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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回) 【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

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第2章 迎賓館〜セテカ

「は? 魔神の護衛役に志願したい?」
 矢野 佑一(やの・ゆういち)からの申し出を聞いたセテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)は、開口一番そう言った。
 疑うようにしげしげと見る。
「……呆れてるようですね」
「いや、そこまでは。まぁ、もの好きなとは思ったが」
 だって相手はあれだぞ、と言いたげに、セテカは背後をチラと盗み見る。そこにいて、街に不慣れな彼女の案内兼護衛――と称して実は見張り――で彼女と一緒に回る予定の12騎士の2人と談笑しているバルバトス。
「どう見ても、俺は遠慮したいがなぁ」
 いかにもわがままそうだし、相当気分屋っぽいし。あきらかに高慢だし。こき使われるのが今から目に見えているというものだ。
 ああいうたぐいの女は遠くから見て楽しむもので、そばに寄るとロクなことにならない。
 そうと分からないほど鈍感ではないはずだが、と、じーっと自分を見つめるセテカに、佑一は肩をすくめて見せた。
「僕たちがそれをすれば、あの方々の手があくでしょう」
「それは、まぁ、たしかに」
 ふーっと息を吐き出すと、おもむろにセテカは振り返った。
「アラムさん、少しよろしいでしょうか」
 名を呼ばれて、それまでバルバトスと話していたうちの1人で東カナン12騎士の1家、リヒト家の騎士アラム・リヒトがこちらを向く。
「なんだ? 坊主」
 その呼称に、佑一はもう少しで吹き出すところだった。
 アラムはどう見てもセテカの父ネイト・タイフォンと同じ40代後半。親子ほど違うのだからおかしくはないのだろうが、あのセテカが「坊主」扱いされているのを見ると、笑ってしまう。
 一生懸命笑いを押し殺す佑一の前、セテカは手早く事情を説明すると、少し残念そうな表情をした彼から何か長方形のメモ用紙のような物を受け取って、戻ってきた。
 そしてそれを佑一に差し出す。
「どこで何をしているか、定時連絡を入れること。それと、これを渡しておくから魔神が何をいくら購入したかメモって、店主に渡してくれ。あとでそれと引き換えに代金を城に請求できることになっている」
 それは、東カナン領主の印が押されたチケットだった。破線で半分に分かれた右と左は同じ作りになっていて、違うのは左側には「(控)」の文字が入っているぐらいだ。
「両方に同じ内容を書いて、右側を切り取って渡すわけですね?」
「そうだ」
 控えがあれば、下に足されて不当請求されることもない。
「分かりました。ではこれを持っていてください」
 佑一は自分の携帯をセテカに預けた。
「僕はシュヴァルツのを借りて定時に入れるようにします。
 それで、ほかに何かありますか?」
「そうだな……あてられないように気をつけろ。まぁおまえたちなら大丈夫とは思うが」
 意味が分からないと、不思議そうな顔で見上げてくるミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)の頭をなでると、セテカはさっさと向こうへ行ってしまった。
 かなり忙しいらしく、会話を終えるのを待っていた騎士たちにすぐ取り囲まれ、書類を見せられている。
「セテカさん、大変そう」
「そうだね。だから僕たちが、少しでも負担を軽くしてあげないと」
「はい、佑一さん」
 にっこり笑うミシェルを見つつ、それにしても、と思う。
「あてられないようにって、どういう意味なんだろう?」
「相手は魔だからな」
 佑一の独り言を耳ざとく聞き取って、後ろについていたシュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)が答えた。
「魔は誘惑する生き物だ。多かれ少なかれそういう力がある。男だろうが女だろうが、性的に惹きつけられずにいるのは難しい」
 その言葉に、佑一はアバドンを思い出した。毒蛇のように美しく、強い魅了の力を放っていた奈落人。しかしそのアバドンが抜けたあとの神官ニンフからは、そこまでの魅了の力は感じられなかった。美しさに変わりはなかったが、あの妖艶な魅力は消え失せてしまっていた。
「……なるほど」
「あの魔神は特にそれが顕著だ。先の12騎士の2人もかなりぐらついていたようだった」
「それって……みんな、大丈夫なの…?」
 不安げに袖口を引くミシェルに、シュヴァルツは安心するようにとほほ笑みかけた。
「あの程度ならな。普通に人間の美女が誘惑するようなものだ。好きなアイドルを間近で見てぼうっとなるくらいか。それに、そうと知っていれば用心できるからたいした効果はない」
 本気を出せば分からないが、まぁわざわざここでトラブルを引き起こすような真似は、いくらなんでもしないだろう。
「そう」
 ほっとして、こっそりと胸をなで下ろすミシェル。
「……その美女が、来るよ」
 リヒトから護衛役交代の説明を受けたらしい。バルバトスが、3人の方を向く。
「あらあら。ずいぶんとかわいい護衛ちゃんたちね〜。今日はよろしくね〜」
 歩み寄り、前に立ったバルバトスは笑顔でそう言った。



(向こうはあれでいいか)
 連れ立って街へ出て行く4人を横目に見つつ、セテカは12騎士数人と話し込んでいた。
「手が空きましたアラムさんは南西のこの区画を中心に、イェサリさんは南東の区画をお願いします」
 地図の上で円を描き、説明する。
「それぞれ10名程度の騎士を連れて行って、見回りを強化してください」
「分かった」
「エシムの坊やはどこだ?」
 一番の年長者は、やはり一番年若い者が気になるのか。12騎士の1家、ハリル家の騎士イェサリ・ニハト・ハリルは2年前騎士となった12騎士の1家、アーンセト家のエシム・アーンセトの行方を持ち出した。
「北西です」
「城近辺か。姉のいる迎賓館周辺を希望していたんじゃなかったかね?」
「ですから、あえて」
「なるほど。あれは経験が浅い。まぁ妥当な配置だな」
 頷き、大分白くなったヤギひげをなでながらイェサリは離れて行った。
 アラムとイェサリが騎士たちを連れて持ち場に向かったころ。
「セテカ」
 彼の手が空くのを待っていたように、だれかが名を呼んだ。
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)だ。彼女とそのパートナーのヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が立っている。上空からの警護にあたる彼女たちは、テレパシーを使用できるようにするため、騎士たちとつなぎをとりにきていたのだ。空と地上で離れてはいても、テレパシーが使えればすぐ連絡が密に取り合える。
「もう行くのか」
「ええ。あらかた、自己紹介は終えたし……」
「そうか」
「定時連絡を欠かさないようにするわね」
「そうしてくれ。あと、都の中にある臨時避難所を特に気にかけておいてほしい」
 前の戦いで避難所や民間施設を襲撃され、炎上された経験のあるセテカが一番気にかけているのはその点だった。あのときも一番厄介だったのはネルガルの操る魔物ではなく、内部に潜入した裏切り者たちだった……。
「とにかく、何か少しでもあやしいと思う動きがあれば問いただしてくれ。ただ、こちらから手は出さないこと。せいぜい苛立たせてやって、もし手を出すことがあれば即拘束してくれてかまわない。巡回している騎士のだれかに引き渡してくれれば、あとはその者が処理をする」
「威嚇というわけだな」
 と、フェイミィ。
「そうだ。そのためもあって、わざと騎士たちには目につくように動けと言ってある。それを見たからと、だれが不快に思おうが知ったことか。表立っていざこざを起こす気はないが、ある程度のけん制は必要だろう」
「ああ、必要だ」
 都のほとんどの者は午前中には避難の大半を終える。その後街に残っているのは店を空にしては行けないとか思っているごく限られた者たち。不審な動きをとがめられても文句は言えない。
(そもそも、そんなことをしでかしそうなのはコントラクターだろうしな)
 フェイミィはセテカと視線を合わせ、頷いて見せると、自身のペガサス“ナハトグランツ”に向かって歩き出した。
「セテカはバァルと違ってまだ見込みありそうね」
 上空に上がり、自分たちだけになってから、ヘイリーはそう言った。
「ヘイリー……彼はただ、上に立つ者として、道を模索しているのよ。より被害の少ない、犠牲者の少ない道はないかと。ただ安易に、戦いに突き進むだけだったら……あなた、狭視眼的な愚か者と言うんじゃなくて?」
「そりゃ……だけど」
 見ていてイライラするのだ。あの姿は、昔のだれかを思い出す……。
「戦いを回避する方法を探るのは……悪いことではないわ……」
 とはいえ、リネンもまた、バァルのこのやり方に全面的に賛成することはできなかった。
 自分たちは彼らを知らない。その点はバァルの言う通りだろう。しかし、善意は必ずしも善意と等号で結ばれたりはしないのだ。
 信じるなとは言わない。けれど、信じようとするあまり、ほかの可能性に目をつぶるというのは賢いやり方ではない。
 セテカや12騎士たちは、その役割をするのが自分たちだと思っているようだが。
(いっそ魔神たちが攻めてくれた方が、バァルの目を覚ませるという意味では……好都合なのかもしれないわね)
 こんな考え方、いけないのは分かってる。けど……。
「さあ、行きましょう」
 自身の思いを振り切るように、リネンはワイルドペガサスの向きを変えた。
「何かあったら携帯で連絡をちょうだい」
「分かった」
 ヘイリーもまた、自分の受け持つ方角へ向けてレッサーワイバーンを旋回させる。
「フェイミィ?」
「――ああ。分かってる」
(バァル……これでもしアガテが落ちるなんてなったら……セテカが止めてもぶん殴るぞ)
 そうなったら一体どれだけ戦火に追われる者が出るか……。
 カナンを故郷に持つフェイミィは、今の時分バァルがいるはずの城をいま一度見つめ――そしてナハトグランツに指示を出したのだった。



「じゃあ騎士長、そろそろ俺も行きます」
「頼んだぞ」
 騎士団長ネイトに一礼をし、離れるセテカ。上副将軍であり騎士でもある部下のヴァンダルとタルヤを連れ、割り当ての西の区画へ向かおうとした彼の視界に、門にもたれて立つ者の姿が入った。
 視線が合い、門から離れる。あきらかに自分を待っていたようだ。
「ほかの者と先に行っていてくれ」
 2人に指示を出すと、その人物の元へ走り寄った。
「きみは?」
「はじめまして。菅野 葉月といいます」
 正面に立ったセテカに、菅野 葉月(すがの・はづき)は手を差し出した。
 本当は以前の戦いで一度彼とは会っているのだが、あのときは大勢の中の1人だったし、直接口をきいたことは一度もなかったから、初めてと変わらないだろう。
 実際、名乗っても彼がそのことに気付いた様子はなかった。
「今回、こちらの警備に参加させていただくことにしました」
「そうか。セテカ・タイフォンだ。よろしく頼む」
 握手をかわす。
「それで? 俺を待っていたんだろう?」
「はい。実は今度のことを僕なりに考えてみたんですが、この機をとらえて誰が何を起こすにせよ、数的に見て、あちらが不利であるのは間違いないと思うんです」
「そうだな」
 セテカが異論もなく同意してくれたことに葉月は少し緊張を解き、さらに続けた。
「この都は女神イナンナの結界により守護されています。とすれば、敵――と、あえて仮定させていただきますが――はまず、この結界をなんとかしようと画策するのではないかと。そうすれば魔族を中に引き入れることができますから」
「それで、きみはどうするべきだと考えた?」
「僕は……以前、カナン各地に存在する石像を使用してイナンナ様は顕現し、行動されていました。同じようにこの都の守りもまた、イナンナ様の守護の力を受け取る受信機のような物が存在するのではないでしょうか。敵は必ずそれを狙ってきます。それが配置されている個所を、より重点的に警備を行うべきではないかと思うのですが」
 葉月の提案に、セテカは組んでいた腕を解いた。
「目のつけどころはいいが、惜しいな。きみの考えは2つの点で誤りがある。
 まず、豊穣の神である女神様による守護の力は大地にあることだ。かつて女神様は自身の像に宿ることで顕現をなされたが、守護の力はそういったものとはまた別種の力だ」
 その力をネルガルに奪われたためにイナンナはカナンを護ることができなくなり、大地は枯れた。
 だが今は、復活が完全ではないにせよ、ほぼ以前と同様の力を取り戻しており、大地は力に満ちている。
「じゃあ力を受け取るための物は存在しないのですか?」
「ない。女神様の守護の力が薄れる可能性として考えられるのは、大地が穢されることだ。だがそうなれば、女神様が真っ先に気づかれるはず。
 それと、もう1つの点だが、結界が破壊されればすぐさま魔族が侵入できると考えるのは早計だ。魔神たちは自らの羽で飛んできた。この都の周辺数十キロに渡り、魔族の姿はないという報告も受けている。彼らは今回も南カナンの森に顕現しているクリフォトの樹を門として使用しているようだが、そこから魔族の軍が東カナンに進攻しているという報告もない。第一、そんなことになれば南カナン軍が黙ってはいないだろう」
 ましてや外壁の向こう側には東カナン軍もいる。今回非武装のため数キロ先での設営となっているが、24名の将軍たちが有事あらばいつでも突入するつもりで兵を待機させているのだ。当然常にこちらの様子を伺っているだろうし、大軍が近づけばまず彼らとの間で戦闘が起きる。
「あ……」
 言われて初めて思い当たったと、葉月は少し恥じるようにあごを引いた。
「では、敵はあくまで侵入している可能性の高い裏切り者たちと魔神のみで、これは無用の心配だったんですね」
「いや、そうでもない。さっきも言ったが、目のつけどころはいいんだ。
 敵は間違いなく結界をなんとかしようとするだろう。都の中で何が起きようと、それは確実だ。きみも言ったが、わずか十数名の手勢で落とされるほどわれわれも甘くはない。きみたちもいるからね。
 可能性として考えられるのは、内側に媒体となる物を持ち込まれることだ。それを用いられれば、結界は完全に無効化してしまう」
「媒体?」
「さっききみが口にした、受信機のような物だ。ただ、この場合は魔族が顕現するための物だが。
 まぁ、ドアのような物だな。ただし、魔族が通れるくらい巨大な物のはずだから目立つはずだ。今日は朝から一般人は都に入れないように門番には通達しているが、襲撃者が門をくぐって入ってくる者たちばかりとは限らない」
 第一、門番には味方のコントラクターか敵のコントラクターかなど、区別がつくわけもない。
「それで不審物がないか、見回りを強化している。よかったらきみも加わってくれないか」
「分かりました」
 頷き、葉月は背後で待機しているはずのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)を振り返った。
「ミーナ、僕たちも――」
 と、そこでミーナがだれかと一緒にいることに気付いて言葉を止める。葉月に名を呼ばれて、ミーナがこちらを向いた。その影から見えたのは、リゼネリ・べルザァート(りぜねり・べるざぁーと)とそのパートナー、エリエス・アーマデリア(えりえす・あーまでりあ)の2人だった。
「葉月。彼らも警備に参加するって」
 ぱたぱた駆け寄ってくるミーナ。
 リゼネリたちはあわてる様子もなく、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「はじめまして。僕はリゼネリ、こちらは――」
「私、エリエス! はじめまして、よろしくね! なんだったら、エスって呼んでもいいわ!」
 にこにこ、にこにこ。ひとなつっこい笑顔でぱっと握手の手を出す。
「あ、はじめまして。菅野 葉月です」
 とまどいつつも、葉月はその手を握った。
「……エス。僕に任せてくれないかな」
 少し滅入ったようにリゼネリはつぶやく。エリエスは分かっていないようだ。
「どうして?」
「きみの程度で一緒にいる僕まで同等評価されかねないから」
「あら。いいじゃない。私、リベルと一緒ってうれしいわ」
「きみが上がるんじゃない、僕が下がるんだ」
「あっ、あの、きみたちも一緒に見回ってくれるんだって?」
 むーっと見合って険悪っぽくなりかけた雰囲気に、あわてて葉月が話をそらす。2人は同時に葉月を見た。
「先ほど、避難所に向かう人たちと知り合いになっていたんだ。彼らと連携をとれば、かなり効率よくいけると思う」
 リゼネリが携帯を取り出し、登録したばかりの番号にかけた。
『……うん、分かった。こっちに避難してきている家の人たちに、それが最初からある物か訊けばいいんだね?』
 高島 真理(たかしま・まり)が説明を聞いて応じた。
 背後ではがやがやと大勢の人間の気配や声が飛び交っており、その声にまじって、彼らのお世話をしている彼女のパートナー、源 明日葉(みなもと・あすは)南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)敷島 桜(しきしま・さくら)たちの声も切れ切れに聞こえてくる。
「頼むよ」
 そしてその横ではミーナが同じことを、居城へ避難した民間人の世話係をかって出ている天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)のパートナーシャーリー・アーミテージ(しゃーりー・あーみてーじ)に伝えた。
「さあ、これで不審物の確認がとれるようになった」
 その言葉に頷いて応じた葉月は、少し離れた所で待ってくれていたセテカを見返す。
「では行こうか」
 彼らは連れ立ってセテカの担当区域である西へ向かった。