空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

ひとひらの花に、『想い』を乗せて

リアクション公開中!

ひとひらの花に、『想い』を乗せて
ひとひらの花に、『想い』を乗せて ひとひらの花に、『想い』を乗せて ひとひらの花に、『想い』を乗せて

リアクション



第3章 雪中闇夜

「うぅ……。冷えるわね……」
 テントの中で荷物の整理をしていたリカイン・フェルマータは、寒さに耐えかねて、指に息を吐きかけた。手袋のままでは上手く出来ないので素手でやっているのだが、お陰で指が冷たくて仕方がない。

「そう、雪山といえば遭難、遭難といえば素肌と素肌で暖めう愛!およそ生物は、生まれたままの姿こそが一番美しいのだ!いいぞ、いいぞ!もっと冷え込むがいい!」
 リカインの荷物に半ば埋もれている禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)が、期待に声を震わせた。一抱えくらいある石版の姿をしている河馬吸虎は、リカインの荷物に紛れてここまでやってきていた。

「はた迷惑な期待してんじゃないわよ!……ってまさか、この大雪、アンタのせいじゃないでしょうね?」
 日が暮れてしばらくすると、この第1キャンプの上空も雲に覆われた。谷のお陰で風が吹き込むことはほとんどないが、雪が吹き込むのを完全に防ぐことはできないようで、わずか数時間の間に、雪は30センチ位まで積もっていた。

「残念ながら、俺様にそれだけの力はない。しかしリカインよ、何故お前は救出隊に選ばれなかったのだ?選ばれていれば、俺様が氷術で理想的なシチュエーションを演出することが出来たものを……」
「あぁもう!うるさいわねこのエロ板!いいからアンタは、大人しく荷物になってなさい!」

 上からギュウギュウに荷物を詰め込み、無理やりバックパックの口を閉めるリカイン。
「こ、これしきのことで俺様を封印できるなどと思うなよ……。世にエロ河童の尽きるコト無し――フグゥ!」
 ドスッ!とリカインどつかれ、河馬吸虎はようやく静かになった。石版でも、痛いものは痛いらしい。

「しかし、ホントによく降りますね……。大丈夫でしょうか、皆さん……」
 これまでの不毛なやり取りなどまるで耳に入っていなかったのように、ソルファイン・アンフィニスが言った。



「どうしたのじゃ?」
 樹龍院 白姫は、隣に寝そべっていた虎に声をかけた。体力的に自力で山を登るのが難しい白姫は、道中、虎の背に乗り移動していた。その虎が、突然頭を起こすと、せわしなく辺りを見渡し始めたのである。何かを警戒しているようにも見える。

「姫様、どうかなさったのですか?」
早々と寝袋にくるまっていた土雲 葉莉が、目をこすりながら尋ねる。
「おぉ、葉莉。虎の様子が、おかしいのじゃ」
「虎が……?」

 白姫に言われ、しばらく虎を見つめていた葉莉の耳が、急に、ピン!と立ち上がった。獣人である葉莉は、《超感覚》を有している。彼女の忍犬、音々(ネネ)と呼々(ココ)も落ち着かな気にあたりを見渡している。

「ナニ……、この音……?」
「おと……?何も、聞こえぬぞ?」
「いえ、聞こえます……。遠くから……高い音……」

 葉莉が、自分にはわからない『何か』を感じ取っているのだと気付き、不安そうに虎の首に抱きつく白姫。
「……姫様。少し、様子を見てきます。すぐに戻って来ますから、ここでじっとしていて下さいね。音々、呼々、姫様をお願いね」
「ま、待って、葉莉!」

 白姫の応えをまたず、テントを飛び出す葉莉。
(あれは、犬を呼ぶ音……。はやく、誰かに知らせないと!)
 警備の生徒を求めて、葉莉は夜の闇へと駆け出して行った。



 同じ頃――。
 キャンプの周囲を警備していた御凪 真人(みなぎ・まこと)は、やはり《超感覚》でその音を捉えていた。

「気をつけて、セルファ。何かいます」
「何かって――」

 言葉を続けようとしたセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は、真人の様子に、口をつぐんだ。真人は、何かにじっと耳をそばだてている。
「動物……。犬くらいの大きさだ……。何匹もいる……。マズいですね、取り囲まれてます」
 セルファは、思わず息を飲んだ。

「大丈夫だ。まだ、距離がある。セルファ。君は、本部に連絡して下さい。『狼か何かに、周りを取り囲まれてる。かなりの数だ』と。その間に、少し脅かしてみます。もしかしたら、それで逃げるかもしません」
(と言っても、あの音で操られているのであれば、それも望み薄ですが……)
 
そう考えながら、真人は呪文の詠唱に入った。選んだ魔法は《サンダーブラスト》。これを、1本1本の稲妻の感覚を出来るだけ広げて、唱える。もちろん、狙いは付けられないが、脅しには十分だし、仲間に異変を知らせることも出来る。それに、稲妻の発光で、少しは敵の姿が確認できるだろう。

 バチバチバチッ!!

 目映い光が辺りを包み、幾筋もの雷光が大地に突き刺さると共に、獣の悲鳴が上がる。
 白い毛皮に身を包んだ、大型の犬くらいの体躯。ユキオオカミだ。視界いっぱいに、ユキオオカミがいる。残念ながら、直撃したヤツはいないようだ。
 
 再び、辺りにあの『音』が響き渡った。今度は、さっきよりも短く、強い。
 その音に、一旦はひるんだ狼達が、再び統制を取り戻す。真人の耳に、狼達が、近づいてくる足音が聞こえた。

「やはり、ムリですか……」
 苦笑いを浮かべながら、真人は、呪文の集中に入る。今度は、確実にダメージを与えるために、十分引きつけてから撃つつもりだ。
 本部への連絡を終えたセルファが、無言で自分の斜め前に立つ。声をかけないのは、集中を邪魔しないようにという気遣いだろう。

 お互いに、正面を見据えながら、横目で相手を捉え、頷きあう。
 1秒、2秒……ゆっくりと時が過ぎていく。そのジリジリとした時間の間にも、真人には、狼達が少しづつ歩みを早めているのがわかる。それに合わせて、真人もゆっくりと呪文を詠唱する。
 そして、その足音が一気に早まったその瞬間、真人は《ファイアストーム》をぶち込んだ。

 巨大な炎の渦が、雪を一瞬で水蒸気に変えながら、狼達を焼き尽くしていく。
 その渦の中から、炎に包まれた狼が、真人目がけて飛び出してきた。

 その炎の塊目がけて、セルファが、【ブレード・オブ・リコ】を構えて突っ込む。両断された狼は、真人の手前で2つに分かれ、落ちた。
 セルファが狼達を防いでいるその間にも、真人は、次の呪文の詠唱に入っている。
(何としても、ここで食い止めなくては!)
 新たな雷撃が、狼の群れに降り注いだ。



「これなら、どうだ!」
 榊 孝明は、《サイコキネシス》で浮き上げた小石を、狼達の方に向けて放り投げた。石が、狼の群れのすぐそばに、雨のように降り注ぐ。
 あえて直撃を狙わなかったのは、狼達を威嚇して追い返そうとしたからだ。それでも中には石が当たったものがいたらしく、何頭かは「ギャウン!」と悲鳴を上げている。

(やったか!)

 しかし、その孝明の思いも虚しく、狼達はすぐに統制を取り戻すと、前進を開始した。
「やっぱり無理だよ、孝明!コイツら、操られてるんだ!」
 狼から孝明を庇うように、益田 椿が前に出る。

「で、でも……」
「さっき、火術も試してみたけど、ダメだったじゃん!気持ちは分かるけど、もう諦めなよ。やらなきゃ、こっちがやられちゃうんだよ!」
 孝明に怪我を負わせたくない一心から、孝明に詰め寄る椿。

「ちょっと待って。ボクに、やらせてみてよ」
 2人のすぐ横に、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が進み出た。傍らでは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が心配気にコハクを見つめている。

「だ、大丈夫、コハク……?」
「うん。とにかく、やって見るよ。いくら操られているっていっても、動物を傷付けるのはイヤだからね」

「何か、作戦があるのか?」
「上手くいくか分からないけど……」

 孝明の問いにそう答えると、コハクは、一歩前に踏み出した。視線を決して狼達から離さないようにしながら、両手に【龍殺しの槍】を構え、ジリジリと歩を進めていく。
 コハクの全身から発せられる圧倒的な気に、狼達が、その歩みを止めた。コハクが一歩踏み出すたび、獣達は一定の距離を保つように、ゆっくりと後退っていく。
 彼等は、明らかに、コハクを襲うのをためらっていた。彼の《適者生存》と、狼達の主に対する忠誠心とが、激しくせめぎ合っているのだ。

そして、息が詰まる様なやり取りがしばらく続いた後――。

狼達は、ゆっくりとその場を立ち去っていった。
「ふぅ……。何とかなったか……」
 地面に、がっくりと膝を付くコハク。全身から玉のような汗を吹き出している。
「大丈夫、コハク?」
 美羽が駆け寄る。

「スゴいじゃないか、やったな!」
「良かったね、あのコ達、帰ってくれて!」
 孝明と椿が、口々に言う。

「今回は、飼い主が側にいなかったからね。次は、うまく行くかどうか……」
「その時は、飼い主を倒せばいいじゃない?心配しなくても、大丈夫だって!」
 現実はそれほど甘くないと知りながらも、楽観的な美羽の言葉に、思わず顔をほころばせるコハクだった。



 コハクによって追い払われたことがきっかけとなったのか、狼達は次々と退却していった。キャンプ全体を取り囲んでいるように思われた狼達も、実際にいたのは谷の入口に近い所だけだったらしく、あっという間に姿を消した。

 狼の退却と時を同じくして吹雪も止み、後には、狼の死体だけが残った。
 幸い、一般生徒やキャンプに被害はなく、戦闘をした生徒が数名、軽傷を追っただけで済んだ。

閃崎 静麻は、源 鉄心と協議の上、キャンプを、谷の出口から離れた所に移動すると共に、出口からキャンプまでの警戒を厳重にして、再度の襲撃に備えることにした。
これらの対策が終了するのとちょうど同じ頃、御上達救出隊が行方不明者全員を連れて帰還。皆の歓喜の声に迎えられた。
疲労の激しい泪達8人は、早々に救護テントへと連れて行かれ、赤嶺達には、今晩はゆっくり休むよう、指示が出された。

「お疲れ様。だいぶ、大変だったみたいだね」
「いえ、俺なんか全然。みんなが、よくやってくれましたから。先生こそ、大変だったんじゃないですか」
御上にコーヒーのおかわりを差し出しながら、静麻が言う。たった今、御上が留守の間の報告を済ませたところだ。

今本部には、御上と静麻、鉄心の3人しかいない。円華は、随分前から術の疲労で休んでいたし、椿も、さっき休息を取りに帰ったばかりだ。

「いや、思ったよりも早く、吹雪が止んでくれたんでね。そのお陰で、こっちは大変だったようだけど。まぁでも、ちゃんと処理出来たろ?」
「……今回は、大したコトありませんでしたからね」

 どうしても静麻は、この件に関しては素直に認める気にはなれなかった。まぁ、(うっかり『ハイ』とでも言おうモノなら、今度は何をやらされるか分からない)という不安がかなりあったのは確かなのだが。

「ジャイアントも、ただの1人確認されなかったし、今回のは『威力偵察』というところだろう」
 ヤズが言った。

威力偵察とは、限定的に攻撃を仕掛け、それに対する敵の対応を観察することによって、敵状を知ろうとする行動を指す。

「それで先生、この襲撃は、フロストジャイアントの仕業ということですが?」
 鉄心が尋ねる。
「うん、赤嶺君達が、土地の狩人だという人物と接触したらしいんだけど、彼からの情報によると、そういうことらしい。僕もまだちゃんと話を聞いてないからね。とにかく、彼等に話を聞いてみよう」
 御上は携帯を手に取ると、赤嶺達4人を本部に呼んだ。



 その頃、キャンプの真ん中に張られた救護班の大型テントでは、盛大に炊き出しが行われていた。

この襲撃では、一般生徒に実害こそなかったものの、始めて戦闘を目の当たりにして、不安を訴える生徒が少なくなかった。
そこで、救護班のメンバーがカウンセリングを行うことになったのだが、その席上、ナカヤノフ ウィキチェリカが「甘いモノだよ!甘いモノを食べると、落ち着くよ!」と発案。急遽甘酒パーティーが開かれることになったのである。

辺りには、弦楽器の美しい調べに、見事に調和した歌声が響いていた。
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)のヴァイオリンに合わせ、火村 加夜、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)、樹龍院 白姫の3人が《幸せの歌》を歌っているのだ。この一角だけは、先ほどまでの殺伐とした雰囲気が嘘のようなくつろいだ時が流れている。

「どうぞ、温まりますよ♪」
「慌てないで!いっぱいあるからね!!」
「……おいしい♪」
「しみる〜」

 リリィ・クロウとナカヤノフの配る甘酒には、長蛇の列が出来ている。この厳寒の中、テントの移動をしたこともあって、生徒達の体は冷え切っている。甘酒は、大変な人気だった。

「私、あんな風に血が流れるの見たの、始めてなんです……」
「うん、あれはビックリするよね……」
「狼が、目の前で火だるまになって……。あの光景が、目に焼き付いて……」
「大丈夫。あなたのせいじゃないわ。あれは、仕方のないことだったのよ……」

 テントの隅、衝立の向こうでは、ネージュ・フロゥと蓮花・ウォーティアが、生徒達のカウンセリングをしていた。

「俺達も、混ぜてもらっていいか?」
 その声にリリィとナカヤノフが振り向くと、そこには、鍋をぶら下げたカルキノス・シュトロエンデとルカ・アコーディングが立っていた。鍋からは、湯気と共に食欲をそそる匂いが立ち上っている。

「吹雪ですっかり体が冷えちまったんで、雑煮でも食おうと思ってな」
「こっちはお汁粉だよ〜。甘酒だけじゃ、お腹空いちゃうでしょ?一緒に食べよ?」
「あ、ありがとう!それじゃ、ここに座って!」
「うわ〜、お汁粉おいしそう♪」

「まだ寝てないとダメですよ、泪先生」
「ナニ言ってるんですか、森下さん!こんないいシーン、撮らない訳には行かないですよ!」

 泪は、ベッドから起きだすと、いそいそとカメラの準備を始める。

「森下さんは、来ないの?」
「い、行きます行きます!」
「そうこなくっちゃ!じゃ、今回は、森下さんがインタビューする役ね」
「えぇっ!ワタシですか!」
「私だと、どうしても場慣れしてる感が伝わっちゃいますから。その点、森下さんも一般生徒みたいなものですし」
「そ、そういうモンですか……?分かりました!不肖森下、吶喊します!」

 マイクを持って、生徒達の中へと飛び込んでいく森下。その後を、泪が追った。

 それまで流れていた歌が、抑揚の効いた、ゆったりとしたものに変わった。白姫の知るマホロバの歌に、他の3人がハミングを乗せている。終夏も、即興で音を合わせている。
 すぐに混じり合う5つの音。

凍てつくような外の寒さにもかかわらず、温かな夜が、ゆっくりと過ぎていく――。