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リアクション
「……ジーナ。何で私がこんな格好なんだ? どうみても、とうがたった女子学生じゃないか」
スナイパーの林田 樹(はやしだ・いつき)は、百合園の制服の裾引っ張りつつ言った。
「樹様、これは自然に護衛をするためです! 百合園の制服を着ていれば、か弱い女性に見えますよー。だーれも腕っ節の強い教導団員と思いませぇん!」
樹のパートナーで機晶姫のジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)は、そう理由を説明した。
「……私のパワードアームとか、ジーナのミサイルポッドはどうなんだ?」
「気にしたら負けです!」
「ねーたん、ねーたん。こたも、かよわいおにゃのこ?」
同じくパートナーのゆる族、林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が、樹の服を引っ張りながら聞いてきた。
「ん? コタローか? お前は普通に可愛いぞ」
「かわういおにゃのこ! にゅふー」
コタローが満足げなところで、シルキスの元へ向かった。
やあ、と挨拶をしようとしたところで、
「あ、あてにゃ(アテナ)しゃん、らにゃ(ラナ)しゃん、ふたりちょも、おうたうたい、じょーずなんらって? うっとね、こたのねーたんも、おうた、すごいんれすよ。とんれるとりしゃんがおちるんらってー。ねーたんは、しゅないぱー(スナイパー)やってるから、おうたれも、しゅないぷれきるんれすよ! ねー、じにゃー」
と、いきなりコタローが喋りだした。
「……ええっと、こたちゃん、飛ぶ鳥を落とす勢いって、それは悪い意味で使ったわけでして……」
「えーと、うーんと……コタロー? 何をいきなり言い始めるんだ?」
突然目の前にあわられて、何を言っているのだとシルキスは不審がっていないだろうかと見ると、彼女はコタローをえらく気に入ったようだった。
「かわいいカエルですね」
「あはは、コタローをカエルと思っていた事もあったなぁ。でもまあ、今は何だかんだいってこの子達が家族になっているんだ。そのような出会いのために、体を整えることは良いと思うぞ」
「パトナー様も手術を受けて元気になれば、樹様やこたちゃんのような素敵なパートナーと出会うことが出来ると思うんです! ……もしかしたら、恋に落ちることもあるかも……きゃ!」
「ありがとうございます。私も素敵なパートナーが欲しくなってしまいました」
とりあえずこれで良かったのかと、樹は胸を撫で下ろしたのだ。
(今回の仕事の趣旨は理解している。しかし元気付けるねぇ。勇気づけたい。柄じゃない。しかし、仕事でもある……)
シルキス達のやり取りを、一歩後ろで聞いていたサイオニックの斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)は、じっと機会を窺っていた。
しかし、幾度となく機を逃し、更には言い訳を考えてしまうと、どうにも距離が詰められず、ついついパートナーであるヴァルキリーのネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)に話しかけてしまう。
「うーん、普通に護衛するだけの方が何倍も簡単に思えてきた。励ましたりそういうの苦手なんだわ。他の者達みたいに武勇伝ってもパッと思い浮かばん。調べたり尾行したり要人の護衛したり、裏工作したり……。うん、よく考えると全然正当な戦闘してないな。参った」
「あー、そういえばそうだね。でもそれは邦彦がそういう仕事ばかり選ぶからだろう。ちゃんと戦った仕事は血生臭かったり、女性が絡んでたりするしね。……邦彦冒険者向いていないんじゃないか?」
「……かも、しれないな……」
「まー、傍にいるから、どーんと行ってきなよ」
ネルは邦彦の背中を押して、シルキスの隣に出た。
「や、やあ、シルキスさん」
「はい、御機嫌よう」
突然のことにも、シルキスは笑顔でお辞儀した。
慣れない邦彦はそれだけで戸惑ってしまい、無言のまま自分の義手を見せた。
「まあ、これはどうなさったんですか?」
「手術という未知の技術で不安なのかもしれないが、私はこうしてまた手を取り戻せた。何、麻酔――あー、眠らされて、気付いたら痛みもなく終わってるのが手術なんだ」
「……これは手術で良くなったのですか?」
「ああ、だからさほど心配せずとも、きっとシルキスさんも無事に終えられますよ」
「ありがとうございます」
今一度笑顔を向けてお辞儀をしたシルキスを見て、邦彦は安心した。
次第に並んで歩いていた距離が広がる。
邦彦の肩の力が抜けていたのは、ネルには明らかだった。
「お疲れ様。それにしてもこんな困った邦彦を見るのは初めてだ」
ネルは少しだけ、得した気分になったのだ。
邦彦とネルと入れ替わりにシルキスの元にやってきたのは、バトラーの大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)だ。
独特の口調とその笑顔で、シルキスに話しかけた。
「自分、勇気ある、お嬢ちゃんやないかいな」
「勇気? そんな……。私は勇気など持ち合わせていません。今も……」
胸の前でぎゅっと手を握るシルキスは、それはそれは、勇気のない儚げなお嬢様に見えてしまう。
しかし、だ。
「シルキスはんにはわかるかな? お嬢さんで大事に育てられてきたら、大概の物事は、まわりが用意してくれたんちゃうかと思うけど。けどなあ、虹の根元見るために、こんなとこまで1人でこれたんや。ガラ悪う奴らに絡まれても、や。それは勇気とちゃうん?」
「必死だっただけです」
泰輔は後頭部を掻きながら、言葉を続けた。
彼女はあまりにも、自分のことを理解していない。
そう見えた。
「必死でも何でも、それができた、ということは、この後に待ちうけてることも、多分なんとでもできるて。手術かて、そんな怖くないやろ、お嬢ちゃんやったら負けへんわ。自分の意思をしっかりさせたら、あとは神さんのおはからい、や。虹の根元でお祈りでもしいや」
「そうです、ね。虹の根元で祈りたいと思います」
自分の役目はこのくらいだろうか。
泰輔は振り返って、自らのパートナー達に視線を送ると、後は託した。
「ああ、でも帰ったら、お家の人に、心配かけたことはあやまらんとあかんで。ほな、後は僕の連れもいろいろしたくてウズウズしとるから、話聞いたってや」
そう言って泰輔は、背中に隠れていた剣の花嫁、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)をシルキスの前に引っ張り出した。
「た、泰輔さん、私はお話はその、苦手で……」
何か一言声を掛けてやったらええ、そう目で訴えられては、必死に言葉を紡ぐしかなかった。
「シ、シルキスさんには、指一本触れさせません!」
「何の宣言やねん!」
顔を真っ赤にしてレイチェルが言うものだから、泰輔は手の甲で突っ込んだ。
「これは……愛の告白でしょうか?」
「ち、違います。護衛として、私は、その……。そ、それでは……」
顔から火が出るとはまさにこのことと言わんばかりに真っ赤になったレイチェルは、その場を離れ、周囲をきょろきょろと窺い始めた。
護衛をしている、というアピールだろう。
「どれ、博識である我が、シルキス嬢に虹にまつわる伝承を色々話してしんぜよう」
泰輔のパートナー、悪魔の讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が、己の知識を元に話しかけた。
「先ほどの神や弓とは別なのですか?」
「いやいや、大体は同じであろう。しかし龍が姿を現したものが虹であるとか。神々の渡る橋であるとか。吉兆であるとされることが多いの、虹は。虹を見ることができれば、シルキス嬢の手術もうまくいく、というしるしであろうて。だが……」
「は、はい」
悪戯っぽく口角を上げながら、顕仁は付け加えた。
「白虹は、凶兆とされるが」
「そ、そうなのですか。なら、出来れば見たくはありませんね」
「そう言えば、先に宝物とか言っておったが、虹の根元には妖精の隠した壷が埋まっているという言い伝えもあるな。だが……本当の宝は――」
「わあ……ッ!」
顕仁の言葉が途切れたのは、突然シルキスの目の前に小さな虹が現れたからである。
泰輔のパートナー、英霊のフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が、即席に虹を作って見せたのである。
「太陽の光は一色に見えていて、じつはさまざまな波長の色がまざっている。プリズムを使うと、ほら、こんな風に波長によって色が分離できる」
「ぷり……ずむ? ……凄いです。皆さん知識をお持ちなのですね」
フランツはシルキスの言葉に更に気を良くして、饒舌になりだした。
「自然現象で起きる虹、というのはですね、空気中の……あこら、泰輔なにをする、僕の話す時間はまだあるはず……ぎゃー」
「フッ、我の話を途中で止めるから……っと、泰輔、我も何故にそのような扱いにー」
あまりに知識を饒舌に喋り過ぎた2人を、泰輔は首根っこ掴んで引き離した。
喋り過ぎ、というのもよろしくない。
「仕方ない……。民謡の小品を弾き語りして、皆で歌いながら行きましょう」
その提案ならばいいだろうと、泰輔は離してやると、そこは音楽を楽しむ者達、食いつきはよかった。
「それでは早速、道中のレッスンに協力させていただきます」
耳聡いミンストレルのテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)が、言った。
「レッスン……ですか?」
ピクニックやハイキング気分で歌うのではなく、レッスンという言葉にシルキスは首を傾げた。
「アテネとラナおねーちゃんも来たよ!」
テスラの後ろにはアテネとラナもいた、
どうやらアテネが歌の特訓をしているというのを聞いて、この時を待っていたのだ。
「あっ……」
何も無い平坦な道でテスラが躓いた。
「おっと。危なっかしいな、たく」
「……ウルスですか?」
躓いて転びそうになった彼女を支えたのは、パートナーである獣人のウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)だった。
「虹の根元って聞いて、きっと面白い絵が描けそうな気がすると思ってきたんだ」
「今までどこを放浪していたのです?」
「あー……それは内緒だ」
虎へと戻ったウルスは、その背にテスラを乗せて、歩き始めた。
「あの……目が……?」
「ええ、そうです。目が不自由な私がもし、手術と聞いたらきっと勇気が沸きません。シルキスさん、あなたと私は似た者同士かもしれません。虹の根元も私はあると信じています。確かにあります」
同じ不自由さを持ったテスラの言葉だからこそ、シルキスの胸には響くのかもしれない。
じっとテスラの言葉を待った。
「ただ、低い位置の可視光は、空気の密度により拡散しやすく目に見えないだけ。目に見えずとも、確かにそこに在る物。それは歌も同じです。歌に込められた想いは見えずとも、楽譜は目に見える」
「……歌が、お好きなんですね……」
シルキスのその声色にテスラは笑顔を見せた。
虹の根元の話はここで一区切り、とするように、テスラはパンッと手を叩いた。
「勿論、技術はあって当然! ですので、レッスンはびし、ばし! いきましょう」
「おー!」
「アテネ、私も厳しくいきますよ」
「え〜〜〜、優しくしてよ〜〜」
「それでは、シルキスさん、覚悟はよろしくて!?」
「は、はい!」
生への執着心を高めるものは何だろうか。
生への未練を強めてしまうのは何だろうか。
各々が持つ答えが違うならば、それぞれが見合った答えを示してやればいい。
「さん、はい!」
そんな掛け声と共に青空に響く、個性を持った音色が、シルキス達の足取りを軽くしていた。
「これは……レッスンのし甲斐がありますね」
そんな中、ついつい歌ってしまった樹が、音痴を露呈し、テスラとラナからもう特訓を受ける羽目になった。
キマク北草原へはもう少し。
見えた背丈の高くなった小さな小さな林を抜ければ、あと一息。
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