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――海京、天御柱学院、研究所。

 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は強化人間課の管理する研究所内に侵入していた。
 個人的推論に乗っ取り、研究者たちが強化人間の性能確認のために態と“強化人間狩り”をしているかもしれないと、予想しての事だ。非公式なテストとして考えれば、十分にありえることだ。実行犯は雇われの身だとして、そのテストに関する資料がどこかにあるはずだ。
 霜月はスニーキング系のスキルは持っていないため、《超感覚》を頼りに慎重な行動を要求されていた。
 しかし――、
(予想のモノは見つかりませんね。……なんですかこの「超能力体験イベント」ってのは)
 関係の無いものだろうと、そのチラシは無視することにした。と、《超感覚》が反応する。誰かがこの部屋に戻ってきたようだ。天井の空気口に隠れ、部屋に入ってきた研究者二人の会話を聞いた。
「また、“強化人間狩り”があったらしいぜ、今週で何件目だ?」
「ホントいやになるわね。私が手術を担当した子もいるみたいだし。不安定化して暴走したらどうするのよ」
 どうやら、“強化人間狩り”は研究者達にとっても目の上の瘤のようだ。確かに一連の事件で強化人間に志願する人が減るだろう。そうなれば、彼らにとっても研究材料の供給が減ることになる。
「でも、こんな時期にパラミタ化を受ける奴の気もしれないぜ」
「ああ、なんか天御柱の教員が極東の分所で手術を受けたんですって? もしかして、次に襲われるのってそいつじゃないかな?」
「かもな」
(強化人間の教員ですか。犯人が学院に恨みがあるなら、その人を標的にしてもおかしくないですね)
 研究者が部屋を去ると、霜月は天井から下りて服についた埃を払った。
 もうここには手がかりとなるものはなさそうだ。


――海京、天御柱学院。コンピュータールーム。

「佑一さん。ブラウさんの手伝いをしに行かないんですか?」
 PCのネットブラウザーに張り付く矢野 佑一(やの・ゆういち)ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)は訊いた。管区長自らの“強化人間狩り”捜索の出動とのことで、ドクトル氏からも「手伝ってきたら?」と言われていたが、それを無視して佑一は左クリックとF5を押す。
「そっちに行きたいとこなんだけど……気になることがあってな」
 佑一は今回の“強化人間狩り”の事件が、過去の事件の延長のような気がしてならなかった。
 前にドクトルは言っていた。「上層部は恐れているんだよ。強化人間を。三年前の事故のことがあるからね」と。そこが佑一には引っかかった。そして、今回の事件も強化人間だけが被害に合っている。
「気になるってまた三年前の事件のこと? この前も夜更かしして調べてたよね」
 ミシェルは続けて「夜更かしはだめだよ」と注意した。その調べ物に付き合わされたミシェルはこっちの身にもなって欲しいと思う。
「でも、どうも大事なところが抜けているんだよな……」
 佑一は背もたれに寄りかかり、愚痴った。
 三年前の事件――、2018年の超能力科設立直後に起こった、強化人間の暴走事件。パラミタ化手術が導入されたばかりの日本の天御柱学院で、初期強化人間の超能力テストの最中にテスト被験者が暴走し、当時の課長と教師、研究者数名が死傷。現強化人間管理課長の風間もこの事件で負傷し、彼のパートナーも亡くなっている。
 暴走に伴い、当時は超能力科と強化人間管理課の廃止を掲げる声も多かったようだが、現課長の風間の各所への説得と計らいにより現体制が作られた。
 しかし、暴走した強化人間が誰か? と言う問いに対して何処のソースからもその情報が掴めない。虫食いのようにその情報だけが改竄されている訳ではないが、知りえない情報故に書かれていない、もしくは、書くことがタブーであるかのようだ。
「テストを受けたカノンやブラウを含めた強化人間6人のうちの誰か? ってのはわかるんだが、今一歩だな……」
「それはとっても怪しいな。って、本人に直接訊いたら?」とミシェル。
「無理だよ。あいつら全員2018年以降の記憶が無いんだよ」
 つまり、被験者側の人間も当時のことは何も覚えていないのだ。ドクトルの見解では「記憶操作を施されたのだろう」と苦い顔をした。事件の詳細を外に漏らさないために上層部が使った策なのだろう。
「ま、ここで大事なのは暴走したのが誰か? ではなく、この事件と今回の“強化人間狩り”の事件の関連性だ――。けどそれも見えてこないな……。暴走の被害者と、今回の被害者の接点が特に無い。尤も、暴走の被害者の誰かが、暴走を起こした本人に復讐するために“強化人間狩り”をしていると考えると納得が行く」
 “強化人間狩り”の被害者の殆どはカノンかブラウの率いるエキスパート部隊に所属している。特にブラウの部隊員の被害が多い。
「つまり、管区長たちを狙った計画的犯罪が“強化人間狩り”ってこと? じゃあ、今までの犯行は管区長をおびき寄せるための餌ってことだよね?」
 「そうだ」とミシェルに頷く佑一。
「となると、犯人は復讐する相手に目星を付けていることになる。三年前に暴走した管区長が誰かってことを。なら、僕らもそれが誰かを特定する必要がある。“強化人間狩り”が狙っているのは恐らくそいつだ」



 ――海京、病院にて

「手伝いに来たよ! 主にダリルが」
 集中治療室に入るなりルカルカ・ルー(るかるか・るー)がそう猛に挨拶した。ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は「やはり俺任せか……」と嘆息した。
「ブラウから聞いとるよ。被害者の調査序に、病院での仕事を手伝ってくれるとな」
 ルカルカとダリルはブラウに協力するに当たり、被害者たちから話を訊く事にした。重体である彼らの容態を見るに医師であるダリルは適任だった。忙しい猛の事もあり、ブラウ自ら二人に猛に手を貸すよう託けていた。
「強化人間の手術となると手伝える事は少ないが、薬や傷を診るのは任せてくれ。ところで猛、司法解剖できる遺体はないのか?」
 「イキナリ霊安室行き?」とルカルカは嫌な顔をした。ダリルは被害者の追った傷から犯人の手口を特定するつもりだ。
「残念ながら、死人はおらんよ。喋れる奴もおらんがな。ほとんどは培養槽で回復なのだよ。この子以外はな」
 猛はダリルにヴェルリアのカルテを渡した。ベッドに横たわる彼女は計器や点滴に繋がれてはいるものの、呼吸器や生命維持装置の世話にはなっていなかった。
「昨日の事件の被害者だ。怪我は酷いが運がいい。念のためここに寝かしてはいるが、培養槽にやるかは今後の容態を見てからだよ」
 猛の言葉にダリルはカルテを読みながら頷いた。
「猛の言うとおり、確かに運がいい。背中から撃たれて、弾丸は胸部で停止。肺静脈を掠めてはいるものの、肺や心臓に損傷はない。アバラに一本ヒビが入っているが、命に別状はないな」
 カルテには胸骨の内側に止まった弾丸を胸部切開で摘出したと、記してあった。
「撃たれたときに、この子が来ていた服はない? あと、摘出した弾丸も」
 ルカルカが尋ねる。ヴェルリアは今は病院服に変わっていた。
「服なら、廊下側のロッカーに畳んで閉まってあるはずだ。銃弾はこれだ」
 ジップされた袋の中に血のついた8mm弾をダリルは受け取った。一般的に使用されている規格の銃弾だった。
「線条痕を調べれば、使用した銃と購入者を特定できるだろう」
 線条痕――銃弾が螺旋状になったバレル内を通過するときに残る傷の事。全ての銃によってそれは違う。
「ああもう。このワンピース可愛いのに、穴が空いてもう着られないわね」
 他人の服に空いた穴を覗いて、ルカルカがムスッとする。穴の焦げ付きが至近距離で発泡されたことを物語っていた。
 ルカルカはこんなことをする犯人は誰かと、服から《サイコメトリー》で読み取る。しかし、読み取った犯行時の映像は奇妙なもので、一瞬虚空から現れた発光後、空京の空。と、犯人の姿を捉えることは出来なかった。
「どうだ。犯人はみえたか?」
 と、訊くダリルに首を否定に振った。「ダメ、ぜんっぜん! 見えない」
「ゼンゼンとは服の記憶には犯人が映っていなかったのか?」
「犯人も何も、銃器すら映ってなかったわ。絶対犯人は後ろから撃ったってわかってるのにぃ」
 ワンピースの背中面の焦げ穴とカルテを見るにそれは明らかだ。しかし、犯人を《サイコメトリー》で見て取れなかったのはルカルカにとって多少悔しいものだった。
「銃すら映っていないだと……?」
 その時、ダリルの電流が走る。有機電算機の圧倒的閃き。
「なるほど、犯人は《光学迷彩》を使っていたのか。それなら誰にも目撃されていない事に納得がいく」
 周辺住民からの怪しい人を見かけたとの目撃もない。余りの証言の無さからも、犯人が《光学迷彩》を使用していたのは確定だろう。銃声を聞いた人が居ないのは、サプレッサーを使用していたと考えられる。
「あとは被害者本人に話を聞きたいところだが……」と吃るダリル。培養槽に使っている重体の患者たちから無理に聞き出す事は出来ない。
「比較的には彼女が一番軽傷なのだよ。いつ起きるかどうかは別として」
 と猛の見解。
「ならば」と、ルカルカは【慈悲のフラワシ】を取り出し、ヴェルリアの回復を始めた。