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さまよう死霊の追跡者

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さまよう死霊の追跡者

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【第一章 21:00〜0:00】

 楽しいはずのパーティーを、突如襲った不死の怪物。
 それを前にして、パーティー参加者である生徒たちは、誰もが我先にと逃げ出していった。
 さすがに皆、戦い慣れているパラミタの人間たちとはいえ、武器もスキルも使えないこの館で、殺しても死なない怪物を相手に、何も考えず真っ向からぶつかっていくような者はいない。
 それぞれが、それぞれの考えを持って、行動を始める……。


「……まったく! 本当に事件が起こるなんてついてないぜ」
 そう愚痴りながら、メイド姿の朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、館の長い廊下を駆け抜けていく。
 その後を、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)と相棒のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が追っていった。
「たれちゃん! 一体どうする気?」
「逃げた連中を一箇所に集める! バラバラに逃げられたら守れる奴も守れないだろ!」
 ルカルカの問いに、垂は迷いなく言葉を返した。それを聞いて、フムと静かにダリルも頷く。
「まあ、正しい判断だな。あの怪物の正体も目的もわからない状態で、バラバラになっているのはまずいだろう」
「だろ! ……ん?」
 そこで唐突に垂が足を止める。通りかかった部屋の一室の前で、ブーツの底を滑らせながら急ブレーキをかけた。
「……誰かいるな」
 垂のスキルである『超感覚』が、通りかかったドアの向こうにいる何かを捉える。
 ドアノブに垂が手をかけると、ドアには鍵がかかっていた。
「鍵か。……仕方ないな」
 不満げに顔をしかめ、垂はどこからか取り出した針金状の物を、鍵穴の中へ迷わず突き入れた。
「って、たれちゃん?! い、いきなりピッキングなの!」
「しょーがねーだろ! 緊急事態ってやつだ、緊急事態っ!」
 ガーッと垂は、文句を言いながらカチャカチャ音を立てて針金をねじ込んでいく。それを苦笑いで残りの二人が見つめている。
「確かに緊急事態だけど……もう少し、まともな方法ないのかな?」
「むっ! じゃあ、ルカルカならどうするって言うんだよ?」
「え? え、えーっと………………蹴破るとか?」
「……お前たちには、もっと平和的に解決する手段がないのか」
 頭を押さえながら、ダリルは静かにため息をついた。
 そうこうしているうち、垂のピッキングが終わり、ドアが開く。すぐさま、全員は中へと入っていった。
「ひぃっ! だ、誰! 誰なのっ!」
 中には、百合園生らしきお嬢様風の生徒がいた。突然、部屋に押し入ってきた三人組を見て、明らかに怯えている。そんな少女に向かい、ゆっくり垂が近づく。
「落ち着け。俺たちはお前を保護するために……っ!」
 だがその時、垂の感覚が別の存在を感知した。自分たちの背後、今入ってきたドアの向こうから、何かの気配を感じて振り返る。
 そこには、――仮面をかぶった大男が立っていた。
「き、きゃあああああっ!」
 悲鳴を上げる少女を、とっさ的に垂が背に庇う。その声に反応するかのように、怪物はそちらへ向かっていった。
「ダリルっ!」
 ルカルカの声が響き、ダリルへと何かを投げた。
 それは傘だ。丈夫そうで、先端の尖った傘を空中で受け取り、ダリルは迷うことなく、構える。その先端を怪物の腹部へ押し当て――ゾブッ――怪物の腹へ突き刺し、そのまま後ろへと押し倒した。
「今のうちだよ!」
「っ! お、おうっ!」
 ルカルカの言葉で、我に返った垂が少女の手を取って駆け出す。その後に続いて、ルカルカたちも部屋を脱出した。
 走り去る垂たちの背後では、怪物が無言で起き上がり、赤く染まった傘をゆっくりと引き抜いていた。


 館の一室、とある部屋のシャワールーム。
「フフフフフ〜ンなのだ〜♪」
 そこに、屋良 黎明華(やら・れめか)はいた。不死の怪物が館を徘徊しているこの非常時に、上機嫌で鼻歌を歌いながら、のんきに汗を流していた。
「んん〜〜っ♪ 気持ちいのだ〜♪ やっぱり、怪物クンを放って、部屋に戻ってきたのは正解だったのだ」
 広間での怪物の襲撃後、黎明華は怪物への対処を他の生徒たちに任せて、貸し与えられた自室へと向かった。そして怪物のことなどお構いなしに、ひとり悠々とシャワータイムを取っている。
「黎明華がいなくても大丈夫よね〜。他にもナイトくんは、いっぱいいたし」
 大丈夫なのだと頷きながら、黎明華は熱めのシャワーに満足していた。
 しかし、
「ん? ……誰なのだ?」
 シャワー室のカーテンの向こうに、何者かの影が映る。すぐさま、黎明華はカーテンをめくった。
 だが、――その先には誰の姿もない。
「んー? 今、そこに誰かいたような?」
 首をかしげながら、周囲を見る。しかし、やはり誰もそこにはいなかった。
「うーん……気のせいなのだな。まぁ、いくら黎明華が見目麗しい美少女だって言っても、乙女の柔肌を覗き見をするような命知らずがいるわけ……」
 そう呟き、ふたたびカーテンを閉めた次の瞬間、――カーテンを引き裂き、その向こうから突如、仮面をかぶった大男が現れた。
「き、きゃあああああああーーーーっ!」
 黎明華の口から、絹を裂くような悲鳴が上がる。生まれたままの姿で黎明華は、その瞳に恥辱と恐怖を浮かべ、怪物に背を向ける。
 そんな黎明華へと怪物は容赦なく手を伸ばしてきた。
 絶体絶命の危機……のはずだったが、
「――って、何してるのだっ!」
 ジト目を浮かべた黎明華は、湯の温度を最大にしてシャワーを怪物へと浴びせかける。
 高温の湯をかぶせられ、怪物が怯んだ。そこへ、
「うりゃっ!」
 黎明華がひねりのきいた蹴りを放つ。黎明華のスラリと伸びた足の先が、男性の急所に突き刺さった。
 突然の反撃に、怪物も「!?」と驚愕してその場に倒れる。
「ふぃー……まったく、黎明華の裸を見るなんて、許せない奴なのだ」
 倒れる怪物に対して、少しも怯えた様子を見せず、鼻を鳴らす黎明華。だが待てよと呟き、なにやら考え出す。
「でも、この怪物クンって確か、不死身とか言ってたのだ……そんな逸材なら、これを機に友達になって、キマクで一緒に暴れるっていうのも、面白そうなのだ!」
 うんうんと頷き、黎明華は素っ裸のまま、パァッと顔を明るくした。これは心強い友達ができたと上機嫌に笑う。
「というわけなのだ、怪物クン! 黎明華と友達になって一緒にキマク制覇……ってあれ?」
 そんな黎明華が振り返ったとき、怪物の姿は忽然と消えていた。


「はぁあああああっ!」
 館の廊下に咆哮が響く。
 独自の構えを取る橘 恭司(たちばな・きょうじ)は、眼前に現れた怪物を前に、一歩も退くことなく、その拳を放っていった。
「……やはり、簡単には倒れないか」
 恭司の鍛え抜かれた拳を受けても、怪物はすぐに平然と起き上がってくる。まさに不死の化物だ。
「うぉらあああああっ!」
 起き上がった怪物の後頭部を、国頭 武尊(くにがみ・たける)が狙う。台所から拝借したフライパンに渾身の力を込めて、怪物の頭へと振り下ろした。ガンッと音を立てて、金属が怪物の頭にめり込む。砕けた怪物の頭からは、血が噴き出した。
 だがそれだけだ。あっという間に怪物から血は止まり、怪物はふたたびゆっくりと身体を持ち上げた。
「ちっ! やっぱ駄目だな。このぐらいの攻撃じゃ、足止めにもなんねえよ」
 恭司の横まで後退した武尊は、そう愚痴る。息を整えながら恭司は武尊のほうを見た。
「何かいい考えがあるか?」
「ねえな。スキルが封じられてて『サイコキネシス』も使えねえんじゃな。……だが」
 ニヤリと微笑み、武尊はサングラスの位置を直した。
「あの化物の仮面に『サイコメトリ』かければ、なんかわかるかもな」
「それは……危険なんじゃないのか?」
「へっ! そのぐらいは覚悟の上だっての」
 その不敵な武尊の笑みに、恭司まで笑みを浮かべた。
「キミは勇敢だな。そこまでして、怪物を止めようとするなんて」
 恭司が、武尊に尊敬のまなざしを向ける。それを受けて、武尊はガハハと豪快に笑い、
「そんなの当たり前だろ! ここで活躍すれば、……お嬢様たちのパンツとかもらえるかもなんだからよっ!」
 ひどく最低な理由を叫びながら、駆け出した。一瞬、ポカンとしたが、すぐに恭司も駆け出す。
「ヤツの動きは俺が止める!」
 そういうと、恭司は怪物に接近する。近づいた外敵に反応して、怪物は手に持った剣を振り下ろす。
 それを恭司はかわし、その腕を取って怪物の手首を反転させた。怪物の強靭な腕力を利用して、その手に持っていたカルスノウトの剣先を怪物のノドへ叩き返した。結果、怪物は自分でノドを突き刺したような体勢となった。
「もらった!」
 その隙に、武尊が背後に飛び乗る。怪物の仮面にサイコメトリをかけた。
 その瞬間、

 ――……セリカ。

 武尊の耳にそう囁く声が聞こえた。
「え?」
 なんだそれと、武尊はその場で固まる。
 だがそれ以上の情報は得られなかった。その前に、怪物の太い腕が武尊の服を掴み、正面に放り投げられたからだ。
「くっ!」
「おい! 大丈夫か!」
「あ、ああ。痛てて……なんだ、セリカって? 人の名前か?」
 首をかしげる武尊の肩をとり、恭司は怪物に背を向けて走り出した。
「いったん退くぞ。深追いしても、不利になるのはこっちだ」


 恭司と武尊が去り、残された怪物はゆっくりと、何かを探すように動き出す。
 その一連の戦闘を遠めで見つめていたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)はフムと頷き、アゴに指を添えた。
「……やはり、不死身というのは本当のようですね」
 苦虫を噛み潰したような顔で、ザカコは虚空を睨む。
 ザカコは、物陰から怪物を監視していた。武器もスキルも使えないこの状態では、敵の情報を集めることが、重要な意味を持ってくる。事実、ザカコは先ほどの戦闘から、かなり多くの情報を得ていた。
「まあ不死身といっても、正直イルミンスールで、日常的に不死身の大ババ様を見慣れている身としては、大して驚きませんが」
 フゥとため息混じりに呟き、ザカコは思考をまとめる。
「しかし、驚異的な存在であるのも確かですね。あれだけのダメージを受けても、平気となると、攻撃自体に意味はありませんね」
 敵の怪物は、殺すことができない。攻撃しても、すぐに再生してしまう。
「かといって、あれだけの腕力では、拘束するのも、ひと苦労ですし……さて、どうしましょうか?」
 ふたたび顔をしかめ、うーんとザカコは首をかしげた。
「……セリカ……確かそんなことも言ってましたね。とりあえず、その名前を女子生徒たちに聞き込みがてら、自分が得た情報を伝えてまわりましょう。もしかしたら、あの怪物をどうにかする情報を得られるかもしれませんしね」
 そう納得すると、ザカコは人のいそうな場所を目指して駆け出した。