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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第2回/全3回)

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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第2回/全3回)

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第15章 潜入! 神聖都の砦(2)

 フレデリカの持ち帰った情報は、別動隊キャンプ場に設置された卓上型無線機――これはカナンで携帯が使えないことに不便を感じた笹野 朔夜(ささの・さくや)の要望により、シャンバラから供給された物である――によって、ザムグの町のセテカにも届けられた。
「人による人のための世界か…」
 重々しい、セテカの低いつぶやきがマイクを通して聞こえてくる。西から吹く風のせいで舞う黄砂に遮られてか、強ノイズが入って聞き取りにくいその声に、全員が集中した。
「たしかに耳に聞こえのいい理想世界ではあるが、およそ現実的ではない。だれもがその通りできなければどうする? 自己責任と、弱者は切り捨てるのか?」
 ましてここは彼らの地球とは違う。国の存亡を左右する国家神が1人の人間として実体を持つ世界なのだ。
「護国の力さえ引き出せれば、女神イナンナはどうなってもいいというのか。神とはいえ、彼女もまたわれらと同じ、人の心を持つ御方であることにかわりはない。民の苦境に心を痛め、カナンを緑溢れる地に戻そうと今も懸命に動いておられるあの御方を人柱として封印し、犠牲にすることで成り立つ国が理想というのか?
 俺はそんな国などいらない。そんな国を誇りたくもない」
 セテカの言葉に、同席した反乱軍の兵士たちも頷いた。
「臣民の幸福を一心に願ってくださる、あのおやさしい方を犠牲にしてまで築く国に、価値はありません」
「……人による、と言っても、結局はネルガルの独裁ですからね。事実、彼は女神から引き出した神の力を、民を苦しめるために使用しています。女神不在によって大地は荒廃していっていますが、それを加速させているのは彼にほかならない。自分に逆らったマルドゥークさんを罰したいがために西を砂漠化した――民の苦しみに無関心な彼が、国を平定したからといって、その力を公平に使用するとは思えません。
 そんな独裁者による統治が正しいわけはないでしょう」
「その通りだ」
 セテカの肯定を受けて、ゴットリープも自身の考えに頷く。他の者たちはどうかと見渡すと、彼と視線を合わせた全員が同意を示して頷いた。
 ケーニッヒやハインリヒが、にやにや笑って腕組みをしている。
「ええと…。では、ほかの皆さんの偵察結果を聞かせてください」
 進み出たのはローザマリアたちだった。
 テーブルの上に、エリシュカとエシクがマッピングした外壁内部の建物の位置関係図が広げられる。
「武器庫がここにあって、こことここに外壁に上がる階段が設置されています。ここは裏門で、山側の道につながっているみたいです。そしてここに外階段があって、直接最上階のワイバーンの小屋までつながっているようでした。ただ、施錠されていましたので常時使用されているというわけではないようです」
 エシクが指し示す位置を、エリシュカが赤ペンで丸く塗りつぶしていく。
「水路は残念ながら発見できませんでしたわ。おそらくあの砦ができたときにはもうあの川は干上がっていたのではないでしょうか」
 菊は不発に終わった探索の報告をしたが、その表情は残念そうには見えなかった。
 ちら、と視線をルイーザに流し、彼女が見えるよう、体の向きをずらす。
「ただ、そのあと中から出て来られたルイーザさんと話しまして。中に天水桶や貯水タンクがあることが分かりました。そして中にいらっしゃいますフレデリカさんと連絡をとり、そちらに眠り薬を仕掛けることにしたのです」
「練った小麦粉の中に入れたから、溶け崩れるまで時間がかかると思う。多分、夜の早いうちじゃないかしら」
「どれだけの方が口にされるかは分かりませんが、もともと食事に混ぜるための薬でしたから、加熱調理でも問題なく効果が表れるでしょう。でなくとも、飲料として夜の食事のときには必ず口にされると思います」
 フレデリカの言葉をルイーザが補足する。
「でも、そのあとちょっとおかしなことがあったのよね」
 食堂への給仕がひと段落ついたあと、フレデリカはワイバーン用の肉を捌いている料理人にすり寄った。その手捌きをベタ褒めし、相手がいい気分になったところを見定めて
「一緒に行ってもいい? 私、ワイバーンって高い所を飛んでる姿しか見たことなくて」
と、切り出した。
 ふたつ返事で応じてくれた彼と一緒に屋上まで上ったのだが。
「2頭しかいなかったのよ。16頭いるって聞いたのに」
 もしかしたらあの少年の勘違いかもしれない。念のため、ワイバーンの皿に移し変えている彼にそれとなく訊いたところ、やはりこの砦にいるのは16頭ということだった。
「常時つなぎっぱなしだとストレスがたまって凶暴になるから、偵察をかねて交代で飛ばせてるんだって。それで3頭が偵察に行っているって……でも、それでも5頭よね?」
 残り11頭は?
「それについては私が答えられるわ」
 ローザマリアが、まだまだ白い平面図に自分の調べたこと――特に兵力の集中している所と手薄な所、死角となる場所や歩哨の動きや交代時間等々を書き加えながら言った。
「爆弾を設置していたら、兵たちの廊下での立ち話しが漏れ聞こえてきたの。なんでも、今朝早くアバドンの先触れを名乗る男が現れたんですって。アガデからキシュへ戻る途中のアバドンが、この付近を通るついでに視察をかねて砦に立ち寄ることを決めたとか。その出迎えにワイバーンの隊を出せと言ったそうよ」
 見たことのない服装をした異国の男に、はじめ砦の者たちは不審がった。しかし相手の凶悪そうな面構えと傲慢な立ち居振る舞い、そして他国の者をネルガルやアバドンが重用し始めているといううわさも聞いていたため、砦の者は信じることにしたのだ。
 もしもはねつけて、あとで本当だと分かったらどんなことになるか……アバドンの不興を買うのは得策ではない。
 それに、相手は1人でこちらは11人だ。それが嘘と知れたときにはなんとでもなる、という判断もあった。
「アバドンが来る!?」
 女官長アバドンといえば、ネルガルの片腕だ。腹心とも言うべき存在。
 いきなりの大物出現に、とたん、天幕の中にちょっとしたざわめきが広がった。
「もし襲撃を知られて、私たちがすり替わっていることがばれたら…」
「いや、ばれてもいいんじゃないか? ついでにやっつけちまえば何も問題ないし。むしろ好都合じゃねーか」
「相手はアバドンよ? 連れてる兵だって半端ないわよ、ばかね」
 楽観的なハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)神矢 美悠(かみや・みゆう)が叱りつける。
「くそっ。まさか砦攻略後にアバドンが相手とはな。戦力が全然足りない」
「うゅ…」
「おいおい、ちょっと待てよ」
 それまで離れた位置で静観していた鬼籍沢 鏨(きせきざわ・たがね)が、場を静めようとするしぐさで前に出た。
「みんな冷静になれ。それは、その不審な男が口にしたっていうだけで、事実かどうかも分からないことじゃないか。そもそもそれがアバドンの部下だって、どうして分かるんだ? 今朝ってことは、もしかしたらオレたちの中のだれかって可能性もあるぜ?」
 その可能性について、一応全員が考えてみた。
「――ありえません。もしそうなら、今この場にはいないでしょう。11人のドラゴンライダーたちといるはずです」
 ゴットリープが首を振って答える。
「ふぅん。じゃあ…」
 そこで鏨はもったいぶるように――あるいは効果的になることを狙って――一拍の間を置いて切り出した。
「その情報自体が間違いって可能性もあるわけだ」
「なんですって?」これにはローザマリアが黙ってはいなかった。「私はたしかに聞いたのよ! あの言葉に、ほかにどうとりようがあるっていうの?」
「あるいは、嘘ってこともあるな」
「彼らが嘘をついてどうなるというんです? われわれに襲撃されることを知らないんですよ?」
 エシクの反論に、鏨の目が意地悪く光る。
「オレはべつに、やつらが嘘をついたとは言ってないぜ?」
 その言葉の意味するところを悟って、エシク、エリシュカ、菊の3人が、すっと息を吸い込んだ。あまりの侮辱に顔から血の気が引く思いがする。次の瞬間、猛然と攻勢に出ようとしたエシクの前に、ローザマリアの制止の手が伸びた。
「何が言いたいの、あなた。遠回しにしないではっきり口にしたらどう?」
「いや、なにね。あんな所へ自ら進んで偵察に行くような人たちは、向こうに取り込まれて嘘の情報を送ってくる可能性もままあるってことさ」
「なんですって!? あんた、あたしたちまで侮辱するつもり!?」
 今度は、やはり偵察を志願したケーニッヒのパートナー美悠が噛みついた。
 ケーニッヒがすばやく両脇に腕を回して止めなかったら、蹴りを入れていただろう。
「やめとけ」
 足をぶんぶん振り出す美悠に、そうささやくケーニッヒ自身、怒りに燃えた目で鏨を見ている。
「おっと。オレは可能性の話をしてるだけだ。そういうこともあるんじゃないか、ってね」
 場の半数以上の人間に睨まれる結果になってしまったことに遅れて気づき、鏨はあわてて両手を振って見せる。
「そうですね。可能性だけならどんなことだって、いくらもあります」
 ささくれた全員の気をとりなすように、ゴットリープが間に入った。
 別動隊には、付き合いの長い者もいれば今回初めて顔を合わせた者もいる。奇襲を控えた今、疑心暗鬼になって結束を壊すのは避けたい。
「……アバドンのことはあと回しだ」
 無線機からセテカの声が流れ出す。
「視察が事実にしろ、今夜攻略できなければ意味はない。砦は今も監視しているんだろう?」
「はい。しています」
 今の時刻、高島 真理(たかしま・まり)が高台から様子を伺っているはずだ。
 交代して戻ってきた天津 亜衣(あまつ・あい)を振り返って、頷く彼女にそれと確認する。
「11名が戻らないのであれば、それは好都合だ。やつらが戻ってくる前にきみたちで砦を制圧してしまえばいい」
「分かりました」



 以後、それぞれの心中はともかくとして、表面上は元に戻り報告が続いた。
「これが私とケーニッヒ、美悠の調べたことのまとめよ」
 天津 麻衣(あまつ・まい)が、会議前に整理して書き起こした砦内部の地図を広げる。
「砦は4階建て。階段は左右に1つずつあって、兵の部屋は主に3階。基本的に2人1組で部屋が与えられてるわ。任務にあたるのもその2人セットみたい。それから、屋上部分はワイバーンの飼育小屋のみになってる」
「内部の警報装置は我が作動しても鳴らないように細工しておいた。一応、ワイバーンのほかに北と連絡方法はないかも調べてみたんだが、建物内にはそれらしい物はなかったな」
 一応要所要所で手持ちの携帯を開いてみたが、電波が飛んでいる様子もなかった。
 カナンの文化レベルでは無線や携帯といった通信手段はなくてあたりまえだが、東西シャンバラと通じた反乱軍がこうして無線機を手に入れられる以上、エリュシオンと通じたネルガルがそれらの機器を戦線に配備していておかしくはない。しかし従順な東の監視に対する優先度は低いらしく、砦に配備されてはいなかった。
「ああ、それなら私たちが見ました。伝書鳥の小屋が南の外壁近くに設置されています」
 エシクが話す間に、エリシュカが机上に身を乗り出して赤丸を入れる。
「うゅ……ここ、なの」
「鳥は夜目が利かぬからの。入り口をガッチリ固定してやれば問題ないのじゃ」
「ではそちらはおまかせできますか?」
 ゴットリープの言葉に天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)が頷く。
「門の閂についてですが――」
「そこなら私とエリーが鎹(かすがい)に細工をしておいたわ。スイッチを入れれば小爆発が起きて吹き飛ぶようになってる」
「分かりました。では正門・裏門とその周辺の掌握はローザマリア隊にお願いします」
「まかせて。門からは一歩も出させたりしないから」
「ヴェーゼル隊は正門を突破後1〜2階部分を制圧、フリンガー隊は飛空艇部隊とともに屋上からいきます。
 それで、砦までの移動手段ですが…」
 これが少し厄介といえば厄介だ。全員が隠形の術や光学迷彩を持っているわけではないし、砦周辺はたいまつやかがり火が焚かれている。飛空艇の音が消せない以上襲撃は飛空艇部隊に合わせて決行するしかないが、タイミングを合わせるには正門付近は開けすぎていて遮蔽物がない。どうしてもかなり後方からのスタートになる。
「ローザマリア隊が山側から下りて裏門を突破、正門が開くのを待ってヴェーゼル隊が突入しかないだろうな」
 崖路は急峻で真理たちには荷がかちすぎるし、ローザマリアたち4人ならともかく10人近くを潜ませる場所がなかった。
 その案で妥協するしかないか。全員がそう思い始めたころ。
「オレにいい案がある」
 鏨がポケットから折りたたんだ紙を引っ張り出した。
 砦付近の地図で、山を迂回する道がペンでなぞられている。
「崖から行かず、横から行くんだ」
「無理よ。この道は私も見つけたけれど、屋上から丸見えになる箇所が3箇所もあるわ」
「昼間はな。だけど襲撃は夜で移動するのは夕方からだ。ワイバーンは3頭しかいないし、それに手前のこの岩の亀裂の所なら全員がひそむことができる。昼間のうちにオレが調べておいたから間違いない。
 これは、砦ができる前は登山道の1つだったらしい。だが手前を砦がふさいだせいで、だれもこの道を使わなくなった。裏門のある場所からは少し離れているが、だからこそ監視の目も緩い。裏門までの距離はコントラクターの足ならカバーできるだろう」
 テーブルの周りに集まった全員が見下ろす中、鏨が地図の砦にペンでルートを書き加えていく。
(――これは…)
 ゴットリープは眉をひそめ、背を正すとケーニッヒ、ハインリヒに視線を投げた。彼らもまた、ゴットリープと同じことに気づいたらしい。
 3人は視線を合わせると、そっと天幕を出て行った。