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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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10.ボク達と、友達にならないかい?






 ムシュマフが神官を守るために現れた頃―――正門の戦いはほぼ決着の様相を表していた。
 いくら待っても、後方に残していた中隊が前に出てこない。削られるのは覚悟の上だったとはいえ、突撃させた隊も既に半壊している。砦の兵の動きにも変化が無い。
「全く、人に陽動を押し付けておきながら、本命が仕事しないってどういう事だか」
 ウーダイオスは呆れながら、ドラセナ砦を見る。中に居る時はボロボロで頼りないと思える場所だったが、外から見ると中々これが様になって見える。
 敵の強さを見誤っていたのか、いやまさかそんなはずが無い。ルブルの手前適当な事は口にしたが、あの砦の兵力そのものは十分に見ていた。まともにやりあって、勝率はせいぜい六割程度、四割は敗北する可能がある。
 そう見たうえで、こちらは切り札を張ったのだ。いくら倒れても何度も立ち上がる最強の兵士、ムシュマフを―――物資の備蓄など殆ど無いあの砦は、外で戦う以外に道はなく、だからこそムシュマフさえあの中に放り込めれば、戦力を出し惜しみできない奴らは内側から壊滅する。
「それが機能してないところを見るに、神官様はあの玩具を私的利用してるってわけだな。まぁ、確かに過ぎた玩具だ。遊びたくなる気持ちがわかるが………、兵士は畑から取れるってわけじゃないんだがなぁ」
 いっそあの神官を放置して、残った兵でもかき集めて撤退でもするか。なんて事を考えてみる。ゲームはどちらに勝敗が行くかわからないから面白いのであって、ここまで来てしまえば向こうのすることは後片付けだ。ゲームですらない。
「随分動き回ってたみたいだね、探すのに苦労しちゃったよ。大将なんだから、後ろでどっしり構えててくれればよかったのに」
「遊びを見てるだけなんてつまらないだろ?」
 ウーダイオスに背中から声をかけたのは、桐生 円(きりゅう・まどか)だった。その傍らには、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)の姿もある。
「ウーダイオスくん、闘う前に一度聞いていいかな? 君の性格だと神官に使われてるのって耐えられなさそうだけど、何か弱み握られてる?」
「弱みねぇ―――ま、あんたはそれを聞いて手を抜いたりはしないだろう。簡単な話さ、俺は信用されてないんでね、石化は解いてもらいはしたが、まだ半分ってところなんだわ。だから、神官様の意にそぐわなければ、面倒な手順を省いて石像に元通り。俺は神官様の手の平で踊らなきゃならんってわけだ。あいにく、生き方に美学を求めるような嗜好もないんでね、できるだけ楽しく遊んでいるためにゃ、向こうの意向は無視できないというわけだ」
「それじゃ、あの神官がいなくなれば万事解決ってことかな?」
「どうだかな、あいつにその方法を教えたのは恐らくネルガルだ。この戦に負けりゃ、やっぱり役立たずだったって事で石に戻されるんじゃないかね。ま、そんなわけだ。どうもあんたらは俺をそっちに引きずり込みたいらしいが、仮にできたとしてもそいつはただの石ころだ。部屋に飾る以外に使い道はないさ」
 オリヴィアは、円の視線に頷いて答える。相変わらず、ウーダイオスは聞いた事には正直に答えているらしい。
「ウーダイオスくんはほんとに変わってる人だね。それじゃあ、最後に。ボク達と、友達にならないかい? 答えはいらない。考えてくれるだけでいい。君が次に目を覚ました時、その時に答えを聞くよ。それまでは、そうだね、ボクの家にでも飾っておいてあげる」
「………あんたらは、人の事を言えないほど変な奴ばっかりだと思うがね。まぁ、そうだな、考えておくぶんには悪くない。けどな、まだ倒してもいない相手を見くびりすぎじゃないか? 隻腕だからって見くびると、痛い目みるぞ」
「まさか、こっちも全力でお相手するよ。さぁ、楽しもうかネクロマンサー!」
 正面からミネルバが向かい、オリヴィアと円がそれぞれ左右に回り込む。魔鎧アリウム・ウィスタリア(ありうむ・うぃすたりあ)が円の身を包んでいるため、アリウムのスキルの恩恵を受けている円の動きはかなり機敏だ。かといって、腕の無い左側に回ったオリヴィアを無視できず、正面から向かってくるミネルバはとにかく一撃を入れようとガンガン攻めてくる。
 片腕で剣撃を受けながら、円とオリヴィアの動きを見る。特に、死角へ死角へと動くオリヴィアは必要以上に意識が向かってしまう。
「ちっ、相手の弱点狙いに躊躇い全く無しか。ほんっとに、全力だな」



「戻ったか………」
 ドラセナ砦の中で、もっとも見晴らしのいい部屋に置いた作戦本部にルカルカ・ルー(るかるか・るー)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)がそれぞれ入ってきた。どちらも多少の切り傷や打ち身のような傷はあるが、かすり傷のようなものだ。
 出迎えたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)二人に水の入ったボトルを手渡す。
「モンスターどもは勝手に下がっていっちまった。追う必要は無いって話だったから、兵士は砦近くまで戻して待機してある。必要なら他のところに回せると思うが、どうする?」
「正門もほぼ、終わりだね。みんなよくやってくれたよ」
「そうか。裏門も、敵の本陣にまで部隊が食らいついている、数の優位を失いかけている今落ちるのも時間の問題だろう。相手の裏に回った方も、なんとか凌いでいるようだが、あちらはまだ安心できる状態ではないな」
「だったら、早くこの戦いを終わらせねぇとな」
「そうね。神官は任せても大丈夫なんだよね?」
「あのムシュマフという者が現れたらしい。だが、いくら有能であったとしても一人だ。絶対とまでは言わないが、負ける理由がこちらには無いだろうな」
「だったら、あとはウーダイオスだけね。居場所はわかる?」
「今探しているところだが―――」
 置いてあった通信機の一つから、風の音と一緒に夏侯 淵(かこう・えん)の声が入ってくる。
「ウーダイオスを見つけた。戦闘中のようだ」
 その報を聞いたルカルカは、すぐに飲みかけのボトルを置き通信機を手に取って外に向かった。それに、カルキノスも続く。
「場所は? うん、わかった」
 作戦本部から駆け足で去っていくルカルカとカルキノスと入れ違うようにして、ある人が部屋に入ってきた。



「うわっ!」
 ミネルバの剣を押し返し、腕があがったところに蹴り繰り出すがそこを狙ったようにオリヴィアが距離を詰めてくる。
「ちくちくと!」
 体の動きで対応できないと見るや、ウーダイオスは自分を中心にエンドレス・ナイトメアでオリヴィアの接近を煙に巻く。状態異常対策を施しているオリヴィアの動きは止まらないが、それでも攻撃の正確さを削ることができる。
 痛みを知らぬ我が躯によって、ウーダイオスは致命傷を受けなければ動く事ができるが―――しかし、それでは前回の再現だというのは本人もよく理解していた。かといって、そうほいほいとこの状況をひっくり返せる大技があるわけではない。
「狙うんなら各個撃破なんだがなぁ」
 オリヴィアの攻撃を凌ぎ、闇黒の中から出ないように動きながら体勢を整える。
 ウーダイオスが攻めようとすると、銃を主武装にしている円に狙い撃ちにされる。動き回ってオリヴィアやミネルバと円の射線が一直線になるようにして、一方的に攻撃されないように心がけているが、これでは時間を稼いでいるだけだ。
 兵ももう頼れず、ルブルも恐らく敗北、神官は言うまでもなく、ギルはそもそも何を考えているかわからず、ドウフはモンスターどもの撤退を見るにもう死んでいるのだろう。ここに援軍が来る可能性はほぼ皆無。むしろ、敵が集まってくる確率の方が高い。
 仮にこの戦いを制しても、所詮はそれまで。少なくとも自分は、ここで朽ちるのは約束されているようなものだ。だが、それが何だというのだ。敗北が決まったとしても、この面白いゲームを自分から降りる理由にはならない。
「よし、まずはあそこだな」
 闇黒が晴れる前に、ウーダイオスが飛び出した。向かった先は円のところだ。距離を取り味方の動きを見ている自分が、狙われるとは思ってないはず。それに、ここが止まればこちらもかなり動きやすくなる。
「来ると思ってたよ」
 振り下ろした剣は、円を捕えてはいた。だが、届きはしなかった。
 円とウーダイオスの間に、ミネルバが回り込んで剣を受け止めていた。
「捕まえたよ!」
 常に一歩引いて動き回っていたからこそ、ウーダイオスは逃げ回れていた。それが、自ら前に一歩出た。まともな打ち合いになってしまえば、いくら彼でも対応しきれない。
「みねるばちゃんあたーっく!」
 ミネルバがウーダイオスを逃がさないように連続で攻撃を繰り出していく。距離を取らしてもらえない以上、剣で受けるしかない。
「………終わりですわ!」
 その背後に回り込んだオリヴィアが、ウーダイオスを地面に組み伏せ、武器を払い腕を取った。そこから暴れないように、ミネルバがウーダイオスの額に剣を向ける。
「勝負あり、だね!」

「勝負はついたようだな」
「どう、狙える?」
「愚問だ。この程度の距離、狙いを違うことなどない」

「さっき最後って言っちゃったけど、もう一ついいかな。周りにある死体を使わなかったのはなんで?」
「まさかできないなんて、言わないですよね?」
 押さえつけても危険な相手には代わりない。注意しながら、円とアリウムがウーダイオスに尋ねた。
「俺は生の死体を操るのは苦手なんだ。前もって、どう動くか作ってからでないとな」
「嘘ですね」
 と、オリヴィア。
「………やれやれ、嘘をつくのが上手になりたいね」
 それ以上ウーダイオスは語ろうとせず、円もそれ以上の追求はしなかった。
 これで、全て終わり―――だろうか。
 全ての将は、倒れ、降伏し、あるいは去っていった。もう、兵を統べる者はなく、まだ終わりに気づいていない兵もいずれは気付き、武器から手を離すだろう。だが、それではまだ足りない。この戦において必要なのは、完全な勝利であり、そうでなければドラセナ砦は抑止力になりえない。
 敵を撤退させた、では弱いのだ。
 兵を率いる人間と、将に命令を出す人間は違う。物事を決めるのは将に命令を出す人間であり、彼らが見るのは結果だけだ。そこに、まだ付け入る点があると思えば、彼らはその目で見ていないぶんだけ、気楽に行けと命じるだろう。
 だから、徹底しなければいけない。ドラセナ砦は鉄壁であり、容赦はしないという事実を、結果として提示して初めて抑止力になりえるのだ。
 そのためには、ウーダイオスが生きているのは不都合でしかない。
 矢が放たれた。
 既にウーダイオスは身動きを封じられている。高度もできるだけ取っている。周囲にいる彼らには反応できない。淵の放った矢は、間違いなくウーダイオスを貫くだろう。
 間違いなく、貫く、はずだった。
 ウーダイオスから少し離れた場所の砂が巻き上がり、そこから砂鯱が飛び上がった。その背中を蹴って、天司 御空(あまつかさ・みそら)が空へ上がると、ウーダイオスに向かって放たれた矢を全て叩き落した。
 砂鯱が砂の中へと潜り、御空がウーダイオスの近くへ着地する。
「助けに来た。あんたが言った通り、個人的にね。言いたいことは山ほどあるんだけどさ、それより」
 御空が空を見上げる。ワイバーンの背から、ルカルカが飛び降りてきた。少し距離を取っている。空にはまだ淵もカルキノスも残っている。
「ちょっと、やりすぎじゃないか。勝負はついてただろ」
「そうね、勝負はついてたわ」
 あまりにさらっとルカルカが言うので、御空は一瞬次の言葉に詰ってしまった。味方を援護するためとか、距離があったから判別できなかったとかではなく、確実に殺すつもりで攻撃したと言ってきたのだ。
「そっちこそ、なんで邪魔したの? その人は敵、倒さないといけない相手よ。降伏した兵士とは違う、彼らを率いてきた人なの。私達は、一秒でも早くこの国の内戦を終わらせるために来た、そうでしょ。だったら、ここで必要なのは戦場で敵を一人救うことじゃないのは、あなただってわかるはずよね?」
「けどっ………」
「戦いそのものを終わらせないと、こうしている間にも戦う力の無い人々が苦しんでる。その人が、絶対に殺すしかない外道ではないことぐらい、聞いた話でしかないけどわかる。けど、安易なヒューマニズムで見逃して、また戦う事になったらどうするの?」
「でも、だからって殺すしかないなんて―――」
「やめておきましょう。残念ですが、彼女の言うことの方が正しいです」
 白滝 奏音(しらたき・かのん)が御空の肩に手をおいて制止する。
「先に言ったと思いますが、個人の考えはともかく、私達がやろうとしたのはこの戦いに望んだ人たちへの裏切り行為です。御空もそれがわかっていたから、今まで身を隠して動いていたんじゃないですか」
「………」
 煮え切らない御空に、何故か奏音は笑みを見せた。
「しかも、あれだけ時を待って、まして味方とにらみ合うまでして助けようとした人物には、逃げられてしまいましたけどね」
「え?」
「………っ!」
 御空が振り返り、ルカルカも二人の奥にいるウーダイオスを確認しようとする。しかし、その場に居るのは円達だけだ。ウーダイオスの姿がどこにもいない。
「あれぇ、ウーダイオスがどっかいっちゃった」
 惚けるミネルバはとりあえず無視して、ルカルカは空を見上げた。こういう事も想定して二人を空に残したのだ。
「通信が来てるぞ」
 カルキノスは、釈明するでもなく通信機を投げてよこす。早く出てやれよ、と顎で示すので二人に何か言う前に通信に耳を傾けた。
「ウーダイオスの死亡が確認できたようだな」
 通信機の向こうで、ダリルがそう言う。
「え、ちょっと、どういうつもりなの!」
「先ほど、神官の死亡も確認され、もう一人も降伏した。尋問できないとの嘆きもあったが、今はとにかく戦いが終わった事の方が重要だ、敵も降伏してきている。よくやった」
「そんなっ、だって………」
「淵にも、お前から一言労いの言葉をかけてやってくれ。そうだな、今度砂鯱も貫通できるような武器でも探してみようか」
「………っ」
 ダリルの言葉で、ルカルカはこちらで起こった出来事を全部向こうがわかった上で、こんな通信をしてきたのだと理解した。カルキノスも淵も何も言わなかったわけだ。
 ここに居る人は誰も減っていない。となると、誰かがやってきてウーダイオスを連れ去ったのだ。せめて、顔だけでも見ておくべきだったが―――ウーダイオスが死んだのなら、ここに居る理由はない。
 ルカルカは奥歯を噛んで、御空らに背を向けた。
 淵が降りてきて、ルカルカを乗せると砦へと飛び去っていく。



「………これでいいのだな?」
 通信を切って、ダリルはアイアルの顔を見上げる。
「私とて、納得しきったとは言えません。私の祖先がしたことも、間違っていなかったと思っています。しかし、考えの違いを尊重できなければ、今の戦いが終わってもまたいずれ同じ事が起る、と―――それに、手をかけるのなら私の手で、そうでなくてはヘシュウァンの名の先人にどやされてしまいます」
「正直なところ、この考えに賛成はできない。俺達が生きているのは今日で、考えるべきは明日のことだ。今日のツケを払うのが、あなたとは限らない以上、これは最善の判断ではない………もっとも、それぐらいはわかっているのだろう。戦時の人間の判断ではないが、平時ではそういう考え方が悪いわけではない。要は、ツケが回ってくる前に全てが終わればいいのだろう」
「ご理解、感謝します」