明じゃと文句を言うのなら、自分で石庭にみにくればわかると思うぞ。ここもまた、ガーデンの他の建物と同じく、わらわが言っているようにしかあらわしようがない奇想建築物なのじゃ。
捻じ曲がり、入り組んだ歴史や思想が、職人の技と合わさると、このようなものを作り出してしまうのかのう。
つまりじゃ、塔は石でできた筒なのじゃが、内部は空洞で、ただその外と中を隔てる壁の内側には、とんでもなくたくさんの扉が取り付けられておったのじゃ。
戸。
扉。
ドア。
非常口。
出入り口。
緊急避難口。
呼び方は、なんでもよいが、ともかくそういった形のものがやたらとあった。
縦、横、斜め、まるで神社の鳥居のいたるところに御札がはってあるかのごとく、様々な形、大きさのドアが壁中にあるのじゃ。
数え切れんほどじゃぞ。

「ずいぶん、奇抜なセンスじゃな。
これらのドアはどれも実際には、どこにもつながっておらぬのじゃろう」

「そうですね。
壁のむこうは外ですから、もし、これが開いて、使えたとしても、ここから外にでることしかできませんね。
逆さや真横についていたり、人が通れない大きさのものもありますし、ネコさんやペット用のドアかしら」

扉の展覧会を前に、わらわも舞もあっけにとられてしまっておった。

「塔のずっと上まで、ドアがあるのですね。
でも、そこへゆくための階段や梯子はない。これでは、上のドアから入ってきたお客様は、墜落してしまうのです」

「考えてみればわかるが、これらの扉はどれも外とはつながってはいないのだ。
塔を外からみれば、こんな出入り口など一つもなかった。
しかし、ここ、マジェスティックのストーンガーデンではないどこかには、つがっておるかもしれないのだ。
緑の扉。
夏への扉。
ドアが異界への入り口となる物語は数多くあるのだよ。
これは、まさに、それなのではないのか。
主人。クリソベルことアレキサンドライト。
リリたちの驚く様をみていないで、説明をしてくれるつもりはないのか」

「それは、我の大儀とは縁もゆかりもないこと故に」

最初からそこにいたような気も、いなかった気もするのじゃが、夜空いや、それよりなお暗い暗黒をそのまま身にまとったようなローブをはおり、そこから顔と手先だけをだした人物が、わらわたちの前には立っておったのじゃ。
声は若かった。
顔は青白く、死人のようにもみえた。髭も皺もないつるりとした仮面じみた顔じゃ。
これでは、年齢性別不詳じゃな。

「先にきいておくぞ。
貴様は、ノーマン・ゲインやアレイスタ・クロウリーの手の者、もしくはそれら本人ではないのか。
リリは、貴様たちの悪意にもてあそばれるのには、ほとほと嫌気がさしているのだよ。
もしそうなのならば、話は不要なのだ」

リリはいきりたっておるが、わらわの知っておるノーマンは、外見はここまで人間離れしてはおらなかった気がするのう。
クロウリーは知らぬが。

「あの、思い上がりもはなはだしい若造と土建屋と、令嬢と、手品師はおらぬらしい。
まあ、それもまた。
条件は大きさ、色、形、仕上がり具合。
硬度、比重にも気をつけよ。使いみちを誤らぬように」

「こいつは、なにを言っておるのじゃ」

「仙姫。初対面の方にそんなことを言ってはいけませんよ。
こんにちは。クリソベルさん。
お邪魔してしまって」

リリの質問も、舞のあいさつもろくに聞いていない様子で、そいつは塔内を見回したのじゃ。

「次だ」

つぶやくと、ふわりと宙に浮かび、そのまま、壁の高いところについたドアへと飛んでいった。
何者にせよ、怪しいやつじゃ。
そいつは、ドアを開けた。
壁についた飾りか、もしくは外にでられるだけのはずのドアが開き、そこからは、さっきわらわたちが外でみた光があふれだしたのじゃ。
ありえぬ光景なのじゃ。
わらわはまるで夢でもみている気がするぞ。

「待て。
ジュディとパンチの居場所を教えるのだ。
貴様になついていた孤児たちだ。
彼らは行方不明になっておる。それも、貴様とは関係ないと言い捨てる気か」

リリは叫び、横ではユリが魔法瓶を手に身構えておる。
ユリがなにをするつもりかは謎じゃ。
光を受けても、それを吸い込み、なお暗いままの暗闇は、ドアの中に体を半分以上入れた体勢で、動きをとめた。

「なるほど。それか。
それを伝えにここに呼ばれたか。まだ、それくらいか。
上へ。
本物以外は殺すな」

上。
殺すな。
これでは、天井裏のねずみ退治の話じゃな。
そして、ドアは閉じ、光は消えたのじゃ。
同時に塔内にも闇が訪れ、わらわたちがさっき入ってきた扉が自然に開いた。

「仙姫。リリさん。ユリさん。
ドアが、塔の中のドアが、全部、消えています。
なくなってるんです。
さっきまでは、たしかにありましたよね。
どういう仕掛けなんでしょうか。あの、いまの人は手品師さんだったのでしょうか」

塔内を眺め、舞は目を丸くしておる。

本当じゃ、ドアが消えておるぞ。
石壁があるだけの殺風景な塔内になっておる。

「無数にあった可能性から一つを選んだのだ。
あれらのドアはここの壁と融合していたわけではなく、浮いて存在していたのだろう。
やつの術の一部か。空間をこえる光。やつの正体は」

「リリさん。落し物なのです。
ぼおっとしていると危ないのですよ。あれれ、これは大変なのです」

なにやら思案にふけっておるリリの足元にトランプのカードのようなものが散らばって落ちておったのじゃ。
ユリがそれを拾って、騒いでおる。
わらわと舞がユリの手元を覗き込むと、カードはどれもやぶかれておったのじゃ。

「ひどいですねえ。このトランプはもう使えませんよ。
ねずみの仕業でしょうか」

「箒がないと細かい破片までは、お掃除できないのです。
人様のお宅なのでここままにはしておけないのですよ」

舞とユリというのは、なかなかいいコンビなのかもしれぬな。
ある意味、似たもの同士じゃ。

「引き裂かれたトートタロット。
これがリリの質問への返事か」

それぞれ勝手なことを言っておる。
わらわは歌でも歌うかのう。らんらんる〜♪

◇◇◇◇◇◇

<ルドルフ・グルジエフ>

神の子が私にたずねました。

「ルディさんは、神父さんだし、神様の存在を信じているのかな」

「北都はどう思うのですか。お会いしたいですか」

「僕は」

少し意地悪な質問をしてしまったのかと思ったのですが、北都はほんの一瞬とまどうと、すぐに、

「わからないな。
どんな人? なのかもわからないから、会いたいのか、会いたくないのかもわからない。
でも、悪魔や吸血鬼はいるから、やっぱり神様もいるのかな」

「神はあなたの中におられます。
人間は認識できないものは、見ることも、感じることも、言葉にすることも、できません。
神を語れる私たちは、それぞれの中に、なんらかの形で父たる神の存在を感じているのです」

「宗教を信じる人は、時々、謎かけみたいなことを言うんだよね。
僕は、ジェイダス校長だったり、ああいう直接、会えて存在を感じられる、すごい人を尊敬したり、崇める気持ちはわかるけど」

「あなたが本当に困った時、誰の助けも得られない時に、心から神に助けを求めれば、あなたの内なる神がこれまでのあなたの生き方に応じて、あなたを行くべき場所へと導いてくれるでしょう。
神はあなたと共にあります」

「ルディさんは神様に導いかれているの」

「常に。ことあるごとに話しかけ、導いていただいていますよ」

生真面目で親切な神の子、清泉北都は、私を心配してストーンガーデンまできてくれました。
今日の北都は、普段の少年の外見に犬の耳と尻尾をはやしたかわいい姿をしています。
探索のために、超感覚をつかってくれているのです。
ぴくぴくと耳を動かし、時々、尻尾を振る北都、緑の髪の天使ヴァーナー、私に対して素直になれない影月銀、銀にまとわりつく小悪魔のミシェル・ジェレシードと私は、一度、ストーガーデン、マジェスティックをでて古戦場へとむかっていました。

「そこへ行けば、なにかがつかめるという確証もないのだろ。
なのに、けっこうな距離をわざわざ歩いて難儀な話だな」

「でもね、ガーデンの人たちはそこでの戦いの後、石工としてみんなでマジェに移り住んだっていってるんだよ。
つまり、ガーデンの歴史のはじまりはそこにあるんだ」

つまらなそうな顔をした銀には、私もすまないと思います。
たしかに、古戦場になにかがあるとは限りません。しかし、小知恵のまわるミシェルの言うように、ガーデンの歴史をさかのぼると、そこはどうしても外せない場所なのです。

「神父がどこかで油を売っている間に、俺たちと北都が住民に聞き込みをして得た情報だ。
清泉の相方は途中でどこかへ行ってしまったがな。
まあ、あいつは放っておいてもいいだろ。
ガーデンの連中はおおむね好意的だった。
どこかの誰かのような少年愛好家とも会わなかったし。マジェのダウンタウンより、風紀は乱れていない感じがしたな」

「そうだね。事件の早期解決を望んでいる感じだったよね。
僕は、銀とミシェルと一緒に話を聞いてまわったんだけど、みんないろいろ教えてくれたよ。
それで気になったのが、ガーデンの過去だったんだよ」

「どんな敵と戦ったのかはよくわかっていないんだけど、いまのガーデンの住人の先祖の人たちは、みんな、その戦いを最後に、これからは四つの部族が一つになって協力して生きていく決心をしたんだって」

銀、北都、ミシェルの話に、ヴァーナーが感心しています。

「すごいですねぇ。れきしを感じるです。
でも、そのたたかいの場所が、現在の事件とどういうかんけいがあるですか」

「戦いは、いまも続いている、だそうだ」

ぽつりと、銀がつぶやきました。ミシェルが横で頷きます。

「住民の人がね、昔と同じことが起きる、とか、偉い人から殺されるのは敵の作戦だ、って言うから、くわしく聞いてみたの。
そうしたらね。
いまのところ、その、遥か昔の決戦の後、大きな戦いはないけれど、戦いはいまも続いているはずだって、だから、長い時を経て、敵がまた攻めてきてる、ガーデンを滅ぼしにきてるって、思ってる人がけっこういるんだ」

「ガーデンは、ただの住居ではなく、城、砦、要塞と言っている者もいた」

「どうも、ガーデン内で流れている、皆殺し、連続殺人の噂の根本はそこらへんにあるみたいなんだ。
僕は、かって彼らと戦った敵の勢力が、いま、どうなっているのか知りたかったんだけど、みんな、それについては知らない様子なんだよね」

「北都。銀。私のためにそこまで調査してくださって感謝します」

「神父。ミシェルにも礼を言うべきだ。
それに、俺は、貴様のためにはなにもしていない」

「僕もだよ。
ルディさんはいろいろ心配だけど、ガーデンの住民の人たちが気になって。
最近、マジェは事件が多くて大変だよね。
ソーマも僕と同じ気持ちだと思うけど、迷子になってちゃて。ガーデン内は、携帯もつながらないし、ソーマ、大丈夫かな」

「私たちは、敵に関しての手がかりを探しに、古戦場にむかってるんだよ。
ルディとヴァーナーは、捜査の成果はあったの」

「ボクらはめいたんていのブリジットおねえちゃんの指令をうけて、事件のうらにいる魔術師さんをさがしていたです」

ミシェルの質問を私は聞き流そうとしたのですが、ヴァーナーが優しくこたえました。

「ふーん。見つかったの」

「なかなかでてこないですよ。
ガーデン内にはメロン・ブラック博士の仲間だったひとたちや、他の種類の魔術師さんもたくさんいるらしいです。
石工さんたちのおおいばしょなので、魔術師さんはこっそり活動しているばあいがおおいです。
地下にもぐってる、っていうですか、それなので、ガーデンに住んでるみんなも、誰が魔術師さんだとか、どこに住んでるとか、よく知らないことがほとんどです。
みんな、言うです。
れんちゅうは、すごい力をもっているものもいるから、うかつにちかずくな、って。
ルディおにいちゃんのおにいちゃんのニトロおにいちゃんは、捕まったままだし、もんだいはやまづみです」

「魔術師もそうなんだあ。ガーデンの伝説もね、先祖代々、脈々と伝わっているらしいんだけど、秘密の部分が多くて、全部を把握している人はいないみたいなの」

天使と小悪魔の会話に耳を傾けながら、私たちはCamlannと呼ばれる古戦場へと進みます。



周囲を背の低い木々にかこまれた薄く雪の積もった野原。
そこがCamlannでした。
広さもそれなりで、地球、パラミタ中の薔薇を集めた薔薇園で有名な、マジェスティック最大の公園リージェンツ・パーク(約2平方キロメートル)には遠く及ばないが、本家ロンドンではハイド博士の死に場所となったハイドパーク(1.4平方キロメートル)、その西にあるケンジントン・ガーデンズ(1.1平方キロメートル)くらいの広さはある気がします。
余談ですが、マジェスティックの長所の一つは、施設内にこれら、地球のロンドンにある名公園までも、ほぼそのままの形で再現しているところだと思います。休日の午後など、公園の片隅で私も、説教などをしていることもありますので、見かけたら、ぜひ、気軽にお声をかけてください。

「雪げしきでなにもないです。
これでは、どこで戦ったのかもよくわかりませんね。むむむむむ」

「両軍の大将同士が相打ちした場所に石碑があると聞いたが、雪の下か」

「ここらへんにないかしら」

「ミシェル、やめておけ。手が凍えてしまうぞ」

無謀にも雪を掘ろうとしたミシェルを銀がいさめました。
さすが、銀は良識があります。

「人里離れた静かな場所だね。
あれ、誰かいるよ」

北都は、尻尾を振りながら、人影に近づきました。私も彼についていきます。

「やあ。薔薇の学舎の清泉北都と、ルドルフ・グルジエフだね。
ウィンタースポーツには興味のないベスティエ・メソニクスだよ。
きみらは事件の現場にいなくていいのかい。
そう言えば、かって、「どこまで殺人が行われるか見守りたい」とか言ってた、剛毅な名探偵もいたなぁ・・・さて、君たちはどうするのかな?」

ベスティエ・メソニクスは、赤い目をした、二メートル以上は身長のある獣人でした。
物腰は人間の紳士そのものですが、我々をみろす目には、からかうような色が浮かんでいます。

「ベスティエさんは、ここでなにをしているの」

「僕は、一番重要な殺人はやはりここ、Camlannで行われると思ってね。
クライマックスを見逃すと寝つきが悪くなるんで、みにきてみたんだよ。
とめる気はないさ。それは、僕の領分じゃないんだ。
しかし、ここでの決戦はまだまだだいぶ先のようだ。
きみらは四神を守りに行ったほうがいいと思うな。
ガーデンには、何人かの生き神がいるはずだ。それを探すのは、難しくはないだろ。
風来坊の僕の言うことを信じるも信じないも、おっと」

北都は、手の平をベスティエの口にあてて、彼の言葉をとめました。

「いつもの決めセリフの前に、教えて欲しいんだ。
不思議なベスティエさん。ここでは、本当に過去に戦いがあったの?
ガーデンの人たちの敵はなにものなの?」

ベスティエは、北都の手を外し、ふふ、と笑います。

「僕に直接、質問するのは反則だな。
正直にこたえるとは限らないよ。それでも、いいのだね。
交換条件もだそう。いいのかい? 
頷いたね。
わかった。
戦いはあった。
それは、はるか昔の未開の時代のシャンバラ人の歴史のヒトコマさ。
ガーデンの敵は、ガーデンをよく知る者だね。
でなければ、ここまで手の込んだことはしないし、できないだろ。ある意味、世間と隔絶されたマジェの中の、さらに隔離されたガーデンの内情、それを知る者はガーデンの中の者にしかいないと思わないかね。
質問には、こたえた。
追加オーダーは、認めない。
報酬は、清泉北都。
ミレイユ・グレシャムを、ガーデンにいるPMRのメンバーを助けてくれたまえ。
彼らにも、また危機が襲いかかりそうなのだよ
では、失礼」

ベスティエは背中をむけ、去っていきました。

「ベスティエおにちゃんは、またヒントを教えてくれたですか」

「どうなんだろう。まだ、わからないや」

駆けよってきたヴァーナーの質問に、北都は首を傾げます。

「ルディ。石碑を見つけたよ。こっち、こっち」

ミシェルが私たちを呼んでいます。
ミシェルがいるのは、野原の中でも比較的高くなっている丘のような場所でした。
二人は、Camlann内で一番高いそこに目をつけ、銀が雪をどけたら、丘の上に、厚みのある平たい長方形の石がおかれていました。石の表面には、文字が彫りこまれています。

「King son‘s grave.王様の息子の墓?
ガーデンの王様の、それとも敵の方の、どっちだろう」

北都の吐く白い息。ここに着いた時よりも、ずいぶん、気温がさがっているようです。
ふと、私は、粉雪が舞っているのに気づきました。

「本当に王族の墓なのなら、骨はなくとも、埋葬品くらいはあるかもしれないな。
掘り起こすか」

無表情な銀が、両手で自分の肩を抱き震えているミシェルにたずねます。

◇◇◇◇◇◇

ピクシコラ・ドロセラ(ぴくしこら・どろせら)

春美たちと別れて、ストーンガーデンを後にしたワタシは、マジェスティックの領主が住むバッキンガム宮殿へとむかったわ。
広大な敷地内に図書館、美術館、ダンスホール、コンサートホールも持つ、ロンドンにある本物にもひけをとらない、五百近い部屋に、二百人くらいの人が住んでいる大宮殿。
ここに入るには、マジェの入園料とは別に、入場券を買わなければならないし、ボディチェックを受ける必要もあるの。
パンフレットによると、宮殿の安くはない入場料は、ロンドン塔の再建と、マジェ郊外に建設中のウィンザー城の建築費用にあてられるそうよ。
ペットのわたげうさぎのゲンリセアを抱えたまま、ボディチェックをパスして入場した私は、長銃を肩に担ぎ、黒い帽子、赤い制服で警備中の近衛歩兵さんにたずねたわ。

「警備中、ごめんなさい。
宮殿の屋上に旗が掲げてあるから、いまは領主がここにいるのでしょう。
ワタシは、ピクシコラ・ドロセラ。
オーレリー姫と御主人のアリトタス・カリオストロとは、知り合いなの。
百合園女学院推理研究会の者が話を聞かせてもらいにきた、と伝えてくれないかしら」



「百合園推理研というから、てっきり、ブリ様がきたのかと思ったよ。
俺は、みんなのおかげで姫と一緒になれたんだ。協力できることがあれば、言ってくれよ」

観光客へのサービスのためか、タータンチェックのキルト(スカート状の伝統衣装)を着ていたけれど、アリトタスは口を開くと、ホワイトチャペルにいた頃となにも変わっていなかった。
そばかすのある元気で利発そうな少年ね。

「実は、ストーンガーデンの事件で捜査にきているのだけど」

「ああ、あそこは」

アリトタスの顔に暗い影がさしたわ。
ワタシは、話をうながすように彼の目をみた。

「ガーデンの連中は、マジェに住んでいるシャンバラ人の中でも、そのう、特殊な人たちなんだ。
俺たちは、なんていうんだっけ、そう、自主的っていうかさ、別に観光のためだけでなくて、実際、自分たちの感覚にあっているから、地球の近代イギリスの文化、スタイルで暮らしてる。
正直、二十一世紀の文化よりも、この十九世紀流のやつの方が、先祖代々、この地に住んできた俺たちには親しみやすいんだ。
でも、ガーデンの連中は違う。
あそこはね、ちょっと前まで俺が住んでたイーストエンドやマジェのダウンタウンのみんなには、博物館って呼ばれてるんだよ。
石工の職人としての腕はたしかさ、パラミタ一だろ、それは誰だって認めてる、でも。
なんか、古いんだ。
時間がとまってる。
俺たちの暮らしよりも、もっと、ずっと、伝統や風習がいまも生きてる。
あそこに住もうと思っても、血族以外のよそ者は歓迎されないしね。
だから、ヤードも、これまでの領主たちも、ガーデンには深入りしないんだよ。
事件の解決のために、学生さんたちを呼んだのも、中途半端にかかわりのあるマジェの人間より、完全にあそこと関係のない学生さんたちの方が、あそこの人たちにとっては信用できるからじゃないのかな」

「アリトタスは、ガーデンがきらいなの」

「アルでいいってば。
きらいじゃないよ。
あそこのやつで友達もいる。ただ、変わってる。それだけさ。
だから、悪いけど、事件の情報とかは、俺はなにも知らないよ」

アリトタスはメイドに頼んで、私に紅茶と、ゲンリセアのためにイチゴを用意してくれた。
ワタシは手の平にのせ、ゲンリセアにイチゴをあげたわ。

「果物は平気だよね」

「ええ。ありがとう。ウサギは果物はけっこう好きよ。
ディオはなんでも喜んで食べるけど。
たしかにワタシはいま、ガーデンの事件について調べているのだけど、それよりも、ワタシには知りたいことがあって」

「あのさ、俺は、物知りじゃないぜ。
勉強も苦手だ。家柄はともかくイーストエンドの育ちなんだ。わかってるよな」

「メロン・ブラック博士のことよ」

「博士は、爆撃で死んだはずだろ」

私は信じていないけれど、マジェの多くの人はそう考えているようね。

「地球の第二次世界大戦中の話よ。
当時、アレイスタ・クロウリーとしてイギリスにいた博士は、軍の情報部の依頼を受けて、国のために働いたの」

「俺は、博士は、自分以外の人のためになにかする人じゃないと思うな」

「同感ね。
人に協力するにしても、自分なりの目的があっての話でしょうね。
実際、その時、博士がなにをしたかは、いまも公式には発表されていないの。MI6に招かれた事実だけが残っている。あとは、博士自身が自分の活躍を綴った著書があるだけ。
信用にたるものかは、疑わしい部分もあるけど、博士は英国中の魔女を集め、英国各地で魔女集会を開いて、祖国の霊的防御を行った。そして、ナチスのイギリス侵攻を防いだ。
他にも、有名なのは、Vサイン」

「これかい」

アリトタスは人差し指と中指でVの形を作ったわ。

「それよ。そのサインのシルェットは、角のはえた悪魔、バフォメットの顔の形になるでしょう。
それは、魔術でも使われるサインなの。
クロウリーは、ペンタグラムの魔術を応用して、自分がそのサインを発明したと書いているわ。
祖国のために、首相にそれを勝利のサインとして伝授したと。
事実として、公にVサインが使われだしたのは、第二次大戦中のイギリス首相チャーチルが最初よ。
Vサインは大流行したわ。連合軍の士気を高めるのに、多いに役立った。
Vサインにしても、クロウリー自身は、アポフィスとタイフォンのサインと呼んでいて、二つの悪神の力を招くための印だと説明していた。力を借りる神は、サインの名前通りアポフィスとタイフォン。
アポフィスはエジプト神話の悪神、太陽神ラーの最大の敵、闇と混沌の大蛇アペプのラテン語表記よ。
タイフォンも、アポフィスと同じエジプト神話の神で、添え名として「偉大なる強さ」を持っているの。
結局、クロウリーの最大の功績は、彼の登場以前は、本当に魔術結社の秘密として、一般からは隠されていた西洋魔術の秘儀をこうして、著書や活動を通じて世間に広めていったことが大きいと思うわ。
彼がいなければ、本、映画、ゲームにあらわれる魔術師たちも、いまの姿とはだいぶ違ったものになっていたでしょうね。
それが世界のためになったかはともかく、ワタシたち魔術を学ぶものにとっては、彼の偉大さを認めざるおえない部分がある。
MI6での活躍でいえば、ナチスの副総統ルドルフ・ヘスをイギリスへと招き寄せ、身柄を拘束したのも、クロウリーの策謀だと言われている。当時、情報部で働いていた人たちの証言が残っているの。
片腕だったヘスを失ったヒトラーは、カリスマとしての輝きを急速に失っていった」

「ありそうな話だとも思うけどね。俺には、なんとも」

「クロウリーが、メロン・ブラックとしてここ、偽りのロンドンであるマジェスティックに君臨していられたのは、ここの真の支配者である一族に、かって地球で祖国に力を貸した大魔術師としての実績を買われ、協力を依頼されていたからではないのかしら。
第二次大戦の時のイギリスのように、マジェスティックの領主はクロウリーの力をなにかのために使おうとした。
博士がガーデンによく出入りしていたのも、その仕事となにか関係があるのだとしたら。
ガーデンには、なにが隠されているのかしら」

私がそこまで話すとドアが開いて、目つきの鋭いピンクの髪の女の子が、接見室に入ってきたわ。
オーレリー姫。マジェの領主の一人娘にして、アリトタスのお嫁さん。

「話はきかせてもらったわ。アルにはお返事のできないお話ね。わたしなら、ある程度はこたえてあげられる」

彼女は私に、ガーデンのどこかに眠ると言われている、伝説の王について語ってくれた。

◇◇◇◇◇◇

ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)

私が代表を務める会社「ハーレック興業」の現場監督ネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)が、大事故を起こしたと連絡を受けて、私はストーンガーデンを訪れました。
あいさつもそこそこに事故現場へ。

「姉さん。お疲れです」

「お疲れッス」

「社長、こっちッスよ。ネヴィルの兄貴があそこで」

ウチの作業員たち、私のパラ実の後輩たちが、瓦礫の山と化している現場へ案内してくれました。
かなり大きな建築物を計算なしで力づくでブチ壊した感じ。
地震、台風、いやもっとひどいかな、ダイナマイトで老朽化したビルを爆破した後のような状況です。

「なにやってんのあんたら。
ウチが請け負ったのが配管工事だったはずですよ。
穴も掘らずに、なんで、解体してるんです。
だいたい、爆薬使うとか、集合住宅で、真昼間に、地主に許可もとらずにありえないでしょう。
ネヴィルのバカは、どこいったんです。
ウチはセキュリティもやってるんですよ。
信用台無しです。
これじゃ、爆弾魔です。
後始末、どうつけるつもりですか。
あの、これに巻き込まれた人は、いないんでしょうね。
住民に被害者はでていないですね、
作業員は? そう、みんな無事なんですね。
ネヴィルはどうでもいいです。
死んじまえ、あの大バカ野郎」

足元に転がる石片を安全靴で蹴飛ばしながら私は、作業員に囲まれ、地面にのびているドラゴニュート、ネヴィルに近づきました。

「起きなさい。でくの坊。
このカタ、あなたがつけるんでしょうね。
誰がこんなことしろって言いました。あん?」

「代表。ワリィ。俺は、無事だったんだが。子供たちが」

ネヴィルは上体を起こし、申しわけなさそうに頭をかきます。

「ネヴィルの心配なんて誰もしてないです。
は? 子供」

「行方不明になったガキどもが、塔の上にいるんじゃねえかと思って、俺はこの塔にのぼったんだ」

「で」

「とにかく、高いんだ。
吹き抜けになってたんで、翼を使って、飛んだ。
すいぶん飛び続けて、ひょっとしてこいつは終わりがねえじゃないかと不安になった頃に頂上に着いた。
噂通り、ガーデンの空には島が浮いてるんだよ」

そんな噂、私は知りませんけどね。

「へえ。
それで、あなたは、そこでなにをしたの? 魔術師にでも会ったの? 飛行石でも拾ってきた?」

ネヴィルにたずねたのは、青いドレスの少女でした。
好奇心で瞳がきらきらしています。腕には、代表の赤い腕章。

「百合園推理研のブリジット・パウエルよ。
はい、これが名探偵手帳」

ブリジットは私に、手帳をみせました。
どこで支給されたのかわかりませんが、白地に淡いピンクの格子柄でWG(ホワイトゴールド)のボタンがついている高級そうな手帳です。

「私、管理人に依頼されてガーデンを調査しているの。いかにも黒幕の隠れてそうな隠し部屋でもないかと思って、建設屋さんに話を聞きにきたのよ。
ガーデンの内の職人よりも、外部の業者さんのほうが教えてくれそうな気するんだけど、あなたたち、工事中になにか怪しいところを見つけなかった?」

「ブリジットさん。
悪いけど、俺たちゃ、いま取り込み中なんで、後にしてくれねえスか」

「そうよね。
まず、空に浮かぶ島の話を聞きましょうか。あなた、島について、それからどうしたの」

ネヴィルが迷惑そうな顔をしてもブリットはまるでかまわない様子です。
悪人の隠し部屋、か。
そういう連中が潜んでいれば、破壊工作ぐらいは朝飯前に行いますよね。
百合園推理研の名前は聞いたおぼえがあるし、探偵さんに助けていただくとしますか。
ブリジットの言葉から私は、今回の事故をチャラにする方法を思いつきました。

「ネヴィル。
パウエル代表にお話して差し上げなさい。
私たち、ハーレック興業がガーデンに潜伏している悪人たちにハメられて、破壊工作の片棒を担がされた一件を探偵さんに聞いてもらうのよ」

「悪人?
なんだ、そりゃ。ぐわっ」

私は鉛入りの爪先で、ネヴィルの太ももを蹴り飛ばしました。

「かわいそうな、ネヴィル。
墜落のショックで記憶が混乱しているのね。
安心していいのよ。
名探偵さんがあなたの悩みを解決してくれるから」

「とりあえず、島でなにがあったのか私に教えて」

ネヴィルの話が使えない内容なら、私が話をデッチあげて、ネヴィルにも悪人の一味になってもらうとしましょう。

「塔の天井には、外ににでられる扉があった。俺
はそれを開けて、外にでたんだ。
屋上は、円形で、石橋で宙に浮かぶ島とつながっていた」

「あなたは、島へ行ったの」

「行けなかった。
俺が橋を渡りかけた時、橋のむこうには黄金色のスーツを着た、シルクハットに紫の仮面の男が立っていて、一人で妙なことをしていたぜ」

「妙なこと」

「なにがおかしいのか、一人で笑いながら、壁のあるフリをしたり、ひっくり返ったりしてな」

「パントマイムね。
その男は、あなたに見せようとして、そうしていたのかしら」

「わからねえ。
俺はそいつを眺めて、しばらく、ぽかんとしていた。そうしたら、風が吹いて、橋が、塔が崩れた」

「石橋や塔を崩すほどの強風、やっぱり魔法ね」

ブリジットは納得していますが、

私は疑問を感じました。

「子供は、どうしたの。
あなた、子供がどうとか言ってましたよね」

「それが、俺の気のせいかもしれねえんだが、俺はあの橋の上で子供の笑い声を聞いた気がするんだ」

怪談らしいお話ですね。

「一人じゃなく、たくさんの子供が笑っていた」

「パントマイムの男は、あなたからはみえなかっただけで、島にいる子供たちにショーをみせていたのかもしれないわね。わかったわ」

手の平をぱんと合わせ、ブリジットが会心の笑みをみせました。

「なにがわかったんです」

「上に誰かいることと、不思議な力がこの事件にかかわってること。
土建屋さん、ガーデン内の塔を調べたいの。手伝ってくれるわね。
いまの話を聞く限り、塔は空の島を意識して建てられてるわけでしょ」

「わかりました。私があなたに同行します。
ハーレック興行代表のガートルード・ハーレックです。よろしくお願いします」

お話はよく理解できませんが、彼女についていけば、塔の崩壊のマイナスを全部、引き受けてくれる悪党さんとお会いできる気がします。

「代表」

「なに」「なんです」

私とブリジットは、同時にこたえました。

「調べて欲しい塔があるんだ。
俺はあそこになにかがある気がする」

「任せておいて。行くしかないわね」

ネヴィルがくわしく話す前に、ブリジットは即答します。

◇◇◇◇◇◇

<ミシェル・ジェレシード>

Camlannからストーンガーデンに戻った私たちは、FUNHOUSEへむかったの。
お墓は掘り起こさなかったわ。私はどうしようか迷ったんだけど、北都が犬の超感覚でお墓の周囲を調べてくれて、そうしたら、ごく最近、誰かがあのお墓を掘り返したのがわかったんだ。

「神の子北都の献身的活躍に感謝します。
ベスティエのアドバイスを信用するとして、ガーデンの関係者、住民が墓を掘り返したと考えるのが、順当だと思いますね。
最近、ここを掘り返さなければならない理由がなにかあったのでしょうか。
Camlannについては、マジェ、ガーデンの住人に限らず、パラミタの歴史研究家に話をきいても、なにかわかるかもしれません。
とりあえず、雪も激しくなってきましたから、ガーデンへ行きましょう」

めずらしくルディがまともなこと言ったんだ。
ま、私も銀も、ヴァーナーも、北都も、凍えそうだったから、あれ以上、あそこにいるのは実際、ムリだったんだけどね。

「僕はミレイユさんやPMRも気になるな。
彼らに訪れる危機ってなんだろう」

「そういえば、ルディおにいちゃんと魔術師さんを探していた時に、ガーデン内でこんな張り紙をみつけたです。
やくにたつかもと思ってもってきたです。
ミレイユおねえちゃんの書いたものらしいですねえ。
これを読んだボクのかんそうは、PMRは、じけんのひみつをしってしまったから、ピンチにおちいるんだよ!
な、なんだってぇ!? ですよ」

ヴァーナーが文章の印刷されている紙をだして、北都と私たちにみせてくれたの。
文の題名は、「ストーンガーデンの秘密をワタシは見ちゃったんだよ。な・・・なんだってぇ!? の巻」
みんなでそれを回し読みしたわ。

「くだらんな。意味のない文章だ」

「銀は、すぐそういうこと言うんだから。
ミレイユの文章はわけがわかんないところもあるけど、私なりに解読すると、PMRは事件の真相を知っているかもしれないよ」

「それはない。俺は、反対意見だ。
それに、こんなものをはってまわって、パニックでも起こしたいのか、こいつらは」

銀は辛口の意見で、記事の内容を全然、信じないんだ。

「僕は、これがきっかけでパニックが起きるとは思わないけど、PMRに抗議する人がでてきてもおかしくはないかな、とは思う。
事件の被害者の家族とか、いいl気分はしないだろうね。
ベスティエさんとも約束したし、やっぱり僕は、PMRのみんなを護衛に行ったほうがいいのかな」

「神の子、北都は優しいですね。
しかし、PMRの危機を救いに行く前に、まずは、トパーズ殿と会う私の護衛をしていただけますか」

ルディは男の子にはだいたい神の子とか名前の前につけるのよね。
本当に頭がおかしいんじゃないかって、疑いたくなっちゃう。
Camlannでなにかに気づいたのか、ルディはらしくもなく迅速に行動して、FUNHOUSEの管理人のトパーズと面会する約束をとりつけたの。
ルドルフ・グルジエフのクセにてきぱきしちゃって、ヘンな感じ。

「ルディおにいちゃんの用事がすんだら、ボクも北都おにいちゃんといっしょにPMRのみんなを助けに行くですよ。
正義のためにいつもがんばってる、な、なんだってぇ!? なひとたちがしんぱいです」

「おおっ。天使よ。ヴァーナーの変わらぬ慈悲深さには、私も感嘆します」

ね。いまさらだけど、この人、おかしいよね。
私だけでなく、銀もそう思うのか、銀はルディとは常に一定の距離をおいていて、それ以上、近づこうとしないんだ。
銀は、ルディをみる時は、必ず眉間に深いしわを寄せるし。

「ミシェル。管理人は、神父と一対一で会うと言っているのだろ。
俺たちがついていく意味はないと思わないか。
ここらへんで神父と別れて、空京に帰らないか」

「だめだよ。
ルディはどうでもいいけど、ガーデンやマジェの人が心配でしょ。
事件が終結するまでは、私は帰らないわ」

「危険なめにあうかもしれないぞ。俺は、イヤな予感がするんだ」

「わざとそんなことを言って、私をこわがらせようとしてるでしょ。
もう銀、しっかりしてよ」

「本当に予感がするのだが」

私たちは、FUNHOUSEの管理人トパーズの部屋の側まできました。
廊下のつきあたりにある部屋のドアは閉じています。
あたりには、誰もいません。静かです。

「トパーズおじちゃんは、ガーデンの偉い人ですよね。護衛のひととかいなくてだいじょうぶなんですか」

ヴァーナーの疑問にこたえられる人は、いませんでした。

「Camlannからした電話で、トパーズ殿は、四神についてたずねた私に、自室で二人きりで話しがしたいとおっしゃりました。
人払いされているのでは、ないでしょうか」

「そこまでする必要があるの」

だとしたら、トパーズはルディにとんでもない秘密を話そうとしてるわけ?
北都も首をひねってる。

「僕も納得できないな。でも、まずは、ルディさんが会ってみるしか」

「なんで、こんなところで立ち話をしてるんだ。ドアを開けないと意味がないだろ」

みんながとまどっている中、銀は力強くノックをしたの。
返事はありません。

「トパーズ殿。ルドルフ・グルジエフです。お待たせいたしました」

「トパーズおじちゃん。どうしたですか。あけてくださいです」

「待って。みんな、静かにして。しーっ」

北都がまた超感覚の犬の耳をだし、ぴくぴく動かして、それをドアにくっつけた。

「誰かいるよ。泣いてる? 違う、うめいてるのかな。え、笑ってる。笑ってるの?」

北都の言葉が終わらないうちに、銀がドアを蹴りあけたわ。

「管理人、ここにいるのか。神父を連れてきたぞ」

ちょっと、銀、乱暴すぎだよ。

クスクスクスクスクスクス。

笑い声、たしかにした。
予想していなかった声に私は思わず、足をとめちゃった。
子供の、小さな子供の声で。

「オルフェおねえちゃん。なにしてるですか」

ヴァ−ナーは、床に座り込んでいる青い髪の女の子に駆けよったわ。
彼女、以前、一緒に冒険に参加したことのあるオルフェリア・クインレイナーは、少年を抱きしめて座っていた。
オルフェリアは、ぼんやりと宙を眺めています。抱かれてる男の子は、彼女の胸にしがみついて笑い続けてる。
二人ともケガはしてないようだけど、心の方のダメージが。

「オルフェは、どこにいるのでしょう。ここは、どこですか」

「しっかりするです。ひどいめにあったですか?
オルフェおねえちゃん、ボクがわかりますか。ヴァーナーですよ。
ボクをみて欲しいです。みえてるですか」

「この子を助けないといけないです。オルフェが助けてあげますよ」

ヴァーナーが目の前で手を振っても、オルフェリアはぶつぶつと独り言をつぶやいているわ。
なにがあったの。

「トパーズ殿は、どこにいるのでしょう」

ルディは、そんなに広くもない部屋の中を右に行ったり、左に行ったりしている。

「部屋の主のトパーズはいない。ここにいるのは、明らかに普通の状態じゃないオルフェリアと少年だ。
誰が、なにをたくらんでいる」

銀が冷たく澄んだこわい目をして、宙をにらんでるわ。
軽い足音、誰かが部屋に入ってきた。

「トパーズ管理人はいるかい。やあ、ルドルフ神父また会ったね。このものものしい雰囲気は、新しいトラブルかな」

「今度は被害者ではないようだな、神父」

「黒崎くん」「天音おにいちゃんとブルーズおにいちゃん、大変です。トパーズおじちゃんも、オルフェおねえちゃんも、みんな、みんな」

「黒崎天音と竜人。貴方はまた真実を告げにきたのか?」

長い黒髪のきれいな顔の男の子と、ドラゴニュートが部屋に入ってきたの。
北都とヴァーナー、ルディが二人に声をかけたわ。
この人が、マジェスティックや他の怪事件でも解決に手を貸してきた、薔薇の学舎の黒崎天音?
天音は、あたりを見回すと楽しそうにつぶやいたわ。

「ストーンガーデンの複雑機構。
それについてトパーズ管理人から話を聞きたかったんだけど。
鍵がみつかっても、なにが起こるかわからないと、おそろしくて、おちおち使えないよね」

「ラウールや春美は、無事に鍵を手に入れられるのか」

天音はパートナーと言葉を交わしながら、自分にむけられている銀の鋭い視線に気づくと、友達に会ったみたいに気軽に片手をあげたわ。

◇◇◇◇◇◇

<ソーマ・アルジェント>

先に断っておくが、迷子になったのは俺ではないぞ。
俺とはぐれた北都たちが迷子なのだ。
まったく世話が焼けて困るな。四人で迷子になられては、一人で探す俺が大変だ。まあ、まじめに探してはいないがな。会うべきものには、いつかは出会うさ。心配するな。すべて運命に任せろ。
俺はムダなことはしない。
北都と携帯もつながらなし、気のむくままにストーンガーデンを散歩することにした。
貴種たる俺にはこれぐらいの余裕があって当然なのだ。
だがな、薄暗い石造りのアパートメント内ばかりでなく、外も歩きたいのだがでるにでられんぞ。
ろくに窓もないし、ここは、いわゆる違法建築だろ。
一体、なん階建てなのだ。階段をのぼったり、おりたりしすぎて、地下にいるのか地上にいるのかもわからん。
住人とまったく会わんのも、奇妙といえば奇妙だな。

おや。

俺は事件の痕跡をみつけてしまった。
人間にはわからんだろうが、この床には血がついている。
微量だ。
絨毯に染みこんでいるな。まだ新しい新鮮な血だ。
おもしろい。
俺を誘う罠か? だったら、なおおもしろいな。
マジェステックにくるたびに血と欲の騒ぎに巻き込まれる気がするが、俺は、そういうのはキライではないぞ。
解決などよりも、そっちを求めて調査に参加してやっている気もするしな。

だんだんと濃くなる血の染みとにおいを追って、俺は足を進めた。
はたしてなにが待っているのか。
色とにおいで、この血の持ち主については、だいぶわかった。
男だ。
この血を流したのは人間の男に間違いない。
万に一つもありえないが、もし間違っていたら、俺は、吸血鬼をやめてやろう。
血のにおいはむせるように濃くなってきている。
こいつは、なにをしているのだ。死体でも引きずっているのか、返り血を浴びたか、メッタ斬りにされたのか、それとも。
暗い廊下の踊り場で、血まみれでいるそいつを見つけた。
俺は気配を消して、闇にまぎれて背後に近づく。
小柄な、男か、女かはっきりしない外見だ。
立ち尽くしているそいつの顔の前に俺は、手をかざす。

「生きているのだろう。どうした。なにがあった。途方にくれているようだな」

「おおっ」

そいつは、俺の声でやっと我にかえったらしく、大げさに飛びずさった。

「じ、自分は、ニコ・オールドワンドのパートナー、ルメンザ・パークレスじゃ。
散るときは、ぱっと散っちゃる。どこからでも、かかってきてくれんさい。兄さん、どこの組のもんじゃ」

「なんだ、おまえは。頭から足の先まで血まみれで、なにしてやがる」

「ニコ組のカチこみですけん。命捨てとるんじゃ。この姿でビビるようななら、自分の前からさっさと尻尾まいて

「おまえ、なかなかうまそうだな」

正確には、おまえをコーティングしてる血が、歩き疲れた俺の食欲をそそるのだがな。

「ま、待つんじゃ。自分の操はニコに捧げとるんじゃ」

「そんなものは喰えやしねぇ。
俺個人としては、どうでもいいんだが、一応、聞いておいてやる。その血は、おまえのものなのか、それとも、おまえの被害者のものか」

ルメンザは顎先に指をあて、悩むような仕草をみせた。

「自分は、ニコさんとナインの兄貴の手引きで、ガーデンの管理人連中のタマとりにきたんじゃ。
殺して殺して殺しまくるはずじゃった。
じゃけんど、自分が押し入った部屋には、他の組のやつらもきとったんじゃ。
自分は闘って、闘って、闘って、この血はそん時、ついたもんじゃ、自分のものかも、敵さんのもんかもわからんのじゃ」

「それで、結局、逃げたのか」

「その言い方はやめてくれんさい。自分の男気をみてくれんかのう」

それについて考えると、おまえはここで傷害か、殺人の罪を犯していることになるのだがな。

「話は変わるが、ルメンザ。ここがどこかわかるか。俺は、散歩をしていたら、よく知らない区域に入ってしまったようでな」

「四年に一度しか使われることのない場所。四年に一度しか表にあらわれない隠れ場所。
そう聞いた気がしますけん。
乱戦の中、自分は他の一部の連中とこの区域に逃げ込んだんじゃが、たしか、誰かがそういっとったような。
他にもここにきたやつはいたんじゃが、どこかへ行ってしまったようなんじゃ」

その話を信じるとして、おまえはともかく、なぜ、俺はそんな場所にいるのだ。
北都や侘助に次に会えるのが最悪四年後とか、冗談ではないぞ。

「おい。俺は、ここからでるぞ。待っている連中がいる。
おまえも親分や兄貴に会いたいのだろう、俺の脱出行につきあわせてやるから、出口を探すのを手伝え」

「兄さん。自分と運命を共にするつもりですかい」

「いいから、こい」

俺はルメンザの手を引いて歩きだす。どこへゆけばいいのか、わからぬまま。

◇◇◇◇◇◇

<?ー???・?ー??>

意外に知られていない事柄だが、私はシャーロキアン(シャーロック・ホームズの熱心なファン)だ。
私の名探偵であるソーラー・ポンズは、ロンドンのブレイド街7番地Bの下宿で私立探偵業を営んでいる。
部屋には同居人として、医師で、ポンズの伝記作者にして親友のリンドン・パーカー博士がおり、ポンズには英国外務省に勤めている兄のバンクロフトもいる。
ポンズの冒険譚は、長編1、中篇1、短編72を数え、総数ならばすでに聖典(サー・アーサー・コナン・ドイルにより発表されたホームズの冒険譚)の60編を超えている。
十九世紀のロンドンの闇は、はじめてホームズ物語と出合ったその日から、私の中で息づいている。
なのに、ウィスコンシン州生まれで、大学もウィスコンシン大学を卒業した私は、これまでの人生で一度も、ステーツを離れたことがない。おそらく、今後もないだろう。
想像の世界では、ロンドンはもちろん、ダンウィッチやインスマウスを数え切れないほど訪れ、現世のアーカム! の主人でさえある私だが、実際は、この愛すべき生まれ故郷で生涯を終えるのだ。
だからだろうか、いつからか私は夢の中で異世界を訪れるようになった。
この世ならざるものや名探偵が実在する世界。
敬愛するラヴクラフトの脳髄が生みだした異世界。
夜の眠りの中で、私はそこの住人となっている。

今夜、私はパラミタ大陸にある、19世紀ロンドンを再現したテーマパーク、マジェスティックにいた。
ここを訪れるのは、はじめてではない。
前にきた時は、切り裂きジャック事件の模倣犯が跋扈していた。
彼? を逮捕するためにこの大陸の各地から名探偵たちが招集される寸前ところまでは滞在していたのだが、その後、私はこの世界を訪れることができなかった。
私は、夢で訪れる世界を自分の意志で選ぶことができない。
そして、それぞれの世界は私が不在の間も時が流れているので、再び訪れた時には、すっかりさまがわりしていたり、現地の知人が亡くなっている場合もある。夢の中の世界は、もう一つの現実なのだ。
マジェスティック内の巨大集合住宅ストーンガーデンでは、奇怪な事件が頻発していた。
私は旅のジャーナリストとしてガーデンの取材をしていて、彼女たちの調査に同行することになった。

「あんた、いつから私たちと一緒にいたっけ」

めい(←ここには、呼ぶ者の好みの文字をあてはめればよいらしい)探偵ブリジット・パウエルは、胡散臭げに私を眺める。ブリジットは、気の強そうな貴族風の少女だ。

「代表。その疑問は、ワタシも感じていたわ。彼は、なにものなのかしら」

マジシャン風の服を着、小さな蝶ネクタイした彼女は、ピクシコラ・ドロセラ。
彼女は、マジェスティックの領主一家から得た情報をたずさえ、所属する百合園女学院推理研究会の代表、ブリジットの調査に合流したところである。

「あーでも、前からいた気もしますね。いいじゃありませんか、ジャーナリストさんに同行されるなんて、スター気分ですよ。いい記事を書いてくださいよ。 ??さん。ん? あなたの名前がでてこないのですが」

この大人びた少女は、ガートルード・ハーレック。実業高校のl後輩たちと立ち上げた建設会社の社長である。
彼女の部下が、ガーデン内で事故を起こし、12本ある塔のうちの1本を崩壊させた。
ガートルード、ブリジットそれに後から加わったピクシコラと私は、ガーデンの他の塔を調査しにいくところだ。

「これからむかう最古の塔には魔術師が捕らわれているらしい。あなたがそう言ったのよね、記者さん」

そうだ、私はブリジットにそう教えたはずだ。

「はい。四つの勢力が集まり一つの組織となったこのストーンガーデン。
ここの歴史を影から動かした魔術師は、力を失い塔に捕らえられているはずですよ」

なぜ、私がこんな説明ができるのか。どんな根拠があって語っているのだろう。
しかし、私はこの物語を知っている。

「あなたは、その魔術師をアレイスタ・クロウリーだと思っているわけ?」

クロウリー。
二十世紀最大の魔術師。
ピクシコの口からでた名前は、私にとってのパスワードだった。
私は、彼にここに呼ばれたのかもしれない。

「私は、彼とは因縁があるのです。世間では私を彼の研究者とも、弟子とも呼んでいる人がいるようですが、私たちはそんな関係ではありません。
ただ私は、彼の言葉、活動を調べ、記事にし、世間に知らしめた。
それは、彼の意にそまぬものであったようです。彼とその周囲のものから、批判も受けました」

パラミタは、かって彼が唱えた、神の消えた後の世界なのだろうか。

「ここがネヴィルが言っていた塔ですね。たしかに古そうです。あと少しすれば自然に壊れそうです。
私たちはここに呼ばれていない気がします。戻りましょう」

「そうね。別の塔に行きましょ。入り口もみあたらないし、住んでる人の邪魔をしたら、悪いわ」

「普通のお家ね。アレイスタ・クロウリーの住処には、思えない。ここには、彼の気配はない」

私の横で、三人は回れ右をしようとした。
ここまできた目的は、私たちの目の前にあるというのに。
そして、それは。

「早く行きましょう」「ええ。急がないと」「むこうで悲鳴がきこえたわ」

駆けだそうとした三人の前にまわり、私は両腕をひろげて立った。

「待って。止まってください」

三人は、怒りさえこもった表情で私をにらんでいる。

「みなさん、振り返ってください。塔に戻りましょう。我々はあそこに行かなければならないはずだ」

「計画を変更します。どいてください」

「ピクシコ。やっぱり、この人、怪しいわね」「はい」

魔術の現実とはえてしてこんなものだ。経験のないものはあっさりと騙されてしまう。
そして、一度、その術のタネを知ったものには、通用しなくなる。
どこでだかはわからないが、私は、この物語をすでに読んだ記憶がある。
術は、私には通用しない。
彼女たちは、術にかかっている。

「私がドアを開けます。中へ入りましょう」

三人の攻撃、非難を受ける前に私は、塔のドアに近づき、開け放った。
ドアは、あっさりと動く。
私は、このためにここに呼ばれたのか?

「お三人、ドアは開きました。こちらを見て。
さあ、あなたたちが先ほど眺めた塔の姿を思い出してください。
磨きぬかれたこの石の塔は、まるで古びいておらず、外見は装飾用の石のごとく輝いています。
出入り口のドアはこうして塔の正面にある。
頂上がみえないほどにそびえたったこの塔は、もちろん、普通のお家などではありません」



私と三人は、塔に入った。

「塔は、たしかに幻影の姿で私たちを追い返そうとした。あなたはそれを見破った。
でも、あなたが怪しいことに変わりはないわ。なんで、あなたにだけ、それがわかったの。
名探偵の私も、建築家のガートルードも、魔術師のピクシコも引っかかったのに」

「めい探偵ブリジット。
私がこの術にかからない、いやかかれないのは、私がこの物語の外側にいる者だからですよ。
あなたたちは、この冒険譚の登場人物たちだが、私は、運命の気まぐれで、ほんの一時だけここを訪れた旅人です。
本来の私は、あなたたちの冒険を外から眺めて楽しみ、うらやむしかできない存在なのです。
様々な世界に出入りして時代をこえて生き続ける旧支配者たちや、人でありながら人でないクロウリーのような輩を追っているうちに、私もまたこんな経験ができる幸運にあずかったらしい」

塔の内部は、ふかふかの絨毯、額に入った絵画、シャンデリア、ホテルのスイートルームのごとき空間だった。
甘い香のにおい漂う室内の、天蓋つきベットに彼は一人、あぐらをかき座り込んでいる。
東洋の僧侶のような、干からびた即身仏(ミイラ)の姿となって。

「これがアレイスタ・クロウリー? ずいぶん痩せたわね。カロリーおさえすぎよ」

「ここでこうして性魔術の相手を待っているのかも。
そして、相手の力をたくわえて、彼は復活する」

ブリジットに答えるピクシコは自信なさげだ。

「土建屋として言わせてもらいますと、この部屋、いろいろおかしいですね。
電気とか、水道とかどっからひっぱってるんでしょう。このホトケさんも、死後どれくらい経つかはわかりませんが、ここで果てたにしては、周囲がきれいすぎませんか。
香のせいか、腐臭もしませんし」

ガートルードは、壁をさわって室内をまわっている。
この語りつくされ、なおも人々の心に生き続ける物語を彼女たちは、知らないのだろうか?
パラミタでは、かの王と騎士たちの物語は伝わっていないのか。
私が呼ぼう。偉大なる彼の名を。

「Incubusと人間の女性の間に生まれた偉大な魔術師よ。こうして貴方にお会いできて幸せに思う。
私の名は、?ー???・?ー??。作家であり、編集者であり、旅人だ。
貴方やここにいる彼女たちのような、現実と伝説の狭間に生きる英雄の物語を生きる糧にしている。
私に声を聞かせて欲しい。
塔の扉は開かれた、貴方はまた再びその姿をあらわす時がきたのだ」

「思い上がりもはなはだしい若造よ。
我が物語を生きる糧にするなど、貴様の分ではないわ。
我が名は、マーリン」

干からびた即身仏はまぶたを開け、語りはじめた。
彼がいるのならば、クロウリーもここでは好きにはできまい。
私の意識が遠のく、ああ、帰還の時がきている。
ピクシコが消えかけた私にささやく。

「わかったわ。
あなたは、?ー???・?ー??ね。H・P・ラブクラフトの創造した神話を世に広め、アレイスタ・クロウリーと論争を繰り広げた小説家。私のパートナーもあなたの小説の愛読者よ。
会えてうれしかった。
あなたの間違いを教えてあげる、ここは、夢の中ではなく、あなたのいる世界の未来。
さようなら、またいつか会いましょう。
Master of ARKHAM HOUSE」



私は、目を覚ます。