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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
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第5章 アガデの都〜バルバトス 1

 アガデの都にはいくつか広場がある。いや、小さな物も合わせれば、それこそ何十とある。
 そのうちの1つ、街を一望できる高台に設けられた広場の中央、噴水の台に上がって、東雲 いちる(しののめ・いちる)は道行く人々に訴えかけていた。
 ときに切々と語り、ときに強弁をする。身振り手振りもまじえ、堂々と、高らかに、よどみなく。
 彼女はもうこれを、カナン各地で何度も行ってきていた。あくまで、許される場所のみであったが。
 その姿を、彼女の邪魔にならないようにと少し離れた場所から見守るギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)。腕を組み、彼女が演説を始めてからずっと、そうして彼女と同じ陽の下で立っている。しかしその表情は、決してかんばしくはなかった。
「どうですか?」
 飲み物の入った袋をさげて、クー・フーリン(くー・ふーりん)が近寄った。
「よくはないな」
「まぁ、そうでしょうね。なにしろ我が君が訴えていらっしゃるのは、征服王ネルガルの遺志ですから」
 いちるのいる噴水の方に目を向ける。
 いちるは懸命に人々に話しかけていたが、行き交う人々は皆、彼女を見ようともしなかった。
 ときおり、立ち止まる者がいた。彼女を見る者も。しかし彼女が何を訴えているかを理解すると、表情を凍らせ、ふいと顔をそむけて去って行く。座り込んで話をじっくり聞こうとする者はだれ1人いない。
 それも当然だろう。征服王ネルガルは各地に砂を降らせ、大地を枯らせ、人々を苦難に追い込んだ。
 それは、与えられることに慣れ、裕福であることに慣れきって、怠惰になってしまった人々を追い込むため、と言うのはたやすい。飼いならされた羊のようになってしまった彼らの目を覚まさせるためと。
 しかし現実に、飢えて死ぬ者がいた。
 わずかな食べ物を奪いあって死ぬ者、のどを潤す1滴の水を夢見ながら死んだ者が、いたのだ。モンスターとの戦いに敗れ、死んでいった者も。そして、そんな彼らを救おうとネルガルに戦いを挑み、命を落とした者も……。
 それは、彼らの身内かもしれない。友達だったかもしれない。恋人だったかもしれない。
 そんな人々の気持ちを変えさせることが、はたしていちるにできるのだろうか? ネルガル側にいた彼女に?
 ギルベルトには分からなかった。彼は事の間中石化しており、石化が解けたときにはもうネルガルは死に、すべてが終わっていた。ネルガルについて知っていることは、いちるを含め、周りから聞かされた「ネルガル像」のみ。それは、本当に彼を知っているとは言えない。彼がしたことも、彼が考えていたことも、全ては他人というフィルターを通してのこと。評価はくだせない。
 だから、いちるを止めることもしない。
(もっとも、石を投げたり罵倒したりする者が出たら、止めるしかないだろうが)
 実際、小さな村や町ではそういうこともあったが、この都ではそういった行動に出る者はいないようだった。
 東カナンは西や南と違いネルガルの脅威にさらされることは少なく、首都アガデに限っては飢えることもなかった。砂が降ったのも最後の数カ月だったからだろう。
「飲みますか?」
 クーが、露天商から買ってきた飲み物を差し出した。
 紙コップに白い液体が入って、ストローがささっている。
「何だ? これは」
「アイランといって、こちらでは普通に飲まれている飲み物だそうです。試飲させていただいたのですが、塩味のヨーグルトドリンクといった感じですね。あと、チャイもありますよ」
 袋をガサガサさせて、小さめの紙コップを取り出した。
「どちらがいいですか?」
「いや、いい」
 いちるの演説はまだ終わっていない。
 ギルベルトは、何かを口にするとしたら、いちるが口にするときと決めていた。
「そうですか。
 ところで、ノグリエはどこです?」
 クーはきょろきょろと広場を見渡した。ここはそんなに広くない。ひと通りがあるとはいえ、見つからないはずはないと捜していると、ひょっこり後ろから現れた。
「何かお探しー?」
 ニコニコ。いつも細い目を、さらに糸のように細くしてノグリエ・オルストロ(のぐりえ・おるすとろ)は笑っていた。
「あなたですよ。どこへ行ったのかと思っていました」
「僕?」
「飲み物を買ってきました。どれがいいですか?」
 差し出された袋を覗き込んで、ノグリエはアイランを取り出した。
「それで、ここからいなくなって、どこで何をしていたんです?」
「んー?」
「だれかと話し込んでいただろう」
 ギルベルトが、ごまかしは許さないと暗に釘を刺す。
「ああ。あれね。あれは、勧誘だよ〜」
「勧誘?」
「そ。えーと、たしか九段 沙酉(くだん・さとり)とか言ったかな? あの子。ザナドゥ側として動かないか、って。ホラ、僕たち先の戦いでここの敵方についてたじゃない? だから今回も敵に回る可能性があると思ったらしいね〜」
 ストローをくわえてグルグル回している。かなり上機嫌だ。
「楽しそうですね。まさか、応諾したのではないでしょうね」
 クーは顔をしかめたが、もともと気品ある顔立ち、その表情すらどこか優雅さがある。
 ノグリエは、ははっと笑った。
「まっさかー。僕は中立だよ。特に人間に恨みもないし、地上とだってこうして普通に行き来できてるしね。わざわざ痛い思いする意味ないじゃん〜」
「……だが、向こう側にはそういう話が出ているということか」
 ギルベルトが考え込む。
「魔神が来たのは講和のためという話だったが……協力者を募るということは、裏がありそうだな。いつ、何をするか話したか?」
「まさか。言うわけないじゃん、味方になるって言ってない僕相手に。
 でも、面白そうだよねー。講和なんておかしいって思ってたんだ。やっぱり魔族は魔族ってことかなー」
「――しっ。いちるが来ます」
 クーがひと差し指を立てた。直後、いちるが3人の元にやって来る。
「どうかしたんですか? 皆さん。何か話し込まれていたようですが」
「お疲れさまです、我が君。飲み物を買ってきました。お飲みになりますか?」
「わぁ。ありがとうございます、クー様。もうのどがカラカラで」
 どれにしようかしら? と覗き込んでいるいちるの頭の上で、3人は視線を合わせた。いちるには今の話は話さないこと。ネルガルのそばにいたから「悪」と思われて勧誘された、などというのはいちるを傷つけるだけだ。
「いちる、次の演説先だが」
「はい。リドの町ですね」
「やはり夕方にここを出ないか? そうすれば半日早く向こうにつく」
「え? でも今夜は宿でゆっくり休もうって――」
「まいりましょう、我が君。乗合馬車の手配をしておきますから」
「……そう?」
 いちるはまだ納得のいかない顔をしていたものの、クーとギルベルト2人から説得されたせいか、チャイを飲み終わるころには気を変えていた。
「じゃあクー様、よろしくお願いしますね」
 ぺこっと頭を下げて、また演説に戻って行く。
「――なるべく早い便だ、クー」
「分かりました」
(以前は石化されていて、傍らにいることもできなかった。だが今度こそ、いちるはこの手で守ってみせる……たとえ、この命と引き換えることになろうと)
 ギルベルトは決意に燃える目で、いちるを見つめ続けた。



「あらあら〜、あそこで面白いことやってるわ〜」
 街を見渡すことができる展望台に案内されてきたバルバトスは、広場の噴水で演説をしている少女に目を止めた。
 その内容を聞いて、くすりと笑う。
「ふぅ〜ん。人間って変なことするのねぇ」
「変なこと?」
 ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が訊き返す。
「だって、敵をほめたたえる演説なんて、私だったら絶対許さないもの〜」
「敵……」
 いざそう言われると、不思議な気がした。ネルガルはたしかに敵として戦った人だけれど、「敵」という言葉では言い表せない、複雑な存在だった……。
「ふふっ。敵はね、理解しちゃったら駄目なのよ。知ることは大事だけど〜。だからあんなこと、私の兵の前でもししたら、私だったらすぐ殺すわね〜。ここの領主ってバカなのかしらぁ?」
「……バァルさんは、バカじゃないです……」
 言論の自由を、心の自由を認めているんです。
 だが俯いて答えたミシェルの言葉は耳に入れてもらえなかったようだった。バルバトスはアクセサリーを扱っている露天商を見つけて、そちらへ嬉々として向かう。
 少し落ち込んで丸くなったミシェルの背中を、ぽんぽんと佑一が叩く。
「佑一さん」
「大丈夫?」
「……うん。大丈夫だよ!」
 ミシェルは笑顔で佑一を見上げると、バルバトスのあとを追った。
「本当に大丈夫かな?」
「もう少し信用してやれ。あの子は大分強くなった。おまえは少し過保護すぎだ」
 表情を曇らせた佑一に、シュヴァルツが言う。
「過保護か……」
 自分では、最初の出会ったころに比べて大分マシになったと思っていたのだが。最近、ぶり返してきているのかもしれない。
「それにしても、やっぱり騎士の姿が目につくね」
 何度か東カナンを訪れたことのある佑一には、それがよく分かった。
「騎士は城の周辺ぐらいでしか見かけることはなかったんだけど……今日は街中にいるみたいだ」
 今もあちこちの路地で数人が立っている。目を向ければその方向に、必ず騎士団の正装衣を着て帯刀した者の姿があった。
「やっぱりわざと姿を見せているのかな」
「おまえが連絡を入れているせいもある」
「僕が?」
「それでセテカがバルバトスの進む先を読んで、わざと目立つように立たせているんだろう。威嚇と、裏切り者たちとの接触を監視しているのさ」
「なるほど」
 ふむ、と口元に手をあてる。
「人間の威嚇など、あの魔神は何の痛痒も感じはしないだろうが……まぁ何事も、しないよりマシというものだ」
 シュヴァルツは帽子を目深に引き下ろすとバルバトスの方へと歩き出した。


「う〜〜〜ん〜〜〜、どっちにしようかしらぁ?」
 青い石と赤い石のついた真鍮の腕輪を片手ずつに持って、バルバトスは真剣に悩んでいるようだった。
 こんな広場に屋台を構えた露天商の商品に、高級品があるはずがない。値段も、子どものお小遣いで買えるようなものしかついていない。そんな安物の腕輪にじーっと見入って悩んでいる姿がかわいくて、高峰 雫澄(たかみね・なすみ)はくすりと笑ってしまった。
 それを聞きつけて、バルバトスが振り返る。
「ねぇ〜、あなたはどっちがいいと思う〜?」
「そんなに悩まれるなら、両方とも買ったらどう?」
 突き出された両手をとる。彼女の抜けるような白肌に真鍮の腕輪はどこか無骨な気がしたが、それは言わなかった。本人が気に入っている物が、本人には一番似合うし。
「両方ね〜」
「重ねてつけるともっといいかもしれないよ」
 右手のを抜いて、左手につけた。
 確かめるように、バルバトスは左手を挙げて光に透かせる。
「でもロノウェちゃん、2本もいるかしら〜?」
「自分用のじゃないの?」
「お土産よ〜。だから悩むんじゃないの〜」
「そうか。そうだね」
 雫澄は、さっき左手に移した腕輪を抜いて、それを露天商の男に渡した。
「これください」
「あいよ」
 男はそれをパパッと紙で包み、代金と引き換えに雫澄に戻す。雫澄はそれを、今度はバルバトスに渡した。
「これ、僕からロノウェさんに。こうすれば2つともお土産になるよね」
「まぁ。あなた賢いのね〜」
 バルバトスは感心しきって両手をぱちんと打ち合わせた。
「じゃあ次〜、ヨミちゃんにはどんなのが合うと思う〜?」
「ヨミちゃんってどんな人?」
「あのね〜」
 2人はすっかり意気投合し、まるでカップルのように和気あいあいと屋台の上の商品を吟味している。
(あの人、友情のフラワシ使ってる)
 コンジュラーのミシェルの目には、しっかりその姿が見えていた。
 でもそのおかげで、バルバトスの気分が良くなって雰囲気が柔らかくなっている。今なら大丈夫かもしれない。
「バルバトスさん」
「なぁに〜?」
「バルバトスさんのお好きな色って何ですか?」
「全部! どれかひとつになんて決められないわ〜」
 ……うう。全部……?
 ミシェルは混乱しつつも花屋へ向かった。
 展望台は観光場所なので、観光客用に切り花が多い。それでもとにかくがんばって交渉して、作ってもらった物を持って急いでバルバトスの元へ帰る。
 雫澄に滴型の耳飾りを付けてもらっていたバルバトスに、両手で持って差し出した。
「あの……これ! ボクからのプレゼントです!」
 それは、色とりどりの花で作られたコサージュだった。
「あら〜、きれいね〜」
 箱の中を覗き込むバルバトス。
「付けてくれる〜?」
「はい」
 ミシェルは箱から取り出して、それをバルバトスの左胸に付ける。そして言った。
「ここには、こんなにきれいな物や場所がいっぱいあるんです。きっとバルバトスさんも、好きになると思います」
「そうね〜」
 にっこり笑ってもらえたことがうれしくて、ミシェルも笑顔で返す。
 よかった。バルバトスさんも分かってくれた――ミシェルはほっとして、胸をなでおろした。