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リアクション
「ふふふ……鬼まで倒してしまったようですねえ」
腹黒大膳の後ろで、何者かの不気味な笑い声が聞こえる。
エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)だ。彼は契約者でありながら腹黒に雇われていた。理由は単純だ。払い(報酬)がよかったからである。
「彼らは想定外に強かったようだ……。それとも、あなたの配下がふがいないだけか……」
エッツェルの言葉に柳川が気色ばむ。
「無礼な! 貴様こそ、まだ何も役に立っていないではないか」
「ふふふ。いきなり全力でいっても楽しみに欠けますからね……。しかし、見物ばかりにもあきました。少しばかり遊んであげましょうかねぇ……ふふふ」
「なんじゃと?」
腹黒がいぶかしげにエッツェルを見た。エッツェルは笑う。
「実は、おもしろい計略があるのです」
エッツェルはそう言うと、例の黒髪の青年の耳元になにか囁いた。すると、黒髪の青年顔に笑みが浮かぶ。
「なるほど。そんな楽しみ方があったか」
「本当なら私自らが試したいのですが、私の力では無理。しかし、あなたのような闇の力に精通した方ならできるでしょう」
「おもしろい。試してみよう」
青年はうなずくと、手を組み口の中で何かを念じ始めた。青年の手から、見えない糸が八方に広がり、倒れている忍び達の体に巻き付いた。巻き付いた糸は、傀儡のごとく死人の体を操り始める。
忍び達は手に手に武器を持ち、その場にゆっくりと立ち上がった。
「あ…ああ。死体が……」
竜胆が悲鳴を上げる。
立ち上がった死者達は、うつろな表情でじりじりとこちらに向かって近づいて来る。
ザシュ!
御剣 紫音(みつるぎ・しおん)は、ブレード・オブ・リコで近づいてくる忍びの体を斬った。
紫音の狙いにあやまりはなかった。
刀は鈍い音とともに、忍びの胸から腹が裂け、どす黒い血があふれだした。普通なら、その一撃で勝負はついているはずだ。
だがしかし、忍びは倒れもせずじりじりと近づいてくる。それどころか、『キーーー!』と獣のように叫ぶと、くないを手に恐ろしい速さで紫音に襲いかかってくる。まさしく人間離れした速さだ。
「ち!」
紫音は、忍びの攻撃をかわしながら舌打ちした。
「不死の亡者か……」
紫音は、行動予測と歴戦の防御術で忍びの攻撃をかわしつつ、カウンターをぶち込む。
巫女服を着ながら闘うその姿は、さながらく優雅に舞っているようであった。
しかし、斬っても斬っても、ズダズダになった体で亡者達は襲いかかってくる。息の切れて来た紫音の背後を別の亡者が狙う。
シュ……!
くないが紫音の首をかすめる。
アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)が駆けつけて来てヒールをほどこしながら言った。
「参ったのう。まさか、ゾンビと闘うはめになるとは……まさに、想定外じゃ」
しかし、ゆっくりと話しているヒマはなかった。その二人の周りを忍び達が囲み、四方から襲いかかってきたのだ。
……風花! サイコキネシスを!
紫音は遠くにいる仲間に向かいテレパシーで語りかけた。
「まかせるどすぇ!」
テレパシーを受けて綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)がサイコキネシスを展開。落ちていた刃が浮かび上がり、忍び達の体を貫いた。しかし、体中を刃に貫かれながらも、忍び達はゆらゆらと紫音と竜胆に向かってくる。
……だめどす! やつらに、物理攻撃はきかないどす。きっと、痛みを感じないんどすぇ
風花は仲間達にテレパシーを送った。
すると、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)がテレパシーで答えた。
……それでは、二人で雷を喰らわせてやろうぞ
……なるほど。それなら効くかもしれないどすな……
風花はうなずいた。
……よし、やってみてくれ二人とも!
紫音がテレパシーを送る。
すると、二人は各々頷き、優雅に舞うように天に向かって手をかざした。
「亡者どもよ! 建御雷之男神の神鳴り(カミナリ)を喰うのじゃ」
アルスが叫ぶと同時に、天から稲妻が落ち、忍び一体に雷電属性のダメージ。
続いて風花も叫ぶ。
「建御雷之男神の神鳴り(カミナリ)を喰いなさいぇ!」
再び、強力な電撃を発生! 襲い来る忍び達に雷電属性の魔法ダメージ!
強力な雷を受け、亡者達は黒こげになってその場に崩れ落ちた。
「やったようじゃのう」
アルストレイアが満足げに言う。
「そのようだな」
紫音もうなずく。……ところが……
「立ち上がった」
竜胆が叫んだ。
その言葉通り、不死の亡者どもは体に青白い稲光を走らせながら、なんとその場にゆらゆらと立ち上がった。そして、再び武器を構えて襲いかかってくる。
「厄介な敵だ」
十兵衛が言った。
「やつらはただの傀儡のような者。既に死んでおるゆえ、苦痛も何もない。あやつらを操っているものを倒さぬ限り、攻撃はとまらぬだろう」
「でも、誰が操っているのでしょう」
竜胆の言葉に、十兵衛は黒髪の青年を見る。
「このような闇の術を使えるのは、この場にはあの者しかおるまい。しかし、あやつはおそらくは刹那と同じ力を持つもの。通常の攻撃で倒すのは難しいだろう」
「ここにいる皆の力をあわせても?」
「あやつらの力の源は、日下部家への怨念なのだ。もし、倒せる者があるとすれば……」
そこまで言いかけて、十兵衛は口をつぐんだ。
「どうしたのです? 倒せる者があるとすれば……それは、一体誰なのです? 教えて下さい」
しかし、十兵衛は首を振った。
「いいや。やめておこう。言ってもせんないことだ」
「なぜです? 言って下さい。今のままでは、皆殺されてしまう」
「しかし……言ってもどうにもならぬ事だ」
「そんな事は言ってみなければ分からぬ事です」
「そこまで、おっしゃるのなら、お教えしよう。あの妖魔を倒す事ができるのは、この場では日下部家の血を引くあなたのみ」
「え?」
竜胆の顔から血の気が引いて行く。
「そんな……私は実戦で刀を振るった事もございませぬ」
「だから、せんない事と言ったのだ」
「他に、方法はないのですか?」
「一つだけある。逃げる事だ」
「……」
竜胆は顔を上げた。
逃げる? ……そんな選択はあまりにも惨めだ。けれど、他に何ができよう? 何も力のない自分に……。
目の前では紫音達が亡者達と闘っている。倒しても、倒しても、血みどろになりながら襲いかかる亡者達相手に、自らも傷を負いながら、それでも優雅に舞うがごとく闘う、巫女装束の紫音たち……
「もう……もう、おやめ下さい」
竜胆は泣き出しそうな顔で言った。
「この勝負に、勝ち目はありません。逃げましょう」
しかし、紫音達達は決して攻撃をやめようとはしない。
「どうして、どうしてやめぬのですか? 紫音殿!」
竜胆は叫ぶ。しかし、やはり紫音は答えようとしない。
「ああ……。もう、見ていられない……!」
ついに、竜胆は目を塞いだ。
すると、
「目をそらしちゃダメだよ」
誰かが、竜胆に語りかけた。先ほど聞いたのと同じ言葉を……しかし、あの不思議な声ではない誰かがはっきりと口にした。
竜胆は、目を開けて声の主を見た。そこには、透乃が立っている。
「家を継ぐ立場になる、ということは自分を巡って命のやりとりが行われることもある、ってことなんだよ。現に今目の前で起こってるみたいにね」
「……」
「竜胆ちゃんは、それを踏まえて日下部家を継ぐ覚悟がある?」
「覚悟?」
そうだ。これが人の上に立つということなのだ。
自分の意志一つで他人の運命、命すら左右してしまう……。
竜胆は自分が背負うべき者の大きさを改めて思った。
「私に、できるんだろうか? そんなことが」
思わずつぶやく竜胆に向かって、紫音が叫んだ。
「竜胆よ、どんな格好をしていようと護るべきものを護ることができ、自分の意志を貫くことが出来るのが漢(オトコ)だ!」
「!」
二人の言葉が竜胆の胸につきささる。
そうだ。男らしさとは、何も乱暴だったり、力で人を押さえつける事ではない。もっと、腹の底に、熱く秘めた強さを持っている者こそが本当に強い男……いや、強い人間なのである。そうだ、強い人間である事……男とか女とか言う以前に……強い人間である事。そのことこそが、一人の自分にとっても、そして日下部家の主としての竜胆にとっても大切な事なのに違いない。
そして……
ついに竜胆は決意した。そして十兵衛に向かって言った。
「十兵衛殿、私は闘います」
「なんですと?」
「闘うといったのです」
「しかし……」
十兵衛が心配げなまなざしをむける。
「そんなに、過保護にしないで下さい」
竜胆はそう言って笑うと、立ち上がって、その凛とした紫色の瞳を妖魔の青年の方へとむけた。
その時。
……その決意をまっておった。
どこからか声がする。先ほど聞いたあの声だ。
「誰です?」
竜胆は声の主を捜した。
「どうか、お姿を見せて下さい」
……わらわは、先日お前が夢で見た者じゃ
「……! もしかして、あなたは珠姫?」
……そうじゃ。あの時の言葉を覚えておろう? 笛を吹け、竜胆。
「笛を?」
……そうじゃ。今こそ破邪の笛を……!
「破邪の笛……そうか!」
竜胆は、うなずくと懐の笛を取り出した。
そして、唇をあてて吹きはじめた。
ピィーーーーー!
竜胆を中心に、音が波紋を描いて広がる。
「……! な……なんだ? こ……この魂を打ち砕くような音色は……!」
黒髪の青年は、耳を塞ぎ苦しみはじめた。
しかし、竜胆は構わず吹き続ける。それは、どこか懐かしく、切ないような調べだった。
「や……やめろ。今すぐ、その音を……」
青年はのたうち回っている。その体から、黒い瘴気が煙のように立ち上りはじめる。そして、青年の体は空気の抜けた風船のように小さくなって行った。
「……おのれ! 珠姫の力を受け継ぐ者……か……!」
呪いの言葉を吐きながら、ついに青年は消えてしまった。
全てが終わると、今まで黙って成り行きを見ていた家臣達が、竜胆の周りに集まって来て、片膝をたてて一斉に頭を下げた。
「お帰りなさいまし。竜胆君」
「私を、日下部家の者だと認めてくれるのですか?」
「はい。あのような音色を吹けるのは、珠姫様や重宗様の正統なお血筋の方以外におられません。早う中に入り、お父上様とご対面下さい」