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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第2回/全3回)

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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第2回/全3回)

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第12章 タクティクス

 東カナン正規軍がアガデの都を発った同日。
 イルの村に駐留している反乱軍では、アガデにいる仲間から書状にてもたらされた情報を元に、作戦会議が開かれていた。
 中心となって仕切っているのは、正規軍について詳しいセテカ・タイフォンだ。今回の作戦に参加する東西シャンバラ人を代表して集まった数人を前に、セテカはまず、東カナン正規軍の構成についての説明から入った。
「今回、日数的に見ても遠方の地方領主の兵は入っていないだろう。アガデに駐留していた兵と、もしかしたら近辺の地方領主の兵が動員されているかもしれないが。将軍位を持つ領主は必ず私兵を連れて召集に応じているはずだから、その数は東カナン全兵のおよそ3分の1弱と俺は読んでいる」
 アガデ駐留の約6分の1がセテカに賛同し、離反者となった。その補充は当然しているだろう。だがこれ以上の数となると、移動速度が問題となってくる。
「そして東カナンの軍は重騎馬、弓騎馬、速騎馬で構成されている。長槍兵といった歩兵団もいる。それぞれに将軍が左右1人ずついて8人、加えてその補佐の副将軍、さらにその者たちを統括する上将軍位がある。これが紫衛軍あるいは紫軍と呼ばれるハダド家私軍の副将も兼任する。私軍・国軍全ての指揮権を持つ軍帥はもちろんハダド家現当主・バァルだ。
 つまりバァルの直下には16人の副将軍、8人の将軍、2人の上副将軍、上将軍の計27人がいる。が、上将軍位が現在どうなっているかは知らない。これは俺の地位だった。俺の補佐をしていたヴァンダルが昇叙した可能性が高いが……分からないな」
「バァルさんを捕らえるにはその26〜27人を相手にする可能性を考慮しないといけないということね」
 今回、バァル捕縛部隊の指揮官を務めることになったルカルカ・ルー(るかるか・るー)が言う。
「副将軍たちは軍略会議か謁見以外ではバァルには近づけないようになっているから、実質は10人とみていい。バァルが1人になるときを狙えればいいが……そこはきみたちに任せようと思う。
 ただ、バァルの腕前は相当なものだ。1対1で正面から向かっていくことだけは避けた方がいい」
「大丈夫。そのへんはちゃんと考えてるから」
 あとあと考えると、彼にけがさせてもまずいし。
 笑顔でうけおうルカルカに「きみを信じよう」とセテカが頷く。
「次に神聖都の砦についてだが、これは東カナンの監視が目的でネルガルが設置したものだ。ここから北上して3日の行程となる。山脈のふもとにあり、位置的にはキシュとアガデのちょうど中間にあたる。近くにはアシラトという小さな町があるのみだ。常駐しているのは神官兵で、ドラゴンライダーとワイバーンがいることは分かっているが、内部がどうなっているかは分からない」
 北へ攻めこむためにはここの排除が不可欠。反乱軍の規模が日々拡大していく今、ヘタな報告をされて警戒を強められても困る。いずれは攻略をとセテカも考えてはいたが、まさかこんなに時期が早まるとは想定外だったため、偵察を出しそびれていたのだ。
 人材不足はいかんともしがたい。
「それは僕たちの方で手を打たせていただきました。既に偵察として何人かが潜り込む手筈になっています」
 砦攻略の別動隊指揮官に選ばれたゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)が応じた。
「チームは目立たないよう数人ずつのグループに別れて現在移動中です。いただいた地図によりますと、アシラトの町との中間位置にキャンプを張るに適した台地がありました。そこに3日後集結することになっています」
 彼の言葉を聞きながら、事前に提出されていた攻略案(仮)にざっと目を通す。
「そうか。ではわれわれも3日後の夜に行動に移すようにしよう。念のため、1日3度の無線連絡を欠かさないでくれ」
「分かりました」
「次に、アジ・ダハーカと正規軍の攻略だが――」
「それについては私に一案があります」
 イスを引き、立ち上がったのはリブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)だった。
 合わせてレノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)が壁から離れ、一歩前に出る。
「敵の主力はしょせんは騎馬なのですから、おそるるに足りません。わが【帝国親衛機甲騎士団】とレノアの飛空艦隊【親衛特務艦隊】による威圧、艦砲射撃の重火器で一掃できるでしょう。
 アジ・ダハーカの魔法攻撃の射程外や死角をキープし、レノアが飛空艦隊を常に移動させ、的にならないように回避しながら火力を集中させます。回避力や速度が速い飛空高速駆逐艦や飛空高速巡洋艦でアジ・ダハーカの体力を浪費させるのです。
 私はザムグの町の盾となるよう【御前艦隊】で防衛陣を組み、後方からレノア達を指揮、援護することによって町には一切被害を出すことなく敵を殲滅することが可能です」
 リブロにはおそらく大々的に展開されたその光景が見えているのだろう。自己陶酔気味の発言に、だれかが鼻を鳴らした。
「それはすごい」机上で指を組んだセテカが応える。「しかし現在のきみにそれだけの装備がない以上、およそ現実的ではないな」
 その言葉に、リブロは眉を寄せつつも引き下がった。
 ほかに、という言葉にあわせたかのように、突然会議室の扉が大きく引き開けられた。
「俺様に策がある」
 獅子導 龍牙(ししどう・りゅうが)である。
 テーブルについた一同を見回し、注目が集まっているのを確認して、彼は鷹揚に頷いた。
「1つ、敵が来る前に落とし穴を作っておく。ザムグにはこちらが先に入って準備を整えておく時間がある。スキルを使えば難しくはないはずだ。
 2つ、戦いはこちらから仕掛ける。ただし夜に機動力のある少数でに限る。そして敵を挑発し、落とし穴へ誘導する。敵は混乱するだろう。
 3つ、その混乱のさなか、司令官であるバァルを捕らえ、そのことを報じる。頭を失ったことを知れば敵の混乱はさらに増し、降伏勧告を受けいれるに違いない」
 本当は4つあるのだが、あえてそれは口にせず、龍牙は周囲の者の反応を待った。だが反論があるとは思っていなかった。完璧な策だと彼には分かっていたからだ。
 セテカは少し考え、頷いた。
「きみのやりたいことは分かった。つまり落とし穴を仕掛けたいんだな。だが穴を掘るにはもう少し人手が必要だろう。1部隊兵をつけるから、好きにしてみるといい」
「ありがとうございます」
 案が通り、兵も貸し出してもらえたことに気を大きくして、彼は空いた席まで行くと椅子を引き出し、着席した。
 以後、次々とアジ・ダハーカ攻略への立案がテーブルの上を飛び交った。だれかがアイデアを出せばそれを修正・補足し、それならばと自分の案と組み合わせていく。そうしてできあがっていく戦略に、それぞれ自分の得意とする分野で役割を選択し、分かれ、グループを再編した。
「よし。ではこれでいこう。委細まで決めてしまっては柔軟さを失う。きみたちはこういうことに慣れているようだから、実地での臨機応変さは期待できると思っている。よろしく頼む」
「はい」
「分かりました」
「まかせてください」
 ガタガタと音を立て、離席していく誰もが、それぞれ備品の手配や確認をせわしなく話し合っている。
 机上に広げていた地図やメモをまとめる書記係を残し、やはり自室へ戻ろうとしたセテカを、このとき、呼び止める者がいた。
「少し時間をよろしいか?」
「きみは?」
 振り返り、視線をずっと下げる。
 見た目はまだ年端もいかない少女だが、コントラクターに限っては見た目と中身に差異があるのは既にセテカも学んでいた。
 彼らは皆、戦士の目をしている。
「わしはファタ・オルガナ。おぬしとともにアジ・ダハーカ攻略に向かう1人じゃ」
「そうか。よろしく」
 差し出された手で握手をかわす。ファタは小首を傾げ、まっすぐにセテカを仰いだ。
「腹を割って話そう。わしはおぬしのことも、この国のことも知らん。ゆえにおぬしたちの諍いに何の感慨もない。今回、わしはそこの――」と、後ろに控えていたミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)をちらと振り返る。「ミシェルからお願いをされて来たのじゃ。かわいいミシェルのたっての頼みとあらば無碍にもできぬ。じゃがもちろん、手を貸すとなれば全力を尽くす。この身、わが技全てを持っておぬしに賭けよう。しかし、その前にひとつふたつ聞いておきたいことがある。
 おぬし、この反乱は領主に民意を伝えることだと言ったそうじゃが、それはまことか?」
「そうだ。いくら周囲の者が説得してもバァルは頑固だから考えを変えない。われわれが民を集め、それをじかにぶつけることで、彼が起つことが東カナンの者の総意であることをバァルに知ってもらう。それがこの反乱軍の目的だ。
 実際、もうかなりの数の民がわれらに同意して集まっている。彼らの面前に立たせるためにもバァルを連れ出す必要がある」
 この村に来て、反乱軍のほとんどが民兵であるのはファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)も気づいていた。ろくな装備もなく、武器を持っただけでオロオロしている姿はとても戦場へ出せるレベルではなかったが、ある意味彼らの役目はそこにないのだからそれも当然というわけだ。
「ふ、ん。では反乱が成功したとしても統治者は領主のままなのだな。おぬしが成り代わろうというわけではないと」
「俺が?」
 セテカは、まさかと笑って首を振った。
「俺に継承権はない。俺はハダド家を補佐するタイフォン家の跡継ぎだ。……まぁ、離反した今はそれもあやしいが。たとえバァルが死んでも、俺に回ってくるまでにはさらに数人の継承位を持つ者が死ななければならない。
 バァルは女神よりこの東カナンを統治する役割を賜った由緒正しきハダド家の者。私意を捨て、ネルガルに服従しているのも東カナンを思ってこそ。事実、東カナンがもちこたえているのは彼の捨て身の献身があってこそにほかならない。方法は違っても、東カナンを思う気持ちは俺たちと同じだ」
「だがそれをおぬしは是とは思っておらぬのだろう?」
「当然だ。女神の加護を失った東カナンは確実に荒廃している。バァルの方法は、時間を稼いでいるにすぎない」
 そしてそれは、緩慢な死に等しい。
 何事にも一線というものがある。戻れなくなってからでは遅いのだ。
「――道中、それと悟れぬ愚か者といううわさはついぞ耳にしなかったが……おぬし、長く領主のそばにいたのじゃろう。そやつが何を考えているか、知っているのでは?」
 ファタの問いに、セテカは応とも否ともとれる微笑を浮かべたまま沈黙した。
「だんまりか。……まぁいい。それだけ聞けば十分じゃ」
 ファタはあっさり引き下がり、ウィンクを飛ばすヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)を従えて部屋から出て行った。
「セテカさん、本当にそうなのか?」
 榊 孝明(さかき・たかあき)が、少し不安げに切り出した。
「そうとは?」
「バァルさんが何を考えているか知っているってこと」
「……いや。バァルはそうペラペラと自分の思っていることを口にする人間じゃない。だが推測はできる」
「なら、町にこもるのではなく奇襲をかけるという話は、バァルさんが町を攻めないと分かっているのと同様に、向こう側にも予想されているんじゃないだろうか。バァルさんにだってあなたの考えの予測はつくはずじゃないか?」
 それだと奇襲にならない、との懸念を出す孝明に、セテカは肩をすくめて見せた。
「読まれているだろうな。俺の考えを読むというより、この圧倒的な戦力差ではそれ以外打つ手がないからだが」
 篭城するにはそれだけの蓄えがいる。向こうは攻城の資材がいる。どちらにもそれだけの余裕はない。こちらが出なくても、早晩、向こうも同じように奇襲をかけてくるはずだ。
「読まれるリスクを考えても、正面からぶつかるよりまだ勝機がある。いつ・どうやってわれわれが仕掛けてくるかは正規軍側にも分からないはずだ。特にきみたちコントラクターと戦った経験が彼らにはない。そこがわれわれの強みだ」
 メラムのときのように裏切り者が出ない限りは…。
 しかしそれについて考えてみても、やはり東西シャンバラ人の助けなくしては成立しない戦いだった。
「そう、だね…」
 孝明にはもう1つ心配があった。
 正規軍に従軍しているモンスターだ。あれは、本当に反乱軍に向けてだけのものなのか? その中には、戦場であわよくばバァルを亡き者とし、自分の手駒を東カナンの領主に据えようという隠された狙いがあるのではないのか。
 彼なりに、いろいろな人からバァルのひととなりについて聞いてきた。セテカとはこうして短いながらも一緒に過ごして、彼を知ることができた。
(彼らは2人とも、こんなところで死ぬべきじゃない)
 あらためて、孝明はそう思った。
「先ほどこの作戦が成功した場合についてはお聞きしました。では、失敗した場合の先のことは考えていますか?」
 テーブルに浅く腰掛け、話に聞き入っていた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が静かに口を開いた。
「失敗か…。何をもって失敗と言うかだが。
 たとえばバァル捕縛が失敗したとする。それは作戦の失敗だろうか? アジ・ダハーカを倒せなかったら失敗か?」
 違う。この2つは失敗したとしてもまだ取り返しがつく。なんとでもなる。
 実際のところ、本当に取り返しのつかない失敗は、神聖都の砦の奪取なのだ。ネルガル側にそれと悟られただけで窮地に陥ることになる。秘密裏に攻略できなければ、全てが終わりだ。
 だが彼が聞きたいのはそういうことではないだろう。
 無言で返答を待つ遙遠を見て、セテカは厳かに告げた。
「……この反乱が俺たちの負けで終わったとしても、バァルは兵や民たちを不当に処罰したりはしないだろう。東カナンを憂いての行動であることは分かっているし、モンスターの脅威から解放し、困窮している民を助けたという実績もある。甘いと文句を唱えるかもしれないネルガルはもうアガデを離れた。それなら、俺の首ひとつですむ話だ」
「そんな…!」
 とたん、その場にいる全員がいっせいに声を上げた。
「あなたが死ぬことはない!」
 シャンバラへ来ればいい、との声も上がった。しかしセテカは笑って首を振り、それを拒んだ。
「騒擾の罪はだれかが償わなければならない。それが秩序というものだ。俺が逃げれば俺の部下たちが代わりに処罰されることになる。
 それに、これは負けたらの話だ。俺は負けるつもりは毛頭ない。きみたちだってそうだろう?」
 問いかけに全員が頷く。
「なら、何も心配することはないさ」
 このままではだれもこの部屋を出そうにない。
 セテカは書記係から会議のまとめを受け取ると、彼らに先立って自室へ帰って行った。



 部屋に入る早々バルコニーに鳥の姿を見て、窓を開け放つ。机上のメモに走り書きをし、足に結わえつけられた小さな銅管に差込んで再び空に放ったとき、ノック音がしてドアが開いた。
「……あ、すみません。お邪魔でしたか」
 矢野 佑一(やの・ゆういち)が勢い一歩踏み込み、そこで足を止めた。
「いや。もうすんだ」
 青空に飛んでいく白い鳥。
 それを同じように佑一も見上げた。
「アガデにいる仲間への伝書ですか?」
「そうだ。全て予定通りだから安心しろと。
 それできみは? おおかた何か、あの場では言えないことがあったんだろう?」
 来るのは分かっていたと言いたげに口端を上げて笑うと、セテカは来客用ソファを薦め、自らも前にかけた。
 メラムでの話し合い以降、彼らはさまざまな事柄で幾度となく話し合ってきたこともあって、まだ距離はあるものの一種の気安さが生まれていた。
「ええ、そうです。
 実は、人づての話として聞いたのですが……バァルさんに弟さんを人質として差し出すことを薦めたのは、女神官のアバドンという人だと」
 ジルだな、とセテカは直感した。
 メラムで焼死した副官の代わりにとりたてた彼女はまだ若く、経験が浅い。
 だが、これはアガデの城ではだれもが知っていることだった。バァルをおもんばかり、口にしないだけで。機密性はないと彼女が判断するのも当然だろう。
「そうだ。ネルガルは東・西・南の領主たちに絶対服従の証として人質を要求した。最も愛する者、あるいは最も役に立つ存在を差し出せと。アバドンは直接バァルを訪ね、弟のエリヤを差し出すことを提案した」
 所用で城を離れ、その場にいなかったことがつくづく悔やまれた。
 セテカがそのことを知ったとき、もうエリヤは石化され、アバドンによって連れ去られてしまっていたのだ。
 もし知っていれば、絶対にエリヤを渡しはしなかったものを。
(あるいは、バァルはそれを知っていたからわざと俺を遠ざけたのかもしれない…)
「あなたが反乱を起こした理由に、バァルさんを決起させない原因を作ったその人の真意を探るというのも含まれていますか?」
「あれが何を考えているか、推測するには情報が足りない。俺は祭事でキシュを訪ねたときに遠目に数度見たきりで、口をきいたこともないんだ」
 女神官とはその名の通り、神殿にて女神に奉仕する身上だ。一領主の側近などとは接点がない。
「書状を見た限りでは、何かしら目的があってバァルに接近しているのは間違いないようだが…。
 バァルは両親の事故死も疑っている。キシュに向かう途中で落石事故にあい、死んだはずの両親の馬車がキシュに入るのを見たと証言する者がいたからだ。しかしそれを口にした者は間もなく姿を消してしまった。証拠は何もない。
 バァルは口には出さないが、ネルガルが関与していたのではないかと疑っているようだ。しかし俺は、あの女が何か仕掛けたのではないかと考えている」
「そんな…」
 佑一は絶句した。それは7年も前の出来事だ。そこまで根が深いとは考えていなかったのだろう。
「そう思うなら、なぜ告発しないんです? 東カナンの領主夫妻を殺害したなんて、女神官や神官位では――」
「神官が領主夫妻を殺して何の益がある? 当時、彼らは女神イナンナに仕える神官だった。彼らを疑う理由はどこにもなかった。バァルは18で突然領主の地位につくことなり、それを補佐する俺たちも含め、東カナンの政は何もかもすっかり混乱しきっていた。この2〜3年でようやく落ち着いてきたところにネルガルの女神封印が起きて、その疑惑が浮上したんだ」
 後手後手に回ってしまったのは自分たちの失態だが「今思えば」とか、たらればで考えてもどうにもならない。当時のネルガルは女神の信任厚い、優れた神官として臣民から尊崇の念を抱かれていたのだ。
 彼が女神を封印し、征服王を名乗るなど、一体だれが思いついただろう? 思いついたとしても一笑に伏されて終わりだったに違いない。
 重い沈黙が部屋に満ちていた。
 黙り込み、しばしそれぞれの考えに没入する。
「……それで? 訊きたかったのはそれだけか?」
「あ、はい。いえ」
「どっちだ?」
 くすり。笑われたことに少し赤くなりながら、佑一は自分の考えを提案してみた。



 その夜。
 館から全ての明かりが消え、ひと気がなくなるのを見計らって庭に出る影があった。
 きょろきょろと辺りを伺い、無線機のアンテナを伸ばす。
「……そう。やつらは3日後に神聖都の砦を襲撃する…」
 応じる声が無線機から流れる。
 数分会話をしたのち、影は再び館内へと戻って行ったのだった。