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「やっぱり春って言えば、チューリップですよね」
 橘 舞(たちばな・まい)は、レキとチムチムが運んで来てくれたさまざまな色のチューリップの鉢植えを眺めながら、うれしそうに言った。
(そんな花なんて植えなくったって、舞の頭の中はいつもお花畑みたいだけど)
ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)はそう思ったものの、口に出さなかったのは、舞が喜んでいる姿を見るのは、やっぱり悪くない気分だからだろう。
「チューリップの花ことばは『愛』ですよ。愛は世界を救うんです。世界がこんな時だからこそ、こういうのを……大事にしたい……」
「わかったわ。でもとりあえず……、そのかっこうじゃ汚れるわよ?」
 制服姿で手を組む舞に、ブリジットはエプロンや長靴を一揃え、差し出した。
「ブリジット、気合い入ってますね」
「そ……そんなんじゃないわよ!舞が汚れるかな、って思っただけなんだからね!」
「……ありがとう」
 舞は受け取ると、エプロンを付け始めた。
「リボン、縦結びになってるわ」
 ブリジットは、まったく世話が焼けるんだから、と舞にリボンを結んであげた。

ああいう関係って、理想的だよね……)
 文句を言いながらも、舞の世話を焼いてあげるブリジットを遠目に見ながら、姫野 香苗(ひめの・かなえ)は考えていた。
(香苗もずっと、素敵なお姉さまや妹がほしいと思っているけど……なんでできないのかなぁ)
 香苗は、花バサミを持って、植える前の赤い薔薇の剪定をしようと、じーっと見つめた。赤い薔薇は、本当にキレイ。こんな風にキレイで、見る人みんなを魅了できる女の子になれたらいいのに……。思わず、はぁ、と香苗の唇から吐息が漏れる。
「ため息なんてついて、どうかされたんですか?」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)に突然声をかけられて、香苗はびくっとした。
「香苗様、ご気分でも悪いのですか?」
 エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)も、心配そうに顔を覗きこんでいる。
「あ、いや……うん。あの、大丈夫っ!なんでもないっ!!」
 考えごとからいきなり引き戻された香苗は、びっくりしたように二人の顔を見比べた。
「あれ……なにか、いい香り……?」
 香苗はふと、気付いたように言った。
「きっと、今、歩さんたちのところで、百合を植えてきたからですわ。百合は香りの強い花ですし……」
「たしかに、小夜子様から百合の香りがする気がします」
「そう?でも、ここは薔薇の香りが溢れていますわね」
「この花壇は薔薇の花壇にするそうですから……私達も、香苗様と一緒に薔薇を植えましょう」
「そうですわね。御姉様も青紫の薔薇を植えたいとおっしゃっていましたし、ここでご一緒させていただきましょう。……よろしいかしら?」
「も、もちろんっ」
「香苗様も、なにか悩みがあるようでしたら、私達にお話しください。お役に立てることも……あるかもしれません」
 香苗は真摯に見つめるエンデの瞳に、なんだか泣きたいような、胸が熱くなるような気持ちを感じた。そして……ふと、見上げた小夜子も、自分と同じように、泣きたいような切ないような表情を浮かべていることに気がついた。その視線の先には、マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)に戯れている崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)の姿があった。香苗は、こんなに素敵な小夜子ですら、自分と同じように……いや、もしかしたらそれ以上にもっと、複雑でツライ想いを抱えているのかと思った。
「小夜子さん……」
「あっ、ごめんなさいね。薔薇のお手入れをしながら、お話しを聞きましょうか」
 小夜子は寂しげな表情をかき消すようにして、香苗に顔を向けた。
「小夜子様、私、亜璃珠様たちをお迎えに行ってきます」
 マリカは亜璃珠たちのほうへと、歩いて行った。
「小夜子さん……、あの、香苗は……自分のことを考えていて。どうしたら、好きな人に好きになってもらえるのか……」
 香苗は先ほど見た、小夜子の表情が気になっていたので、ついそんな言葉を口にした。
「……好きな人は、やっぱり好かれたいと思うものですわ。それは、とても自然な気持ちだと思います。ただ……、自分は自分ですわ。自分を磨く努力はするべきですけれど、不自然になることはありませんわ。本当の自分を……好きになってもらうのが、一番大切なことですから」
 小夜子の言葉に、香苗はこっくりと頷いた。自分は、背伸びばかりしようとしていたのかもしれない。もう一度、自分自身をちゃんと見つめてみよう、と思った。

「やっぱり、百合園の中庭は、美しいねっ!」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)を振り返って言った。目の前の花壇では、薔薇の花が少しずつ、植えられていっている。
「わたくしたちのお花は、どこに植えますか?」
「大丈夫っ!さっき、レキさんのところに行って地図を確認してきたよ!このへんは好きな色のお花を植えて大丈夫みたいだから、こっちの花壇で植えよう」
「でも、わたくしたちの植えたい花の中には、薔薇もありますから……薔薇はあちらに植えますか?」
「ううんっ。色を確認してきたから、薔薇でもOKだって!大丈夫だよっ」
 さゆみの言葉に、アデリーヌは胸をほっとなでおろした。お互いの誕生花を植えようという約束……せっかくの記念だから、同じところに植えてあげたい。
「薔薇もポインセチアもすずらんも……みんな、キレイですね」
「このプリムラ・ポリアンサスも、アディにピッタリで、可愛いよ!」
「こうして、良い天気の下でお花を植えるのって、幸せですね」
「そうだねっ!誕生花が咲いたら、またここでお祝いしようねっ!ずっと……一緒だから」
「さゆみ……」
「未来に約束があるのって、とっても幸せだね」
「はい……」
 アデリーヌは、照れ隠しなのか、ザクザクと一心不乱に土を掘るさゆみの姿を見て、大きな幸せを感じていた。
 そして、周りでガーデン作りに取り組んでいる人たちの顔を眺めた。みんな、一生懸命で、そして……笑顔が溢れている。
「ずっと、こんな風に……平和な日が続けばいい、です」

 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)にかまいながらも、土をざくざくと掘る桐生 円(きりゅう・まどか)の手元を眺めていた。
「円、意外と手際いいですわね」
「ボクはなんでも手際いいですよー」
「あの、円様。これくらいで大丈夫ですか?」
 アリウム・ウィスタリア(ありうむ・うぃすたりあ)は、不器用そうな手つきで、掘ったあとの土を退けている。
「うん。それくらいかなー。次はそっちの苗を取って」
「円、その花は何?」
 亜璃珠はまったく手を出す気配はなく、というか手はマリカをかいぐりかいぐり可愛がりながら、おもしろそうに円たちの様子を見つめている。
「これは、アリウムの花だよー」
「あたしのお花ですか?」
「うん。可愛い花でしょー」
「もこもこしたお花ですね。あたしこんなにもこもこしてますかー?」
 アリウムは花弁をつんつんとしながら、楽しそうに笑った。
「アリウム、可愛くってピッタリじゃない。ねぇ?」
「ええ、とっても愛らしいです」
 マリカは亜璃珠の手の動きを気にしながらも、アリウムとアリウムの花を見比べてそう言った。
「円たちは、歩を手伝いませんの?」
「これを植え終わったら行くよー。みんな、自分たちのお花が植え終わったら、花時計の花壇に集合だってー」
「亜璃珠様、マリカ様。小夜子様が薔薇の花壇でお待ちになっています」
 エンデが、薔薇の花壇で作業をしている小夜子や香苗のほうを示して言った。
「わかったわ。じゃあ、円たち、また後でね」
「花時計で集合ですね!」
「わかったよー」
「早くガーデンを完成させて、みんなでお茶を飲みましょう。楽しみだわ」
 亜璃珠は優雅に、薔薇の花壇へと向かっていった。


* * * * *


「うわぁ。これが花時計っていうものですの?私、初めて見ましたわ」
 華やかな色とりどりの花で縁取られた、花時計の完成した姿を見て、ラズィーヤは感激の声をあげた。花時計の花壇の中には『ごきげんよう、ようこそ白百合の園へ』という、百合の花による文字。無邪気に喜ぶラズィーヤの姿を遠目に見ながら
「ドリルのために作ったわけじゃないけどね!」
 ブリジットは、エプロンについた土をぱんぱんっと落としながら言った。夕日に照らされたその横顔は、なんだかんだ言いつつも……誇らしげだ。
「私たちのチューリップも、美しいですわ」
 舞は、そよそよと風に揺れる、チューリップを眺めた。いまはすっかり、もの寂しかった中庭の雰囲気はない。
「本当にキレイだねっ。みんな、がんばったね!」
 ラズィーヤの無邪気な笑顔を嬉しそうに眺めながら、静香はみんなの顔を見回した。
「さ、みんな着替えて。お茶にしようっ!」
 静香がそう言うと、タイトなスーツに身を包んだ十六夜 朔夜(いざよい・さくや)が、トレイの上に、温かいハーブティーを載せて現れた。