空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

ビターなチョコは甘くない

リアクション公開中!

ビターなチョコは甘くない

リアクション




第15章


 その日、七刀 切とクド・ストレイフはカメリアに呼び出されていた。
 今日はバレンタインデー当日。

「なあ、カメリアちゃんの用事ってなんだろうなぁ?」
 と、クドは呟く。切はどこか遠くを見つめるような目で、カメリアを待っていた。
 あの日、カメリアに街を案内して回った日のことを、思い出しながら――。


「なぁ、カメリア……カメリアは、これからどうするんだぃ?」
 と切は話を切り出した。
「ん? 今日はこれからちょっと約束があってじゃな」
 カメリアは素直に今夜の予定を返した。だが、切が言いたかったのはそういうことじゃない。
「……」
 空気が変わったことにカメリアも気付いた。真剣な瞳で、切を見返す。
「儂はツァンダの街の地祇。街とは、人々を包み込み、守り、慈しむ存在じゃ。儂も、いつかそういう大きな存在にならねばならぬし、そうなりたいと願っておる。……じゃから、今は色々と修行中じゃな、先は長い」
 切もまた真っ直ぐな瞳をカメリアに向けた。ゆっくりと口を開く。
「ワイな、この間――カメリアと初めて会った夢から、ずっと考えていたことがあるんだ。聞いてくれっかい?」
 カメリアは頷く。いつになく真剣な様子の切を前に、それ以外のことはできなかった。
「――この間の夢の中……カメリアと家族のように話したこと、一緒に鍋を囲んだこと、これからもずっと家族のような関係でいたいと思ってる」
 カメリアは目を閉じた。思い出すのは、夢の終り。クドや切たちと共に囲んだ食卓の暖かさ。
「だから――」
 切はすぃ、と右手を差し出した。

「本当の家族に、ならないか?」

 カメリアにもその意味はすぐに分かった。契約――パラミタの存在と地球人の関係を考えるならば、必ず考えられる方法の一つだ。
 切はカメリアに言いたいことが通じたことを確信し、黙って反応を待った。
 長い沈黙の後、カメリアはようやく口を開く。

「――少し、考える時間をくれぬか?」
 と。


 ということがあって、バレンタイン当日の呼び出し。あの日のことが無関係であるとは考えられない。
「おお、すまぬ、待たせたな!!」
 カメリアがやって来た。息を切らせて走ってくる様子は、元気そのものだ。
「おー、待ってたよカメリアちゃ〜ん」
 と、クドはカメリアに抱きつこうとして殴られている。切は、軽く手を挙げるだけで挨拶した。
「うむ、とりあえずこれを渡そうと思っての」
 カメリアは二人に可愛くラッピングされた箱を渡した。
「何やら今日はバレンタインとかいうらしいではないか、二人のために作ってみたのじゃ。開けてみてくれ」
「おぉ〜! まさかカメリアちゃんからチョコが貰えるとは……!! あ〜りがと〜ぅ!!」
 クドは感激して早速箱を開ける。切も同様にして箱を開けた。カメリアはチョコが見られるのが恥ずかしいのか、くるりと背を向けてしまう。


 そこに入っていたのは、ハート型のチョコだった。そこにホワイトのチョコペンで大きく『義理』と書かれている。


「……」
「ぷ、こりゃあ中々シャレが利いてるな」
 と、切とクドは微妙な顔を浮かべるが、カメリアはくるりと振り返った。その手には大きなハリセンがある。
「さて」


「心配しすぎじゃこのバカ者どもがーーーっっっ!!!」


 スパーン、スパーン、と小気味良い音が二連発で響いた。跳ね上がったカメリアが二人の頭部をハリセンで叩いたのだ。
「クド!! お主この間一日中、それこそ明け方まで儂の後をつけまわしておったじゃろ!! 儂ゃもう街ぐらい一人で歩けるわ!! バカにするでない!!!」
「え!? 気付いてたのー!?」
「バレバレじゃこのスカタン!!」
「……ワイは?」
 と、切は苦笑いを浮かべて自分を指差した。カメリアは興奮冷めやらぬ顔で切にも騒ぎ立てる。
「おお、お主もじゃ! これからの儂の人生は地祇として街と共にあると言うたじゃろ!! わざわざ契約などせんでも家族同然のつきあいなどできるわい!! いちいち心配しすぎなんじゃ朴念仁!!」

「はは……こりゃ厳しいねぃ」
 切はぽりぽりと頬をかいた。カメリアは、しばらく肩で息をしていたが、もう一度くるりと背中を向けた。
「――すまぬ」
「え?」
「じゃが、これが儂の返事じゃ。それにな、儂はまだツァンダの地祇としてもなりきれておらん。分かるのじゃ、儂はまだ地祇として街に受け入れられておらん。こんな半端な状態で契約などしてみろ、互いに何が起こるか分からん」
 カメリアの肩が震えているように見えた。
「カメリア……それでも、ワイは――」
 振り向いて、切の口に人差し指を当てたカメリア。どうにか、笑顔を作りだす。
「――そういうことじゃ。これが儂の答え……お主らさえよければ、これからもよろしくな。切にぃ、クドにぃ!!」

 そう言って、切とクドを振り切ってカメリアは走り去った。
 後を追うこともできずに、その場に佇む二人。

「――まぁ、フラれたってとこかな?」
 と、クドは切の肩を叩いた。
「そうだなぁ……まあ、これからさ」
 切とクドはカメリアから貰った『義理』チョコを一口食べた。味自体は普通のチョコ。甘い。だが。


「――甘くないねぇ」
「――ああ、苦いねぇ」
 と、二人は呟いた。


                              ☆


「おお、待たせたの、朔」
 鬼崎 朔との待ち合わせに少しだけ遅れたカメリアは走りながら話し掛けた。
「いいえ、それほど待ってませんよ」
 と、読みかけの本を閉じ、カフェの椅子から朔は降りた。
「そうか――して、話とは何じゃ?」
 カメリアのように朔もまた、用事があるとカメリアを呼び出していた。
「ええ、これを渡したくて」
 と、朔が取り出したのはチョコレート。今日、世界中で飛び交うチョコレートの数をカウントできたら面白いだろうな、とカメリアは考えた。
「――儂らは女同士じゃぞ? まぁ、最近はそういうのも関係ない傾向なようじゃがな。安心せい、儂はその方面にも理解がある」
 と、カメリアはいたずらっぽく笑った。朔もそのジョークに目を細める。
「まあ、友チョコというやつだと思って下さい」
 今度は素直に受け取るカメリア。
「うむ、そうか……では、ありがたくいただこうかの。で、他にも言いたい事があるのじゃろ?」
 受け取ったチョコを鞄にしまい、言葉を繋いだカメリア。朔は頷きつつも、続けた。
「実は……これからはあまり会えなくなりそうなんだ」
「……そうなのか」
「……今のパラミタは色々と不安定だ。私も色々な立場上、戦いに赴かなければならないかもしれない」
「……」
「でも、君は大事な私の友人だ。だから、チョコはその気持ちとして贈った。それでも――君の危機には必ず駆けつけると約束するよ。なんたって、私は君の事が好きなんだから」
 それを聞いたカメリアは、鞄から別のチョコを取り出した。クドと切に贈ったものとは別の、手作りだが普通のチョコだ。
「ならば、これは儂からの贈り物じゃ。儂も、お主の友人じゃからな……ついでに、もう一つ約束してくれんか?」
「もちろん……何ですか?」
 カメリアは、朔の瞳を真っ直ぐに捉えて、言った。
「戦いに行くなとは言わん……じゃが、必ず生きて帰れ。生けとし生ける者の全ての義務は、生きる事じゃ。何があっても、どこにいても、必ず生き延びると約束せい。そうでなければ、このチョコはやらんぞ」

「カメリア……」
 チョコを差し出したカメリアの手が震えている。


 朔はそっと手を出して、柔らかく大事に、そのチョコを受け取った。


                              ☆


「はぁ……何だか今日はいろいろある日じゃな」
 と、カメリアが街をとぼとぼ歩いていると前方から茅野瀬 衿栖がやって来た。
「あ、いたいた、カメリアさーん!」
「おお、衿栖か。この間は世話になったの」
「いえいえ、こちらこそ。操れる人形の数を増やせるようになったきっかけは、カメリアさんの夢ですからね♪ だからこれはそのお礼、はいどうぞ!!」
 と、衿栖は自身の義理チョコと、4体の人形からそれぞれチョコを贈った。
「おいおい、こりゃあ持ちきれんぞ」
 と、カメリアは戸惑った。鞄は持っているものの、そこまで大きなものではない。
「はい、そう言うと思って」
 と、衿栖は有名ブランドの紙袋を差し出した。これなら、自分の鞄を入れてもまだチョコが入る。
「やれやれ、用意のいいことじゃな」
 と、カメリアは苦笑いした。自分の作ったチョコと交換に紙袋を受け取りながら。


                              ☆


「おーい、ルーツ!!」
 カメリアはルーツ・アトマイスの姿を見つけて走り寄った。
 この間一緒にお茶を飲んだカフェテラスにいるかと思って寄ってみたが、幸運にもルーツも休憩中のようで、テーブルに座ってお茶を飲んでいた。
「やあカメリア。バレンタインの首尾はどうだい?」
 カメリアは苦笑いをした。衿栖から貰った紙袋を見せる。
「今日は女子から男にチョコを贈る日ではなかったか? まったく、おかしな世の中じゃ」
 と言いつつ、カメリアは自分の鞄から小さな小箱を取り出した。
「ほれ、この間の礼じゃ」
 ルーツはあの日カメリアに頼まれて、クルセイダーの事件の次の日、カメリアにチョコレートの作り方を教え、一緒に多くのチョコを作ったのである。
 その小箱を受け取ったルーツ、中身を見ると色とりどりのふわふわのお菓子が入っていた。
「これは……マシュマロだな」
「そうじゃ、聞いたところバレンタインのお返しには作法があると言うではないか、この間お菓子を貰ってしまったからのぉ、とは言えお主に教わったチョコでお返しをするのも変じゃろ? じゃから、美味いと評判の店で探してきたのじゃ」
 瞳を輝かせながら語るカメリア。どうやら、まだホワイトデーのことは知らないらしい。
 ルーツはその様子を微笑ましく見守り、丁重に礼を述べた。
「ありがとうカメリア……とても嬉しいよ。大事に食べさせてもらう」
「うむ……パートナーたちと仲良く分けて食べるが良い。どんなものも、一人で食べても美味くないからの」


                              ☆


「ねぇ、ブレイズさんだよねっ!」
 街でブレイズの姿を見かけたティア・ユースティは駆け寄って話し掛けた。
「あ、ソークー先輩の! この間は世話になった、サンキューでした!!」
 勢い良く頭を下げるブレイズに、ティアは手を振った。
「ううん、ボクは何も――ねぇ、ブレイズさんはこれからもヒーローを目指すんだよね?」
「ああ、当たり前だぜ!!」
「うん、そっか……タツミがブレイズさんに入れ込む理由、分かる気がするな」
「……?」
「あのね、タツミも昔セイバーだったから……無手でも戦える方法、結構悩んでたんだよね。だからきっと、昔の自分と重なって放っておけなかったんじゃないかな」

「先輩と……俺が……」
 ブレイズは、自分の右手をじっと見る。あの日、巽の導きで自らの必殺技の可能性に目覚めたブレイズ。その拳を、ぐっと握った。
「あ、これ言っちゃったのタツミには内緒だよ? これあげるから黙っててね」
 と、ティアはバッグからチョコを取り出して渡した。
「あ、ああ……別に言わねぇけどさ……ところで、こないだからどうしてみんなチョコレートを持ち歩いてたんだ? 流行ってんのか?」

 二人の間に沈黙が流れた。

「へ? バレンタイン……知らない、の?」
「地球の宗教家が殉教した日だろ? どうしてチョコが関係あるんだ?」
 一瞬、冗談かと思ったが、真顔だ。
 必殺技以外にも教えるべきことがあるのではないだろうか、とティアはため息をついた。


                              ☆


「この間は楽しかったでスノー!!!」
 と、冬の精霊ウィンター・ウィンターはヴァル・ゴライオンにチョコを手渡した。
 ウィンターは自分でチョコを作るなどという面倒なことはしない。これはバレンタイン用に売っていた市販のチョコレートだ。

「あちこちで味見をした結果、ここのお店が一番美味しかったでスノー!!!」
 えへんと胸を張るウィンター。その様子が余りにも微笑ましくて、ヴァルはよしよしと頭を撫でた。
「そうかそうか、ありがとうな。後で美味しくいただくよ」
 だが、あからさまな子供扱いが気に入らないのか、ウィンターはじたじたと暴れる。
「こらーっ! 子供扱いするなでスノー!! きちんとレディとして扱うでスノー!! お返しも絶賛募集中でスノー!!!」

 そのウインターを見て、ヴァルと同じく呼び出された秋月 葵も笑い出した。
「そうそう……まったく帝王さんは女の子の扱いがなってないねーっ」
 そう言うと、ウィンターに後ろからぎゅっと抱きついた。
「全くその通りでスノー! 葵にもあるでスノー!!」
 ウィンターは頭ごしに葵にチョコを渡した。
「え、そうなの!? わー、ウィンターちゃんありがとう!!」
 そのままウィンターの頭を撫でる葵。
 ウィンターは、微妙な顔をして呟いた。
「何だか、扱いが変わっていない気がするのは気のせいでスノー?」


                              ☆


 ゲドー・ジャドウのパートナー、タンポポは同じくゲドーのパートナーであるジェンド・レイノートにチョコを渡した。
「ん」
「ん、って……これチョコですよね、どうしたんですか?」

 タンポポは、普段の部屋で何気なく渡したので、今日がバレンタインであることに気付くのに時間がかかった。気恥ずかしいのか、タンポポはそっぽを向いたまま言った。
「作りやがったのです」
「え……そうなんですか? ありがとうございます。いやぁ、この反動で不幸なことが起こらなければいいけど」
 普段はゲドーの影に隠れがちだが、ジェンドも充分にマイナス思考だ。
 タンポポは、そんなジェンドの頭をぽんぽんと撫でるように叩く。
「ジェンドはこの間タンポポを助けてくれやがったのです。だからお礼なのでやがります。いい事をした仕返しをされただけなので、別に不幸なことは起こりやがりません、安心しやがるといいです」
 それだけ言うと、タンポポはとててて、と部屋を出て行った。
「……」
 ジェンドは、そのチョコを眺めて、柔らかく微笑むのだった。


                              ☆


 バレンタインのその日の夜、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)月代 由唯(つきしろ・ゆい)は、二人きりでチョコレートの交換をしていた。
「ほら、俺からはコレだ!!」
 由唯は誇らしげに手作りのチョコを差し出した。手作りのチョコは『黄金の蜂蜜酒入り手作りチョコ』だ。
「あ、ありがとうございます……!!」
 受け取ったエッツェルは礼を言った。だが、その様子を見た由唯は下からその顔を覗きこむ。
「? ……どうした、具合でも悪いのか?」
 見ると、エッツェルはやや俯き具合で、少しだけ顔を赤らめている。
「い、いえ! ……その、改めてこういうのも……少し照れるものだな、と思いまして」
 それを聞いた由唯もまた、顔を赤くしてしまった。
「バ、バカ者! そういうことを口に出して言うな! こっちまで照れるだろ!!」
「す、すみません」
 と、エッツェルは自分の作ったチョコレートを取り出した。
 料理はするがお菓子作りは不慣れなエッツェル。それでも試行錯誤の結果、レベルの高い『手作りミルクチョコ』が出来上がった。
 何だか妙な空気を自分で作ってしまったことを少しだけ後悔しつつ、由唯にミルクチョコを手渡した。
「……ん。ありがと」
 由唯もまだ少し照れているのか、務めてそっけなく受け取る。そのまま、エッツェルが持った黄金の蜂蜜酒入りチョコを指差した。
「なぁ、食べてみてくれよ。せっかくだから感想も聞きたいだろ?」
 ああ、それもそうですね、とエッツェルは手元のチョコレートを口に入れた。黙っていると何を話していいか分からないので、することがあるのは好都合だった。
 そのチョコは、口に入れるとカカオの苦さと甘さ絶妙なバランスが口に広がり、その後で蜂蜜酒の芳醇な香りが駆け抜けていく。
 エッツェルが作ったチョコもなかなかのものだと自負していたが、これはまた格別だった。もちろん、想い人に貰ったチョコだという補正も考えられるが、それを抜きにしても美味かった。
「……おいしい、とてもおいしいです。ありがとうございます」
 エッツェルはぺこりと頭を下げた。満足そうに笑う由唯だが、彼女はこれを作るのにどれほどの努力をしたのだろうと、ふと思いが走った。

 確かに由唯とエッツェルは両想いのカップルだ。だが、エッツェルにはいつもひとつの疑念が頭から離れない。
 エッツェルはとある魔術の研究の最中、深淵に蝕されて人の身を失った異形の人間。

 ――こんな自分が、彼女と付き合っていていのだろうかと。
 ――この自分の身が、いつか彼女に大きな不幸をもたらしてしまうのではないかと。

 エッツェルは、いつもそれだけが怖かった。
 由唯はまだ若い。それゆえに想いに対して真っ直ぐで、それゆえに自分の身を省みないところがある。
 それがエッツェルは不安で、こうして由唯の愛情を感じる度に、少し――少しだけ、不安になるのだった。

「こらっ!!」

 由唯は、そんなエッツェルの頬を両側から軽く叩いた。
「――っ!?」
 驚くエッツェルをよそに、由唯は豪快な笑みを見せた。
「またつまらないこと考えてたんだろ? ――分かるぞ」
「……すみません……」
 小声で謝ってしまうエッツェル。本当に、本当に大事な存在だからこそ、怖くて怖くて――。

「エッツェル!! ――俯くな、私を見ろ!!」

 由唯の声が響いた。ハッとしたエッツェルは顔を上げる
「迷ったら私を見ろ。もっとちゃんと見ろ。近くで見ろ。手を触れて――ちゃんと月代 由唯を見てくれ」

 雪が降ってきた。
 エッツェルは由唯の頬に手を触れた。
 真っ直ぐな瞳がエッツェルを射抜く。
 美しい、と彼は素直に思った。
 その美しさも、自らを省みない無鉄砲さも、無責任な自信も、その全てが相まって。


 ――彼女は完璧だった。


「なぁ、せっかくだからエッツェルが作ったチョコ。食べさせてくれよ……」
 目をつぶってチョコの箱を出し、口を開ける由唯。
 エッツェルはその中から自分が作ったミルクチョコを取り、由唯の口にそっと入れた。
「……ん……甘い……甘いな」
 エッツェルの好みや性格から予想して、もっとビターな感じかと予想していたので、由唯は少しだけ驚いた。
 だが、その完成度は高く。もの凄い甘さも気にならないほど美味い。


「……甘すぎて……酔いしれてしまいそうだ」
 そう、由唯は呟いた。


                              ☆


「どおりゃあああぁぁぁっ!!!」


 カメリアが、アキラ・セイルーンの部屋の窓ガラスを蹴破って突入してきた。
「どわあああぁぁぁっ!!?」
 さすがのアキラもこれには驚いた。入っていたコタツから出て、咄嗟に身構える。
「な、ななな何だカメリアじゃないか! 久しぶりだなあどうしたんだい!? ところで街の礼儀では窓は破るものじゃなくて開けるものでべふ――」
 やたらと白々しく挨拶するアキラの顔面にカメリアの足の裏がめり込んだ。耳まで真っ赤にしたカメリアは激しく怒っている。
「やかましい!! バレとらんとでも思っとるのか!! あんな、あんな――!!」
 何をカメリアはそんなに怒っているのかというと、クルセイダーを殲滅した日、アキラがカメリアの住処でした事が原因であった。

 あの日、アキラはカメリアがいない間に、事前に準備をしておいた材料を組み立ててその場でカメリアの神社を作ってしまったのだ。
 クルセイダー殲滅からバレンタインまでツァンダに滞在していたカメリアは、あちこちにチョコを配って自分の山に帰り、そこで初めてその神社を目撃したというわけだ。
 カメリアの驚きは想像に絶する。それはそうだ。誰だって自分がいないたった数日の間に、自分の家が勝手に出来ていたら驚くというものだ。

 それは、神社というにはあまりにも小さな社だった。
 広さはせいぜい四畳半。高さは背の大きな人なら頭をぶつけてしまうだろう。
 賽銭箱は急ごしらえの木製のただの箱。
 おみくじはコピー用紙に全部手書きで『大吉』『超大吉』『特大吉』などと書かれている。
 中には小さなちゃぶ台が置かれていて、上にお茶セットとどこにでも売っている板チョコが一個置かれていた。
 とてもではないが神社などとは呼べない小さな、小さな社。
 だが、それでも。

 ――それでも、これはカメリアの神社になったのだ。

 そしてアキラはその出来に満足し、尽力した皆の労をねぎらってここ数日を過ごしていた。
 で、今カメリアの足が顔面にめり込んでいる、という状態である。

 その社の側にはカメリアの本体である椿の古木があるので、誰の仕業かはバレバレであった。
「そっか、バレちゃったかー。なぁなぁ、どうだった? 俺としてはそこそこの出来だと思うんだけど」
「お主の問いに対する返事はこれじゃ!! 『これでもくらえ!』」
 カメリアは自分の精神力の全てを相手に叩きつけるような勢いで、アキラの顔面にチョコレートを叩きつけた。

「ええい腹の立つ! それはあのボロ屋の駄賃じゃ! お主らのしたことなど、せいぜいそのチョコ程度の価値しかないのじゃ! パートナー共々さっさと喰うがよい!!」
 言うだけ言うと、カメリアは破った窓から飛び出して行った。
 あまりの騒音に飛び込んできたアリス・ドロワースは、顔面にチョコを張りつけたままのアキラに尋ねた。
「えーと、カメリアが来たのですネ? 神社の反応はどうでしたカ?」
 アキラの顔面からころりと落ちたハート型のチョコ。それにはチョコペンで『超特大バカ』と書いてあった。


「うん――喜んでくれたみたいだよ」
 と、アキラは笑った。


                              ☆


 神崎 優(かんざき・ゆう)水無月 零(みなずき・れい)もまた、バレンタインに街で過ごしたカップルである。
 一日中ツァンダの街で過ごし、映画にお茶にウインドウショッピングにと、定番のデートコースを楽しんだ。

 そして、今は帰りがてら公園を散歩中である。
「楽しかったね」
 と、零は笑った。
「ああ、そうだな」
 と、優も笑い返した。
 互いの手を握りながら歩く。
 特別な会話は必要なかった。
 日中のデートもそう。特別なイベントなど必要ない、その相手と楽しい時間を過ごしたことが大事なのだ。
 そのためにお互いの事を少しだけでも考えて、自分が楽しめる事も少しだけ考える。

 二人は、そんな普通のカップルだった。

「ねぇ、少し休んでいかない?」
 零は公園のベンチを指差した。
「そうだな、そうするか」
 ごく自然に、優も同意した。
 二人でベンチに腰掛けて、今日の映画は面白かったとか、あの洋服は可愛かったとか、たわいもない話をした。

「そうだ、今度は優の洋服も見に行こうよ、いつも私のばっかりじゃない?」
「いや、俺のはいいよ」
「よくないよ、優は背も高いから似合う服、いっぱいあるよ? もったいないよ」
「そんなことはないさ――」
 と優は笑う。恋人の欲目もあるだろうが、好きな相手にそう言われて悪い気がするわけもない。

 ひとしきり笑った後、零は言った。
「あ、そういえば。この前までチョコレート強奪犯が暴れてたんだってね」
「らしいな……チョコレイト・クルセイダーとか何とか。まあ、もう警察が捕まえたらしいから、心配はないけれど」
 その言葉を受けて、零は自分のバッグからチョコレートを取り出した。
 いたずらっぽい笑顔を優に向ける。
「じゃあ、もうチョコを出しても大丈夫ってことだよね?」
「――、ああ。そうだな」
 優はくすりと笑った。
 こんななんでもないやりとり。
 何物にも替え難い、大切な時間だった。

「はい、ハッピーバレンタン!」
「……ありがとう」
 優は零からチョコレートを受け取った。
「……」
 しばらく黙り込んでしまった優の顔を、零は下から覗きこんだ。
「どうしたの?」
「あ――いや、俺には何のお返しもできないからな……何かして欲しいことはないか?」

 それを聞いて、零はちょっとだけ困ったような顔をして笑った。
 側にいるだけで充分に大切な存在だというのに、お返しだとかまったく――

「それじゃあね……」
 零は優の手をあらためて握りなおし、その腕にそっと寄り添った。
「……」
 優は恋愛に不慣れで、恋愛に関してはついつい感情を表に出してしまうタイプだ。顔を真っ赤にしてしまう。
 それにつられて零も顔を赤らめてしまう。だが、少しだけ冷えてきた夜の冷気が心地よかった。
 そのまま優にもたれかかり、ささやいた。


「しばらく、このままでいさせて……」


 雪が降ってきた。
 優と零はお互いの心地よい温もりを感じながら、ずっと、その雪を見つめていた。


 雪が降る。雪が降る。バレンタインに雪が降る。冬の終りに雪が降る。

 喜びも悲しみも、痛みも嬉しさも、愛も憎しみも、過去も未来も、孤独も楽しみも全て全て全て。

 真っ白に塗り込めて。
 ずっとずっとずっと降って。


 ――その年のバレンタインが、終わった。


『ビターなチョコは甘くない』<END>

担当マスターより

▼担当マスター

まるよし

▼マスターコメント

 みなさまこんばんは、まるよしです。

 まずは原稿を遅らせてしまったことを、謝罪せねばなりません。
 楽しみに待っていてくださったプレイヤーの皆様のご期待を裏切ってしまったこと、本当に申し訳ありません。今後はより一層精進いたしますので、もしよろしければまたご参加いただければ最大の喜びです。

 3月11日。東北関東大震災が発生しました。
 災害により、被害を受けられてしまった全ての方にお見舞い申し上げます。
 私事ですが、私の住居は秋田県北部にあります。ですが、その当日は所用で岩手県盛岡市におりました。
 いきなり襲った震度5の地震。震度5であれほど揺れるのですから、震度6とはどれほどのものか、想像もつきません。
 高速道路が止まり、そのまま車で一晩夜明かしし、一般道路を使って翌日の夕方、ようやく帰宅できました。無事に帰れたことは本当にラッキーだったとしか言いようがありません。
 停電も回復し、遅れたとはいえ今回の原稿もこうして完成させることができ、ようやく日常を取り戻しつつあります。
 これからも自分の日常を、一日一日を、大事に過ごしたいと思います。

 さて、『ビターなチョコは甘くない』はいかがだったでしょうか。もし、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 今回は、自分では始めての75人募集ということで、多くのPC様にご参加いただきまして、本当にありがとうございました。
 最終的な全PC数は148名様でした。
 ちなみにおまけで募集したチョコレイト怪人の総数は32キャラでした。多すぎ。
 名前の公表を許可された方は一人のみでしたので、大変申し訳ありませんが、全体のバランスを考えて割愛させていただきました。採用できない怪人もいましたし、基本コンセプトはそのままで詳細を変えさせていただいた怪人もいましたが、できるだけ使いました。
 さすがに実在の人物と実際の商品はちょっと……!!
 あとチョコレートは何でも食べる派です。

 当然ですがこれほどの大人数は初めてで、執筆自体も戸惑いましたが、プロット段階で時間を掛けたのでどうにかこうにかまとめることができました。
 まとまってない、という話もありますね。

 あと、NPC、特にカメリアにお誘いをかけてくださる方が多かったのは正直言って意外でした。『需要あったんだ……!』と驚くと共に『ヤバイあんまりカメリアのアクション考えてない』と焦りました。いい勉強になりました、ありがとうございます。

 あと、アクション内で私信を下さる方も大勢いらっしゃいました。以前のシナリオの感想など、とても励みになります、ありがとうございます。
 ですが、『感想掲示板に書いてくれた方が届くのも早いし交流にもなるのになぁ』と少し思ったりもしています。言い方が変かもしれませんが、もったいない気がして。

 さて、長くなってしまいますのでこの辺で。次回はすでにアクション投稿が完了しております『遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う』でお会いしましょう。
 その次は全くの未定です。カナンっぽいシナリオもやりたいなぁ……、人数もどうしようかなぁ……、と夢は膨らみますが、とりあえず目の前の原稿に取りかかりたいと思います。

 いずれにせよ、4月頭のガイド公開になると思いますので、どうかよろしくお願いします。

 もう一度。公開を遅らせてしまい、申し訳ありませんでした。
 全ての方の幸せを日本の端っこからお祈りしています。
 ご参加いただきました皆さん、そして読んで下さった皆さん、本当にありがとうございました。