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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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3.こんな奴、砦に入れちゃだめだ!



「なんか一騎だけで来た奴見逃されたみたいだな………こいつぐらいは、俺達でなんとかしろってことか」
 悠々と佐野 亮司(さの・りょうじ)の待つドラセナ砦向かってきているのは、確か名前をムシュマフとかいう、薄気味悪い奴だ。奴のワイバーンだけ、他のと違いガチガチに鎧でその身を覆っている。奴は真っ直ぐ砦の天辺を狙っているらしい。宮殿用飛行翼で狙撃のための高度を取っている亮司からは、格好の的だ。
「狙うなら、羽かね。そうすりゃ、もう飛べないはずだ」
 こちらが高さを取っている分、狙い易い。意識を集中し、機晶スナイパーライフルの引き金を絞ろうとすると、唐突にムシュマフは軌道を変えてきた。狙われているのに感づいたのか、ともあれまだ距離はある。すぐに狙いを修正して、引き金を引く。
 だが当らない。距離のせいで、照準機とズレが発生しているのだろうか。いや、それも踏まえてちゃんと狙ったはずだ。もう一度、今度は先ほどより距離が縮まっている、それだけ誤差も小さくなる、次は外さない。
 今度は先ほどよりも慎重に引き金に指をかける、しかしそのタイミングでまた敵がいきなり軌道を変えた。まるで、こちらの指の動きを見て動いているかのようだ。光学迷彩を使って可視できるはずが無いというのに、一体どういう理屈なのだろうか。
「丁寧に狙えないっていうなら」
 数で攻めるばいい。多少狙いが甘くても、随分と距離も近づいたし狙えばもう少し動いたぐらいで避けられるものではないはずだ。数を放つため、当初の想定だった翼ではなく狙いやすい胴体を狙う。
「おいおい、当ったんだから少しはそういう素振りを見せろっての」
 ワイバーンの胴体に二発、ムシュマフに六発は当った。鎧を貫けなかったわけでもないし、そうだとしても当った衝撃は小さくなかったはずだ。だというのに、奴は落ちるどころか速度をあげて亮司に向かってくる。
「やばっ、近づけ過ぎた………うわっ」
 いきなり、亮司が自分で想定していない方向に引っ張られていく。その先には、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)の姿があった。サイコキネシスで引き寄せて、突進から引っ張りあげて助けてくれたのだ。
「さ、サンキュ」
「砦の方に敵兵がだいぶ詰め寄ってきました。そちらの援護をお願いします。こちらは、私が」
 エシクは上空から一騎にムシュマフに向かって切りかかる。案の定、背中に目があるかのようにその攻撃を避けてくるが、最初から想定済みだ。ワイバーンの頭の向きを変えたかったのだ。
「今です!」
 ムシュマフのワイバーンの頭を、顎の下から抜くようにして弾丸が一つ、二つ、三つと突き抜けていく。砦にいるローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)からの狙撃だ。
「迎え撃つのなら、ホームゲームのアドバンテージは此方に在ると言う事を、失念していたようね―――例えあんたがどれだけエースだったとしても、ね。羽は毟ったは、あとはお願い」
「落ちろ!」
 さらにエシクが追撃に天のいかづちを叩き込む。鎧では防げない電撃だ。
 頭を打ちぬかれいかづちを受けたたワイバーンはぐらりと力なく落ちていく。だが、ムシュマフはそれに伴おうとはせず、その背中を蹴ってエシクに向かって突っ込んできた。手には薙刀のような長物の武器を持っている。
「く、往生際の悪い!」
 飛んでいるエシクと、飛び上がったムシュマフ。攻撃さえ受け止められれば、あとは重力が勝手にムシュマフを引きずり落とすだろう。こちらからも間合いを詰めて、武器の間合いのさらに内側から一撃を加えた。ムシュマフは弾かれるようにして、落下していく。
 その姿を見届ける前に、弾丸がエシクのすぐ脇を抜けていく。撃ったのは、敵ではなくローザマリアだ。何事かと振り返ってみると、先ほど落ちていったはずの鎧姿のワイバーンがこちらに向かってきていた。
「な、あれだけされてまだ動くというのですか!」
 すれ違いに剣戟で羽を落とそうと心みるが、今度は落ちていったはずのムシュマフがこちらに向かって持っていた武器を投げつけてきている。それを避けると、武器は見事にワイバーンの鎧を砕き、突き刺さった。
「あれは………」
 砕かれた鎧から見える皮膚は、エシクの知るワイバーンの皮膚とは違っていた。皮膚というより、肉だ。皮の無いワイバーンなど聞いた事もないし、何より電撃の直撃を受け、弾丸が頭部を貫いている。ただのワイバーンでない、
「ワイバーンのゾンビ、そんなものに乗ってる事はあのムシュマフってのも、たぶん………どうりで、一言も喋らないはずだわ」
 アンデッドモンスターは、既に死んでいる。倒すには、完全に破壊するしかない。戦い方から根本的に切り替えなくてはならないだろう。
「以前、砦の中で暴れまわったという二体の鎧と同じようなものでしょう。専用のワイバーンまで用意していたとは………危険な相手です、ここで破壊しましょう」

「三班と四班が押されてますわ、救援を!」
「任せろ、行くぞリネン、後ろは任せろ」
「うん!」
 ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)の指示を受け、リネン・エルフト(りねん・えるふと)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)の二人が、後ろを取られているワイバーン騎兵の救援に走る。
 どうしても、ワイバーンの扱いは向こうの方が一枚上手だ。こちらも、兵に二人一組で行う、サッチ・ウィーブという技法を取らせているのだが、ワイバーンに騎乗した状態では地上のように弓を放ったり武器を扱うのが難しく、半分以上ワイバーンの勘に頼るような動きになってしまっている。特に、戦闘中という緊張状態のワイバーンに乗る経験が無かったのが大きく、振り回されているのも少なくない。
「こっちは追い払ったぞ、次はどうすればいいのじゃ?」
 綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)から通信が入ってくる。
「六班の援護をお願いしますわ。あちらがだいぶ押し込まれてしまっていますの」
「了解じゃ」
「行きますえ」
 通信が切れると、すぐさまフェイミィから通信が入ってくる。
「撃墜スコアに二つ追加だ。冷や冷やしたもんだが、なんとか持ちこたえられそうだな」
「うん………こっちは大丈夫………だと思う」
「そうですわね。対空砲火による削りも大きかったですし、あとは、あの化け物さえ落ちれば空はあたし達のものですわ」
「大丈夫………だって………ヘイリーだもの」
「そうですわね」
「よし、次の指示をくれ」

「後ろじゃ!」
 アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)の声に反応して、御剣 紫音(みつるぎ・しおん)は背後から飛び込んできたワイバーンの突進を避ける。その背中に、ムシュマフの姿が無い。
「またかよ!」
 紫音はその姿を探すが見当たらない、と、上で武器と武器がぶつかる音がする。
「くぅっ」
 エシクが飛び掛ってきたムシュマフに横から一撃を加えようとして、吹き飛ばされていた。
「このぉ!」
 すぐに紫音も追撃をしかけようと向かうが、ムシュマフは鞭を振るい急激に動きを変えて捕えさせない。
「生きているワイバーンには、あんな手は使えないね」
 ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が感嘆の声を漏らす。ムシュマフは、ワイバーンに乗って戦うのではなく、ただの足場として利用していた。距離が離れて着地が難しい時や、敵の攻撃を避ける時は今のように鞭を振るい、先をワイバーンの首や足に巻きつけて軌道を変えてくる。動きそのものは単純だが、鞭はこちらを攻撃するのにも使われるため読みきることが難しい。
「あんなテキパキ動くアンデッドってだけで十分めんどいってのに!」
「あんな扱われ方しても、ワイバーンの方もちゃんと連携を取ってくるのが厄介ね。どちらかを落とせればいいんだけど」
 ワイバーンを落とせば、文字通り翼を奪う事ができる。ムシュマフを落とせれば、残ったワイバーンはタフなことを除けば、それほど脅威にはならないだろう。だが、未だにどちらも落とせない。
 どちらもアンデッドであるため、文字通り破壊できるだけの一撃を打ち込む必要があるのだが、大降りな攻撃をさせてもらえない。削るような攻撃では、凌ぐことはできても倒すことができない。ヘイリー達の作戦はまだ始まりの始まりでしかなく、ここで余計に戦力をつぎ込むのはできるだけ避けたいのだ。

「あっちの方がヤバそうだな」
 葉月 ショウ(はづき・しょう)が振り返ると、まだムシュマフとの戦いは決着がついていないでいた。一方、遅れてやってきた敵の航空戦力の本隊は、最初こそこちらのワイバーン部隊の不慣れさで押されていたものの、契約者達の援護もありだいぶ押し返してきている。
「行ってくるか?」
「けど、こっちだってまだ終わったわけじゃないしな………」
 小型飛空艇を操縦するレネット・クロス(れねっと・くろす)の言葉に、ショウは歯切れの悪い言葉を返す。押し返してきているものの、こちらのワイバーン部隊は誰かがついていないと危なっかしくて見ていられない。
「気になるのよね? さっきから振り返ってばかりだもの」
「そりゃ、まぁ、な」
「だったら行けばいいじゃないかねぇ? 俺もやっとこの火天魔弓ガーンデーヴァが手に馴染んできたところだし、ショウ一人が抜けても問題ないだろうねぇ」
 小型飛空艇から、火天魔弓ガーンデーヴァで援護射撃を行っていたラグナ・ウインドリィ(らぐな・ういんどりぃ)が会話に割って入ってくる。
「なんだよ、俺の評価はその弓以下ってか。ひっでぇなぁ」
「さぁて、どうだろう? ま、あれだけ苦戦してる強敵を倒せば、評価も変わる、かも、しれないなぁ」
「はいはい、わかったよ。俺がそんな弓なんかとは比べ物になんねーって事、おっさんにもよーくわかってもらうからな! こっちは任せたぞ」
「大丈夫、蟻一匹とりつけさせたりはしないよ」
「ま、気張り過ぎてヘマだけはするんじゃないぞ?」
 本隊の相手を二人に任せ、ショウはムシュマフと戦う仲間達の元へと急いだ。
 見てはいたので、どんな戦いが繰り広げられているのかは大体わかる。鞭を使った不規則な動きをしてくるのなら、まず狙うのはムシュマフでもワイバーンでもなく、その鞭を叩ききってしまえば、もうそんな無茶苦茶な動きはできないはずだ。
 戦っている仲間は、ムシュマフかワイバーンに動きを制限されているが、ショウはどちらにもつかれていない。あれだけ器用に戦えるのだから、輪に入ってしまえば自分も同じようにかく乱される可能性は十分にある、初撃は絶対に外せない。
「そこだぁぁぁぁぁっ!」
 バーストダッシュで限界まで速度をあげて、たった今ワイバーンと繋がった鞭に一直線に向かう。ムシュマフの体を支えるためにピンと伸びた鞭では、もうショウの動きに対応できない。
 鞭は切り裂かれ、ムシュマフの体が宙に投げ出された。ワイバーンはすぐにそれを追おうとしたが、エシクはそれを見逃さずにいかづちを放ち一瞬だが動きを止める。
「はぁぁぁぁっ!」
「そこっ!」
 動きの止まったワイバーンに、エシクはさらに急降下で近づき右の翼を切り落とす。ヘイリーは左の翼の付け根を矢で貫く。両方の翼を失ったワイバーンはそのまま真っ直ぐ地面へ落ちていく、例えまだ動けたとしても飛ぶことはできないだろう。
「このままじゃと、砦の中に入ってしまうぞ!」
「わかってる! こんな奴、砦に入れちゃだめだ!」
 自由落下しているムシュマフに、紫音は全速の体当たりで軌道を変え、さらに吹き飛んでいくムシュマフに追いすがり、一閃を叩き込んだ。その胴体を鎧ごと真っ二つにし、上半身と下半身は別々の方へと落ちていく。こちらも、たとえまだ動けたとしてももう脅威にはなりえないだろう。
「よし、一番の問題は消えた。敵の本隊を追い返すぞ!」
 勝利の余韻にひたるには、まだ早い。戦いは継続中だ。ヘイリーの言葉に、みんなただ頷くと自分の持ち場へと戻っていった。
 だが、今の化け物に比べればいくら練度が高いといっても、残った敵はまだ常識的だ。まして、敵にとってもムシュマフが落ちた精神的ショックは少なくない。制空権を完全に奪い取るのは、もう時間の問題となった。