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勇者、募集します ~大樹の不思議な冒険?~

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勇者、募集します ~大樹の不思議な冒険?~

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第7章「隠れ里シンク」
 
 
 東方大陸の北部。魔王軍の本拠地があるこの地方は人間の住処はほとんど無く、ただ山や草原が続くだけの場所となっている。
 そんな中、結界に護られてひっそりと存在するシンクという名の隠れ里があった。
 
「ん? 何でこんな所に祠があるんだ?」
 山道を歩いている篁 大樹が祠を見つけたのは、シンクを目指している途中だった。一見何の変哲も無い祠だが、土台の部分には丸に囲まれた『変』の文字が刻まれている。
 
『変態の試練を乗り越えし者達よ……よくぞここまでたどり着いた』
 
「……え?」
 いきなり世迷言が聞こえて来た。声がした方向――祠を見ると、観音開きの戸から光があふれ出して徐々に戸が開いて行く所だった。戸の開きに応じて光も強くなり、ついには目を開ける事すら出来ないほどの明るさとなる。
 時間にしたら数秒だろうか。次第に光は弱くなり、開け放たれた戸の中へと消えて行く。代わりにその場には仙人の姿をしたクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)が立っていた。
「あの試練を越えたという事は、既に私の正体に気付いている事だろう。そう、あれは去る事五十年前――」
「……あのさぁ、何やってんの?」
「え?」
「え?」
 勇者達とクドの間に沈黙が訪れる。何とか気を取り直した大樹は、改めて質問を行った。
「いや、だからこんなとこで何やってんの? 試練がどうとか言ってるけど」
「へ? いやいやお前さん達、ちょっとお尋ねしますけど……ハイラウンドにあるセクシーマウンテンでのイベント、ちゃんとクリアしましたか?」
 思わず後ろを振り返る大樹。だが首を縦に振る者は誰もいない。当然だ。
「ご存知、無いのですか!? じゃあゾートランドから船で行けるパンチラ島には?」
 また全員が首を横に振る。当たり前だ。
「ならマゾの洞窟は!? おっぱいの遺跡は!? 変態四天王は!?」
 最早反応する者すらいない。常識だ。
「そ……そんなバカな! お兄さんが十年かけて作ったイベントが全て……全てスルーされた……!?」
 というかそもそもそんな物無い。
「あんたらそれでも勇者か! せっかく数々の苦難を乗り越えた先に習得出来る伝説の魔法、賢者タイムで凶悪な魔王と渡り合うっていうシナリオが出来てたのに台無しですよ!」
 注:出来てません
「マップは隅々まで見る! イベントを逃したと思ったら戻ってみる! 分からなかったら攻略本を見る! 今はネットもあるから情報なんてすぐ手に入るでしょうに!」
 ――もうお前、帰れ。
「あぁぁもう! こうなったらリセット押しましょう、リセット! お兄さんの全てを懸けて、今! 全てを無に還す、パラダイィィィス、ロス――」
「えい」
 
「トォォォォぉぉおおおぉぉおお!?」
 
「……汚ねぇ花火なのだ」
 自爆直前のクドを大きく蹴り上げたハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)が空を見上げてつぶやく。最早いつからいたのかもスルーしたくなるほどの自然さで現れた彼女は、これまたどこからか用意した人力車をクドの降下地点に蹴りこんでおいた。
「――ぬ? あぁ、どうもなのだ」
 ぽかんとしている勇者達に気付いたハンニバルが挨拶をする。当然の事ながら返事は返ってこないが、彼女はそれを気にした様子は無い。
「ボクはこのどうしようも無い男の従者をしているのだ。何故かは知らないけど、まぁ現実じゃ無いからどうでもいいか、なのだ」
 淡々と述べるハンニバル。彼女は人力車にクドの成れの果てが収まっているのを確認すると、そのままガラガラと引いて去って行った。
「それじゃ、魔王退治ガンバなのだー」
 
「……何しに来たの、アレ」
 
 
 そんな珍道中はさておき――
 
 シンクは隠れ里という名で呼ばれている通り、名前自体は知られていてもその場所は極一部の人間しか知らない辺境の村だった。当然住んでいるのは人間がほとんどなのだが、およそ三年前に移住してきた人物が数少ない例外に当たる事は、村人以外誰も知らない。
 
「耕すぜぇ! 耕しまくるぜぇぇぇぇ!! イヤッフゥゥゥゥゥ!!」
 そんな例外の一人、火天 アグニ(かてん・あぐに)は畑を耕していた。彼は元々魔王軍で密偵として働いていた人物なのだが、三年前に当時の魔王が倒された事を機に軍を脱退。役割柄得られていた情報を駆使してここシンクの村人として潜り込んだのである。
 もっとも、潜り込んだと言っても正体がバレていなかった訳では無い。とある事情で村人達がアグニ達を一時的に迎え入れ、そのまま居ついてしまったというのが正しかった。
「アグニさん、凄く楽しそうだなぁ。まさかここまで労働の素晴らしさに目覚めるなんて予想外だったけど……」
 同じ畑で鍬を持つリヒト・フランメルデ(りひと・ふらんめるで)が感心しながらアグニを見る。彼女も元魔王軍の一人で、アグニの手引きで一緒に脱退して来た身だった。
「リヒトちゃん! 鍬が動いてないぜぇぇぇ!」
「はいはい。それにしてもアグニさん。いつもながら気合入ってますね」
「そりゃそうよ! この鍬が土を掘り返す時のザクって感触、たまんねぇだろぉぉぉ!」
 アグニの楽しそうな農耕姿は、この数年ですっかりシンクの名物となっていた。元々密偵という農耕とは無縁の生活を送っていた彼なのだが、移住して来た年の春に偶然畑仕事の手伝いをして以来、すっかり大地の魅力に取り付かれてしまったのである。
 ともすれば対立が起きかねないアグニ達との関係が良好になったのは、初めての収穫を経験した時の彼の喜びようが余りにも凄かったからだ、とは村人の弁だ。
 
 畑から少し離れた高台ではフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)がアグニ達の作業風景を眺めていた。のんびりとした時間が流れる高台に、篁 透矢(たかむら・とうや)も登って来る。
「やぁフリッカ。アグニは相変わらずみたいだな」
「あ、透矢さん。えぇ、ここにいても聞こえて来るほどだものね」
「あれに毎回付き合わされるリヒトは大変だな。まぁちゃんと最後までついて行く辺り、本人も楽しんでるのかもしれないけど」
「そうね。あれが三年前まで私達と戦っていた魔王軍ですって言っても信じる人はいるのかしら」
「どうかな。俺達ですら過去があってようやく分かるんだ。初めて見た人は気付かないだろうな」
 不意に会話が途切れる。高台に風が吹き、二人の髪をたなびかせた。しばらくの間風に身を任せた二人は無言で村を見つめ、止んだのを合図とするようにフレデリカが真面目な雰囲気で口を開いた。
「透矢さん、イストリアの勇者様がもうじき来るって本当?」
「あぁ、既にイズルートを発ってる。恐らくは今日……姿を見せるはずだ」
「そう……今度の勇者様は、世界の命運を……私の生命を託すに足りる方なのかしら。あの時、兄さんが信じたあの人のように……」
 フレデリカの家系はシンクで一番の魔力を持つ大魔法使いの血筋だった。その強さはシンクを魔王軍から隠している結界の魔力を供給しているのが彼女の家系であるという事からも窺える。
 もっとも、今その血筋の直系はフレデリカしかいない。かつてはセドリックという名の兄がいたのだが、三年前の魔王軍との決戦に勇者とともに赴き、敵の本拠地である塔での戦いで命を落としている。
「あいつらは良く戦ってくれたよ。お陰で俺達はこうして暮らしていられるし、イェガー達の運命も変わったんだ」
「……えぇ」
 高台の下、畑のそばにある民家を見る。そこに住むイェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)。彼女はかつて、セドリック達と死闘を繰り広げた張本人だった。
 
(晴れやかな空だ。これほどまでに澄み渡った空は久し振りだな)
 民家の軒先で椅子に座っているイェガーは、空を見上げながらゆったりとした一日を過ごしていた。
 彼女はかつて魔王軍の炎使いとして名を馳せ、数々の戦場を駆けた生粋の戦士だった。だが三年前の戦いでセドリックが生命を懸けた封印魔法を発動。それにより炎の大半が封じられ、彼の仲間である勇者達に敗れて重傷を負う事になったのである。
 その後はアグニが手引きし、魔王が倒された際の混乱に乗じて塔を脱出。近くの村であるここシンクへと流れ着いたまま今に至るという訳だ。
 当然の事ながら、セドリックの妹であるフレデリカには仇として見られる事もあった。それでも今こうして生き長らえているのはセドリックの覚悟をフレデリカが知っていた事、そして戦いの事を知った頃には既にアグニを切っ掛けとしてイェガー達が村人に受け入れられていた事などが関係している。
(我が炎はあの戦いで燃え尽きた。その残滓に過ぎない今の私を過去の私が見たのなら、さぞ嘆き、そして怒り狂った事だろうな)
 イェガーはこの村に来てからは戦いの場から退き、農民の服に身を包んで隠居生活を行っていた。そんな彼女の為に村の畑仕事を手伝い始めたアグニがあそこまで農業にはまり込んだ事は予想外だったが、こうして戦いとは無縁の生活をする事が出来ているのは幸運と言えよう。
 
 平和な隠れ里。訪れる勇者に道を指し示す中継点。ここは刻から切り離された、静かな流れを紡ぐ村だった。
 だがそれは、最早過去の事。彼らはそれを、突然の来訪者によって知る事となるのであった――