校長室
貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
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第13章(4) 「こ、これ……アトゥにあげるわ!」 サフィール・アルジノフ(さふぃーる・あるじのふ)が少しの気まずさと照れを同居させた複雑な表情でシルフィスの花をアトゥ・ブランノワール(あとぅ・ぶらんのわーる)に差し出した。 「おや、私にくれるのかい?」 「か、勘違いしないでよね! 依頼の報酬で貰っただけなんだからね!」 ちなみにサフィールはアトゥに秘密で奪還作戦に参加していたのだが、街道組と潜入組が最後に合流した時にバッチリ見つかってしまっていた。なので報酬に花が無かった事はバレバレなのだが、根っからのツンデレ気質であるサフィールはその前提を無視して自然と口走ってしまっていた。 「そうかい、報酬なら仕方ないね。このまま枯らすのも勿体無いし、私が有り難く頂いておくよ」 「ふ、ふん! 別にお礼を言われる事じゃ無いわ!」 (やれやれ、仕方の無い子だね。今回の作戦にもこっそり参加してて、本当に困った子だ) そう思うものの、サフィールの気持ちを微笑ましく思うアトゥ。テーブルに載っている、文句を言いながらも彼女がしっかり作った夕飯を見て、更にその気持ちを強くするのだった。 ツンデレという訳では無いが、似たようなやり取りは他でも行われていた。 「はいこれ……レ、レイにあげる」 寿 司(ことぶき・つかさ)がレイバセラノフ著 月砕きの書(れいばせらのふちょ・つきくだきのしょ)にシルフィスの花を渡す。司と月砕きの書はパートナーではあるが、契約に至った経緯は『司が兄と言動が似ている月砕きの書に反発し、引いたら負けだと思って契約した』という物であった。なのでどうしても司は月砕きの書相手に素直になれない所があり、それが今のような状態を生み出していた。 ちなみに、もう一人の花を贈る相手であるキルティ・アサッド(きるてぃ・あさっど)にはそのような事が無い為、問題無く花を渡せている。 「有り難うございます。司ちゃんも花を購入していたんですね」 「……『も』?」 「えぇ、私からお二人にも、これを」 月砕きの書がシルフィスの花を司とキルティに贈る。どうやら夕方までツァンダに滞在し、花の入荷を待っていたようだ。 「二人共悪いね。せっかくだから一緒に飾らせて貰うとするかな」 キルティが二人分の花を合わせる。それを見る司の表情は複雑そうだ。 「あ、それからまだ贈り物があるんですよ」 更に月砕きの書が細長いケースを取り出す。二人がそれを受け取って開けると、中からペンダントが出て来た。 (花だけじゃなくてこんな物まで……! 何か負けた気分がして悔しい……!) 司が内心でそんな事を思うが、月砕きの書は気付かない。 「私と契約してくれた事、そこから今までの事。全ての感謝を篭めてのプレゼントです。喜んで頂けたら嬉しいのですが」 「いやー、私は気に入ったよ。有り難う、レイ」 キルティが早速着けてみる。月をかたどったペンダントトップが、彼女に良く似合っていた。 「あ、あたしも後で着けさせて貰うわ。そ、その……ありがとね!」 お礼を言うのには抵抗があるのか、そこだけやや早口で言うと、司は素早く部屋へと戻って行った。 「ん? このペンダント、文字が書かれてるのね」 「えぇ、そういうサービスのあるお店を紹介して貰ったので、せっかくだから刻印もお願いしたんですよ」 「へぇ〜、じゃあ私のと寿のは別の内容なんだ。寿のは何て入れたの?」 「それは秘密です」 月砕きの書が静かに微笑む。そのメッセージを知る事が出来るのは、贈った本人である月砕きの書と――司だけだった。 「ちくしょ〜、何だよ〜、どうせ俺なんてよ〜」 狭乙女 宝良(さおとめ・たから)はリビングのソファーで膝を抱えていた。 結局飲み物を買い終わるまでの間、姉ヶ崎 和哉(あねがさき・かずや)とキティ・ショタコフスキー(きてぃ・しょたこふすきー)の二人は戻ってこなかった。そしてやっと戻って来たキティが何かを買ったみたいなので聞いてみたが、家に着くまでの間『秘密です』の一点張りで何も教えてくれなかったのだ。 「百面相どころではないな、あれは」 「あの……タカラ、どうしたのでしょうか」 普段と違う様子のパートナーを心配そうに見るキティ。宝良のつぶやきから何となく理由を察した和哉がその背中を押す。 「何、ちょっと拗ねてるだけだ。キティがそいつを渡せばすぐ元通りになる」 「これをですか? ……分かりました。やってみます」 ソファーに近寄るキティ。宝良はそれに反応する事なくぶつぶつ言い続けていたが、目の前に突然差し出された白に、何事かと顔を上げた。 勿論その白は、キティが花屋で購入したシルフィスの花だ。 「タカラ……私、本で母の日というのを知りました。それから、和哉がこの花を教えてくれました。自分の母でなくても、同じように感謝をしている人になら贈っても良い物だと」 「え……? それをもしかして、俺に……?」 「はい。タカラは私を目覚めさせて、居場所を与えてくれた人。感謝の気持ちを贈りたい、大切な人です」 キティの素直な気持ちが胸に届く。同時に今日のキティの態度の理由を知り、安堵と恥ずかしさで何とも言えない気持ちになった。 「……タカラ? やはり、何か間違っていたのでしょうか?」 「あぁいやいや! 何も、何も間違ってね〜さ!」 ひゃっほうと飛び上がり、早速花を飾りに行く宝良。それを見送り、キティは和哉の方に戻って来た。 「カズヤ、今日は有り難うございました……タカラは、喜んでくれたのでしょうか?」 「むしろ喜び過ぎだな。ありゃ」 呆れた表情で和哉が言う。そんな彼に、キティが宝良にあげた物と同じ花を差し出した。 「カズヤ、カズヤもいつも私とタカラを気にかけてくれています。ですから、カズヤにも感謝の気持ちを贈らせて下さい」 「俺にか? 俺は別にそんな大層な事はしていないが……まぁ、有り難く受け取っておこう」 気持ちを表に出す宝良と内に隠す和哉。見守ってくれている二人へ自分も気持ちを表せた事に、キティは満足するのだった。 「へぇ、これは美味しいな」 シンクの篁家、そのリビングでは大勢が食卓を囲んでいた。その中で一際多く盛り付けてあるカレーを食べながら、無限 大吾(むげん・だいご)が舌鼓を打つ。 「あたい達で協力して作ったからね〜、いつもとは違う味なんだよ〜」 今皆が食べているカレーは廿日 千結(はつか・ちゆ)と火村 加夜(ひむら・かや)、それに結崎 綾耶(ゆうざき・あや)と篁 花梨の四人が中心となって作っていた。戦いを繰り広げて来た者達にはまさにごちそうだ。 「ん、野菜は結構大きめに切ってあんだな。いつもと違うけどこれも美味いぜ」 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)の言葉にレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)が安堵する。実は四人の他にも、レミとイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が手伝っていたのだ。 もっとも、壊滅的な腕前を自覚しているレミと、料理本ではあっても腕自体は十歳児並であるイコナは最初から無難な所から取り掛かったので、この夕食が阿鼻叫喚の地獄絵図となる事を避けられていた。 「ところで、今日は透矢さん達、何をされていたんですか?」 花梨が篁 透矢(たかむら・とうや)に尋ねる。 「大荒野の方でちょっとした事件があってな。それを解決する手伝いをしてたんだ」 「そんな事があったんですか? でも、無事に解決したんですよね?」 「あぁ」 透矢と篁 大樹が荷物奪還の依頼を受けた一番の理由は花梨にシルフィスの花を贈る為なのだが、幸い花梨と一日中一緒にいた加夜が情報をシャットアウトしていたのに加え、透矢と一緒に来た大吾や匿名 某(とくな・なにがし)達もその意図を汲んでくれたお陰で現在もその事は花梨にバレていなかった。 ――ところが、そこに我が道を行く男が現れた。誰であろう、鈴木 周(すずき・しゅう)の事だ。 「お邪魔しま〜っす! いやぁ、やっと花が手に入ったぜ。という訳で花梨ちゃ〜ん、この花の代わりにキミの愛を――」 「ダブルアクション退散!」 「べぶらっ!?」 変態――もとい、パートナーの気配を察知していたレミが周の顔面に右ストレートをお見舞いする。捻りの入った見事な一撃を受け、周は一気に玄関口まで吹き飛ばされた。 「痛ってぇ……ってレミ! てめぇ何でここに!?」 「さて何でかしら。分かり易い目印があったお陰かしらね〜」 手帳を取り出し、ヒラヒラとかざす。周にとってはおなじみの『美女美少女リスト』だ。怒気を含んだ笑顔を見せながらレミが近づき、花梨達に聞こえないように小声で叫ぶという器用な事をやってみせる。 「あのねぇ、せっかく皆が花梨さんへのサプライズでお花の事を明日まで秘密にしてるんだから、空気読みなさいよね! 大体戦闘パートで出番取っといて何こっちまで顔を出してるの!」 「え、それって大吾達も同じじゃ――」 「よそはよそ、うちはうち! マスターが許してもこのあたしが許さないからね!」 良く分からない事を言いながら、片手で荷物を、もう片方の手で周の首根っこを掴む。 「それじゃあすみません、花梨さん。あたし達はこれで失礼しますね。皆さんも機会があったらまた遊んで下さい」 「ちょ、ちょっと待てよレミ! せっかく皆が美味そうな飯食ってんだから俺達も――」 「安心して周くん。ちゃんとこっちの袋にあたし達の分を入れて貰ってるから。た・だ・し……こっちはあたしがメインで作った奴だけどね」 「い、嫌だー! まだ地獄の蓋を開けるのは嫌だー!!」 ズルズルと引き摺られて行く周。彼が今日の夕食を乗り切れたかどうかは――誰にも分からなかった。 残った者達でしばらく談笑しながら食事を続けていると、事後処理の為に街道に残っていた源 鉄心(みなもと・てっしん)とティー・ティー(てぃー・てぃー)がイコナを迎えにやって来た。 「色々とイコナが世話になったみたいで。有り難う、花梨さん」 「いえ、私も楽しかったですから。良かったらまた来てね、イコナちゃん」 「こちらこそ、今日は有り難うございましたの」 丁度良い頃合いなので、彼らと一緒に大吾や某達も篁家を後にする。 「加夜さんは泊まっていかれるんですか?」 「はい。シンクに遊びに来た時はいつも花梨ちゃんのお部屋にお邪魔するんです」 笑顔で綾耶に答える。加夜は遊びに来た際にそのまま泊まって行く事も多く、その場合は大抵花梨の部屋で一緒に寝ていた。 「さすがは女の子って感じだね。でも、そうやって夜までワイワイやるのも楽しそうだ」 「それなら大吾も泊り込みで遊びに来ればいいさ。客間代わりに使ってる予備の部屋がいくつかあるからな」 「沢山兄弟がいるのによく部屋が余ってるね……まぁ、機会があったらそうさせて貰うよ、透矢くん」 それぞれがパートナーと共に家路に就く。彼らの姿が見えなくなるまで見送り、透矢達は家へと入って行った。 「あ〜美味かった。これだけ一杯食べたのは久しぶりかもな」 「そうだな。ついつい何回もお代わりをしてしまったよ」 お腹をさすりながら、満足そうに康之と大吾が言う。彼らと大樹の三人は他の人以上に食べていた。そんな二人を見て某が苦笑する。 「康之達はさすがに食べ過ぎという気がしなくも無いがな……綾耶も有り難うな。かなり美味しかった」 「いえ、千結さん達の腕が凄くて、私は殆ど何もしてませんから」 「そんな事ないんだよ〜、綾耶ちゃんも凄く手際が良かったんだよ〜」 綾耶が謙遜で返すが、それを千結が否定する。実際の所、綾耶も他の三人と同じくらい腕を揮っていた。 「まぁどっちだとしても、美味しかった事に変わりは無いさ。だからって訳じゃ無いが……日頃の感謝も篭めてだ、綾耶。こいつを受け取ってくれ」 「おや、先を越されてしまいましたね。では私達からも、これを千結に」 某が綾耶に、それを受けてセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)もシルフィスの花を千結に渡す。 (これって、シルフィスの花ですよね。確か母の日に併せたイベントとしてそれに近い人にもプレゼントするって……じゃあ某さんも私を本当の家族のように思ってくれてるって事ですよね。嬉しい……って、待って下さい。よく、子供が出来たら夫婦でもお父さんお母さんって呼び合いますよね。じゃあもしかしてこれってそういう意味で――だ、駄目です駄目です。そんなのは『まだ』早いですよ〜!) 某が照れてこちらを見ていないのをいい事に、喜び、照れ、熟考と様々な表情を見せる綾耶。そんな彼女とは対照的に、千結はいつもののんびりとした笑みを浮かべていた。 「セイルちゃん、ありがと〜だよ〜。とっても嬉しいんだよ〜」 「そう言って頂けるとこちらも嬉しいですね。千結には感謝しています。そうですよね? 大吾」 「あぁ、俺も千結にはいつも助けられているからな。喜んでくれて良かったよ」 そしてここにはもう一束、シルフィスの花があった。だが、それを持つ康之が渡そうと思っている相手はここにはいない。 (そうだな……やっぱ『先生』かな。よし、明日ツァンダに行って送るとするか) 近くにいなくても、想いを届ける事は出来る。康之の想いを受け取ったかのように、シルフィスの花は綺麗な青白さを見せていた。 「……こ、こんな物でご機嫌を取ろうったって……!」 同じ頃、別方向の為に某達と別れた鉄心達。三人の真ん中に立つイコナが鉄心とティーからシルフィスの花を貰い、プルプルと震えていた。 ちなみに、震えているのは置いてけぼりを素直に許せない心と、花を貰って嬉しい心が入り混じっているからだ。 「ごめんなさいね、イコナ。今日は一日中一人にしちゃって」 ティーがイコナの頭を撫でる。神殿に潜入した際に九条 レオン(くじょう・れおん)から置いていかれる者の気持ちを聞いていた為、寂しい思いをさせてしまっていたかと気にしていたのだ。 「べ、別にわたくしは一人でも平気でしたわ! それに、今日は皆様と色々お話していましたもの」 「そうですか。でも、これからは私達も出来るだけ気をつけますからね」 「し、知りませんわ!」 照れ隠しか見栄を張っているのか、あさっての方向を向くイコナ。だが、二人から貰った花束はしっかりと胸に抱いたまま離さないでいた。 ――とても大事そうに、抱えていた。