校長室
貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
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第13章(2) 「ただいま」 樹月 刀真(きづき・とうま)が自宅の扉を開ける。すると中から漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が膨れた顔で現れた。 「刀真遅い。せっかくのお休みだったのに」 どうやら刀真が朝から救助依頼の方に向かっていて一緒にいられなかったのが不満らしい。奥から姿を見せた玉藻 前(たまもの・まえ)も苦笑している。 「一日中我を連れ回してこれではな。それで刀真よ、依頼の方は無事に?」 「あぁ、俺は陽動する立場で戦っていたが、荷物も人質を全て取り返せたよ。それで……これ、プレゼントだ」 シルフィスの花束を三つ、取り出して見せる。突然の事に月夜達の頭には疑問符が浮かんでいる。 「刀真……これは?」 「今回取り返した物の一つだ。シルフィスの花って言って、明日ある母の日の代用品というか……まぁ、大切に思う人に渡す物、らしい」 「え……貰ってもいいの?」 「……俺がお前らに贈りたくなっただけだ。気にせず受け取れ」 刀真が自分達にプレゼントをくれた事が嬉しくなり、月夜の機嫌が一気に良くなる。大事そうに花束の一つを受け取ると、優しく抱きかかえた。 「嬉しい……有り難う、刀――」 お礼を言おうとする月夜。だが、その前に玉藻が刀真に抱きついていた。そして二人が反応する間もなく、口付けを交わす。 「なっ!? 玉藻、お前また――ゲフッ」 「刀真、今宵は我に……刀真?」 相手の反応を不思議に思った玉藻が目を開ける。すると、刀真の気絶している顔が目の前にあった。そばには床に落ちているゴム弾と、それを撃ったらしい月夜の姿が。 「……月夜、ゴム弾とはいえ、さすがにこの至近距離では危険だと思うぞ?」 「玉ちゃん相手だからって隙があり過ぎる刀真が悪いの。玉ちゃんもいきなりキスしない」 「何を言う。戦いにのみ生き、普段は殆どの人間に対して興味を抱かない刀真が我らの為に花束を用意したのだぞ? この嬉しさを伝えたいと思ったからこそ動いたのだ。刀真が気絶しなければこのまま伽をするつもりだったのだがな」 「む〜」 先ほど機嫌が急上昇したのも束の間、またも不機嫌になってしまった。文句の一つでも言ってやろうと刀真に近づいた月夜が、ある事に気付いた。 「……あれ? そういえば、刀真が見せた花束って……三つ?」 一束は自分が、もう一束は玉藻が持っている。じゃあ刀真が持つもう一束は――? 「ん…………白……花……」 その疑問に答えるように、刀真の口から寝言が漏れた。今はマホロバの世界樹である扶桑に取り込まれている大切なパートナー、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)への分だと理解し、月夜と玉藻の顔に優しい笑みが浮かぶ。 「そっか……刀真、ちゃんと白花の分も用意してくれたんだね……」 「花が枯れるのは早い。これは何としても早く白花を救い出して、あやつに見せてやらねばならんな」 「うん……絶対に渡してあげようね」 きっとその日はもう目の前に。そんな予感と共に、二人は刀真を優しくベッドへと運んであげるのだった。 「それでは皆……乾ぱ〜い!」 『乾杯ー!』 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)の音頭で皆がグラスを掲げ、ホームパーティーが始まる。それと同時に衿栖の人形が動き回って皿や料理を配っていった。 「美味しい〜、幸せ〜」 料理を食べて満足そうな笑みを浮かべているのは茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)だ。彼女は琳 鳳明(りん・ほうめい)と水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が命を賭して手に入れた肉によって作られたローストビーフをじっくりと味わっている。 (ところで、花はちゃんと手に入ったの?) 鳳明が対面に座っている藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)に小さなジェスチャーで尋ねる。それに頷きで返す天樹を見て、鳳明はこのパーティーの主目的の一つが駄目にならなかった事に安堵した。 「じゃあそろそろ、アレを渡しましょうか」 半分くらい料理が消化された所で、鳳明が立ち上がる。何も聞かされていない衿栖とセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は首を傾げるだけだ。 そんな衿栖に朱里が、セラフィーナに鳳明と天樹がシルフィスの花を贈る。 「衿栖、いつも有り難う!」 「セラさんも! これは私と天樹ちゃんの気持ちだよ!」 「え、これって花屋で宣伝してたシルフィスの花よね? もしかして今日二人が出かけてたのって……」 衿栖がパートナー二人に顔を向ける。席に座ったままのレオン・カシミール(れおん・かしみーる)が静かに頷いた。 「多少余計な事があったがな。ともかく、普段から家事をやってくれている衿栖には感謝している」 「あ、はは……何か嬉し過ぎて、どう返していいか分からないですね……朱里、レオン。私からもお礼を言わせて頂戴……いつも私の我がままに付き合ってくれて有り難う。お花……大切にするね」 微かに目を潤ませて笑顔を浮かべる。その衿栖の横に座っているセラフィーナも同じように笑顔を見せていた。 「まさか花束を頂けるとは思ってもみませんでした。二人共、有り難うございます」 「用意してくれたのは天樹ちゃんなんだけどね」 鳳明が天樹を見る。無口である天樹は言葉の代わりに、ホワイトボードに自分の想いを記した。 『でもこれは鳳明と一緒のプレゼント。僕も鳳明も感謝してる』 「はい。その気持ち、ちゃんと伝わってきましたよ……本当に有り難うございます」 そんなやり取りを見ていた天津 麻羅(あまつ・まら)の頭に何かが置かれる。見上げると、それは緋雨が手にした包みだった。 「麻羅にだけ何もないのも可哀想でしょ。これは私からよ」 「何じゃ、やけに気が利くのぅ。まぁ母の日のプレゼントというのがアレじゃが……」 言葉とは裏腹にちょっと嬉しそうに包みを開ける麻羅。中に入っている布を手に持って広げた時、麻羅の時が止まった。 「……服?」 「そ、服」 「何故わしだけ服?」 「だって私達が買い物に行った時はシルフィスの花が無いって言われたんだもん」 「そこでどうして服になるんじゃ!?」 「昔から言うじゃない。『花が無ければ可愛い服を贈ればいい!』って」 「言わんわ! 何もかも滅茶苦茶じゃろうが! というか単にお主がわしに着せたいだけじゃろうが!」 普段から可愛い服を無理やり麻羅に着させようとする緋雨の趣向を知っている為、痛烈な突っ込みを入れる。そんな麻羅に緋雨が食い下がった。 「あら、せっかくのパーティーなんだからいいじゃない。丁度いいから着替えて見せてよ」 「何が丁度良いんじゃ! わしは着ないぞ!」 「麻ー羅、麻ー羅」 「変に囃し立てるでない! 何度言われても絶対着な――」 『麻ー羅、麻ー羅』 これがパーティーの魔力か。鳳明や衿栖、朱里が手拍子を打ちながら緋雨の囃し立てに同調して来た。 『麻ー羅! 麻ー羅!』 更に声が大きくなる。声は出さないもののセラフィーナや天樹、果てはレオンまでもが手拍子に参加して麻羅の退路を奪った。 「ぬ、ぬぬ……えぇい! 着ればいいんじゃろ! 着れば!」 遂にはその勢いに負けて隣の部屋へと逃げ込む麻羅。結局パーティーは、可愛い服に身を包んだ麻羅がいじられるのを中心に賑わって行くのだった。 九条 風天(くじょう・ふうてん)の家でも同じようにパーティーが行われていた。四人だけなので規模は小さめなものの、それでも皆で楽しく騒いでいた――のはつい先ほどまでの話。 「んごぁぁぁ。ん〜、まだまだ呑めるぞ……酒持って来……ムニャムニャ」 一番騒いでいた宮本 武蔵(みやもと・むさし)が酔い潰れ、途端に静かになる。坂崎 今宵(さかざき・こよい)や白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)など、武蔵以外の三人は普段からそれほど騒ぎ立てるタイプでは無かった。 「全く……こういう時ばかり元気になるんですから。武蔵さん、そんな所で寝ると風邪をひきますよ」 「毛布でも持って来てあげましょう。それより、今宵を労わる為のパーティーだったのに、色々とやらせてしまいましたね」 「いえ、殿のお手を煩わせるくらいでしたらこのくらい何の苦労もありません」 本当に苦労でも何でも無いという顔を見せる今宵。そんな彼女の頭を撫で、風天がシルフィスの花を渡した。 「いつも有り難うございます。これは感謝の気持ちです。白姉、貴方にも」 「お、私にもか。全く、愛い奴め」 言葉少なに受け取るセレナ。だが、内心ではかなり嬉しいらしく、風天を肘でど突いている。 「と……とのぉぉぉぉ!!」 一方の今宵は感激の余りむせび泣いていた。普段は静かな三人が珍しく騒がしくなる。 「落ち着いて下さい、今宵。ボクは今宵の喜ぶ顔が見たいのですから、泣いていては困ってしまいます」 「はい……はい……! と、とのぉぉぉぉ!!」 再び頭を撫でるが、それでも感涙し続ける今宵。風天は苦笑しながらも、二人が喜んでくれた事に、自分自身も嬉しく思うのだった。 「二人共、今日は一体どこに行っていたのですか?」 夕方になってようやく家に帰って来た紫桜 瑠璃(しざくら・るり)と緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)に、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が問いかける。遊びに行っていたと思ったら予想よりも帰りが遅かったので、あと少しで捜しに出る所だったのだ。 「瑠璃達、お花を買いにいったの〜。そしたら盗賊達が持ってっちゃったの、だから瑠璃と霞憐ちゃんとみんなでどーんって懲らしめてきたの!」 「……すみません、霞憐。分かるように説明して貰えますか?」 「えっと、つまりね――」 「なるほど、遅くなった事情は分かりました。でも、危ない事をしたら駄目じゃないですか。皆心配したんですよ? せめて遙遠達に声をかけるなりあったでしょうに……」 今日あった出来事を聞き、自分達に秘密にしたまま危険な戦いをしていた事を静かに叱り付ける。本当は二人の頑張りが嬉しく、微笑ましく思っている面もあるのだが、それはそれとしておかないと今後も危ない事に首を突っ込みかねない。 一応の注意をし終わり、二人の頭を撫でる。 「まぁ……無事に帰って来て何よりです」 「はいなの! えとえと……それで、これが瑠璃からのプレゼントなの! 兄様と姉様、それから霞憐ちゃんの分なの!」 瑠璃がシルフィスの花を遙遠と紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)、そして霞憐にも渡す。付き添う側だった霞憐は意外そうな表情だ。 「僕にもなの? てっきり遙遠達だけかと思ってた」 「瑠璃の本当のお母さんはツァンダの大地そのものだけど、今お世話になってるのはみんなだから! みんなに贈りたかったの!」 元気良くそんな事を言う。それを聞いて、遥遠も瑠璃の頭を撫でた。 「瑠璃が遥遠達の為を思ってくれて、本当に嬉しいです。やはり誰かに想われるというのは心地よいですね……これからも一緒に居ようね? 皆で」 「はいなの!」 「……おや? あれは……」 ヒラニプラのナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)宅前。帰って来たナナは自宅の前に誰かが座り込んでいるのを見つけた。どことなく寂しそうな感じを漂わせている、あの人物は―― 「隆光?」 その声に座り込んでいた相手、久多 隆光(くた・たかみつ)が反応する。ひたすらナナを待ち続けていた彼は、ようやく待ち人が現れた事に安堵し、こちらへと走り寄ってきた。 「母さん。良かった、やっと帰って来た」 「やっと? もしかして、ずっと待ってたのですか?」 「え? い、いやまさか。そんな事は無いさ」 隆光が慌てて誤魔化す。だが、ナナはその仕草だけで彼が長い間ここで待ち続けていた事を察した。 「ごめんなさい、隆光。一人で寂しい思いをさせましたね」 ナナが手を伸ばし、隆光を優しく抱きしめる。隆光はしばらくの間、その心地良さに安らぎを感じていたが、肝心の用件を思い出して後ろ髪を引かれながらもナナから離れた。 「それでさ、母さん。これ、母の日のプレゼント。本当は明日渡せたら良かったんだけど……」 隆光は明日は教導団に顔を出さないといけない為、残念ながら当日に渡すという事は出来なかった。奇しくも隆光同様ナナを母と慕うレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)と同じ事を言いながら、ポケットに入れていた小さな箱を手渡した。 「これは……開けてもいいですか?」 「あぁ、勿論さ。俺にはそういうのを選ぶセンスが無いから、喜んでくれるかは分からないけど……」 ナナが紐を解いて箱の蓋を開ける。すると中からは、シンプルながらも綺麗な指輪が出て来た。 「まぁ……隆光、本当にこんな素晴らしい物を頂いていいのですか?」 「母さん以外にはあげられないよ。サイズもちゃんと合ってるはずだし……貰ってくれ、母さん」 「有り難うございます、隆光。ナナは隆光の事も、ずっと見守っていきましょう」 もう一度手を伸ばし、同じように優しく抱きしめる。今度はそれを解く事はせず、長い間抱擁を受け続ける隆光だった。