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第一章 愛のカタチはハート型

 ヴァイシャリー邸正門前。
 大きく開かれた扉の上のアーチは、バレンタインを意識してか、ハートをモチーフにした花々によって飾られている。ふわふわとハートのバルーンが浮いているのはいったい誰の趣味なのかわからないが、愛らしいことに変わりはない。
 バレンタインのフェスタを街で開くに当たり、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は、街中をバレンタイン一色に染め始めた。中でも一番気合いが入っているのは、やはりフェスタの中心となるメインストリートで、LOVE FESTAの前日に当たる今日は、まるで絵本から飛び出してきたお菓子の国のような風体となっている。そして、このヴァイシャリー邸も例に漏れず、豪華絢爛、荘厳華麗、と言った厳かかつ華やかな四文字熟語を尽くしても足りないこのお城も、現在はさらに普段の上をいく飾りつけが施されている。
 ただし、普段の上をいくといっても、ほとんどアミューズメントパークのようなこのナナメ上に突っ走っていく感じの飾りつけを命じたのはいったい誰なのか、そしてなぜ誰もそれを止めなかったのか……そのへんの事情を考えるのは、やめたほうがいい。多分に無粋というものである。

 そんなヴェイシャリー邸に初めて訪れた者の反応というのは、皆一様に同じと言っても良い。これは普段から、遠目にも豪華絢爛なお城であるヴァイシャリー邸を、間近で見れば圧巻されることは間違いなく、要するに誰しも……二の句が継げないのである。ましてこの飾りつけの弾けっぷりたるやすさまじく、今回のバレンタインにかけるラズィーヤの気持ちというものが全面にがっつり飛び出ていると表現しても良いくらいである。
 だから今、さすがのシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)も、若干ぽかんと口を開けてヴァイシャリー邸正門を見上げてしまっていたところで、誰も文句は言えないはずである……のだが
「なにしてるー!」
「るー!」
「……なっ!!」
 大した力ではないが、唐突な襲撃を受け、思わずつんのめったシャーロットが振り返ると、そこに崩城 理紗(くずしろ・りさ)崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)がぐわしっと身体に抱きついてきた。普通ならば怒りだしたり、取り乱したりしそうなものだが
「……コホン。えーっと、君たちはなんなのかな。私になにか用ですか?」
 シャーロットは体勢を整えて、冷静さを取り戻して口を開いた。
「チョコつくるのー?!」
「のー!」
「一緒につくろー!」
「おいしーよー!」
 理沙とちび亜璃珠は、シャーロットに抱きついたまま、ワイワイと話しかける。
「あらあら。うちのチビたちが……ごめんなさいね」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が現れて、シャーロットに優雅に会釈をした。シャーロットも少し困った表情を浮かべつつ、それを返した。
「この子たち、お菓子作りが嬉しくて、ついはしゃぎすぎちゃって」
 亜璃珠がシャーロットから、理沙とちび亜璃珠を引き離すと、二人はほっぺたをぷくんっと膨らませた。
「理沙のせいでおこられたー!」
「ちびちゃんだって、やったじゃんっ」
「ほら、ちゃんと謝らないといけませんわ」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は二人の手を取り、シャーロットの前に理沙とちび亜璃珠を立たせて促すと、二人は「ごめんなさい」「なさいー」と素直に頭を下げた。
「ここにいらっしゃるということは、ラズィーヤ様の私邸にいらっしゃるのですよね。私たちもチョコレート作りに来たのですわ。よかったらご一緒いたしましょう」
 小夜子がシャーロットを誘うと、頭を下げたおチビちゃん二人の頭をよしよし、と撫でていたシャーロットが顔をあげた。
「ありがとう。ラズィーヤ様の御屋敷は、ここから遠いのかな」
「ええ。でも、大丈夫ですわ。馬車が迎えに来ていますもの」
 亜璃珠がつと指を向けた先に、ラズィーヤ私邸からの白い馬車がこちらに向かってくるのが見えた。


* * *


「いらっしゃいませ!」
「ラズィーヤ様の御屋敷へようこそ☆」
バッタン!!
ラズィーヤ私邸の玄関横にある、呼び鈴代わりの大きな鐘をガランガランと鳴らしたら、中から飛び出すように扉を開けてくれたのはミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)イシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)だった。
いつもはラズィーヤのメイドが静かに音もなく開けてくれる扉が、あまりに勢いよく大きな音をたてて扉が開いたので、扉の前にいた娘たちは、とっさに身を引いてしまうほどだった。

「おねーちゃんたち〜!びっくりしたですよ〜」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は飛び出すようにして迎えてくれたミルディアとイシュタンを見て、目をまんまるにした。
そして、喜びを露わにして、ミルディアに、ぽふっと抱きついた。
「えへへー。驚かせちゃってごめんね!」
「本当に、びっくりいたしましたわ」
イルマ・レスト(いるま・れすと)はほっとしたように、胸をなでおろした。
「ごめんごめん!ケガしなかった?」
「それは大丈夫ですわ」
 イルマは朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)のほうも確認して、にこにこと答えた。

「あれ、でも。おねーちゃんたちは、明日はお店をやるってボク聞いてたですよ?」
 そういえば、と言った感じでヴァーナーが不思議そうな目を向けると、よくぞ聞いてくれましたとばかりにミルディアは胸を張って答えた。
「チョコ作りが苦手な人のために!明日売るチョコレートを作りに来たんだよっ」
「しかも、あたいに作らせようとしてんの!」
 イシュタンはじとっとした目でミルディアを見るが、ミルディアは一向に気にも留めない。
「ヴァーナーちゃんは、アレ?チョコ作りに参加するの?」
 ヴァーナーはふるふると頭を振ると
「ボクは、明日のフェスタで静香様とラズィーヤ様のお手伝いをすることになってるんですっ。だから相談に来たんですよ〜」
「静香様とラズィーヤ様なら、あちらのサロンにいらっしゃるよっ!」
 ミルディアが玄関ホールの横にある、大広間に広がる扉のひとつを指差した。
「さっき、メイベルさんたちも来てたから、まだいるかもよ」
 イシュタンの言うメイベルさんたちというのは、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ) ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)のことだろう。
「彼女たちも明日、お店をやるんだよねっ!楽しみだなぁ」
 ミルディアはうきうきと弾んだ声を出した。
 明日は、生徒の中にもお店を出展する予定の娘たちが多くいるため、ラズィーヤが、その準備をする娘たちにも、キッチンを貸し出してくれることになったのだという。
「ミルディアさんは、どんなお店を出されるのですか?」
「明日は、手作りチョコの販売はもちろん、材料やレシピなんかも売るからねっ!イルマさんもよかったら見に来てね」
「はい。喜んで伺わせていただきますわ」
「ボクにも、オススメのチョコレートをくださいです〜♪」
「もっちろんだよ!」

「じゃあ、イルマ。チョコレート作りの前に静香様とラズィーヤ様に、ご挨拶に伺おうか」
 千歳はサロンのある扉のほうを指して言った。
「そうですわね。ラズィーヤ様もチョコレート作りにはご参加くださるのでしょうか」
「サロンにいらっしゃるなら、お話しできる時間もあるよ」
 千歳が言うと、イルマはうれしそうに微笑んだ。
「まだ時間も早い。一緒にお茶をいただいてから、キッチンに行っても遅くないよ」
「あたいたちはそろそろキッチンに行くけど」
 販売するほどたくさんの量のチョコレートを作らなければならないことを考えると、少し暗い気持ちになりながら、イシュタンはミルディアを促した。ミルディ……張り切っちゃってるしなぁ。今日は一日がかりになりそうだ。
「ラズィーヤ様は、あとでキッチンの様子を見に行くとおっしゃっていたよ!」
 ミルディアはキッチンの方向へと足を向けながらも、サロンに向かう3人の背中へと声をかけた。
「わかりましたわ。ありがとうございます」
「じゃあ、ボクはその前にご相談してこないとです〜」
 サロンへと続く扉は、ラズィーヤのメイドが静かに開けてくれた。
 庭からの光を取り入れる形になっている、ガラス張りのサロンへと続く部屋は、光で溢れていた。