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リアクション
「これより、第27回! 西シャンバラ非公式変態紳士組合会合を始めます!」
突然そのような宣言が2階研究室C内にて響き渡り、続いて2人分の拍手が鳴り響く。
このような意味不明の名称の会合を開く連中といえば、そう、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)、七刀 切(しちとう・きり)、天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)の3人――【冒険屋ギルド】の変態3人組である。ちなみにこの会合、組合長はクドだそうだ。
「今回の議題は……、最近巷を騒がせている不審者とやらについて!」
「何、不審者だと!? これは一大事だな。まったくけしからん奴もいたものだ!」
ある意味、不審者以上に不審者の1人鬼羅が拳を震わせる。
「お兄さんたちは別に世間の方々がどれだけ困ろうが基本どうでもいいですが、麗しき女性たちが怯えているのであれば話は別です」
「その通り!」
鬼羅、切の両名が唱和する。
「よって、これより我ら西シャンバラ非公式変態紳士組合はこの事件解決の為に動きます。この不審者さん、どうにかしましょう」
「でもさぁクド、どうにかするって言ったって、ワイらは一体何をするわけ?」
切の疑問はもっともである。不審者をどうにかするという目的はともかくとして、そのための手段についてはどうするつもりなのだろうか。
もちろんその質問に対する回答が無いクドではなかった。
「不審者とくれば彼もまたお兄さんたちと同じ変態に違いありません。しかし彼奴めがどれほどの変態力を保有しているかは不明です。もしもの時の為に、お兄さんたちも変態力を高めておく必要がありますな」
「おお〜!」
その案に大いに沸き上がるたった3人の会合内。
「だから……そう。鍛えるんだ、変態力を。イメージしろ。妄想するのは常に最高の美少女だ」
「相手は不審者。相当の変態力の使い手! そのための修行! 燃える展開だぜ!!」
「妄想しろ……! 思い浮かべるのは常に最高の美少女だ……!」
「変態力強化の妄想だぁああ! 最高の美少女をイメージするのだ!!」
ちなみにこの連中の言う「変態力」についてだが、鬼羅曰く、
「そんなもんお前、変態力は変態力だよ、それ以外のなにものでもない!」
とのことである。
そして彼らの妄想する「最高の美少女」が決まった。
「お兄さんにとっての最高の美少女。それは……セミロングで胸がぺったんこな隻眼ロリ少女! つまりうちのパートナー、ハンニバルさんのような子でさぁ!」
「うおおおおおおお!! いいぞ! いいぞロリ巨乳ぅううう!!」
「うおおおおおおお!!! パッフェルううううう!!!!!」
「ん!?」
見事に3人の理想がバラバラである。ついでに切が思い浮かべたその人物、最近になって恋人ができたとかいう噂があるのだが……。
「…………」
「って、あれ。見事に意見がバラバラですな」
「……おい、お前ら、最高の美少女と言えばパッフェルしかいないだろう」
「しかし、しかしね、お兄さん的にもここは譲れないのですよ」
「いや譲れよ! そのためのワイらでしょ!?」
「ロリ巨乳の何が悪い!」
「巨乳の時点でロリじゃないでしょ!」
「……そうか、ワイらの縁もここまでか」
「長い付き合いだったな、オレたち……」
「なに、世の中こういうものさ」
相手の嗜好に対する否定の言葉を投げかけあい、3人はそれぞれ間合いを取り、自らの武器を構える。
「ふっ……てめぇらとは同志だが決着をつけねーといけねぇようだな!!」
狂血の黒影爪を構える鬼羅。
「負けられない戦いが、ここにはある!!」
魔道銃と曙光銃エルドリッジを両手に構えるクド。
「お前らはワイが叩き潰す!」
あらかじめ持ち込んでおいた光条兵器の大太刀「黒鞘・我刃」を構える切。
そして、ゴングが鳴った。
「せめてもの情けだ! 壁とかは壊さないでおいてやる!」
壁や他の物にダメージが行かないように設定した光条兵器を振り回す。
「なにおう! その情けごとまとめて撃ち抜いてやるよぉ!」
銃を扱うスキルを総動員し、部屋中に弾丸の跡を残す。
「そんなお前らの醜い幻想など、このオレが全部殴り倒してくれるわ!」
身に着けた武器の「影に隠れる」という力を利用して、影から殴りつける。
その光景を見た者は誰もがこう思うだろう。醜すぎる争いだと。薔薇の学舎に通う学生が見たら卒倒するかもしれない。
ひとしきり大暴れした後、3人の体と衣服は完全にボロボロになっていた。
「いや、まぁ……、ああは言ったけど、ぺったんことか美女とかも結構好きよ?」
ほぼ全裸状態の鬼羅がうめく。
「お兄さんもさ、ロリ巨乳普通に好きよ? っていうかまあ、結局お兄さんも女の子ならみんな好きなんですけどね?」
拳銃を握る力を無くしたクドが朦朧とした意識のままつぶやく。
「ワイだってロリ巨乳好きよ? ぺったんこも美女も好きよ? っていうか女の子好きよ?」
光条兵器を取り落とした状態で切がゆっくりと身を起こす。
その時点で3人は悟った。なんだ、結局自分たちは同士だったのではないか!
喜び合う3人だったが、そこに別の人物から声がかかった。
「っていうか、何やってんのさ君たちは?」
「何やってんのよあんたら?」
研究室Cの扉のところには、調査団のメンバーである琳 鳳明(りん・ほうめい)とパートナーの藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)、茅野 茉莉(ちの・まつり)とパートナーのダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が呆然と立っていた。ちなみにこの4人の内、鳳明とダミアンは【冒険屋ギルド】の所属である。
「まったくもう、どう見てもこの3人が不審者ってことで間違いないよね」
「まあこいつらだしな。あの愚民どもは存在それ自体が不審者であろうよ」
あきれ返る鳳明、もはや諦めモードのダミアンは、目の前でボロボロになっている3人を完全に不審者とみなした。
茉莉とダミアンは、正直なところ、今回の調査に乗り気ではなかった。何しろ茉莉の方は、科学に囲まれた学校において魔法を信奉する、天御柱学院きっての問題児である。パートナーのダミアンは、本名がソロモン72柱24番目の「ナベリウス」であるということからどのような人物なのかはすぐにわかるだろう。彼女たちの狙いは幽霊。まさにこれに尽きる。だが目の前にいる3人は、そのような存在から程遠く、2人にとってはむしろ抹消対象といえたかもしれない。
一方鳳明の方は、パートナーの天樹に連れられる形でこの調査に参加した。
(いつも無関心そうな天樹ちゃんが、珍しく今回の騒ぎを気にしてるっぽいんだよね……)
尖端恐怖症の上、意外と幽霊が苦手な彼女としては今回の調査に乗り気ではなかったのだが、パートナーがやる気を出しているとあればこちらも乗らないわけには行かなかった。
その天樹、今でこそ鳳明のパートナーとしてシャンバラ教導団に属する身ではあるが、元々は天御柱学院にて強化手術を受け、脱走してきたという過去を持っている。それがあるのか、天樹は今回の騒動に何かしら思うところがあった。
(暴走した少女、ね……)
ダークビジョンで暗視の恩恵を得た天樹は、事態を把握し切れていない鳳明を連れて、この2階研究室Cにやってきたというわけである。
「見てわかりません?」
「西シャンバラ非公式変態紳士組合の」
「第27回会合だが?」
外見のみ満身創痍のまま3人が先の質問に答える。
「……まあ、とりあえずいつも通りということはわかった」
もはや何も言うまい、と、その場にいる全員は口を閉ざした。たった1人、天樹のみは最初から喋らなかったが。
「ねえねえ、なんか騒がしいけど何かあったの?」
そんな彼らの元に1組の男女――両方とも子供だったが――が手を繋いだ状態でやってきた。祠堂 朱音(しどう・あかね)とシャルル・メモワール(しゃるる・めもわーる)である。なぜ手を繋いでいるのか。それはシャルルが「危ない所で怪我しないように」と配慮した結果であり、そのまま離さずに来たからである。
「……シャルル、その手なあに?」
「いや、その……、そこは危ないからな」
「え……」
「なんだよ……。お前の方が強いからっていっても……、その……、な。ちょっと支えるくらいなら僕にだってできるんだから」
「……あ、ありがと……」
端から見れば完全に子供同士のカップルである。先だって叩きのめされた平等院鳳凰堂レオがこの光景を見ていたら、さてどのような反応を見せただろうか。
だが別なところで別な反応を見せる者がいた。
「ロリ!?」
「ぺったんこ!?」
「しかも美少女!?」
そう、先ほど乱闘を演じた3人である――どの反応が誰のものかは、ご想像にお任せする。
「やたら子供なのがちょ〜っと気になりますけどッ!」
「というか相手がいるっぽいのが気になるけどッ!」
「ここは変態紳士一同、お守りせねばなるまいッ!」
急に元気を取り戻し、3人揃って立ち上がり、そして行動に移す。
クド、切、鬼羅は即座に朱音に向かって駆け出していた。本人たち曰く、お守りするためである。もちろん周囲の人間からは襲い掛かっているようにしか見えなかったが。
だがここで反応したのは当の朱音ではなく、なぜか鳳明だった。
「わあああぁぁぁぁ! いやああぁぁぁぁっっっ! ばかぁぁぁっ、来ないでっっっっっ!!」
襲い来る3人を前にしてパニックを起こした彼女は、無我夢中で「等活地獄」による拳や蹴りの乱舞を披露する。突き出される拳がクドの顔面にめり込み、薙ぎ払われるように跳ぶ脚が切のわき腹をえぐり、真っ直ぐ振り上げられた足が鬼羅の腹部に入り込んだ。
「うぼあああああぁぁぁぁっ!?」
3対1という状況にもかかわらず、変態紳士3人はたった1人の教導団員によって再起不能(リタイア)にさせられてしまったのである。
その教導団員は調査を始める際にこのようなことを言っていた。
「なんだか噂とかだと、幽霊だの残留思念だのとかって言ってるみたいだね。あはは、やだなー、そんなのいる訳ないじゃないー。ん? ゾンビとかレイスは実際にいるって? アレとコレは違うのっ。別物!! …いや、別に怖いとかそういうのはないよ? 全然、全く、これっぽちも、怖く、ないよっ! 八極拳では老師によっては入門試験として『試肝子(シタンツ)』をするって言うし。そして私はその八極拳士だよ? というか不審者ってことは、そもそも犯人は同じ人間だもんねっ。全く問題ないねっ!?」
そしてこの体たらくである。ついでに言えば、彼女はその試肝子を受けたことは無いらしい。
「……えっと、これはどうすればいいのかなぁ?」
「完全に、置いてきぼり?」
事情が飲み込めないまま取り残された形となった朱音とシャルルは、この後どう動くべきか悩んだ。
その問いに答えたのは、同じく取り残されていた茉莉である。
「……まあとりあえず、この愉快犯的な変態3人組は放っておいて、あたしらはこのまま研究室の調査しましょ」
「……そうだね」
その変態3人組を縄でまとめて縛り上げ、それ以外の6人は研究室の調査を始めた。
2階研究室Cは他の研究室と違い、1つだけ違う物が置かれていた。
「ん、何これ……椅子?」
朱音とシャルルをはじめ、全員が見つけたそれは、頭にかぶるためのカバーがついた機械仕掛けの大型椅子だった。
「あ〜、いかにもってやつだわね。ここに座って、あのカバーをかぶって、電極か何かをくっつけられてそれで検査されるって感じ」
「他の研究室でこのようなものがあったとは聞いておらんぞ」
茉莉とダミアンも似たようなものを経験したことがある。イコンを個人の意思のみで自由自在に動かせるようになるための、1つの方法として研究が進められている、あの装置……。
「えっと、それじゃ『サイコメトリ』やってみるから、ちょっと待っててね」
言って主音が椅子に手を当て、そこに残された思念を読み取ろうとする。その間は無防備になるからと、周囲をシャルルが警戒する。
ちなみに朱音は「人の心、草の心」と呼ばれる花妖精の技を使い、植物から情報収集することも考えたのだが、研究室を含め肝心の植物はどこにも見当たらず、そこは断念するに至ったという裏話があったが、そこは特に重要ではない。
(愉快犯であれ、哀しい理由であれ……、犯人を見つけただけじゃ事件は本当には解決しないんだよね。そこには何かしら動機がある。できれば、そんな犯人も助けたいけど……)
それこそが朱音がこの調査を行う理由だった。
そして数分後、朱音のサイコメトリが終了した。
「朱音、どうだった……?」
シャルルが尋ねるが、朱音は力無く首を横に振った。事件解決に必要なだけの思念が読み取れなかったのである。
サイコメトリで読み取れる思念は、1週間前までが限界とされている。その1週間分の思念の中で読み取れたのは、今転がされている3人組が少し触ったという程度のものだった。
「謎解きに必要な情報が全然無いよ〜。これじゃボクの推理が〜」
望む展開にならず、朱音が頭を抱える。
そこへ、ある人物が進み出て、当たり前のように深々と椅子に座った。一言も言葉を発しない天樹である。
「え、天樹ちゃん?」
パートナーの不審な行動に鳳明は目を丸くする。そして天樹はその目に、何やら文字が書かれたホワイトボードを突きつけた。
(すごく懐かしいね、これ。毎日のようにこの椅子に座らされたっけ……)
「へ? あの、天樹、ちゃん?」
その文字の内容が理解できないのは鳳明だけではない。その場の全員が首をかしげた。
それに構わず、天樹はホワイトボードに文字を書き連ねていく。
(ねぇ……、鳳明。例えば……噂が本当だとしたらどうする?)
「噂?」
(超能力を暴走された少女が自分と同じ仲間を作ろうと強化人間を引き込もうとする、ってやつさ……)
「……?」
そこまで書いて、天樹は筆を止める。書き難そうにしているのではなく、単純に腕が疲れただけなのだが。
(……例えば)
再び書き始める。そしてその後に紡がれた言葉に、その場にいた全員が言葉を失った。
(例えば。その現場に……ボクがいたとしたら? 例えば……その『彼女』っていうのが……)
その「超能力を暴走させ、実験棟を破壊した少女」が、今、目の前にいるとしたら。
3階研究室Bという違う場所を捜索していた天原神無が捜し求めている人間が、ここにいるとしたら。
事の始まりがいつだったのかはわからない。だが少なくとも1週間などという短い間に起きたものではなかった。
イコンと超能力、その関連性を研究するために作られたこの施設において、強化人間である天樹は実験サンプルとして、毎日のように研究用椅子に座らされた。頭には脳波測定のカバー、胸や四肢には心電図、超能力計測のための電極を張りつけられ、命令されるがままに超能力を発動させる。そんな毎日を過ごしていた。
だがある時、事件は起きる。どのような経緯があったかは天樹本人も覚えていないが、研究員の心無い一言が精神を傷つけたのか、それとも細かいところでの対応がまずかったのか、精神不調を起こした天樹はその場で超能力を暴走させてしまう。置かれていたコンピュータは全て破壊され、電線の類は完全に寸断され、壁や床には多数の亀裂が入り、窓ガラスはほぼ全てが粉々になる。そしてその範囲は実験棟全域に及んだ。この暴走による犠牲者は奇跡的に出なかったが、代わりに数人の強化人間がその場から姿を消していた……。
(まあ、今となっては、どうでもいい話なんだけどさ……)
そう締めくくり、天樹は椅子から降りると、頭部分に取り付けられていたカバー――そのジョイント部分を握り、力を入れて破壊した。
それは、もう戻らないという決意の表れだったのか、それとも単に「関節が好き」という性癖が出てしまっただけなのか、本人にしかわからなかった……。
結局その「衝撃の事実」以外に、この研究室における成果は挙げられなかった。ついでに言えば、天樹に関する報告は誰も行わないと決まったという。
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