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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
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第12章(2)
 
 
(――! これは……主が敗れたか)
 ほぼ戦いが収束している街道。そこで現在も樹月 刀真(きづき・とうま)と剣を交わしている那迦柱悪火 紅煉道(なかちゅうあっか・ぐれんどう)が、パートナーであるイェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)が自身を召喚しようとしているのを感じた。
(次で終いか。ならば……)
 刀真の一撃を大剣で防ぎ、弾き飛ばす。そして一旦距離を取ると、大剣に再び炎を宿らせて最後の突撃を行った。
(迷いが無い。これで決めるつもりか……いいだろう、こちらも受けて立つ)
 紅蓮道の動きで決着をつける気だと判断した刀真が普段よりも刀身を下げる。そしてこちらからも踏み出して間合いを詰めると、相手の振り下ろしよりも速く斬り上げた。
「これでっ……!」
 紅蓮道の大剣が大きく弾き飛ばされる。抵抗手段の無くなった紅蓮道に対し、刀真は容赦する事無く剣を振り上げた。
(ここまでか。中々に楽しめたな)
 剣の振り下ろしよりも早く、紅蓮道がイェガーの召喚に応えて瞬時に姿を消す。刀真の大剣は目標を見失い、そのまま地面へと刺さった。
「……逃げたか」
 周囲を油断無く見回す。紅蓮道が撤退したからか、いつの間にか岩の上に座っていた火天 アグニ(かてん・あぐに)も姿を消していた。紅蓮道の大剣も無くなっているから、去り際に彼が回収していったのだろう。
 結局自分達の戦いが最後だったようで、他の場所からも戦闘音が聞こえる事は無かった。その確認の為だろうか、アトゥ・ブランノワール(あとぅ・ぶらんのわーる)和泉 猛(いずみ・たける)が近くを歩き回っているのが見える。
「ふむ、これで終わりかね」
「そのようだな。後は神殿に行った連中が上手い事やるのを信じるだけか」
「何、若人達はちゃんとやってくれるさ」
「その外見で『若人』とか言われてもな」
 少女の姿ながら実年齢不詳なアトゥの発言に猛が思わずそう言う。ともあれ、その若人達が無事に帰るのを待ちながら、街道にいる者達は事後処理を行うのだった。
 
 
 再び神殿。こちらには召喚された紅蓮道が現れていた。突然の登場で反応が遅れる柊 真司(ひいらぎ・しんじ)達の隙を突き、素早くイェガーを抱えて神殿の外へと向かう。
「召喚か……! 追いかけるべきか……ん?」
 イェガー達を追って入り口付近まで来た真司達が、左右の奥にある階段から人質と荷物の奪還の為に潜入した者達が姿を現して来るのを確認する。どうやらそれぞれ、目的は果たしているようだ。
「これは、あの炎使いを追いかけている余裕は無いな。ここからは俺達も向こうの支援に回ろう」
 匿名 某(とくな・なにがし)が潜入組との合流を提案する。真司達も異論は無かったので二方向から来る者達を待ち、共に神殿を脱出するのだった。
 
 
「そこねっ!」
 神殿の外ではヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)達『シャーウッドの森』空賊団のメンバーと、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)の戦いが続いていた。
 相手の気配を敏感に察知したヘイリーが矢を放ち、牽制する。刹那は小柄な上に極限まで気配を消しているのでヘイリーの弓の腕であっても向こうに回避行動の隙を与えてしまうが、それをユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)リネン・エルフト(りねん・えるふと)の二人が援護していた。
「好きにはさせませんわ」
「トラックには……近づかせない」
 ユーベルが光術を放ち、閃光で潜伏していそうな場所を探っていく。そうして移動を余儀なくさせた所でヘイリーが攻撃を行っていた。無理に接近を試みようとしても、トラックのそばにはリネンが立ち、銃と剣の使い分けで防衛を行ってくる。
(さすがに三人相手というのは難儀なものじゃな。あやつらがもう少し使い物になっていれば良かったものを……)
 刹那がちらりと神殿前に目をやる。そちらには何人かの盗賊が倒れている。街道に行かずに残っていた者の一部だが、彼らはリネンとユーベルが刹那を牽制している間に、既にヘイリーとカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)によって全員倒されていた。
「ジュレ、状況は?」
 カレンが周囲を警戒しながら、パンクしたトラックの修理をしているジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)に尋ねる。ジュレールは丁度ホイールの取り付けを終える所だった。
「しばし待て……よし、これで完了である。予備タイヤが1本備え付けてあったのが幸いであったな」
「じゃあこれ以上はパンクさせられないね。早く皆戻って――来た!」
 カレンの言葉に合わせるように、神殿に潜入していた者達が出てくる。
「皆! トラックは直ってるよ、早く積み込んじゃって!」
 積荷を持って来ていた者達がカーゴコンテナを押して走ってくる。普段ならトラックのリフトを使って積載する所だが、時間が惜しいので契約者のパワーを利用して数人がかりでコンテナごと無理やり持ち上げて積み込んでいった。
「後はこいつを動かすだけか。皆、この人は足を怪我してる。代わりに運転出来る人はいないか?」
 篁 透矢(たかむら・とうや)が背負っている運転手を見せる。捻挫した右足でそのまま運転を任せるのは危険なので、他の人にお願いしたい所だ。
「ならボクに任せて貰おうかな。これでも運転は得意だから」
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)の魔鎧である鬼龍 白羽(きりゅう・しらは)が人間の姿に戻る。ドアのロックはジュレールがピッキングで解除してあるし、幸いキーは運転席に刺さったままだ。素早く運転席に乗り込むと、そのままエンジンをかけた。
「それじゃ飛ばすよ。護衛は宜しくね」
 既に多くの者は万が一の為に退却ルートへと走り出している。残りがトラックの荷台や屋根に飛び乗ると、白羽は彼らを振り落としそうな勢いで発進させた。
「リネン、ユーベル、康之! あたし達も行くわよ!」
 殿として残っていた飛行手段持ちが一気に飛び去る。彼女達に抑えられていた刹那は、急いでトラックを追いかけ始めた。
(見事な手際じゃの。それに、この分じゃと中にいた賊もやられておるか。まぁ良い、依頼自体は果たしたのじゃからな)
 元々向こうの奪還作戦の阻止に付き合って戦った事がアフターサービスのような物だ。結果がどうなろうと刹那自身には関係無い。なので足止め出来ればラッキーという程度の気持ちで追跡を行っていた。もっとも、最短距離を走って差を詰める程度の事はしているが。
 
「道は広いけど……ちょっとカーブが多いんじゃないかな、これは」
 白羽が巧みな運転でトラックを走らせる。元々神殿自体が忘れ去られていた存在なだけに、道も行き来し易い造りにはなっていない。
「気を付けて! 追っ手が来てるわ!」
 ワイバーンで併走しているヘイリーが注意を呼びかける。見ると、刹那が徐々に接近しているのが見えた。速度自体は当然こちらが速いものの、向こうは岩山を突っ切る事でカーブをショートカット出来るという利点がある。
「透矢……私達が抑える?」
「いや、大丈夫だリネン。前を見てくれ」
 トラックはもうすぐで少し道が細くなっている所を走ろうとしていた。そこに服部 保長(はっとり・やすなが)閃崎 静麻(せんざき・しずま)の姿が見える。静麻はトラックの存在を確認すると、手振りで先に進めと促した。
「来たでござるな。どうやら追っ手もいるみたいでござる」
「あぁ、念の為に用意しておいて正解だったな」
「『こんな事もあろうかと』でござるな。拙者、一度言ってみたかったのでござる」
 そう言っているうちにトラックが真横を通過する。それと同時に静麻が手投げ型の爆弾を投げて、岩山の上に積みあがっていた岩石を崩して道を塞いだ。
「バランスも完璧だな。良くやった、保長」
「道の邪魔な岩をサイコキネシスでどかして、それを仕掛けに利用する。一石二鳥でござったな」
「さて、俺達も合流するとしようか」
「御意にござる、静麻殿」
 
(なるほど、ただ闇雲に逃げた訳では無いという事か)
 高く積みあがった岩石を前に、刹那が立ち止まる。自身の身軽さならこの壁を越える事は簡単だが、トラックとの距離は随分離されてしまった。ここから先は直線が続くはずだから、最短距離を通っても追いつく事は難しいだろう。
(キリが良い。わらわの仕事はここまでじゃな。また機会があればあやつらと対峙する事もあるじゃろうて)
 刹那が微かに笑みを浮かべる。そして神殿に戻る事も無く、いずこかへと姿を消すのであった――