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「はーい。では、みなさん。材料そろいましたかっ?」
 歩は黄色いエプロンの裾を揺らしながら、手に持っているレシピと作業台の上の材料を見比べてまわった。今日の歩は先生である。
なにせ普段キッチンに立たないようなおねーさまたちまで今回は「私も作りますわ」と言うのだから、力にならないわけにいかないのだっ!思わず気合いが入っている。

「ともかく、チョコレートを溶かせばいいのでしょう?」
「ま……まってください、御姉様!直火じゃダメですわ!」
 亜璃珠が温めたミルクパンの中に製菓用チョコをひょいと入れようとしたところを、小夜子が慌てて留めた。
「あら、そうなの。……じかび、って何かしら?」
 亜璃珠は不思議そうな顔をして、ひとまずチョコレートのかたまりをバッドに戻した。
「えーっと。こういう板チョコはそのまま火にかけたら、焦げちゃいますー。まずは湯せんの仕方を教えますねっ」
 歩も慌てて、ミルクパンの火を止めた。
「えー。そのまま溶かすんじゃないの?」
 円も亜璃珠とまったく同じことをしようとしていた。火を使う作業には危険がいっぱい!
「まったく。なにしてるー!」
 ちび亜璃珠は、器用に板チョコを細かく刻んでいた。とんとん……。確かに上手なんだけど、なんだか手元があぶな……
「あっ!チビちゃん。背伸びして包丁使ったりしたら危ないよ!」
 理沙が目ざとく見つけて、ちび亜璃珠の身体を後ろからぎゅっとする。キレイにチョコレートを刻んでいた葵が、その声にきょろきょろと周りを見回して、高いものを取る用なのだろうか、キッチンの隅に台があるのを見つけた。
「持ってきてあげるねっ」
「ありがとー!」
 ちび亜璃珠は、持ってきてもらった台の上に乗って、チョコレートを刻むのを再開した。
「ちびちゃん、上手だね」
 小さなおててでチョコレートを刻む、ちび亜璃珠をシャーロットは関心したように眺める。ちび亜璃珠はえっへんと小さな胸を張った。
「あの……シャーロットさんは、空京大の方なんですよね。どうして、チョコレート作りに参加されたんですか?」
 香苗の質問に、シャーロットは少し照れたような笑みを浮かべた。そして、香苗の耳もとにそっと手を添えて、内緒話しをするように小さな声で言った。
「大事な人がいるんです。ちょっとね、柄じゃないんだけど……せっかくのバレンタインだからね」
 シャーロットの告白に、香苗はどきっと胸が高鳴った。こういうステキな人に想われている人というのは、どんな人だろう……。
「君は?誰かあげたい人がいるんじゃないんですか?」
「香苗ちゃんっ、誰にあげるのー?」
 ちび亜璃珠の隣で、チョコレートを刻むのを見ていた理沙が、会話を聞きつけて、香苗の腰にぎゅっとする。
「えっ、あっ!……そんな、香苗はまだ、そんなに大事な人……なんて。と、友達にあげるのよっ」
 早苗が思わず頬を赤らめると、理沙は、えへへーと笑った。
「私も私も!一緒にがんばっちゃおー」
「あ、葵ちゃんは?誰にあげるの?」
「あたしは、もちろん大好きな人だよっ。喜んでくれたら、うれしーよね!」
 葵はあげた時の相手の反応を想像しているのか、弾けた笑顔で答えた。

「歩ちゃーん。砂糖少々って、これくらいで大丈夫?」
 円がひとつまみ、ではなくひとつかみの砂糖をぐい、と歩の前に差し出したので、歩はバッドを差し出し、砂糖を置かせた。
「少々って、えーと、これくらいで、大丈夫だよ」
「じゃあ、このまま混ぜてればいいー?」
「うんっ。あ、おねーさまは大丈夫かな?」
「さよちゃんが付いてるから、順調に進んでいるみたいだよ」
 向かいの亜璃珠と小夜子の作業は、着々と進んでいる様子。亜璃珠が作業をしようとするたびに、小夜子が止めに入っているようだけど……。
「亜璃珠。このチョコ、製菓用だけあって、美味しいぞー」
 ちび亜璃珠が亜璃珠の口の中にひょい、とチョコの欠片を放り込んだ。
「あら、ホント。美味しいわね」
「あれー。ありす、ダイエットはどーしたの?」
 円は楽しそうににやにやとうれしそうな表情を向ける。
「御姉様、先ほどからさりげなくつまみ食いされていますわ」
 小夜子も少し困ったような表情を浮かべる。
「……ここは誘惑が多すぎますわ。甘いものは別腹ですもの」
 ね?と、亜璃珠は小夜子の手をそっと取り、指についていたチョコレートを舐め取った。小夜子は思わずぱっと手を引いて、頬を染めた。
「もー。なにしてんのさっ」
「あの、御姉様。チョコレート、まだありますからっ」
 小夜子は慌てふためいて、出来た分のチョコレートを差し出した。
「もぉっバレンタインはまだっ。明日ですよー」
 歩は、バッドに並んだ小夜子のチョコレートを、受け取った。
「可愛くラッピングしましょう♪」
「あっちにラズィーヤ様が用意してくれたラッピング用品がたくさんあるよっ」
 葵が隣の作業台からやってきて、ラッピング材料が山となっている作業台を指した。
「よりどりみどりだね」
 シャーロットもやってきて、にっこりとほほ笑んだ。

「もー。理沙ってばぶきよー」
「ちびちゃんってば、きよー!」
ラッピング材料を持ってきて、作ったチョコレートやトリュフを可愛く包む、手作りの醍醐味でもあるけど、ラッピングってけっこう難しい。
「ん……?なんかカレーのにおいがしない?」
 歩が鼻をひくひくさせながら、キッチンの中の匂いをかいだ。さっきまで甘い香りが広がっていた空間に、そこはかとなくスパイシーな香りが……。
「ほんとですわね。なにかしら?」
 小夜子もきょろきょろと周りを見回している。
「イルマ……、それ!」
 千歳の声が、キッチンに響いた。匂いの元を探していたみんなの視線がそちらを向く。
「なんですか?」
「それ、チョコレートじゃないよ!カレールーだろ!」
「え……?」
 千歳の言葉に、思わずみんながイルマのいる作業台へと集まる。
 確かに、間違いなく、匂いの元は、ココ。
 イルマの手元にあるのは、刻まれたカレールー。ちゃんと細かく刻めば、湯せんでもカレールーって溶けるんだね、とみんなが学習した瞬間。
「カレー、美味しいですわよ、ね?」
 イルマがにこやかに同意を求めた瞬間、周りのみんなは、否定することができなかった。
「カレーは、あとでみんなでいただきましょう」
 亜璃珠が提案すると、イルマは「はい」とにこにこと頷いた。
「チョコレート、またみんなで作りましょう♪」
 歩がみんなの前に、チョコレートのレシピを広げた。