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ポージィおばさんの苺をどうぞ

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ポージィおばさんの苺をどうぞ
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リアクション

 
 
 
 おいしい時間が流れる場所
 
 
 
 パートナーこぞって、スイーツフェスタで食べ歩き。
 微笑ましい光景ではあるのだけれど、パートナーたちに引っ張られるようにして連れてこられた四谷 大助(しや・だいすけ)は、幾分うんざりした顔つきだった。
「オレ、甘いもの苦手なんだよな……」
 さあ出かけるわよと、どこに行くのかも分からないうちにグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)に強制的に連行されて、着いてみればスイーツフェスタ。
 生クリームで飾られたケーキ、派手にデコレーションされたアイスクリーム、時季柄イチゴが多く使われている為、目に入る店はどこも白、赤、ピンク、のいかにも甘そうな色に埋め尽くされている。
 スイーツ好きならたまらない場所なのだけれど、苦手な大助にとっては楽しいどころか胸焼けがしてきそうだ。
 逆にパートナーたちは皆、乗り気も乗り気。
「今日は一日中食べ歩いてやるのだよー! さくさくの苺パイなんかいいねー」
 尻尾があったら振っていそうな勢いで、白麻 戌子(しろま・いぬこ)は店を覗いて回る。
「やっぱり女の子ならスイーツよね。ケーキはあるかしら? 苺がのってるだけのショートじゃなくて、スポンジに苺クリームと苺をはさんで、周りもピンクの苺クリームですっぽり覆ったオール苺ケーキ!」
「七乃も今日はいっぱい食べるですよ!」
 グリムゲーテと四谷 七乃(しや・ななの)の顔も輝いている。
(……こいつら、特にグリムは甘いもの好きだったか)
 自分が甘いもの苦手なので大助はそういう場にはあまり行かない。だから、パートナーたちがこんなに甘いものに驚喜するだなんて知らなかった。こんな躁状態になっているパートナーを野放しにしておいたら、どうなるか分からない。自分がしっかりしてパートナーたちが調子に乗って食べ過ぎないように見張っていなければ、後で大変なことになりそうだ。
「どこもおいしそうな甘いにおいがするですー。あ、ワンコさん! グリムさん! あのお店にいってみましょう!」
 気になる店を見つけた七乃は指さすそばからもう動き出している。
「苺スイーツかー。時季モノはいいよねー」
「まずはあの店に突撃ね。ほら大助、ぼやっとしてないで急ぐのよ!」
「あ、ああ……」
 グリムゲーテに追い立てられて、大助はしぶしぶ店に入りはしたけれど、甘いものは無理だから注文は小皿に盛られた苺だけにしておいて、ひたすらこの時間を耐える態勢に入る。
「イチゴショートがないのは残念だけど、なんだか派手で美味しそうなスイーツがあって良かったわ」
 グリムゲーテは芸術作品と化しているロマノフパンケーキを前に、幸せそうに息をついた。
「ぐは……こんな甘そうなもの、よくもこんなに食えるな」
 豪華に飾られたパンケーキは見ているだけでも目眩がしそうで、大助はそっと視線を外した。そちらでは戌子がパイをおいしそうにつついている。
「カロリー高そうだな」
 大助に言われても、戌子はまったくこたえた様子もなく、けろっとして答えた。
「いつもバイトや戦闘訓練で身体を動かしてるからねー。これくらいはカロリー摂取の内にも入らないさ」
「七乃はイチゴプリンが食べたいです! でも、ムースも捨てがたいですー……マスター、どっちも頼んでいいですか?」
 いつもだと大助から、虫歯になるからほどほどにしろ、と言われて少ししかお菓子をもらえない。けれど今日は特別だから、日頃食べられない分もめいっぱい食べたいと、七乃も一度に2つを注文する。
 パートナーが美味しそうにスイーツを食べている間、手持ちぶさたの大助も苺をつまんでみた。甘いのは苦手だけれど、瑞々しい苺の味はくせになりそうだ。が、そこにグリムゲーテのチェックが入る。
「ちょっと大助。せっかくスイーツフェスタに来たのに、何で苺ばっかり食べてるのよ!」
「グリムの言う通りなのだよ大助。スイーツフェスタに来てスイーツを食べないとはどういう了見だい?」
 戌子と2人がかりで言われ、大助は閉口したように言う。
「あのなぁ……オレが甘いの苦手なことくらい、知ってるだろ?」
「まあまあ、いーから食べてみたまえー。物は試しさ」
 戌子はフォークに囓りかけのパイを載せたまま、む、と店の外に目をやった。
「あれは鏖殺寺院!」
「なん……むぐっ」
 思わず身を乗り出した大助の口に戌子はフォークを突っ込む。
「ははは、反応が鈍いね大助。ボク直々の『あーん』だよ。もっと嬉しそうにしたまえー」
「お、おま……今口に入れたのって、食いかけの……」
 やっとパイを飲み込んで抗議する大助に、七乃もスプーン山盛りにイチゴプリンをすくってつきつける。
「七乃のもおいしいですよー。少しだけ、おすそ分けですー」
「こら七乃、やめろって……」
 七乃のスプーンから逃げればその先には、ロマノフクリームたっぷりのケーキ。
「お前まで何だ、その突き出したケーキは」
 グリムゲーテはちょっとひるんだが、それでもフォークを差し出した。
「……だ、大助……? その……あ、あーん」
「はいー、パイおかわりー」
 三方から迫るスイーツあーんの魔手。
「うううっ……」
 口を開けたら誰かに絶対にスイーツを入れられそうで、大助は口を閉じたまま唸るのだった。
 
 
 
 2人仲良く腕を組み、七尾 正光(ななお・まさみつ)アリア・シュクレール(ありあ・しゅくれーる)はスイーツフェスタの店を食べ歩く。
「おにーちゃんと一緒だと、楽しいなー♪」
 甘いものを食べられる上に正光と一緒にいられるのがアリアには嬉しくてならない。
 アリアの作る菓子はおいしいけれど、こうして店のスイーツを食べるのもまた別の楽しみがあって良い。
「甘くておいしいものがいーっぱいだねっ。おにーちゃん、次は何食べたい?」
「そうだなぁ……お、苺の菓子があるな」
 ポージィおばさんの苺スイーツの店で足を止め、正光はどんな菓子があるのかと覗いてみる。
「いらっしゃい」
 その動きに気づいたセレンフィリティが声をかける。
「仲良しカップルで食べ歩き? うちの店にもおいしいスイーツたくさんあるから、食べて行ってね。もういろいろスイーツは食べてみた?」
 積極的に勧めるセレンフィリティの様子を、セレアナはこっそりと見守った。大雑把なところはいつも通りだけれど、セレアナが思っていたよりもセレンフィリティの接客は案外上手い。
「これで3つ目だよ」
「だったらさっぱりしたのが食べたい頃かしら?」
「俺はそうだけど、アリアはどう?」
「私は甘くて苺がごろごろしてるのが食べたいな」
 会話の中から正光とアリアの希望を聞き出して、セレンフィリティは一番好まれそうな菓子をチョイスする。
「さっぱりしたのがいいなら、豆乳のブランジェ苺ソースはどう? 口の中もさっぱりするから、また新たな気分で食べ歩きが出来るわよ。甘くて苺がごろごろしているのならタルトにしてみたら? 定番だけどやっぱこれは押さえておかないとね」
「じゃあそれにしよう。アリアもそれでいい?」
「うんっ♪」
 セレンフィリティが失敗したらすかさずフォローに入ろうと待ちかまえていたセレアナだったけれど、そんな必要のないままに、セレンフィリティは正光とアリアを席に誘導し、注文の品を運んだ。
 つるんとしたブランジェは正光の口内をさっぱりさせてくれたし、アリアの頼んだ苺のタルトもおいしい。
「おにーちゃん、タルト食べてみて。あーん♪」
 アリアが出したタルトを、正光は素直に食べるとお返しに自分もあーんとアリアにブランジェを食べさせた。
「こっちもおいしいね♪」
 お喋りを楽しみながら、時折食べさせあいっこ。2人はスイーツをよりスイートに味わった。
 
「どうなることかと思ったけど、それなりに様になってるわね」
 スイーツを運び終えたセレンフィリティを迎え、セレアナは感心したように言った。
「そりゃあ『可愛い売り子さん』ってまさにこのあたしのことじゃない☆」
「……その自信はどこから来るのかしら」
 けれどセレンフィリティがそれなりに上手くやっているのは確かなことで、それも時間が経つにつれてどんどん成長していく様が見える。
「セレアナも売り子の制服似合ってるわよ。でも可愛い売り子さんって言うよりは、悩殺売り子さんかしらね」
 元々セレアナが持っている大人っぽい雰囲気と制服の可愛さが絶妙にブレンドされて、同じ制服を着ているセレンフィリティとはまた違った魅力になっている。やっぱり着せて良かった、とセレンフィリティはつくづく満足する。
「あ、写真撮影? はいはいどうぞ」
「ちょっとセレン、私まで?」
 うろたえるセレアナと腕を組んで、セレンフィリティはカメラの前でポーズを取った。
 
 
 
 売り子でお揃いのピンクのワンピースに白のエプロンドレス……といってもノルンには少し大きすぎる為、あちこちをリボンで止めてサイズを調整してあるのだけれど……を着て、ノルンはポージィの店の手伝いをした。
 神代明日香が風邪で休んでしまった分もと、いつも以上に頑張っているのだけれど、背が小さいし手も短いしで、カウンターの上のものを取るのも大変だ。
「んん……」
 背伸びして苦労していると、気づいた琴子がカウンターからトレイを取って手渡してくれた。
「はい、こちらをよろしくお願いしますわね。重いですけれど大丈夫ですか?」
「平気です。これくらい何でもありません」
 言うわりには重そうに運んでいくのを琴子は心配そうに見送ったが、子供扱いされるのを嫌がるノルンだからそれ以上の手出しはせずにおいた。
 トレイを両手で捧げ持ってテーブルまで運ぶと、ノルンは菓子の説明をしながらそれを並べる。見た目はちっちゃな子供だけれどノルンの知識は深いから、菓子の説明もスムーズだ。
「ああノルンちゃん、えらいですぅ」
 その様子をこっそりと覗き見て、明日香は感動した。可愛い恰好でトレイを運び、一生懸命に働いている。ずっと見ていたい光景だ。だが、その肩が背後からぽんぽんと叩かれた。
「明日香さん。寝ていないといけないと言いましたわよね?」
 振り返れば、夕菜が怖い顔をしていた。
 ベッドに明日香の姿がないのに気づいた夕菜が、多分ここだろうとあたりつけて追いかけて来たのだ。
「どうしても心配だったんですぅ〜」
「ノルンさんが知ったらきっと怒りますわよ。見つからないうちに帰りましょう」
「後生です〜、せめて写真が撮りたいですぅ」
 熱でふらつきながらも、明日香は夕菜に頼み込む。
「撮ったらすぐに帰ると約束していただけます?」
「しますします〜。だからちょっとだけ撮らせてください〜」
 明日香はそっと物陰から顔を出すと、ノルンをデジカメに収めた。トレイを運んでいる姿、運び終わってほっとした笑顔、琴子のところに戻ってやりましたとばかりに見上げている様子。ノルンと一緒に琴子もぱしゃりと撮っておく。
「明日香さん、他の売り子さんが見ていますわ。もう帰りましょう」
 このままではノルンにも気づかれてしまうからと説得し、夕菜は病人明日香を引っ張って帰っていった。
 
 
 
 去年も来たスイーツフェスタに今年もまたやってきた。
 去年も一緒だった月崎 羽純(つきざき・はすみ)と今年も一緒に。
 だけど違うのは、去年ここでスイーツを食べた時にはまだ、羽純と遠野 歌菜(とおの・かな)は恋人同士じゃなかった、ということ。
 今年は恋人同士としてここにいる――。
 
「スイーツが好きな人って多いんだね。人がいっぱい」
 はぐれてしまうのが心配で、歌菜は羽純と手を繋いだ。まだこうして手を繋いで歩いているとちょっと照れてしまうけれど、去年手を引っ張って連れ回した羽純は、今年はしっかりと歌菜の手を取って並んで歩いてくれている。
「あ、このお店今年も出てるんだ。ここのタルト、とってもおいしかったんだよね」
「そうだったな」
 あの時は歌菜はスイーツを迷いに迷って、走り回って探したものだ。
「じゃあまず、このタルトを買って……あとはどうしようかなー。ムース、ロールケーキ、それからシャーベットみたいなのがあったら嬉しいな。苺大福も捨てがたいし、パイとかもいいよね。あ、ポージィおばさんの苺のお菓子は絶対げっとだよ♪」
 どれにしようか迷いながらも、歌菜の目は輝いている。どれを選んでもおいしいスイーツ。悩むのも楽しみのうちだ。
「こんにちはー。ここのオススメスイーツを教えて欲しいな♪」
「お、オススメであり……いえ、オススメですか。それは、あの……好みにもよりますけれど、好みにもよりますけれど、3種食感の苺のミルフィーユはいかがでしょう。一度にいろいろな苺の食感を味わえるので……す」
 少しつっかえながらも金住健勝が教えてくれる。
「じゃあそれと、あとは何にしようかな」
 わくわくと歌菜が黒板に書かれたメニュー表を眺めていると、羽純が歌菜を呼ぶ声がした。
「歌菜」
「ん、何?」
 振り返った歌菜に、羽純は買ったばかりの苺のブッセを2つに割ったうちの1つを手渡した。
「半分こだ。2人で分けて食べたほうが、たくさんの種類が食べられるだろう?」
 うん、と手を出しかけて歌菜はデジャブを感じた。こんなことがどこかであったような……そう、あれは去年のスイーツフェスタ。
「……それって、私が去年言った言葉……覚えててくれたんだ……」
 羽純に言われるまで、自分では忘れていた。けれど楽しい思い出として心の中にしまわれていた記憶だ。
(どうしよう……すごく嬉しい……)
 嬉しくて泣いてしまいそう。だから歌菜はその嬉し涙をかき消すくらいの笑顔を浮かべた。
「よし、じゃあ去年と同じで、全店を制覇だからね!」
 去年と同じで。でも去年とは違う。それはとても素敵なことだ。
 こうして毎年羽純と思い出を作っていく。去年も楽しかったけれど、今年はもっと楽しい。そんな風に言い続けられる2人でありたい。いや、羽純とならばきっとそうなれる。
 半分こにした分おいしく感じられるブッセを歌菜は頬張った。
「ふんわりだね♪」
 季節が一巡りして、去年と同じ場所に来て、同じようにスイーツを食べている歌菜を羽純はじっと見つめた。
 去年よりももっとこの時が幸福で、歌菜を大事だという気持ちが強くなっている。それをはっきりと感じるのは、同じ場所にいるからだろうか。
 美味しそうにスイーツを食べる歌菜をしっかり守っていくことを、羽純は自らの心に確認する。
 必ず守る。
 来年も、また次の年もずっと、歌菜と笑っていられるように――。